面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

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第13話 凍てつく城と氷牢の姫君

 

吹雪は容赦がなかった

白く荒れ狂う風が視界を削り、足元の輪郭さえ曖昧にしていく

 

その中にあって、氷の城だけが異様なほどはっきりと輪郭を保っていた

 

自然に生まれたものとは思えない

塔も壁も階段も、すべてが透き通るような氷で形作られ、青白い光を鈍く返している

 

美しいと言えば美しい

だがそこには人を寄せつける温度がまるでなかった

 

ユーリたちは吹雪を押し分けるようにして門へ向かう

凍りついた門をくぐった瞬間、背を打ち続けていた風がぴたりと途切れた

 

静かだった

だが寒さだけは消えない

 

むしろ城の内側のほうが冷たかった

肌の表面ではなく、骨の奥へと沁み込んでくるような冷気が満ちている

 

床も壁も天井も、すべてが氷

踏みしめるたび、靴底の下で硬い音が鳴り、その音が長い通路の奥へと反響していく

 

ジャックが肩を縮めた

 

「なんか……嫌な感じッスねここ」

 

自然と声も小さくなる

人の住む場所ではない

 

そう思わせる静けさがあった

先を行くエドワードは迷いがない

 

短い足でせわしなく床を蹴りながら、まっすぐ奥へ進んでいく

 

「急がねばなりません」

 

普段の妙な調子は影を潜め、その声には焦りがはっきりと滲んでいた

 

「理由は」

 

ユーリが短く問う

エドワードは振り返らずに答える

 

「既に城内に侵入した追っ手が、封印を解くARMを持っているとしたら――」

 

一度言葉を切る

氷の壁にその声が薄く反響した

 

「姫様は王妃のもとへ連れ戻されてしまうでしょう」

 

ジャックの表情が強張る

 

「マジッスか……」

 

エドワードはそのまま続けた

 

「それだけではありません」

「たとえ追っ手が辿り着けなかったとしても」

 

足を止めない

ただ前だけを見ている

 

「姫様を封じているARMは、やがてその命すら削る」

 

その言葉が通路に重く落ちる

 

ジャックが息を呑んだ

 

「ちょっと待つッス……」

「じゃあ時間ないってことじゃないッスか」

 

エドワードは小さく頷く

 

「一刻の猶予もありません」

 

ユーリは歩く速度を変えない

 

冷気の中を切るように進みながら、小さく息を吐く

 

「……なら」

「急ぐだけだ」

 

それだけ口にして、また黙る

 

(姫様の救出、か)

(エステルのときより――)

(面倒が少ねぇといいが)

 

胸の内だけで呟き、ユーリは視線を前へ戻した

 

しばらく進むと、通路の空気が微かに変わる

 

冷たさに混じって、どこか淀んだ気配があった

光の届かない暗がりへ踏み込んだ瞬間、ユーリの目がわずかに細くなる

 

同時に、右手のバッボも小さく声を漏らした

 

「……おるな」

 

次の瞬間

 

背後から、空気を裂くように何かが迫る

首元へと当てられる冷たい刃

 

「動くな」

 

低い声だった

ジャックが肩を跳ねさせる

 

エドワードも足を止める

 

だがユーリは動かない

 

首筋に伝わる冷たさにも、呼吸ひとつ乱さないまま、ごく小さく呟いた

 

「……その声」

 

一瞬の間

 

「ドロシーか」

 

背後の気配が止まる

そして首元の刃がすっと離れた

 

「……へぇ」

 

楽しげな声が落ちる

 

「気づいてた?」

「最初からな」

 

ユーリが振り返るより早く、軽い気配が前へ回り込んでくる

 

「久しぶりじゃない!」

 

がばっと飛びつくように抱きつかれ、柔らかい感触が胸元に押し当てられる

 

一瞬だけ、ユーリの視線が揺れた

ほんの刹那

 

だがすぐに目を細め、いつもの調子に戻る

 

「……離れろ」

 

低く短い返事

ドロシーは気にした様子もなく、わざと距離を詰めたまま笑う

 

