「不運だよな。俺も不運だと思っている」
ウィペットの声には全くてらいがない。だと言うのに立ち位置は真逆だった。自分が敵で、ウィペットは狩る側だ。
「僕は、殺し合わないっていう手段もあると思っていた」
「そりゃ希望的観測って奴だな。さて、逃げた理由を聞こうか」
「ライフ・フリークスは存在しない。君が来て、それがよく分かった」
その言葉だけで理解したのだろう。ウィペットは顔を伏せて、「オーライ」と手を振るった。
「よぉく、分かったぜ。何もかもお見通しなんだな」
「おかしいとは、この段階になると思う。一度目。挟撃作戦のはずだった。だって言うのに、君は作戦目標を通り越してこっちに応援に来た。あの地形上、どうやったって作戦目標を跳び越えることなんてできないのに。サブリナを初めて見たように振る舞ったのも、演技だったのか?」
「一度目はいなかった。これは本当さ」
「もう一つ、二度目。ライフ・フリークスを捕獲する作戦。あの作戦で、君はわざと死んだな?」
「トラップの位置は教えられていなかった。わざと、じゃない。あれは偶然死んだんだ」
それでもトラップを知っていたということは知らないのは自分だけだったというわけだ。リィンは息を長く吐き出す。
「残念だ。本当に、残念だ」
「そいつはこっちの台詞だ。もうちょっと頭が悪ければ、こんな最悪なシチュエーションにはならなかった」
「毒でも盛られて死んでいたか?」
ウィペットは頬当てを外して口角を吊り上げた。
「もうちょい、マシな殺し方だと思うぜ」
「シルバーバレットの薬剤でも飲ませられていたか」
「何回もできない経験だ。この世に三発しかない銀の弾丸を呑むなんて」
アサルトライフルの銃口が自分へと向けられる。リィンは拳銃をウィペットに向けた。
「おいおい、全身武装だって言うんだから、こっちもそれなりで来たのに、丸腰じゃねぇか」
「毒を解毒するのに、同じ毒の成分だと相殺し合って、結局毒は消えない」
「どっちかが加減しないと、勝負にならないってか。お優しいねぇ、全く」
ウィペットは頬当てとスコープを地面に置いた。防弾チョッキも脱ぐ。
「こいつはハンデだ。だが俺は外道だからよ。アサルトライフルは捨てないぜ」
「いいさ。それぐらいが、多分、ちょうどいい」
アサルトライフルの照準をつける。リィンは拳銃を構えつつ、もう片方の手で弾丸を見せた。
「僕は君にこれは使いたくない」
リィンが懐にシルバーバレットを仕舞う。ウィペットは口笛を鳴らした。
「紳士の勝負もここまで来ると病気だな。だったらフェアに行こう。俺にシルバーバレットは配給されていない。ただの弾だ」
それでも、撃たれれば死ぬだろう。リィンは拳銃を構え直す。
「それでもアサルトライフルを捨てない辺りが君だと感じる」
「ああ、俺は弱いからよ。ビビリで卑劣で虫けらにも劣る矮小な心しか持っていないから、だから手加減はここまでだ」
リィンは微笑んだ。ウィペットも口元を緩める。
「笑えるな。どうしてだろう」
「きっと死ぬって分かったからさ。絶望の瞬間、人って笑うみたいだぜ」
「もう一つ、セフィロトを殺したのは君だろう」
「何で分かった?」
「撃ち方が相変わらずえげつない。銃創が何発もあった。シルバーバレットで一撃だって言うのに、あれは不自然だ」
「あれ? 誤魔化しのつもりだったんだけれどな。まぁ、奴さんが持ち過ぎだった、ってだけだな」
「殺した理由、なんて聞くだけ野暮か」
「そいつは俺を殺せれば知れるだろうな」
この場で口にする権利があるのは相手を殺した人間だけだ。相棒である同僚を、何よりも旧知の仲の親友を殺した側だけが口を開ける。
ウィペットが地を蹴りつける。リィンも同時に動き出した。お互いに弾かれたように同心円状に距離を詰める。訓練校で教わった通りだ。アサルトライフルを撃ち放ってくるウィペットの弾幕から逃れる術はない。リィンは特攻した。身体がボロ雑巾のように何度もなぶられる。
一回死んだ。
だがすぐに持ち直す。いつものように悠長に「死んで」いる場合ではない。暗転しかけた意識を一線で復活させ、リィンは続け様に動いた。放った弾丸がウィペットの心臓を射抜く。ウィペットが身体を開いて隙を見せるが相手は死に慣れている。一回の死ぐらいは踏み越える腹積もりだ。
