面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

11 / 23
第11話 ユーリの選択とファントムの復活

 

「それは人ではない」

 

アルヴィスの声は静かだった

 

「ARMだ」

 

言葉は短い

だが、刃のように冷たい

 

「ファントムのARM」

 

わずかに吹いていた風が止まる

 

「破壊しなければならない」

 

ユーリは視線を外さない

 

荒野の上を、乾いた空気がゆっくりと流れていく

砕けた岩の匂いと、土の粉っぽさが鼻をかすめた

 

少し離れた場所では、さっきまで暴れていた盗賊たちが転がったまま動かない

 

その中心で、アルヴィスだけがまるで最初からそこにいたかのような顔で立っている

 

「渡してもらおうか」

 

当然のことを言うような口調だった

 

ユーリは鼻で息を吐く

 

「……断る」

 

それだけだった

 

だが迷いはない

 

アルヴィスの目が細くなる

 

「理由は?」

 

ユーリは剣を軽く下げたまま、ほんのわずか肩を鳴らす

 

「さっき言っただろ」

 

横目でバッボを見る

 

「今はオレの隣にいる」

 

そして視線を戻す

 

「それで十分だ」

 

ジャックは鳥籠の中で身を縮めたまま、そのやり取りを見ていた

 

小さくなった体ではどうにもならない

 

だからこそ、目の前の会話の重さが余計に胸にのしかかる

アルヴィスは少しだけ顎を引いた

 

「勘違いしている」

 

その声に感情はない

 

「そいつは過去、何人もの仲間を殺したARMだ」

 

バッボの表情がわずかに固くなる

だがアルヴィスは止まらない

 

「たとえバッボが今の人格を保っていたとしても」

「安心材料にはならない」

 

その言葉が落ちたあと、ほんの少しだけ間が空く

空がひどく高く見えた

 

「ファントムが来るからね」

 

ユーリの目が細くなる

 

「……話が違うな」

 

低い声だった

 

「さっき、死んだって言ってただろ」

 

アルヴィスは即答する

 

「殺せない」

 

静かな断定

 

「ファントムは生ける屍だ」

 

乾いた風が、砕けた柱の破片を転がしていく

 

「やつは終わらない」

「必ずまた復活する」

 

その言葉が荒野に残る

 

バッボの動きが止まった

目を見開き、いつもの余裕が一瞬だけ崩れる

 

「……なにを言っておる」

 

声がわずかに揺れる

アルヴィスはその反応すら想定の内だと言わんばかりに続けた

 

「そのARMを武器に、ファントムはオレたちの同志を何人も殺していった」

 

ジャックが小さく息を呑む

 

鳥の小さな体では、その震えが余計にはっきりと見えた

 

「……ウソじゃ」

 

バッボが呟く

 

「そんなこと、あるはずがない」

 

声は低いが、はっきりと動揺している

 

「紳士のワシが……そんな真似をするなど……」

 

それはアルヴィスに向けた言葉というより、自分に言い聞かせるための言葉だった

 

「ウソじゃあない」

 

アルヴィスは冷たく言い切る

 

「お前は――」

 

そこで言葉を切る

 

最後まで言わなくても十分だった

視線だけで突きつける

 

その空気を断ち切るように、ユーリが前に出た

 

「……勝手に決めつけるな」

 

アルヴィスの前に立つようにして、バッボを半歩かばう

 

「そいつが何だったかなんて、関係ねぇ」

 

剣先は下がったままだったが、その声音には刃があった

 

「今はオレの隣にいる」

「それで十分だろ」

 

アルヴィスの視線がユーリに戻る

 

「必ず復活する」

 

静かな声

 

「その時、君に何ができる?」

 

風が吹く

 

長いコートの裾が揺れた

ユーリは答えを探すような顔をしない

 

最初から決まっていることを口にするだけだ

 

「……渡さない」

 

低く、はっきりと言う

 

「何があっても」

「こいつは渡さねぇ」

 

バッボに目をやることなく続ける

 

「壊させる気もない」

 

アルヴィスの目がほんのわずかに細くなる

 

「なら」

 

彼は息をひとつ吐いた

 

「もう少しキツめの罰が必要だね」

 

次の瞬間、地面が唸った

荒野の土が盛り上がり、亀裂が走る

 

その裂け目から、巨大な柱が次々とせり上がった

 

歪んだ顔のような模様を刻んだ、異様な柱

 

一本ではない

二本、三本、それ以上

 

囲い込むように展開されていく

 

「ガーディアンARM」

「13(サーティン)トーテムポール」

 

柱が動く

重いはずなのに、その圧力は妙に速い

 

だがユーリは止まらない

 

一歩、踏み込む

 

振り下ろされる柱の軌道を、最小限の動きで外す

 

横から迫る別の一撃も、体をわずかに傾けるだけで躱す

 

