面倒くさがり剣士のメルヘヴン【MÄR】   作:サクレール

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第24話 盗賊の墓と【ウォーゲーム】

 

景色が切り替わった瞬間、潮の匂いが消えた

海岸の岩場も、波の音も、肌を撫でていた海風も、すべて一瞬で遠ざかる

 

代わりに広がったのは、石と木で造られた大きな砦だった

 

盗賊ギルド『ルベリア』の砦

外から見れば荒々しい要塞のようでありながら、内側には妙な活気があった

 

武器の手入れをする者

荷物を運ぶ者

地図を広げて話し合う者

 

盗賊という言葉から想像する無秩序さとは少し違う

 

粗野ではある

だが、そこには確かな組織としての動きがあった

 

ユーリは周囲を軽く見渡す

ここがただの盗賊の根城ではないことは、すぐに分かった

 

ナナシはそんなユーリたちを振り返り、軽く手を広げる

 

「まあ、くつろいでくれや」

 

軽い調子だった

だが、その目はすでにユーリたちを観察している

 

ただ歓迎しているだけではない

情報を得る者の目

 

相手の価値を測る者の目

ナナシは近くの木箱に腰を下ろすと、腕を組んだ

 

そして、これまで聞いた話を頭の中で整理するように目を細める

 

レスターヴァ城

スノウ

異界から来たユーリ

そしてチェスの兵隊(コマ)が執拗に狙う理由

視線が自然とバッボへ向く

 

腕輪状態のバッボは、ユーリの腕でふんぞり返るように黙っている

 

数秒の沈黙

 

やがてナナシは、小さく息を吐いた

 

「……なるほどなぁ」

 

軽い声

 

だが、その目はしっかりと状況を捉えていた

 

「レスターヴァのお姫さまに、異界の住人」

 

ひとつずつ確認するように言葉を並べる

 

「ほんで、あいつらの要みたいなんが持っとったヘンテコARM……か」

 

その視線がバッボへ向く

 

バッボがぴくりと反応する

 

「ヘンテコとは何じゃ! このワシを何だと思っておる!」

 

不満げな声

 

だがナナシは気にしない

 

口元を歪める

 

「……そら、チェスの連中に狙われるわけや」

 

納得したような声音だった

 

軽く言っているようでいて、そこにはかなり厄介な状況だと理解している重みがある

 

スノウは少しだけ表情を曇らせる

 

自分が狙われている理由

 

そしてバッボの存在

 

それがこの世界にどれほどの影響を与えるのか

改めて突きつけられた気がした

 

ナナシは背もたれ代わりの木箱に軽く寄りかかる

 

腕を組み、口元にはいつものような笑みを残す

 

だが、その目は少しだけ真面目だった

 

「なるほどなぁ……逃げ回るんやのうて、チェスとやり合うために作ったんが『メル』っちゅうわけや」

 

確認するような言い方だった

 

その言葉に、ユーリは迷わず答える

 

「ああ、この世界を救うためにな」

 

即答だった

 

迷いはない

大げさに声を張ったわけではない

 

だが、その言葉には重さがあった

 

スノウがわずかに目を見開く

 

ジャックも少し驚いたようにユーリを見る

 

ドロシーは面白そうに口元を緩める

 

ユーリは本気だった

ナナシは一瞬だけ黙る

 

その返答が、思った以上に真っ直ぐだったのかもしれない

やがて、ふっと小さく笑った

 

だがその笑みは、いつもの軽さだけではない

 

「世界を救う、か……」

 

一度、その言葉を噛みしめる

 

そして窓の外へ視線を向けた

 

砦の外に広がるヒルド大陸

 

そこには、戦火の爪痕が確かに残っている

 

「そら、もう少し早う来とったら言えたかもしれんな」

 

静かな声だった

 

軽口のようでいて、そこにはこの大陸の現実を知る者だけが持つ重みがあった

 

スノウの表情が強張る

 

ジャックも言葉を失う

 

ユーリは黙ってナナシを見る

ナナシはしばらく外を見たまま、やがて懐から三つのマジックストーンを取り出した

 

掌に収まるほどの石

だが、ただの石ではない

 

