面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

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第16話 情報の整理と修練の門

 

チェスの三人の気配が、完全に消える

氷の大広間に静けさが戻った

 

先ほどまで激しくぶつかり合っていた殺気だけが、まだ薄く空気の中に残っている

ユーリが小さく息を吐く

 

「……退いたか」

 

アランが肩を回しながら答える

 

「あぁ、あっさり退いたな」

 

ユーリは氷の床に残る戦いの痕を見やる

 

「逃げたわけじゃなさそうだな」

 

アランが鼻を鳴らす

 

「こうもあっさりしてるとイヤな予感がすんなぁ」

 

しばしの沈黙

 

氷の中から解放されたばかりのスノウは、まだ少しだけ疲れを残した顔でユーリのそばに立っている

 

ジャックは落ち着かない様子であたりを見回し、バッボは腕の中で偉そうに顎を上げていた

 

その空気を切るように、アランがユーリへ視線を向ける

 

「しかし、お前が異世界から来たとはな」

 

わずかに目を細める

 

「門番ピエロを使ったか?」

 

ユーリが視線だけを返す

 

「……よくわかったな」

 

アランは小さく笑う

 

「オレも昔使ったことがあんだよ」

 

その目が少しだけ遠くを見る

 

「別の奴だったけどな」

 

ユーリはそれ以上深くは聞かず、短く鼻を鳴らすに留めた

 

そのとき、スノウがおずおずと一歩前に出る

 

「あの、ユーリさん」

 

ほんのり頬を赤くしながら、それでもまっすぐに微笑む

 

「はじめまして」

「スノウっていいます」

 

ぺこりと頭を下げる

 

「助けてくれてありがとう!」

 

その飾り気のない感謝に、ユーリはほんの少しだけ視線を逸らした

 

「あぁ、よろしくな」」

 

短い返事

だが、それだけでスノウの表情はさらに明るくなる

 

しかしすぐに、彼女は恥ずかしそうに目を泳がせた

 

「えとっ、さっきのは……」

 

思い出したのか、頬の赤みが強くなる

ユーリもまたわずかに気まずそうに鼻先をかき、ぶっきらぼうに言う

 

「……さっきは悪かったな」

「気にしないでくれ」

 

スノウはぱちりと目を瞬かせ、それから小さく頷いた

 

その様子を見ていたジャックがにやにやしだす

 

「ユーリ、素直じゃないッスね」

 

バッボもすかさず鼻を鳴らす

 

「まったくじゃ」

 

ユーリは面倒そうに眉をひそめるが、言い返しはしなかった

 

場面が変わる

城の上空

 

冷たい風を切りながら、ドロシーが悠々と空を滑っていた

眼下には氷の城

 

その内部で起きたことを見届けるように、ゆっくりと旋回する

 

口元がわずかに緩む

 

「やったじゃない、ユーリ!」

 

どこか誇らしげな声

 

だが次の瞬間、眉が寄る

 

「……でも」

 

小さく呟く

 

「なんでかムカムカする」

 

自分でも理由がわからないように首を傾げながら、それでも視線はずっとユーリへ向けられていた

 

さらに場面が変わる

 

 

城近くの港町

 

『ベリカ』

 

船の軋む音

潮の匂い

 

行き交う人々のざわめき

 

その一角にある木造の飲食店で、一行はようやく腰を落ち着けていた

 

暖かな空気に包まれた店内で、アランがコップを軽く持ち上げる

 

「とりあえず、ご苦労だったな、お前ら」

 

スノウも嬉しそうに笑う

 

「本当にありがとう!」

「みんな!」

 

その素直な声に、張りつめていた空気が少しだけ和らぐ

 

スノウはユーリへ向き直る

 

「スノウって呼んでね」

 

親しげに微笑む

ユーリは軽く頷く

 

「ユーリ・ローウェルだ」

 

短く名乗る

ジャックが胸を張る

 

「オレはジャックッス!」

「穴掘りなら任せてほしいッス!」

 

バッボも負けじと声を張る

 

「ワシはバッボじゃ」

「由緒正しきARMであること、忘れるでないぞ」

 

スノウがくすりと笑う

 

ようやく、本当の意味で顔合わせが済んだような空気が流れた

やがてアランがコップを置き、表情を少しだけ引き締める

 

「さて、今のうちに情報を整理しとかねぇとなぁ」

 

ユーリへ視線を向ける

 

「ユーリ、お前がここに来て何日経った?」

 

