面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

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第21話 見逃しの代価と次の目的地

 

土煙がゆっくりと晴れていく

戦いの余韻だけが残る

 

抉れた大地

静まり返った空気

 

その中心で

イアンは膝をついていた

 

呼吸は荒い

全身にダメージが残っている

 

だが

まだ倒れてはいない

 

ユーリはその前に立つ

 

距離は近い

いつでも終わらせられる間合い

 

沈黙

数秒

風が吹く

 

その静寂を破ったのは

イアンだった

 

「ユーリ、取引だ」

 

低い声

だがはっきりしている

 

ユーリの眉がわずかに動く

 

「あん?何だ急に」

 

軽く返す

だが視線は外さない

 

イアンがゆっくりと片手を上げる

 

その手に淡い光が宿る

空気がわずかに揺れる

 

次の瞬間

光が形を持つ

 

羽を持つ小さな存在

ホーリーARM

 

「ホーリーARM〝癒しの天使〟こいつはある程度の傷や痛みを治す」

 

柔らかな光が揺れる

イアンの視線が横へ動く

 

倒れているギド

動かない

 

「これをギドに使わせてくれ」

 

低い声

迷いはない

 

そしてユーリを見る

 

「要求をのむなら、このARMをやるよ」

 

空気が張り詰める

その沈黙を崩したのは

 

アランだった

 

「そいつはただのポーン兵じゃねぇのか?チェスのくせにお優しいことだな」

 

皮肉

だが核心を突く言葉

 

イアンの目がわずかに細くなる

 

そのとき

ユーリが肩の力を抜いた

 

「別にいいんじゃねぇの?」

 

軽い一言

ジャックが驚く

 

「いいんスか?」

 

ユーリは気にしない

 

「こっちも修行終わったばっかりで疲れたし、そっちが退いてくれんなら文句はねぇさ」

 

淡々とした口調

だが主導権は握ったまま

 

さらに続ける

 

「それにおっさんの怪我も治せるしな」

 

視線がアランへ向く

スノウがすぐに頷く

 

「うん!そうだね」

 

アランが鼻を鳴らす

 

「フンッ!余計なお世話だ」

 

だが拒絶ではない

イアンが小さく息を吐く

 

立ち上がる

 

ふらつきながらもギドの元へ向かう

膝をつく

 

その身体を抱き起こす

意識はない

 

イアンの手が仮面に触れる

 

ゆっくりと外す

その下から現れたのは

 

短髪の少女の顔だった

ジャックが息を呑む

 

イアンは構わず

ホーリーARMの光を強める

 

優しい光がギドを包み込む

傷が塞がっていく

 

呼吸が安定する

やがて光が収まる

 

イアンが立ち上がる

ギドを抱えたまま

 

ユーリを見る

 

「今回はオレっちの負けだ」

 

潔い声

だが目は死んでいない

 

「だがなユーリ、オレはまたおめーの前に現れるぜ」

 

宣言

逃げではない

 

次へ繋がる言葉

ユーリは何も言わない

 

ただ受け止める

 

イアンが一歩下がる

足元に光が広がる

 

転移

次の瞬間

 

イアンとギドの姿が消える

 

静寂

完全に戦いは終わった

 

風が吹く

アランが前を向く

 

「じゃあこれから南のヒルド大陸に行くぞ!」

 

次の目的

ジャックが首を傾げる

 

「ヒルド大陸?」

 

アランが答える

 

「戦争を始めたバカどもから民衆を助けに行くんだ」

 

低い声

そして

 

「チェスの兵隊(コマ)・・・・・退治よ」

 

言い切る

その直後

 

アランの身体が揺れる

力が抜ける

 

そのまま倒れる

 

「エド!?」

 

スノウが叫ぶ

ユーリが息を吐く

 

「……限界か」

 

身体が光る

輪郭が揺らぐ

 

次の瞬間

一匹の犬が現れる

 

犬のエドワード

 

地面に転がる

だがすぐに起き上がる

 

周囲を見回し

スノウを見つける

 

「おお!姫さま!お久しゅうございます!」

 

勢いよく頭を下げる

スノウが笑う

 

「おはよ、エド!」

 

エドがユーリを見る

 

目を輝かせる

 

「ユーリ殿!すごい戦いでしたな!アランの中から見ておりましたぞ!」

 