それぞれが淡く異なる色の光を宿している

 

ナナシはそれを卓上へ並べる

 

そして軽く指を鳴らすようにして、マジックストーンを起動させた

 

次の瞬間

 

三つのマジックストーンに、それぞれ映像が映し出される

 

まるで記録された現実そのものを切り取ったように

 

一つ目

 

燃え落ちる城下町

 

崩れた城壁

 

火の粉が舞い、民衆が逃げ惑っている

 

二つ目

 

荒らされた村

 

倒れた兵士

 

泣き叫ぶ子ども

 

焼けた家々の前で、誰かが崩れ落ちている

 

三つ目

 

巨大なチェスの兵隊(コマ)

 

街を踏み荒らし、建物を破壊していく

 

抗う間もなく蹂躙される国

 

部屋の空気が凍った

スノウが息を呑む

 

ジャックの表情から軽さが消える

ドロシーですら、いつもの笑みを失う

 

エドは静かに目を伏せた

 

そしてユーリもまた、黙ったままその光景を見つめる

 

理想だけでは届かない

言葉だけでは救えない

 

これが現実

 

ナナシの声だけが、重く響いた

 

「これが今のこの世界の現実や」

 

先ほどまでの軽薄さはない

 

ルベリアのボスとして、各地を見てきた男の声だった

 

「調べただけでも……約半分の国や街が、チェスの連中に破壊されとる」

 

その言葉の重さが、全員の胸に沈む

 

世界はもう、これから壊されるのではない

すでに壊され続けている

 

しばらく誰も言葉を発しなかった

 

ナナシは静かにマジックストーンをしまう

 

そして、立ち上がった

 

「……来てみ」

 

低い声だった

先ほどまでの軽さはない

 

「見せたいモンがある」

 

短くそう言って歩き出す

ユーリたちは無言のまま、その背を追った

 

砦の奥へ進む

石造りの通路を抜け、開けた場所へ出る

 

そこに広がっていたのは――

無数の墓だった

 

風が吹く

墓標が並ぶ

 

ひとつやふたつではない

 

数えきれないほど

整然と並ぶ墓石の列

 

その光景を見た瞬間、メルの全員が息を呑んだ

 

ジャックの喉が鳴る

 

スノウは言葉を失う

 

エドもまた静かに目を伏せる

 

ドロシーですら、冗談を言わなかった

 

ナナシは振り返らない

 

墓を見つめたまま、冷たい表情で言う

 

「……ルベリアの同志たちの墓や」

 

その声音には、怒りも悲しみも悔しさもすべて押し殺されていた

 

軽口ではない

本物だった

 

ナナシの拳が、わずかに握られる

 

「自分は……奴らを絶対に許さへん」

 

静かな声

だが、その一言だけで十分だった

 

どれだけのものを奪われてきたのか

どれだけの仲間を失ってきたのか

 

伝わる

ナナシはゆっくりと視線を上げる

 

墓場の先

荒れた空

戦火に染まりつつある世界

 

「ここだけやなく……この世界全部が、墓場になろうとしとる」

 

そして

 

「チェスの兵隊(コマ)の宣戦布告でな」

 

風が吹き抜ける

墓標が静かに揺れる

 

その光景は、未来そのもののようだった

その重い沈黙の中で、エドが静かに口を開く

 

「左様……」

 

低く、重い声

ただ知っているだけではない

 

過去に見てきた者の声音だった

 

「そして、昔とやり方が同じならば……これはまだ第一段階に過ぎません」

 

ジャックが思わず顔を上げる

 

今以上があるのか

そんな表情だった

 

エドは静かに続ける

 

「ほどなく、第二段階へ移行するでしょう」

 

ジャックの喉が鳴る

 

「だ、第二段階?」

 

一瞬の間

エドの目が鋭くなる

 

「――【ウォーゲーム】です」

 

その名が告げられた瞬間、空気がさらに冷えた

まるで、その言葉自体に死の記憶が宿っているかのようだった

 

「半数の国を壊滅させ、世界へ脅威を存分に刻み込む」

「その後……奴らは“戦い”という名のゲームを仕掛けるのです」

 

