ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

12 / 18
第13話 ヒトの定義

 

 命を複数持つ人間、というのはその命の数と同じくらいに傲慢にできている。

 

 殊に命の交渉になると面倒な相手に違いない。リィンはそう感じていた。事実、セフィロトはまず顔さえも出さなかった。

 

「使用人に言ってくれ」

 

 そうことづかったらしい使用人たちがリィンに接触してきた。この街では最も高価な場所に居を構えるセフィロトに最初から会えるとは思っていなかったが、まさか顔さえも出さないのは予想外だった。

 

「何か旦那様に用事があれば、我々が聞いておきます」

 

 そのような悠長な場合ではないのだ。リィンは使用人へと、「その旦那が狙われている」と言った。

 

「何ですか? 金品目当ての強盗でも? しかし、旦那様は一度くらいは死んでも構わないと仰っていますし――」

 

「その命が、狙われている」

 

 リィンの言葉に使用人たちは笑った。

 

「失礼、さすがにセフィロト・ツリーの命を狙うなんてそんな無理難題を仰られるとは思わなかったので」

 

 彼女らからしてみれば失笑の対象だろう。だが自分は本気で言っているのだ。

 

「主人が危ないって分かっていても、止めないんですか」

 

「旦那様はいつもこう私たちに言ってくれます。命くらいくれてやれ、と」

 

 冗談でもこの状況では吐いて欲しくない言葉だった。

 

「その命、全てが抹殺対象でも?」

 

「おかしなことを。旦那様、セフィロト・ツリーの命は国が補償している数でしょう? 保有数は毎年申告していますし、何ら不備はないはずですが」

 

 彼女らにテロリストが狙っている、と警告しても無駄だろう。リィンは早速、交渉を持ちかけることにした。

 

「セフィロト・ツリーの最も興味があるものを用意しました。だからあなた方の主人は館から出てこざるを得ない」

 

 リィンの言葉に使用人が首を傾げる。

 

「旦那様に自らの命以外、興味のある範疇など」

 

「あるはずですよ。一回しか死ねない人間の観察とかはね」

 

 リィンが指を鳴らすとトレーラーから所在なさげな少女が運び出されてきた。出てきたのはサブリナだ。屋敷のカメラに映るようにリィンは彼女の手首を晒した。

 

「見ての通り、彼女は一回しか死ねません。しかも回復はしない」

 

 興味を示すか、とリィンは固唾を呑んで見守る。後はセフィロトがどう感じるかに賭けるしかない。使用人が口を挟んだ。

 

「勝手な真似を。いくら武装警官隊とはいえ、我らの主人を愚弄するような真似をしたとなれば、処分は免れませんよ」

 

 使用人の警句に、「そちらこそ」と言い返す。

 

「勝手に判断をつけられては困る。自分はセフィロト・ツリー氏本人に聞いているんだ。末端の使用人が出しゃばるんじゃない」

 

 その言葉は使用人の神経を逆撫でしたのだろう。彼女らも手だれであることは身のこなしから明らかだ。殺気が逆立ったのが感じられた。

 

「……後悔いたしますよ」

 

「どちらが、かな」

 

 リィンもホルスターに手をやる。一触即発の空気を破ったのはくぐもったような声だった。

 

『やめろ。わたしの敷地の中で勝手は許さん』

 

 セフィロト・ツリーの声であると使用人の青ざめた顔が告げていた。リィンは交渉を持ちかける。

 

「どうでしょうか? あなたはあらゆる命の捨て方を知っていると聞きます。もちろん、得方も。だからこそ、一回しか死ねない、という個体は珍しいのでは?」

 

 サブリナの視線が突き刺さる。事前に示し合わせたとはいえ、いい気分ではないだろう。自分の命を担保に出されているのだ。

 

『面白い話ではある』

 

「では」

 

『だが武装警官隊を敷地に入れるかどうか、と言えば答えはノーだ』

 

 リィンはセフィロトの傲慢さを感じ取る。この期に及んでまだ自分を入れないつもりか。使用人は鼻を鳴らす。

 

「やはり、旦那様は権力には屈しないようですわね」

 

 しかし、リィンはこの場合を想定していた。というよりも、こうなるように仕向けたつもりだ。

 

「だったら、武装警官隊が彼女の身柄を預かることになります。そうなると、一市民であるあなたには一生、彼女をどうにかする権利は生じませんね」

 

