面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

15 / 25
第15話 眠り姫の目覚めと第二次メルヘブン大戦

 

白い光が、ゆっくりと収まっていく

 

氷の大広間に満ちていた眩しさが薄れ、輪郭が戻る

そこに立っていたのは――

 

先ほどまでとは、まるで別人の姿だった

 

がっしりとした体格

厚い胸板と広い肩幅

 

長めの黒髪を後ろへ流し、前髪は額の上で分かれるように揺れている

 

精悍な顔立ち

頬から目元へ走る一本の傷

 

鋭い目が、戦場を見据えていた

 

その男が口を開く

 

「おやすみ――そんで、おはようだ」

 

低く落ち着いた声が、場の空気を塗り替える

 

イアンが目を細める

 

「犬のおじさんじゃん」

「アンタ、最近うちの連中から評判悪いよー」

 

次の瞬間

イアンの踏み込みは止まる

 

拳が、掴まれていた

音もなく

 

完全に

止められている

 

「へぇー」

 

男が視線を落とす

 

「良いARM持ってんじゃねぇか」

 

イアンの腕を見やる

 

「ブレスレット型ウェポンARM……“パイソンウィップ”」

「まあ、使い手が下手くそだけどな」

 

低く言い放つ

 

イアンの笑みがわずかに消える

 

男はそのままユーリへ視線を向ける

 

「よくやった。褒めてやんぜ」

 

ユーリが眉をひそめる

 

「なんだオッサン?」

「エドはどうした?」

 

男は肩を鳴らす

 

「今は俺がエドだ」

「どういうことだ?」

「事情があってな。元々は別々の存在だったが、今は2人で1人なんだよ」

 

「犬のエドが3回寝るとオレが出る。オレが1回寝ると犬の方が出てきちまう」

 

ユーリが息を吐く

 

「なんだそりゃ。随分と愉快な状態になってんだな」

 

男は小さく笑い、懐からARMを取り出す

赤い光を帯びたそれを無造作に投げる

 

ユーリが片手で受け取る

 

「それを投げりゃ封印は解ける」

 

ユーリは視線だけを向ける

 

「いいのかよ。おいしいとこ、もらっちまって」

 

男は肩をすくめる

 

「ここまでの礼だ」

「早くしろ」

 

ユーリは返事をしない

ただ動く

 

床を蹴り、一直線に氷塊へ向かう

イアンの目が変わる

 

「おいおい、そっちはダメだろ」

 

消える

進路を塞ぐ

 

鞭がしなる

空気を裂く

 

その瞬間

 

横から重い衝撃

 

イアンの身体が弾かれる

男が立っていた

 

「お姫様の眠りを覚ますシーンだ」

「野暮なマネすんじゃねぇ」

 

ユーリは止まらない

 

氷塊へ到達する

火のARMを振りかぶり、そのまま投げる

 

突き刺さる

次の瞬間

 

熱が走る

氷の内部に赤い光が広がる

 

ひびが入り、音を立てて広がる

 

氷が軋み、崩れる

 

溶けるように、透明だった氷が水へと変わり流れ落ちる

中にいた少女の姿が露わになる

 

長い髪

深い紺

 

光の加減で青紫にも見える

背中まで伸びたそれが静かに揺れる

 

前髪は眉のあたりで揃い、左右へ流れる

整った顔立ち

やわらかい輪郭

 

長いまつ毛

閉じられていた瞳が開く

 

淡い光を宿した瞳が揺れる

 

そのまま前へ倒れ込む

ユーリが受け止める

 

距離がわずかに狂う

唇が触れる

 

ほんの一瞬

すぐに離れる

 

少女はユーリの腕の中に収まる

 

きょろきょろと周囲を見渡す

 

「あっ……!」

 

「エド!」

「やっぱり助けに来てくれた!」

 

男が肩をすくめる

 

「ちがうぜ、スノウ」

「助けを呼びに行ったのは犬のエドで、おめぇを助けたのはそこにいる男だ」

 

スノウの視線がユーリへ向く

 

目が合う

頬がほんのり赤くなる

 

ユーリは視線を逸らす

 

「……お前のオトモの犬が必死だったもんでな」

 

ジャックがにやにやする

 

「ユーリ、素直じゃないッスね」

 

バッボも鼻を鳴らす

 

「まったくじゃ」

 

そのとき

空気が変わる

 

入口側

闇の中から影が現れる

 

異様な姿

仮面のような頭部

 

空洞のような目

歪んだ口元

 

トマトの被り物のような形状

暗いローブ

 

背中には十字架の棺桶

 

「遅くなったなロコ」

「姫様、まだ生きてるか?」

 

ロコが淡々と返す

 

「遅いです。おかげで状況が悪いです」

 

男は肩をすくめる

 

「ああ」

「姫様を連れていくのも一時中断だ」

「世界にチェスの兵隊(コマ)を思い出させろ、だってよ」

「――“ファントム”が」

 

その名が落ちた瞬間、空気が凍る

ロコは頷く

 

「了解しました」

 

その直後

エドが声を上げる

 

「おいコラ!トマト野郎!」

「何コソコソ話してんだ?」

 

トマト頭がゆっくりと振り向く

 

「ホウ……話には聞いていたが」

「本当にアランか」

 

エドは肩を鳴らす

 

「今はエドだ」

「こうして会うのは6年ぶりか」

 

ユーリが口を開く

 

「おい、オッサン」

「あのトマト頭と知り合いなのか?」

 

エドは鼻で笑う

 

「昔ちょっとな」

 

トマト頭がユーリへ視線を向ける

 

「……なんだあの男は?」

 

イアンが肩をすくめる

 

「オレっちのこと、ボロボロにしたユーリ」

「は?」

「お前がアイツに?冗談だろ!」

 

アランが口を挟む

 

「マジだっつったらどうするよ、ハロウィン」

 

ハロウィンの視線がユーリへ突き刺さる

 

「……お前、何者だ」

 

ユーリは肩をすくめる

 

「そこの糸目の話聞いてなかったのか?」

 

ロコが静かに口を開く

 

「バッボを使ったのです」

 

ハロウィンの沈黙

視線がバッボへ移る

 

「話には聞いていたが……」

「ホントにファントム以外に使われてるのか?」

 

「そいつになついちまったか?」

「バッボ」

 

バッボが声を荒げる

 

「ワシをイヌのように言うな!無礼者が!」

 

イアンが肩をすくめる

 

「記憶ないんだってさ」

 

 

ジャックが前に出る

 

「お前らユーリをナメないほうがいいッスよ!」

「ユーリは異世界から来た人間ッス!」

 

アラン、スノウ、ロコが無言で反応する

ハロウィンが低く問う

 

「……それは本当か?」

 

ユーリは軽く返す

 

「さぁ、どうだかな」

 

沈黙

ハロウィンが口を開く

 

「イアン、ロコ……とりあえず今は退くぞ」

「ファントムの指令はあくまで全員が集結することだ」

「しかし――今回も楽しい戦争になるかもな」

 

次の瞬間

空気が歪む

 

イアンの姿が揺らぐ

ロコの輪郭が崩れる

 

ハロウィンの影が滲む

 

そして

消える

 

完全に

静寂が戻る

 

氷の大広間に残ったのは

 

戦闘の痕跡と

重く残る言葉だけだった

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。