ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

13 / 18
第14話 セフィロト

 

 ライフ・フリークスがあなたの命を狙っているんです。その説明はえらく滑稽だった。なにせ、無限に等しい命を持っている人間からしてみれば命を奪うなどは財を奪うよりも難しい。

 

 セフィロトは高笑いした。天井に湿った笑い声が反響する。

 

「わたしを殺すと? そんなことは不可能だよ。あのお嬢さんの前では言わなかったが、現体制、つまりシステムの内部において一撃で死ぬ人間などいるかね?」

 

「いえ、いません」

 

 即答する。本来ならばいないはずなのだ。例外があることをつい最近知るまでは、存在しないものだと思っていた。

 

「彼女以外は、ね。どういう経緯で武装警官隊が彼女を手に入れたのか、は今聞いた話の中に入っていたが、少しばかり奇妙だと感じてね」

 

 セフィロトの声にリィンは聞き返す。

 

「奇妙、とは」

 

「どうしてライフ・フリークスとやらはそのような不完全な個体をむざむざ君たちに与えてやったのか」

 

 その命題には答えられない。自分でも整理がついていない。無言を貫いているとセフィロトは微笑む。

 

「分からない、のかね?」

 

「恥ずかしながら」

 

「わたしは何となく予想はつくよ」

 

 思わぬ返答にリィンは驚愕するがそれでも平静を解くほどではなかった。

 

「予想、ですか」

 

「そう、予想だ。わたしはね、君たちが、社会性を持つが故に、既に捨て去った概念を未だに宝物のように抱えている」

 

「その概念とは?」

 

「知恵、だ」

 

 リィンは眉根を寄せる。その態度が気に入らなかったのだろう、セフィロトは尋ねる。

 

「お気に召さないかね」

 

「いえ、知恵ぐらいは持っているつもりでしたから」

 

 慇懃無礼な返答にもセフィロトは冷静に返す。

 

「それは君と同じく、この社会に死を当たり前に組み込んだ時点で、もう民衆は捨て去ったのだよ。どうして、人々は知恵を捨てたのか、分かるかね?」

 

 リィンは首を横に振る。

 

「いえ、まったく」

 

「昔話だ」

 

 ちぐはぐな返答に嫌気が差し始めていたがリィンは黙って聞いていた。

 

「我々の祖先、アダムとイブは楽園にいた。楽園には二つの樹が植えられており、それぞれ知恵の実と生命の実がなっていた。旧約聖書だ。君でも知っているだろう?」

 

 武装警官隊は無頼の輩ばかりではない。もちろん、基本的な教養ぐらいはある。

 

「ええ、まぁ」

 

 曖昧な返事はセフィロトに先を促すのには充分だった。

 

「知恵の実を食べたから、アダムとイブは己が裸であることを知り、イチジクの葉で身体を隠した。これが原罪、とされている。結果として楽園を追放され、彼と彼女の一族は神から見捨てられた。だが、ここで問おう。もう一つ、生命の実は、では何をもたらしたのか? もし生命の実をもいでいたら、人類はどうなっていたのか。その答えが今、我々が甘受しているこのシステムだ」

 

「生命の実は、神に等しい永遠の命をもたらす。だから神は恐れて二人を追放した」

 

 後を引き継ぐとセフィロトは満足そうだった。

 

「だが神は、一つ過ちを犯した。それが人間の知恵を侮ったことだ。知恵による経過によって、人々は死を意識し、何とかしてこれを回避する手段はないか、と探し当てようとした。その到達点が現在、命のストックを持つことができることに結びつく」

 

 神からしてみれば全く予想できなかった事態だろう。知恵だけならば神に届かないと思われていた。だから追放だけで済んだのだが、神は人間が成長し、学習する生命体であることを忘れていたに違いない。

 

「生命の樹。それこそが我々の最終到達点であり、同時に神に等しい存在となった証明である」

 

「生命の樹(セフィロト・ツリー)、ですか」

 

 驕り昂りも甚だしい。だが、それだと矛盾するのではないだろうか。

 

「知恵を人々は捨てた、と先ほど仰られましたが」

 

「よく気づいたな」

 

 まるで生徒の過ちを一つ見つけて満足する教授のような口ぶりだった。

 