 暗にこの機会を逃せば、お前は大きな損失を被ることになるぞ、と脅していた。果たして脅迫の通じる相手かどうかは分からなかったが試せるものは全て試す。リィンの言葉に、「世迷言を」と使用人が殺気を向けようとすると制止の声がかかった。

 

『やめろ』

 

 今度ばかりは賢い選択を望む。リィンは押し黙っていた。セフィロトは、『本当に』と確認する。

 

『一回しか死ねない少女なのか』

 

「武装警官隊が嘘を言う理由はありません」

 

 くっくっと喉の奥で笑う声が聞こえた後に、『通せ』と命令が下った。

 

「し、しかし! 旦那様。この者たちはどこのものとも知れぬ馬の骨で――」

 

『聞こえなかったのか? 通せ、と言っている』

 

 遮って放たれた声には主人の威厳が漂っている。使用人はそれ以上口を挟むことはなかった。

 

「……こちらへ」

 

 用意された勝手口からリィンとサブリナは入る。

 

「勝手なことばっかり言ってくれたわね」

 

 サブリナの苦言にリィンは微笑んだ。

 

「でも結果オーライだ」

 

「先生の強襲を防ぐために、あたしが売りに出されるなんて」

 

 嘆かわしい、という声音だった。リィンは肩を竦める。

 

「銃を無駄に使わなくって済んだ。それだけでも収穫だ」

 

 使用人との戦いになっていればどちらかが一回や二回、死ぬ恐れがあっただろう。それを回避できただけでも儲けものである。

 

「武装警官隊ってのは猟犬と大差ないわね。牙を剥き出しにした、獣」

 

「実際、民衆の間では武装警官隊は不死の軍団とか思われているから、間違いじゃない」

 

「化け物ね」

 

 短い言葉だったが皮肉が込められていた。ライフ・フリークスと自分たちが同じなど。 

 

 だが正義は秩序を守る側にあるのだ。「銀の弾丸」を持つ「化け物」など存在しないのだから。

 

「あたしをどうするつもり? 交渉通り、金持ちの道楽にさせるのかしら?」

 

「それをよしとしない人格ならば必ず奴は現れる。そこを叩く」

 

 サブリナを餌として扱っているのは自分も同じだ。上層部のやり方を責められないな、と感じた。

 

「でも、セフィロト某だったっけ? 命を複数持っているって言っていたけれど、じゃあ何個持ってるわけ?」

 

「去年の確定申告では108個って言われている」

 

 その数にサブリナは息を呑んだ。自分の百倍など及びもつかないのだろう。

 

「持っている人は持ってるのね。どうやってそんな数を集めたのか気になるけれど」

 

「業績を挙げればいい。研究分野への投資、あるいは寄付や法人の設立。色々手段はある。ただ、それを全て命につぎ込む辺りが常軌を逸しているけれどね」

 

 命を数多持っていても108回人間を殺せる武装があるとは思えない。故に不死。核爆弾を撃ち込んで塵も残さず消滅させたとしても生きているかもしれない。そう考えると怖気が走る。それは人間の領分を越えているのでないのか。だがその理論を肯定してしまうと、何度も死ねる武装警官隊も特別待遇だ。

 

 隣の芝は青く見える、という奴だろう。リィンは薔薇のアーチが設えられた道を使用人の後ろにつく。手入れが行き届いていますね、とおべっかでも垂れようかと思った。すると、使用人が声を振り向ける。

 

「旦那様は滅多に人と会おうとしません」

 

「承知している」

 

「価値のない人間と会うと、人生の多大なる時間を無駄にする、とお考えだからです。ですが、あなた方に会う、ということはそれなりのメリットがあると見込まれた、ということ。人生の数分か、あるいは数時間をあなた方に割いてもいい、と考えた、ということです」

 

「守銭奴、っていうと怒られるかもしれない」

 

 リィンの声にサブリナが睨みを利かせた。

 

「不躾よ」

 

「いえ、いいのです。事実、旦那様はそうなのですから。ですが、私たち使用人と会うことさえも無駄だと考える旦那様の思考回路に分け入るあなた方は、果たして何者なのか」

 

「大した者じゃありません」

 

 リィンの言葉に使用人は、「大した、ね」と含みを持たせる。

 

「では、私たちはその大した者ではない存在以下、ということなのでしょう」

 

 返す言葉を探す前に門扉へと辿り着いた。真鍮製の取っ手に使用人が手をかける。すると触れると同時に扉が重々しく開かれた。使用人が力を入れた様子はない。恐らく指紋認証で自動的に開くのだろう。使用人が扉の脇に侍る。