ゲーム

だが遊戯ではない

命を賭けた虐殺

 

「それは、なお反抗する者たちを直接消し去るためのもの」

 

スノウの表情が強張る

ジャックも息を呑む

 

ナナシは黙ったまま墓を見つめている

そしてエドは、さらに重く言った

 

「六年前……一度、チェスはこのゲームに敗れています」

 

「だからこそ奴らは、リベンジも兼ねて……必ず同じゲームを、まもなく仕掛けてくるはずです」

 

チェスは一度負けている

だが今回は違う

 

前よりも大規模に

前よりも確実に

 

世界を潰すために来ている

 

墓標が並ぶ

風が吹く

 

ジャックは息を呑み、スノウは不安そうに拳を握る

ナナシは静かに前を見据える

 

その中で、ユーリは黙っていた

 

何も言わない

 

ただ、無数の墓を見つめている

ルベリアの同志

 

この世界で奪われた命

そして、これから増えるかもしれない墓

 

胸の奥が静かに煮える

 

怒鳴るほど軽くない

 

叫ぶほど浅くない

もっと深い

 

冷えた怒り

 

ユーリは小さく息を吐いた

 

「……くだらねぇ」

 

低い声

静かすぎるほど静か

だが、その場にいた誰もが思わず視線を向ける

 

ユーリは墓標から目を逸らさない

 

「半分壊して、ビビらせて……そのあとゲーム、か」

 

口元がわずかに歪む

笑っているわけではない

 

呆れだった

 

「好きに始めりゃいい」

 

その言葉に、スノウが目を見開く

ジャックも思わず振り向く

 

だが、ユーリの声は変わらない

静かなまま

 

「開催されるってんなら、その場でチェスごと全部叩き潰す」

 

淡々としている

それなのに、誰よりもはっきりしていた

 

阻止じゃない

回避じゃない

 

来るなら全滅させる

 

ユーリはゆっくり顔を上げる

冷えた目

だが奥底には、燃えるような怒り

 

「二度と次なんざ考えられねぇくらいにな」

 

静かだった

だからこそ重い

 

そのときだった

砦の空気を切り裂くように、慌ただしい足音が響く

 

バタバタと一人のルベリア団員が駆け込んでくる

 

息を切らしながらも、声を張り上げた

 

「ナナシ!」

 

墓場の空気が一変する

全員の視線が、その団員へ向いた

 

団員は乱れた呼吸のまま報告する

 

「チェスに動きがあった!」

 

ナナシの目つきが変わる

 

さっきまでの軽さが消える

 

「場所は?」

 

団員は即答した

 

「ヒルド大陸北西――ヴェストリです!」

 

「まだ街で暴れてるらしい!」

 

その報告が落ちた瞬間、空気が変わる

止まっていたはずの戦場が、今この瞬間も続いている

 

報告を聞いた瞬間、ナナシの表情が変わった

 

「……【地底湖】のヴェストリか!」

 

即座の反応

知っている

 

土地勘がある

ナナシはにやりと口元を吊り上げる

 

「そこなら行ったことある」

 

懐からARMを軽く弄びながら続ける

 

「〝アンダータ〟の範囲内やな」

 

転移可能

 

つまり、今すぐ行ける

 

ナナシはそのままユーリたちを見る

 

軽い笑み

 

だが目は本気だった

 

「どうや?『メル』」

 

「自分も連れてってみんか?」

 

仲間にしてくれ、ではない

試すような

 

乗るかどうかを問うような言い方

だが、そこにあるのは確かな戦意

 

ユーリは少しだけ口元を歪める

 

断る理由はない

 

むしろ、土地を知り、チェスを追い、転移ARMまで持つ

 

使える

 

「道連れが増えるのは別に構わねぇよ」

 

淡々とした声

だが拒絶はない

 

「よろしくな」

 

短い

それだけで十分だった

 

ナナシの笑みが深くなる

 

「よっしゃ、決まりや!」

 

迷いなし

 

その瞬間、盗賊ギルド『ルベリア』のボス、ナナシがメルと共にヴェストリへ向かうことが決まった

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