面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】 作:サクレール
ユーリがゆっくりと拳を開く
そのとき
スノウがふと思い出したように顔を上げた
「あ、そうだ」
少しだけ得意げに
「ユーリに見せておきたいものがあるの」
そう言って、一歩前に出る
手にしているARMをそっと持ち上げた
空気が変わる
ひんやりとした感触が周囲に広がる
スノウの周囲に、小さな光の粒が浮かび始める
白い粒子
それは雪のように舞い
ゆっくりと集まり
形を作っていく
ユーリの視線が自然とそちらへ引き寄せられる
「……」
言葉はない
ただ観察する
光が収束する
そして現れたのは
丸みを帯びた白い身体
小さな腕
愛嬌のある顔
氷と雪でできた存在
「これが私のガーディアンARM」
スノウが少しだけ誇らしげに言う
「『スノーマン』」
その名と同時に
スノーマンがわずかに動く
意思があるように
ユーリはゆっくりと一歩近づく
目を細める
「へぇ……」
腕を組む
「これもARMか」
視線を上下に動かす
作りを観察する
「前に見た、鋼の巨人みたいなやつとは違うな」
スノウが頷く
「うん!」
「これもガーディアンARMなの!」
少しだけ身振りをつけながら説明する
「肉弾戦が苦手な人がよく使うARMでね」
スノーマンを見る
「代わりに戦ってくれるの」
ユーリが小さく頷く
「なるほどな……」
しかしすぐに違和感に気づく
「でも」
視線をスノウへ戻す
「それ出してる間、お前は動いてねぇよな」
スノウが少しだけ真剣な顔になる
「うん」
はっきりと答える
「ガーディアンが出てる間は、使用者は一定範囲から動けないんだ」
ユーリの眉がわずかに動く
「制約付きってわけか」
納得したように小さく呟く
スノウはさらに続ける
「でもね」
少しだけ楽しそうに
「ガーディアンARM以外にも、ARMっていろんな種類があるんだよ」
指を立てる
「姿も形も違うし」
「能力も全然違うの」
ユーリは黙って聞いている
「なかにはしゃべるガーディアンARMもあるよ」
そう言って
ちらりと横を見る
その視線の先には
今やユーリの相棒といえる存在
バッボ
スノウが少しだけ首を傾げる
「でも……」
不思議そうに
「バッボさんみたいに、ARM自体が普通に話してるのは見たことない」
一瞬の間
バッボが鼻を鳴らす
「ふん」
腕の上で偉そうに顎を上げる
「当然じゃ」
「ワシはそこらのARMとは格が違う」
自信満々
ユーリが呆れたように視線を落とす
「はいはい」
軽く流す
だが
その目は少しだけ細められていた
(確かに……)
普通じゃない
しゃべるだけじゃない
意思がある
性格がある
“相棒”のような存在
この世界に来て10日足らずではあるが、そんなARMは見たことがない
この世界の住人であるスノウが、そんなに言うなら本当に珍しいARMなのだろう
バッボをじっと見つめていた
「不思議だね……」
ぽつりと呟く
バッボはふんと鼻を鳴らす
「凡人には理解できんだけじゃ」
その言い方に
ユーリが小さく息を吐く
「態度だけはデカいな」
軽く返す
だが
否定はしていない
むしろ
どこかで認め始めていた
スノウはしばらくバッボを見つめていた
興味だけではない
どこか、引っかかるような視線
やがて
ふっと目を伏せる
「……ねぇ」
声のトーンが、ほんの少しだけ落ちる
ユーリが視線を向ける
「なんだ?」
短い返事
スノウはゆっくりと息を整え
言葉を選ぶように口を開く
「能力の低いARMとかなら、お店でも売ってるんだけど」
「すごい能力のARMは売ってないの」
ユーリは何も言わない
ただ黙って聞いている
スノウの指先が、わずかに強く握られる
「だから……」
言葉を続けながら
少しだけ視線が揺れる
「エドにかけられた呪い、解いてあげたいなって思ってるの」
静かな声
だが、迷いはない