 

「ここから先は、私たちでは入ることの許されぬ領域」

 

 リィンは歩を進めた。少しばかり遅れてサブリナがついてくる。後ろで扉が閉まった。すると松明に火が灯り、足元を照らし出す。

 

「随分といい待遇みたいだ」

 

「知らないわよ。あんな言い草して」

 

「なに、セフィロト氏の前ではせいぜいごまをすっておくさ」

 

 邸内は薄暗いが中央に大階段があり、そこから左右に別れていた。だが部屋は十時組みされた木で閉ざされており、唯一そうではないのは正面の扉だけだった。

 

「こういうの、何て言うか知ってる?」

 

「あからさまな、罠って言うんだろうね」

 

「分かっていても行くのね」

 

「それしかないから」

 

 リィンが正面の扉の前に立つと自動で開いていく。ボッボッと火が灯り、天井のシャンデリアが輪郭を浮かび上がらせた。周囲の光を取り込み、シャンデリアの内側から放射状に明るくなっていく。

 

 次の瞬間、サブリナが声を詰まらせたのが分かった。リィンもサブリナほどではないが、目を見開く。

 

 部屋の奥に黒々とした物体が縮こまっている。それが小刻みに震えて部屋を満たす吐息を放った。今のがため息だと、何拍かしてリィンはようやく理解した。

 

「この邸内に生きた人間が入るのは、何年ぶりだろう」

 

 声だけが若々しく響く。リィンは奥にある物体こそが目的の対象物だと理解した。

 

「セフィロト・ツリー氏ですね」

 

 確認の声に、「いかにも」と声が発せられた。リィンは黒い物体が「人間である」という認識を持たねばならなかった。

 

「あれが……」

 

 思わず、と言った様子でサブリナが口走る。リィンが注意を促す前に笑い声が木霊した。

 

「あれ、とはとんだ言い草だな、お嬢さん」

 

 その段になって失言を理解したのかサブリナは口を噤む。

 

「も、申し訳ありません」

 

「いや、いい。わたしも生身の人間とこうして面会するのは何年も経っていてね。勝手が外の世界とは違うかもしれないが無礼を許してくれ」

 

「そんな、無礼だなんて」

 

 しかしサブリナはどうやって接するべきか決めあぐねているようだ。相手が人間か、あるいは人智の及ばぬ怪物か分からないのだろう。

 

「まず、感謝いたします。こうして武装警官隊である自分を敷地内に入れてくださったことを」

 

 通常ならばありえない措置だ。しかしセフィロトは寛大な態度を示した。

 

「なに、ちょっとばかし気が変わっただけだよ。そうかしこまることはない」

 

 その変わった原因は、とリィンは目線を向けた。サブリナはセフィロトの在り方に戸惑いを隠せない様子だ。

 

「この国の人間ではないね」

 

 目が見当たらないのに眼光が鋭くなった気がする。それはサブリナも感じ取ったようで、ひっと小さく悲鳴を上げた。

 

「ええ、まぁ」

 

 代わりに答えると、「眼が碧いんだね、お嬢さん」と値踏みする声がかけられた。やはり口らしきものも分からずサブリナは言い知れぬ恐怖と戦っている様子だった。

 

「は、はい……」

 

 発せられる重圧に口を開くのもやっとの様子だ。リィンは補足説明する。

 

「とある重要人物への強制監査をしている途中に巡りあったもので」

 

「ほう。分からないね、人生という奴は」

 

 感嘆した様子のセフィロトは黒々とした軟体ともつかぬ肉体を震わせる。やはり、というべきか生物らしさ、言ってしまえば哺乳類らしさが感じられない。爬虫類、と言われれば納得するほどだ。

 

「しかし、武装警官隊の人間が入ってくるということ、それに関係者らしきそのお嬢さんがここにいる、ということはつまり重要人物は取り逃がしたか。そしてその不始末が、わたしに降りかかっている脅威、というわけだ」

 

「察しが速くて助かります」

 

 リィンの上辺にもない声にセフィロトは鼻を鳴らす。

 

「武装警官隊の若造よ。心にもないことを言うものじゃないぞ。魂が穢れていく感覚を味わうことになる」

 

「無宗教なもので」

 

「そういうことじゃないよ」とセフィロトの声は少しばかり険しくなった。

 