「もうちょっと喜びなさいよ」

「……邪魔だ」

 

視線を少し逸らすユーリの耳が、わずかに赤い

それに気づいたドロシーが覗き込むように笑った

 

「へぇ」

「ちゃんと反応してるじゃない」

 

ユーリはそれには答えない

代わりにバッボが鼻を鳴らした

 

「また出たか、無礼な魔女め」

 

ドロシーが肩をすくめる

 

「相変わらずね、その言い方」

 

「貴様に払う礼など持ち合わせておらんわ」

 

バッボが即座に返すと、ドロシーはくすっと笑った

 

そのやり取りを軽く流して、ユーリが問う

 

「何してる」

「先に潜り込んでただけ」

 

ドロシーは氷の壁に手を触れながら答える

 

「それに、面白そうだったから」

 

エドワードが苛立ち混じりに声を挟む

 

「面白そう、で済む話ではありませんぞ」

「分かってるわよ」

 

ドロシーは軽く流しながらも、その目だけは真面目だった

事情を聞き終えると、すぐに結論を出す

 

「急いだほうがいい」

「この城、普通じゃない」

 

氷の壁を指先で軽く叩く

乾いた、鈍い音が返る

 

「氷だけじゃない」

「中でも動いてる」

 

ジャックが首を傾げる

 

「動いてるって……どういうことッスか」

 

ドロシーは薄く笑う

 

「そのままの意味」

「通路も構造も一定じゃない」

 

一歩、奥を見やる

 

「下手に迷えば――」

 

わざと軽く言い放つ

 

「熟練の術者でも半日で心臓が止まるね」

 

ジャックの顔が引きつる

 

「さらっと怖いこと言わないでくださいよ!?」

 

ユーリは短く切る

 

「……行くぞ」

 

そのまま奥へ進む

 

さらに冷気が強くなる

吐く息が白く濁り、氷の床へと沈んでいった

 

やがてドロシーがふっと足を止める

ほんの一瞬だけ、後ろへ視線を向けた

 

ユーリも同じように気配を捉える

 

遠い

だが確かに、こちらを追ってくる何かがある

 

ジャックもエドワードも気づいていない

 

「……いや」

 

ユーリは何でもないように言って、そのまま歩を進める

ドロシーが小さく笑い、少しだけ距離を詰めた

 

「ほんと、変わらないわね」

「そういうとこ、嫌いじゃないけど」

 

ユーリは前を向いたまま告げる

 

「後ろ、任せる」

 

それだけ

 

ドロシーの目が細くなる

 

好意を隠す気もない笑みだった

 

「私に任せるの?」

「ずいぶん信用してくれてるじゃない」

 

「手間が減る」

 

淡々と返す

 

ドロシーが吹き出した

 

「ほんと可愛げない」

 

だが楽しそうだった

 

「いいわ」

 

くるりと背を向ける

 

「ちゃんと片付けとく」

 

それから振り返り、少しだけ真面目な声で言う

 

「ちゃんと生きて戻ってきなさいよ」

 

そのまま闇の奥へ消えていく

足音が消えると、また静寂だけが残った

 

ユーリは振り返らない

 

「……行くぞ」

 

短く告げ、さらに奥へ進む

やがて視界の先に、大きな扉が現れた

 

氷でできた両開きの扉

その片方がすでに開いている

 

わずかな隙間から、冷たい光が漏れていた

ユーリの目がわずかに細くなる

 

「……先に入ってるな」

 

扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける

軋むような音とともに、冷気が一気に流れ出した

 

その先は、大広間だった

天井は高く、壁面は一面が青白く光っている

 

静かすぎるほど静かで、風ひとつない

だが、その無音が逆に異様だった

 

そして、その中心に

巨大な氷塊が鎮座していた

 

祭壇のようにも見える

淡く内側から光を放つ、その巨大な氷の中に――少女がいた

 

蒼い髪

透き通るような肌

目を閉じて、まるで眠っているような静かな顔

 

だが完全に封じられている

 

ユーリの視線が止まる

 

「……あれか」

 

その瞬間、広間に別の声が響いた

 