ユーリは天井を見上げるようにして考える

 

「さてな」

「ここまでバタバタだったから正確にはわからねぇけど」

「10日も経ってねぇはずだぜ」

 

アランが頷く

 

「じゃあこの世界について、ほぼ何も知らない状態ってことだな」

 

ユーリは軽く肩をすくめる

それが肯定だった

 

アランは指で机を軽く叩きながら言う

 

「オレたちが今いるのは『パヅリカ』っつう小せぇ島だな」

「そして南の大陸にあるのが『レスターヴァ』」

 

スノウの方へ視線を向ける

 

「スノウの故郷で、今はチェスの拠点だ」

 

そこで小さく息をつく

 

「オレがこの説明するのも2回目だな」

 

その言葉に、ユーリが少しだけ思い出したように顔を上げる

 

「そういえば言ってたな」

「前に『門番ピエロ』を使ったことがあるって」

 

アランは短く頷く

 

「あぁ」

「最初に教えたのも異世界から来た男だった」

「お前と同じ世界かはわからねぇけどな」

 

そして少しだけ声を落とす

 

「その男は救世軍【クロスガード】のリーダーだった」

 

ジャックが目を丸くする

 

「救世軍……?」

 

アランは簡潔に答える

 

「チェスの兵隊に対抗してた連中だ」

 

そのまま続ける

 

「だがそいつは、ファントムと相討ちになった」

 

店のざわめきが、少しだけ遠く感じられた

スノウがそっと立ち上がる

 

「……あの」

「ちょっと外、見てきてもいいですか?」

 

バッボも興味ありげに動く

 

「ほう、散歩か」

 

アランが軽く手を振る

 

「構わねぇよ」

 

だが、そのままバッボへ指を向ける

 

「ただし、お前は目立つからな」

「しゃべるなよ」

 

バッボが不満げに唸る

 

「ぬう……」

 

スノウはくすりと笑い、バッボを抱える

 

「ふふ、行きましょうか」

 

二人が店の外へ出ていき、扉が閉まると、店内には男たちだけの少し重い空気が戻った

 

アランがぽつりと呟く

 

「……スノウは強いよな」

 

視線は扉の方へ向けたまま

 

「今まで何不自由なく暮らしていた王国の姫君」

「それが今や義理の母親に生命を狙われている」

 

低く続ける

 

「それでもへこたれずにスノウは笑ってるんだ」

 

ユーリは静かにその言葉を受け止め、短く返す

 

「あんな姫さんにまでそんな思いをさせるのが、チェスってことか」

 

アランが頷く

 

「ああ」

「また世界中にたくさんの悲しみが生まれちまう!」

 

その重い言葉のあと、ユーリがゆっくり口を開いた

 

「……オレはこの世界の人間じゃない」

「だが知っちまったことを知らないフリするなんて器用なマネもできねぇ」

 

まっすぐ前を見たまま、続ける

 

「だからチェスとの戦い、オレに任せときな!」

 

アランが鼻で笑う

 

「かなり永い道のりになるぞ」

「帰りたくならねぇのか?」

 

ユーリは少しだけ目を細めた

 

「〝義を持って事を成せ、不義には罰を〟」

 

アランが眉をひそめる

 

「なんだそりゃ?」

 

ユーリは肩をすくめる

 

「元の世界でオレの所属しているギルドの掟だよ」

「このまま元の世界に帰ったら掟を破ることになっちまう」

 

「罰を受けるのはゴメンだ」

 

その答えにアランは口元を歪める

 

「生意気言いやがって」

「チェス全員倒せるほど強くなれんのかよ」

 

ユーリは目を逸らさない

 

「腹はくくったぜ」

 

短い一言

だが十分だった

 

その空気をぶち壊すように、アランが突然立ち上がる

 

「スノウ!!」

 

店中に響く声

外からすぐにスノウが顔を出す

 

「はいっ?」

 

アランがニヤリと笑う

 

「久しぶりにあれやるぞ!」

 

スノウの顔がぱっと明るくなる

 

「えっ!?あれですか!?」

 

そのままバッボを抱えたまま店に戻ってくる

ユーリが呆れたように眉を寄せる

 

「……なんだ?」

 

アランはそれに答えず、外を指さす

 

「場所はいつものとこだ」

 

場面が変わる

 

港町の外れ

木々の生い茂る森の中

木漏れ日が差し込む静かな場所で、一行は足を止める

 

ユーリがあたりを見回す

 