ユーリの視線が、ほんのわずかに動く
「……あぁ」
短い相槌
それ以上は言わない
だが
知らないわけではない
理解していないわけでもない
ただ、軽く扱うつもりもない
その温度だけが残る
スノウは続ける
「2人で1人なんて……」
小さく息を吸う
「かわいそうだよね」
その言葉は、押しつけではない
ただ
本気でそう思っているだけ
ユーリは少しだけ視線を逸らす
(……こいつ)
心の中で小さく呟く
王族
自分が追われる立場
それでも
他人のことを考えている
それも、当たり前のように
ユーリはゆっくりと息を吐いた
そして
「今は」
一言だけ置く
スノウが顔を上げる
ユーリは続ける
「目の前のやれることから片付けたほうがいいんじゃねぇか?」
現実的な言葉
だが、突き放してはいない
スノウがきょとんとする
「えっ?」
ユーリは肩をすくめる
「わかんねぇことは、みんなで考えりゃいい」
軽く言う
だが視線は真っ直ぐ
「一人で抱え込む必要はねぇだろ」
「オレもできる範囲で手伝ってやるよ」
その言葉に
スノウの目が大きく開く
驚き
そして
すぐに笑顔に変わる
ユーリは少しだけ視線を逸らす
「それにこれからチェスの連中と戦うならな」
少しだけ言い訳のように付け足す
「そういうARMも見つかるかもしれねぇし」
可能性として提示する
否定はしない
スノウは力強く頷く
「うん!」
迷いのない声
ユーリも小さく頷く
「そのためにも」
一歩踏み出すように
「強くならねぇとな」
スノウが笑う
「頑張ろうね!」
そして
自然な動きで
ユーリの両手を、ぎゅっと握る
温もり
柔らかい感触
突然の接触
ユーリの思考が一瞬止まる
「……」
スノウがまっすぐ見上げる
「一緒に強くなろうね!ユーリ!」
その目に迷いはない
ユーリは一瞬だけ視線を逸らす
だが
すぐに戻す
軽く息を吐く
「おう!」
短く
だが、はっきりとした返事
その瞬間
二人の距離が、確かに縮まった
スノウの手の温もりが、まだ残っている
その感触が消えきる前に
違和感が走った
ユーリの隣
バッボが震えている
「……?」
ユーリの視線が落ちる
バッボの身体が、わずかに揺れている
「ぐぬっ……!」
苦しそうな声
「な、なんじゃこれは……!」
震えが強くなる
次の瞬間
光が漏れ出した
バッボの身体の隙間から
内側から押し出されるように
強い光
ハンマー部分も同じように輝き始める
ユーリが腕を上げる
「おい、大丈夫か?」
問いかける
だが
返事はない
代わりに
別の“声”が響いた
『マジックストーンに登録されていた能力は削除されています』
無機質な音
感情のない声
空間そのものから発せられているような響き
ユーリの眉がわずかに寄る
「……なんだ?」
周囲を見る
だが、発信源は特定できない
スノウも戸惑っている
「こんなの……見たことない」
さらに声が続く
『新しい能力を設定してください』
一瞬の静寂
ユーリが低く呟く
「設定……?」
理解は追いつかない
だが
やるべきことは見えてくる
スノウが首を振る
「わからないよ……」
すると
その問いに応じるように
『ARM〝バッボ〟の能力を持ち主が想像して創造するのです』
空間に響く説明
ユーリの目が細くなる
「……想像して、創造する?」
確認するように呟く
さらに続く
『頭の中で自由に能力を創り上げてください』
『そのときバッボはその姿となり、力を発揮するでしょう』
ユーリはゆっくりと目を閉じる
思考を落とす
余計なものを切り捨てる
浮かぶのは
剣
踏み込み
斬撃
間合い
そして
それを支える力
かつて自分の腕に装着されていた補助具
力を引き出す媒体
自分の戦い方に最も馴染む形
そのイメージが固まる
バッボの光が強くなる
応えている
ユーリの想像に
形が崩れる
ハンマーの輪郭が歪む
圧縮されるように細くなり
滑らかに変形していく
円を描く
収束
そして
ユーリの腕へ