ユーリは肩をすくめる

 

「別に大したことしてねぇよ」

 

エドが続ける

 

「そんで……」

 

一瞬の間

 

「氷の城で姫さまの唇を奪うとは何事ですか!許しませんぞ!」

 

空気が止まる

ユーリが顔をしかめる

 

「だからオレに言うなよ!」

 

即答

 

スノウの顔が一気に赤くなる

言葉が出ない

 

ドロシーが目を見開く

 

「え!何それ!キス!?」

 

食いつく

場の空気が一気に崩れる

 

 

 

 

場面が変わる

薄暗い地下に、重い鎖の音が響いていた

レスターヴァ城内地下牢獄

石壁は湿り気を帯び、肌にまとわりつく空気は冷たい

 

壁に掛けられた松明の火だけが、頼りなく揺れている

その炎に照らされる形で、イアンは石壁に磔にされていた

 

両腕は大きく左右へ広げられ、太い鎖で拘束されている

足もまた動かせないよう固定されていた

 

まるで罪人

いや 見せしめだった

 

ホーリーARMで傷そのものはある程度癒えている

だが敗北の事実までは消えない

 

俯いたイアンの顔に、松明の影が落ちる

その静寂を壊すように、ゆっくりと足音が近づいてきた

 

カツン

カツン

カツン

 

硬い靴音が地下牢に響く

 

足音は牢の前で止まった 闇の中から声が響く

 

「バカだよな、お前」

 

軽い声だった

だが、その奥にははっきりとした嘲笑が混じっている

 

松明の火に照らされ、姿を現したのはハロウィンだった

不気味な笑みを浮かべながら、楽しそうに肩をすくめる

 

「こっちに来りゃ好きなだけ大暴れ出来たのに、指令を無視して例の奴と戦ってしかも負けて帰ってくるとは……」

 

ハロウィンは一歩、また一歩と近づく 磔にされたイアンを見上げるようにして、口元を歪めた

 

「制裁が待ってるぜ」

 

その言葉に、イアンは小さく笑った 痛みを恐れた笑みではない

 

負けを認めた者の顔でもない

むしろ、まだ何かに心を奪われているような笑みだった

 

「オレっちにとってはアイツのほうが興味あったんだよね」

 

脳裏に浮かぶ

 

ユーリ

数日前とはまるで別人のように変わっていた男

 

魔力 速度 戦い方 そのすべてが、イアンの中に焼きついている

 

「いいぜ、制裁しろよ」

 

イアンは言い切った 強がりではない 本気だった

だが、ハロウィンは冷たく笑う

 

「お前には何もしねぇよ」

 

一瞬 地下牢の空気が変わった

イアンの眉がわずかに動く

 

ハロウィンはそれを見逃さない

楽しそうに、さらに笑みを深める

 

「ギドっていったっけな、あのポーン」

 

その瞬間 イアンの顔から余裕が消えた

 

鎖が激しく鳴る

 

ジャラァッ!!

 

「制裁するならオレにしろよ!」

 

磔にされたまま、イアンが激しく暴れる

拘束された身体が大きく揺れ、鎖が石壁に食い込む

 

肌が裂けても構わない

手首に痛みが走っても関係ない

 

イアンはただ必死に身体を動かそうとする

だが鎖は外れない

 

ハロウィンはその様子を見て、愉快そうに笑った

 

「何ムキになってんだよ。お前には何もしないってのに

 

その声は軽い だがあまりにも残酷だった

 

イアン本人を痛めつけるよりも、その反応を楽しんでいる

ハロウィンはわざとらしく首を傾げる

 

「さて、執行者はだれになるかね」

 

一瞬の間 イアンの怒りが爆発した

 

「やるならオレだろ!殺すぞ!ハロウィン!!」

 

鎖が悲鳴を上げる

 

ジャララララッ!!

 

だが届かない

ハロウィンは振り返らない

 

ただ片手を軽く上げる

 

「じゃあな、イアン」

 

足音が遠ざかる

 

カツン

カツン

カツン

 

闇の中へ消えていく

残されたのは、磔にされたまま何もできないイアンだけだった

 

数秒の静寂

そして

 

「うわああぁぁ!!!」

 

怒り

焦り

無力感

 

すべてをぶちまけるような絶叫が、地下牢獄全体に響き渡った

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