「その通り、人間は知恵を捨てた。だからこそ、進化しないのだ。この技術は進化だと、君達は思っているのかもしれない」

 

「違うのですか」

 

 黒々とした物体は震えて感情を示した。これは「嘲り」だ。

 

「進化ではない。逆だ。これは退化なのだ。人類は、有史以前、それこそ神話の世界に退化して、知恵の実ではなく生命の実をもぐ段階に戻った。そして生命の実をもいだから、この繁栄がある。知恵のない人間たちが跳梁跋扈する、地獄絵図(インフェルノ)が」

 

 この技術を作ったのは自分だと誇っていたはずだが、いつの間にかセフィロトは罰する側になっていた。それこそ神のような絶対者として。

 

「あなたはこの繁栄を望んでいない?」

 

「望んだよ。だがね、同時に思う。わたしのしたことは完全な間違いであったのではないのかと。生命の実は、遠くから眺めているからこそ愛おしいのだ。それを実際に手で触れ、枝からもぎ、歯で噛み締めるなどあってはならなかったのではないか。人間は禁断の果実の味を知ってしまった。だとすれば、知恵はもう持たないだろう。ただ生きているだけの存在。生きていくだけの存在だ」

 

 セフィロトは己も罰しているように思われた。その言葉の帰結する先は己の存在否定だ。

 

「君は命を所有するわたしの行動が、今話したことと違う、と考えるだろう。だが人間の本質を見誤るな。人間の本質は欲だ。欲望に振り回され、欲望に時間を割き、欲望に生きて欲望に死ぬ。わたしは強欲だ。だからこそ、命をたくさん得たいし、あわよくば神の視点を得たいとも思っている。人の身でありながらのその相克が、わたしをわたし足らしめる。決して神にはなれないという諦観と、神にならねばならぬという使命感と、あるいはこのまま風化していくのではないか、という恐怖がせめぎ合い、わたしをまだ人間でいてくれる要素として成り立ってくれている。これを捨てれば、わたしはそれこそ生命の樹そのものの様相だよ」

 

 セフィロトの声は少しずつ小さくなっていった。リィンは再度伝える。

 

「ライフ・フリークスはあなたの命を狙っています」

 

「命の蒐集家(ライフ・フリークス)か。いいだろう、来るのならば来るといい。だがこの館には十は下らない命を持つ精鋭たちと、そして戦闘のプロである君に任せたのだ。これで万全でなければ、この世に安全な場所などあるだろうか」

 

 リィンは踵を返す。

 

「正面玄関を張ります」

 

「その前に、一つ。彼女は何者か」

 

 完全にセフィロトの個人趣味だ。だが答えなければ護衛も解かれるだろう。

 

「先ほど、あなたは予想がついた、と言っただろう」

 

「手厳しいな。自分の答えだけで満足できないから聞いている。なに、きちんとフェアに、答え合わせと行こうじゃないか」

 

 簡単な話、好奇心の見せ合いだ。リィンはそれこそウィペットの言い分ではないが尻の穴を見せるようなものだと思った。

 

「答えないのか?」

 

 不服そうな声に答えざるを得なくなった。

 

「……多分、ライフ・フリークスの趣向で作られた、悲しい存在の一つなのでしょう」

 

「本当に、そう思っているのか? 彼女がかわいそうだとでも?」

 

 違う、というのだろうか。リィンは向き直る。

 

「何が言いたいのです?」

 

「彼女はかわいそうなどではないよ。それどころか、わたしからしてみれば羨望の対象だ。彼女は命がたった一つだ。つまり知恵の実を食べた側の人間なのだよ」

 

 隣の芝は青く見える。リィンはため息を漏らす。

 

「あなたからしてみれば、彼女も自分のやり方を間違わせたい要因だってことですか?」

 

「君の言葉は厳しいが、事実には向き合わなければならない。同時に正しい」

 

 ここまで欲望に忠実だと逆に驚嘆に値する。何がセフィロトをそこまで駆り立てるのか。

 

「あなたは罰せられる側じゃないでしょう?」

 

「それは多くの人間が持っている間違った認識だ。最初から、この世が地獄の釜の底ではないと、誰が証明できる?」

 

 リィンは答えられなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。