装着される
カチリ
はまる感触
重さはある
だが違和感はない
むしろ
“馴染む”
まるで最初からそこにあったかのように
光が消える
静寂
バッボの声が戻る
「……なんじゃ?」
一瞬の間
「腕輪?」
戸惑い
「わしはいつの間に腕輪になったんじゃ!?」
ユーリが軽く腕を振る
可動を確かめる
問題ない
視線を落とす
腕輪となったバッボを見る
口元がわずかに歪む
「一つ目の能力――」
「擬武醒魔導器(イミテーションブラスティア)ってとこか」
スノウが目を丸くする
「腕輪……?」
じっと見つめる
「すごくシンプルだね」
一瞬の間
「どんな能力なの?」
ユーリは肩をすくめる
「さてな」
軽く答える
「あんまり派手なのは思い浮かばなくてな」
腕輪を見下ろす
少しだけ目を細める
「能力は――」
息を吐く
「乞うご期待ってやつだ」
余裕のある言い方
だがその目は
しっかりと先を見据えていた
ユーリの言葉が、空気に残る
その直後だった
ズン……
低く、重い振動
足元がわずかに揺れる
地面の奥から何かが“せり上がる”ような感覚
ユーリの視線が前方へ向く
「……来るか」
短く呟く
次の瞬間
ゴゴゴゴ……
岩が擦れ合う音
地面が割れる
隆起する
土と岩が持ち上がり
形を成す
巨大な影
ひとつではない
ふたつ
みっつ
いくつも
石の塊が、人の形へと変わっていく
関節が組み上がる
腕が生え
脚が固まり
頭部が形成される
ーーそして
完全に立ち上がる
岩の巨人ーーストーンゴーレム
鈍い音を立てて、一歩踏み出す
ドン……
重い
圧がある
ユーリが目を細める
「なんだ?こいつら?」
スノウが一歩前に出る
表情が引き締まる
「ガーディアンARM――〝ストーンゴーレム〟」
はっきりと告げる
「エドにこの近辺に野放しにされてる」
「【実戦】っていう第一関門だよ」
ユーリが小さく息を吐く
「なるほどな……」
そのまま構えを取る
だが
スノウが軽く振り返る
「てことで」
少しだけ笑う
「お先に」
次の瞬間
スノーマンが動く
空気が一気に冷える
雪が舞う
白い粒子が一瞬で広がる
スノーマンが現れる
そして
降ってくる巨大な雪だるま
ドゴォンッ――!!
衝撃
最初のゴーレムの上半身が砕け散る
破片が飛び散る
間髪入れず
二体目
三体目
連続で叩き潰される
圧倒的な制圧力
ユーリが口元を歪める
「派手にやってくれんな」
軽く肩を回す
そして
指輪型のARMが光る
剣が展開される
金属音
刃が伸びる
そのまま一歩踏み出す
「それじゃあオレも――」
腕のバッボをちらりと見る
「試してみますか」
地面を蹴る
踏み込み
一瞬で間合いを詰める
速い
明らかに今までよりも速い
(……身体が前よりも軽いな)
身体がよく動く
力が乗る
剣が振り抜かれる
ゴンッ――!!
硬い感触
だが
砕ける
ゴーレムの腕が弾ける
続けざまに横薙ぎ
胴体に直撃
ヒビが走る
そして
崩れる
次
さらに次
無駄がない
流れるような動き
斬る
砕く
叩く
身体が勝手に最適解を選んでいるような感覚
(これが……)
腕を見る
(擬武醒魔導器か)
理解する
戦闘能力そのものが底上げされている
気づけば
残るは一体
最後のストーンゴーレム
ユーリが足を止める
呼吸を整える
視線を落とす
腕輪
バッボ
静かに光っている
(だったら……)
剣を構える
引く
意識を集中させる
斬撃を“飛ばす”イメージ
届かせる
形にする
想像を、力に変える
踏み込む
振り抜く
「――蒼破刃!!」
撃が放たれる
空気を裂く音
一直線
衝撃波が走る
ゴーレムに直撃
一瞬の静止
そして
真っ二つ
崩壊
巨体が崩れ落ちる
地面に激突する音が響く
砂塵がゆっくりと舞う
ユーリは剣を軽く振る
残った感触を確かめるように
そして
腕のバッボへ視線を落とす
口元がわずかに上がる
「……悪くねぇな」
短い一言
だが
その声には、確かな手応えがあった