「こんな森ん中で何すんだ?」

「修行でもすんのか?」

 

ジャックが目を丸くする

 

「しゅ、修行ッスか?」

 

アランが口元を歪める

 

「察しが良いな」

 

そのままユーリへ視線を向ける

 

「ユーリ、てめぇのARMはバッボだけか?」

 

ユーリが肩をすくめる

 

「いや」

「バッボの前に指輪型の剣のARMを貰ってるぜ」

「何の能力も無いみたいだけどな」

 

ジャックが勢いよく頷く

 

「能力無しでもユーリは強いッスよね」

 

アランはユーリの言葉を受けて、ゆっくり口を開いた

 

「実は6年前にバッボを封印したのは俺だ」

 

ユーリが目を細める

 

「じゃあオッサンが、あの洞窟に?」

 

アランは短く頷く

 

「あぁ」

「あの宝箱はARMでな、魔力がゼロの人間じゃないと開けることができねぇ」

「だが魔力ゼロの奴じゃあガーディアンは倒せねぇ」

「そういうトラップだ」

 

ユーリが腕を組む

 

「その魔力ってのはどんなもんなんだ?」

 

アランが小さく笑う

 

「魔力か」

「そういやここに来たときから感じてたぜ」

 

その瞬間、アランの身体から見えない圧が放たれる

近くの石柱が内側から弾けるように砕け散った

 

破片が飛び、ジャックが目を見開く

 

「なっ……!?」

 

アランはそのまま森の一点を見据える

 

「そこにいるやつ、出てこい!」

 

森の奥で気配が揺れる

 

「けほっ、けほっ……」

「何すんのさ」

 

文句を言いながら姿を現したのはドロシーだった

ユーリが目を細める

 

「……なんだ、テメェか」

 

ドロシーがふんと鼻を鳴らす

 

「悪い?」

 

アランが腕を組む

 

「後ろからついてきてたのか」

 

ドロシーは肩をすくめる

 

「別に、ちょっと気になっただけ」

 

ユーリが軽く顎で彼女を示す

 

「こいつに連れられてバッボのあった洞窟に行ったんだよ」

 

アランが小さく頷く

 

「納得」

「まあ、バッボ渡すくらいだからチェスじゃねぇよな」

 

ドロシーが一歩前へ出て、ユーリをかばうように言う

 

「こら、オヤジ!ユーリに何しようってのさ」

 

アランが鼻で笑う

 

「盗み見してたくせに態度でっけーな」

 

その空気を、スノウの柔らかな声が和らげる

 

「ユーリの友だちなんでしょ?」

「だったら悪い人じゃないよ」

 

 

ドロシーは何も言わず、ただスノウをじっと見る

 

(……女の勘)

 

(この娘、私にとって邪魔になりそう)

 

胸の内だけで呟き、わずかに目を細める

 

 

アランがわざとらしく咳払いをひとつする

 

「いいか?」

 

「魔力は特殊能力を持つARMを使う『ARM使い』から発せられる力だ」

「強力なARMを使ったり、ARM使いとしての経験を積むことで成長していく強さの証明だな」

 

そしてユーリとジャックを見る

 

「ちなみにジャックも含めてテメェらから感じられる魔力は未だにゼロだ」

 

ジャックが固まる

 

「えぇっ!?」

 

ユーリはあまり驚かず、ただアランを睨むように見る

アランは続ける

 

「良いか?テメェらはまだARMを使いこなせてねぇ」

 

ユーリが面倒そうに眉を寄せる

 

「その話いい加減聞き飽きたな」

「どうしろってんだよ」

 

アランがニヤリと笑う

懐から、小さな赤い玉を三つ取り出す

 

「バッボにつけろ」

 

ユーリが受け取り、バッボのハンマー側に空いた穴へと嵌め込む

 

カチリ、と音がした

 

アランが言う

 

「それはマジックストーン」

「バッボの力の源だ」

 

ユーリが眉を上げる

 

「で?こいつをどうすりゃいいんだ?」

 

アランが肩をすくめる

 

「そっから先は自分で考えな」

 

次の瞬間、空気が歪んだ

 

『ディメンションARM〝修練の門〟』

 

地面に光が走り、四角い巨大な門が姿を現す

 

ユーリ&バッボとスノウ

ジャックとドロシー

 

それぞれの足元に門が開き、一瞬で身体が引きずり込まれた

 

 

アランの声だけが追いかけてくる

 

 

「強くなるかはテメェら次第よ!」

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