お互いに距離を詰めながらリィンは拳銃でウィペットの生身の部分を狙う。ウィペットの照準を殺すためにリィンは一射した。銃弾が照準器を砕く。目にガラスが入ったのか、ウィペットが呻いた。その隙を逃さずリィンは一気に距離を詰める。もう一射、弾丸がウィペットの足に命中する。姿勢を崩したウィペットへとリィンは続け様に頭部へと狙いをつけた。ヘッドショットがウィペットを死に追いやる。しかしそれに何も応戦しないウィペットではない。アサルトライフルの狙いをつけない、薙ぐような掃射でリィンも足をやられた。同時に地面に突っ伏す。再生を待っている間に、ウィペットへと視線を向ける。直後、投擲されたナイフが額に突き刺さった。
二回死んだ。
次の命が補給される前にリィンはナイフを抜く。電撃のような痛みが脳髄を痺れさせた。頭蓋を割ってはいない。恐らくはショック死だ。それが不幸中の幸いだった。頭蓋を割られていれば再生と復活に時間がかかる。リィンは足を引きずってウィペットへと踏み出した。ウィペットも既に足の傷が再生している様子だ。アサルトライフルを捨てたウィペットはホルスターから拳銃を取り出した。お互いに、あと数歩の距離で睨み合う。リィンの額へとウィペットが照準する。リィンも拳銃を構え直した。
「お互いに、二死、か。お前、気絶しないのな」
「気絶してたら、勝負が終わってしまうからね」
違いない、といつもの様子で笑う。ウィペットはいつも通りだ。違うのは自分のほうだろう。自分だけが変わってしまったのだ。ウィペットは、慣れ親しんだ同僚は何一つ変わっていない。ただ忠実に、任務をこなしているだけだ。
「お前、撃たないんだな」
「撃つのは君が引き金に指をかけてからだ」
「お優しいねぇ。でもよ、そういうのは命取りって言うんだぜ」
ウィペットは指をかける様子はない。リィンはじっと見つめていた。
「君ならば、引き金を引くに違いない、と僕は確信している」
「だろうな」
「だけれど、僕の目の前に立つ実際の君は、案外紳士みたいだ」
「だろ? 今さらに気づいたか?」
肩を竦めて笑ってみせる親友にリィンも笑い返して引き金に指をかけた。それと同じくしてウィペットも引き金に指をかける。
「真正面の撃ち合いか。武装警官隊らしくない」
「らしいさ。何せ」
その言葉に疑問を感じる前にリィンは後方へと引っ張り込まれた。いつの間に近づいていたのだろう。サブリナが思い切りリィンの身体を引き寄せている。額を何かが掠めた。ウィペットが舌打ちを漏らす。腰だめに隠していた小さな拳銃から煙が棚引いている。リィンはウィペットの心臓へと照準する。その瞬間、ウィペットは悪戯でもしたように軽く笑った。
「チクショウめ」
銃声が木霊する。ウィペットの心臓へと正確に銃弾が吸い込まれた。倒れ伏した親友へとリィンは体勢を立て直して歩み寄ろうとする。額を掠めた銃弾のせいで血が目に入った。
「お前の、守護天使だったってわけか。そのガキは」
息も絶え絶えにウィペットが口にする。サブリナへとリィンは目線を向けてから、「そんなんじゃないよ」と答えた。
「多分、明暗を分けたのは、運だ。それ以上でも以下でもない」
違いない、とウィペットは口から血を吐いて笑う。リィンは問うていた。
「死ぬのか?」
「ああ、多分」
「今まで、何度も死んできた」
「俺らの仕事だからな」
「でも、今度は本当にさよならなんだ」
リィンはウィペットの頭部へと銃口を向ける。この戦いを終わらせるために。友情に決着をつけるために。
「ざまぁないな。あれだけ毎日死んでいても、やっぱり、死ぬのって気分よくねぇもんだ」
「意外だ。君は、死ぬのなんて何とも思っていないんだと思っていた」
自分の死でさえも人生を楽しみ豊かにするための掛け金に過ぎないとこの同僚は思っているのだと考えていた。リィンの浅はかな考えにウィペットは微笑む。
「そうでも思ってないと、この職業、死ぬのを怖がってたんじゃ務まらないからな」
「違いない」
今度はリィンが呟いた。彼の口癖。いつだってニヒルに微笑んで彼はこれを言っていたのだ。その奥に死への恐怖があったなど今の今まで分からなかった。
「リィンの玉なし野郎。一つだけお願いがある」
ウィペットの願いに、「何だい?」と尋ねる。
「楽に殺してくれないか? 本当に、楽に死にたいんだ」
ヒ素を呷って、痛みと快楽の狭間を行き来していた人間の言葉とは思えなかった。だがそれは守ろう。彼の、最初で最期の、友人としての頼み事だ。
「分かった」
リィンはウィペットの頭部へと銃口を押し当てる。ウィペットは乾いた笑いを漏らした。
「冷てぇなぁ、チクショウ。俺の死は、こんなに冷たい雨の日なのか。思いもしなかったぜ」
「ああ、僕もだ」
リィンは引き金を引いた。