風圧が頬をかすめる

 

それだけだ

 

そのまま前へ出る

囲い込むための配置は意味をなさない

 

柱の隙間を、ユーリの体が水のようにすり抜ける

 

一閃

 

硬質な音が響き、一本目が崩れる

 

続けざまに踏み込み、もう一本を叩き斬る

砕けた破片が砂の上に散らばり、乾いた音を立てた

 

「……数増やしただけか」

 

低い声が落ちる

アルヴィスとの距離が一気に縮まる

 

ジャックは鳥籠の中から目を見張った

 

見えない

いや、見えてはいるが、速さに思考が追いつかない

 

ユーリが間合いに入る

 

一閃

 

アルヴィスの体がわずかに後ろへ流れる

だが崩れない

 

足を滑らせることもなく、その場で受け流すように立ち直る

 

「……確かに」

 

アルヴィスが小さく呟く

 

「別人格のようにみえる」

「以前とは感触が違う」

 

だが、次の言葉に揺らぎはない

 

「だから何だ」

 

冷たい声だった

 

「そいつは過去、何人もの仲間を殺したARMだ」

 

再び柱が動く

 

だが、その瞬間

 

「待て」

 

バッボの声が響いた

 

低く、はっきりした声だった

 

いつもの軽口ではない

 

ユーリの動きが止まる

止められたから止まった

 

それだけだ

アルヴィスも柱を止めたまま、バッボを見る

 

「それ以上はやめておけ」

 

バッボは前を向いたまま言う

 

「……ワシを壊すつもりなら、それで構わん」

 

ジャックが目を見開く

 

「バッボ……!?」

 

だがバッボは続けた

 

「その代わり――」

 

月もない昼の空の下、妙にその声だけがよく通る

 

「そやつには手を出すな」

 

荒野が静まり返る

ユーリの眉がわずかに動く

 

「……勝手に決めるな」

 

低く言う

だがバッボは振り向かない

 

その小さな体のどこにそんな覚悟があるのかと思うほど、声は揺れなかった

 

アルヴィスはしばらく二人を見ていた

 

ユーリ

バッボ

そして鳥籠の中のジャック

 

やがて、ごく小さく息を吐く

 

「……なるほど」

 

柱の動きが止まる

重苦しい圧力が、ほんの少しだけ和らいだ

 

「今日はここまでにしておこう」

 

アルヴィスは背を向ける

 

「だが次は」

 

足を止めないまま言う

 

「容赦はしない」

 

そのまま、風の向こうへ歩いていく

 

いつの間にか現れた時と同じように、静かに、自然に

 

気づけばその背は遠ざかり、荒野には再び静寂だけが残った

砕けたトーテムポールが遅れて崩れ落ちる

 

その音が、やけに大きく響いた

ユーリはしばらく剣を下ろさなかった

 

完全に気配が消えたのを確かめてから、ようやく息を吐く

 

「……余計なことすんな」

 

振り向かないまま言う

 

バッボは答えない

ただ、小さく沈黙した

 

そこにさっきまでの軽さはない

ジャックの入った鳥籠が、所在なげに風に揺れる

 

 

 

場面は変わる

どこかの墓地

 

雲の切れ間から差し込む月明かりが、無数の墓石を白く照らしている

 

古いもの

傾いたもの

崩れかけたもの

 

そのどれもが、長い年月の重さをまとっていた

 

風は弱い

だが空気はひどく重い

 

ひとつの影が、墓の前に立っている

 

「おはよ♡ ファントム」

 

場違いなほど明るい声が響く

 

「バッボはもう起きてるよ」

 

くすりと笑う気配

 

「次は――あなたの番」

 

足元の土が、わずかに揺れる

 

沈む

盛り上がる

内側から押し上げられるように、地面が裂けた

 

そこから腕が伸びる

土を掴む

 

指の間から湿った土が零れ落ちる

 

ゆっくりと

ひどくゆっくりと

 

何かが這い上がってくる

 

「……復活だ」

 

低い声が墓地の空気を震わせる

 

「チェスの兵隊(コマ)が戻る」

 

女の声が弾む

 

「何度目かの生誕、おめでとう♡」

「今夜は宴ね」

 

土が崩れ、体が少しずつ現れる

 

だが、まだ全貌は見えない

 

「『クイーン』が城で待ってるわ」

 

一歩、後ろへ下がる

そして、見上げるように告げる

 

「No.1『ナイト』――ファントム」

 

その名が落ちた瞬間、月明かりが差した

完全に姿を見せるより先に、シルエットだけが浮かび上がる

 

人の形

だが、どこか歪んでいる

 

生きている者の輪郭とも、死んでいる者の静けさとも違う

 

風が吹く

墓石の影が揺れる

 

墓地の空気そのものが、かすかに震えていた

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。