「侵入者だぜ!」

 

軽い声だ

だが奥に潜む殺意は明らかだった

 

もう一つの声が続く

 

「はい」

「それよりも――おもしろいのが一緒にいます」

 

二つの影が氷の奥から現れる

その視線がゆっくりと動き、止まる

 

バッボへ

 

もう一人が静かに口を開いた

 

「情報では、このあたりにいるとのことでしたから」

「ついでに探そうと思っていましたが――」

 

わずかに口元が歪む

 

「向こうから来てくれるとは」

 

氷の床に足音が響く

 

一歩

また一歩

 

ゆっくりと距離を詰めてくる

ユーリは動かない

 

ただ相手を見据えて、短く言う

 

「……追っ手か」

 

緊張の張り詰めた空気の中、エドワードが前へ出る

 

視線は氷塊へ向けたまま

その声は震えていた

 

「エド、氷の中にいるのが」

「……姫様でございます」

 

「このメルヘブンの象徴とも言える我が国――」

 

「〝レスターヴァ〟の正統後継者」

「スノウ姫でございます」

 

誇りと、焦りと、痛みが入り混じった声だった

 

ジャックが目を見開く

 

「レスターヴァって言ったらメルヘブンの中心になるような大国ッスよ!」

 

「そこのお姫様ってことは――」

「お姫様中のお姫様じゃないッスか!」

 

ユーリは氷の中の少女を見たまま、短く返す

 

「……今さら肩書きはどうでもいい」

「助けるだけだろ」

 

それからエドワードへ視線を向ける

 

「エド」

「はっ」

「あの氷、溶かせるのか」

 

エドワードは即答した

 

「はい!」

「万が一に備えて、火のARMを預かっております」

 

強く頷く

 

「それを使うことさえ出来れば――姫様を解放できます」

 

その返答を聞き終えた瞬間、ユーリは一歩前へ出た

右手にバッボのハンマーを持つ

 

同時に、左手には剣が現れる

 

氷の光を受けて鈍く輝く刃

メルヘブンに来てから思いつきでやるようになった

 

剣玉と剣の二刀流

 

広間の空気が一段と張り詰めた

 

ユーリが口を開く

 

「……なら」

 

一歩踏み出す

 

「あいつら退かすとするか」

 

バッボが高らかに言い放つ

 

「野蛮な輩どもに――」

「紳士としての鉄槌を食らわせてやるとするかの!」

 

その言葉を聞いた二人の敵のうち、軽いほうの男が肩をすくめて笑った

 

「へぇ」

「オレたちが野蛮、ねぇ」

 

バッボを見ながら、面白がるように口元を吊り上げる

 

「聞いてた話とずいぶん違うじゃん」

「こんなキャラだったっけ?」

 

隣にいるもう一人――ロコが静かに答える

 

「……記憶が欠けている可能性がありますね」

「あるいは、別の要因か」

 

男は軽く首を回した

 

「ま、どっちでもいいか」

 

「ここ数日さ」

「宴続きで酒ばっか飲んでてさ」

 

にやりと笑う

 

「そろそろ体動かしたかったんだよね」

 

ロコは表情を変えない

 

「ロコはやりません」

「お酒も口にしていませんでしたし」

 

温度差のあるやり取り

 

だがどちらにも余裕がある

男が肩を鳴らして前へ出る

 

「……ならこうしよう」

 

視線をユーリへ定める

 

「バッボを持ってるアンタ」

「一対一でやろうぜ」

 

ユーリの目がわずかに細くなる

 

「……なに?」

 

短い返し

男は肩をすくめる

 

「決闘の基本だろ?」

「一対一ってやつ」

 

わざとらしく間を置き、広間を見回す

 

「ま、怖いなら――」

 

にやりと笑う

 

「まとめて来てもいいけどな?」

 

挑発だった

 

軽い調子

だがその奥に、はっきりとした自信がある

 

氷の大広間に張り詰めた静寂が落ちる

次の瞬間には、それが戦いの音で砕け散る

 

 

そんな予感だけが、広間いっぱいに満ちていた

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