「これは生きる、という我々が直面せねばならない事実に関しての問題だ。生きる、ということが始まった際に絶対に起こる事象は何だか、分かるかね?」

 

 突然に質問を振られてリィンは戸惑うが課長と何度か似たような会話を交わしているために答えることができた。

 

「死、ですね」

 

「左様。生物である以上、あるいはこの世に生を受けた以上は必ず待っている終点。それが死だ。だがここ数十年で、人類は画期的な能力を得ることができた。すなわち、不死。病死や老衰という逃れえぬ運命だとしても、一機分、命を余分に保有できるようになった。このシステムを作り上げたのは、何を隠そう、このわたしでね」

 

 その言葉にはリィンも驚嘆する。

 

「あなたが?」

 

「信じられないかね? まぁ、無理もない。通常の人間には情報統制が取られている。誰が、この画期的な発明をしたのか、誰も知らずに享受しているのだ。わたしが、と言ってもわたしだけではない。多数の研究チームがわたしと協力して作り上げたシステムだ」

 

 セフィロトの放つ事実に震えているのはリィンだけではなくサブリナもだ。彼女には、その画期的なシステムが与えられなかった、ということになるが。

 

「おっと、失敬。お嬢さんはそのシステムの輪から外れた存在、ということだったね」

 

 わざとらしいセフィロトの声一つ一つにサブリナは今にも崩れ落ちそうだった。

 

「生命の転換、この循環から外れた構図は本来、この社会にあり得てはならないのだが、お嬢さんはそうらしい。わたしも、一人の人間として振る舞おう」

 

 一人の人間が聞いて呆れる。この人物は国内のみならず世界で最も長命とされているのに。保有する命の数も地方都市部並みだ。

 

「本題を、してもよろしいでしょうか」

 

 このままセフィロトの言葉に長時間晒すのは彼女のためによくない。その配慮にセフィロトは、「構わないとも」と答える。

 

「だが、知らせてもらえるのだろうね。わたしの邸内に入った、ということは」

 

 教えざるを得ないだろう。リィンは説明を始めようとしたが、その前にと目配せする。

 

「その、彼女は外させてもらっても?」

 

「ああ、そうだな。出たところを右に七メートルほど行けばわたしの声は届かないだろう」

 

 リィンが促す。しかしサブリナは首を横に振った。

 

「あたし、動けない……」

 

 どうやら既に膝が笑っているようだ。

 

「仕方ないな」

 

 セフィロトに目線で承認を得て、リィンはサブリナを抱きかかえて一度部屋を出た。

 

「えっと、右に七メートル……」

 

 言われた通りの場所に行くと、セフィロトから発せられていた重圧がやわらいだ気がした。この場所が安全圏なのだろう。サブリナは額に汗の玉を浮かばせていた。

 

「何なの、あれ。あんなの、人じゃないわ」

 

「聞こえる」

 

 しっ、と口の前で指を立てる。サブリナは慌てて口を塞ぎ、呼吸を整えた。

 

「あんなの、あたし、あるなんて耐えられない。あんなのがいるから、先生は来たんだわ。いえ、来るのよ。これから」

 

 ライフ・フリークスのターゲットであることは間違いないだろう。リィンはサブリナを下ろして口にする。

 

「先生、ってのは命に関して相当、教育熱心だった様子だ」

 

「先生は、絶対に間違わないもの。命に関しても、必要以上はあってはならない、ってよく言っていた」

 

 選民意識か。現状の命の氾濫を嘆く声はよく聞く話だ。それを行動に起こすかどうかは別の話だが。

 

「セフィロト氏はやり過ぎな気はする。だけれどシステム上、間違いじゃないんだ」

 

 富裕層の命の上限越えは認められている。しかし、サブリナは頑として認めなかった。

 

「あんなの、人じゃない……」

 

 うなされたように同じ言葉を繰り返す。リィンからしてみればサブリナとて「ヒト」の概念から外れている。命をたった一つしか持たない少女。この社会においては同じく異分子だ。

 

「人じゃなくっても、僕らは交渉しないと。君の先生が許さないのならばなおさらね」

 

 ライフ・フリークスがセフィロトの命を奪う行為は許されない。それは等しく罪悪だ。

 

「でも、人じゃないのよ!」

 

 すがりつくようにサブリナは叫んだ。あれを認めてしまえば「ヒト」の定義が傾ぐと。しかし、自分は冷静だった。

 

「もう、とっくに人間の定義なんて傾いでいるんだよ」

 

 その声にサブリナは反論する様子はなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。