ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

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第16話 怪物

 

「僕の最初の人殺しの経験だ」

 

 結んだ声音にサブリナは無口だった。この過去を語ったところで同情を得たいわけでもない。ただライフ・フリークスを追うのに少しばかり有益かもしれないと思ったからだ。サブリナはどう来るだろう。リィンが待っていると、「卑怯よ……」と声が聞こえてきた。

 

「何だって?」

 

「卑怯だって言っているの。そんな、あたしにどうしろって」

 

 サブリナは額に手をやっていた。目の端から涙が頬を伝っている。どうして泣いているのか、リィンには分からなかった。

 

「何で涙を?」

 

「泣いてない」

 

 目元を擦ってサブリナは意固地になった。リィンは否定する意味も、涙の理由も不明だった。

 

「君が泣くのはおかしい」

 

「何で、あなたは泣けないの?」

 

「泣く、ってどうやるんだい?」

 

 サブリナがリィンを真っ直ぐに見つめる。子供の頃には膝小僧を擦りむいて痛ければ泣いていたかもしれない。しかし、死ぬことはないのだ。死なないのならば痛み程度で泣く必要もない。

 

「やっぱり、命を何個も持っているのは異常よ。だから涙が枯れ果てる」

 

「僕は、色んなものを見てきた。でも泣くってのは作劇の中の舞台装置で、そりゃドラマとかで泣いているのは見るけれど、それは演技だ」

 

 銃口を突きつけられて泣くような馬鹿はいない。銃弾を浴びせられて涙を流す馬鹿もいない。彼らが思うのはどうやって銃弾を回避して潜り込むか、であったり、どうやって殺し返してやろうか、であったりする。泣いて許しを乞うような余裕なんて見せる暇があれば引き金を引くだろう。

 

「武装警官隊っていうのは、やっぱり酷いところみたいね。先生の言っていた通り」

 

 ライフ・フリークスは自分たちに同情してくれているのだろうか。それこそ馬鹿の始末だ。

 

「君たち教え子に馬鹿をやれと先生は教えたのかい? そうじゃないのは、君と同じように育った子供たちを見れば分かるよ」

 

 あの子供たちは自分に向かって突撃してきた。だから死を恐れていない。この社会に組み込まれているその他大勢と同じく、死ぬことに躊躇いなどない。だが、サブリナは頭を振った。

 

「あの子たちは、あたしとは教育方針が違った。あたしが命を一つしか持たないばかりに、あの子たちは戦うしかなかった」

 

「自分のせいみたいな言い草だ」

 

 責を負う必要なんてないのに。自分のように殺人をしたわけではあるまい。しかも引き金を引くわけでもなく、ただ了承を、首肯するだけで一人目の殺人をしたわけではないだろう。

 

「実際、あたしのせいよ。あたしが弱いから」

 

「どうかな。ここまで生きている辺り、そう弱いとも思えない」

 

 リィンの言葉にサブリナは顔を上げた。

 

「励ましてくれているの?」

 

「まさか。ただ単に事実を言っているだけさ」

 

 肩を竦めてリィンはアサルトライフルを構える。頬当てを装着し、スコープを起動させた。今も屋敷の上を飛んでいるであろうヘリと同期して熱源が感知される。屋敷の外に使用人が数人。セフィロトの言では十は下らない命の持ち主たちだ。簡単に無力化はされないだろう。

 

「一つ、聞いていい?」

 

 サブリナの質問に顔を振り向けた。

 

「どうしてセフィロトみたいなのを守るの? だって命が何個もある化け物よ」

 

 セフィロトも一撃では死なないだろう。だから自分は正面玄関を張っているだけなのだ。相手がどう足掻いたところで何回もセフィロトを殺そうと思えば時間がかかる。

 

「人間と化け物の違い、何か分かる?」

 

 逆質問にサブリナはふるふると首を横に振った。

 

「化け物は化け物同士で殺し合ったりしない。殺すのは人間の役目だ。だから殺しに来る君の先生は人間で、僕らは化け物だ」

 

 ある意味では皮肉だ。「命の化け物」の名を冠するものが人間でそれを殺すのが同じ「化け物」だとは。

 

「リィン……」

 

 サブリナが自分の名を呼ぶ前にリィンは歩み出した。自分はライフ・フリークスを殺さなければならない。これ以上、サブリナと馴れ合っていても仕方がないのだ。

 

「本部、熱源は?」

 

『現在、スコープに表示されているものと同じ』

 

「使用人はみんな武装展開しているのか?」

 

『こちらで確認できるのは十名前後』

 

 リィンは息を詰める。ライフ・フリークスが正面から来るとは限らない。もしかしたらこの屋敷ごと爆破、というのも考えられたがそれを無意識的に却下していたのはサブリナの存在だ。サブリナがいるのにライフ・フリークスが無茶をするとは思えない。

 

 アサルトライフルを構える。その瞬間、スコープに表示されていた熱源反応が消えた。リィンは狼狽する。ヘリとのリンクが切れたのか。

 

「偵察中のヘリからの熱源が消えた。本部、応答を」

 

 その言葉は砂嵐に掻き消された。前回までと同じ手口だ。こちらの通信を封じ、一方的に攻めてくる。だが二度も三度も同じ戦法にかかって堪るか。リィンはスコープを外して肉眼に切り替えた。リンク情報は当てにならない。ならば、と後ずさる。正面玄関から来るというのならば来るといい。開けた瞬間、蜂の巣になるだけだ。

 

「ライフ・フリークス。お前は……」

 

 直後、銃声が響き渡った。屋敷の敷地内でのことである。外に飛び出しかけたがぐっと押さえる。ここで軽率な行動を取れば命はない。つんざくような銃声が何度か交わされた後、しんと静まり返った。状況が終了したのだろうか。だがまだ動くわけにはいかない。

 

 そんなリィンの行動を嘲笑うかのような状況が発生した。屋敷全体が揺れ動く。

 

「地震か?」

 

 この状況で自然現象がライフ・フリークスの味方についた、と思われたが直後に破砕された天井を目にしてリィンは確信する。

 

 爆撃だ、と。

 

 屋敷の材木が降り注ぐ。リィンは駆け出していた。耳を押さえて蹲っているサブリナに材木が飛び散ろうとしている。アサルトライフルの照準をつけ、材木を吹き飛ばす。暴風のような掃射がサブリナの命を救った。

 

「リィン? これは」

 

「先生とやらの仕業だろう」

 

 破壊された天井からは空が望める。雨がしとしとと降りしきっている。いつから降っていたのかまるで分からなかった。破壊箇所は正面玄関だけではない。いや、正面玄関だけを爆破する意味はないのだ。リィンは崩れ落ちそうな屋敷の中で堅牢に作られた奥座敷への扉に手をかける。

 

「何を」

 

「セフィロト氏の無事を、確かめないと」

 

 だが恐らくは――。リィンは扉を開けた。

 

 執務机の奥に縮こまっていた黒々とした物体が中心への求心力をなくしたように力なく横たわっている。リィンは改めてセフィロト・ツリーの姿を眺めた。胸に風穴が複数開いていた。撃たれたのだろう。

 

 黒い身体は芋虫のようで、人間とは思えなかったが手首に相当する部分はあった。リィンはそっと手首を返す。

 

 ゼロのカウンターが刻まれていた。

 

 

 

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