「だからさ、ハードワークじゃねぇかって言うんだよ」
どこまで話したのか分からなくなるとウィペットは大概、その結論に行き着く。これは当然の帰結なので自分は黙ってそれを聞いているのがマナーだ。
「どうして命削ってまでやらなきゃならんのかってのが分からん」
「どうしてって、僕たちは武装警官隊だし」
「あのな、そういうの思考停止って言うんだぜ」
指差されリィンは曖昧に笑う。ウィペットはビールジョッキを空にして、「そもそも」と頬杖をつく。どうやら相当酔いが回っている様子だ。リィンは尋ねる。
「まだ、死ぬには早い?」
「当たり前だろ。まだ今日は終わってないし、ギリギリまで死のうぜ」
ウィペットが腕時計を掲げる。どうやら今日は零時過ぎまで「死に会」に付き合わされるらしい。やれやれだな、とリィンは感じる。自分の側にはジョッキはない。代わりにカプセルの錠剤が一つあった。
「ヒ素のお代わりくださーい!」
ウィペットが飲んでいるのもビールではない。人体には有毒なヒ素であった。店員がやってきて、「申しわけありませんお客様」と言伝する。
「当店ではデスキーパーと言いまして、どちらかのお客様にはギリギリまで死んでいただくわけにはいかないんです」
店員の言葉を裏付けるように店内にはところどころにポスターが張ってある。曰く「死に過ぎ禁止!」、「死に切らないようにデスキーパーを!」とのことだった。
「大丈夫です。僕は一回しか死にませんし、彼もギリギリを心得ていますので」
自分の側にある錠剤を指差す。店員は、「恐れ入ります」と離れていった。ウィペットが悪態をつく。
「何だよ、この店は。客を満足に死なせることもできないのか!」
大声を出すウィペットをなだめる。
「死に過ぎだ。あんまり死ぬと明日に響くぞ」
「俺は、今日は死ぬぞー!」
言ってウィペットはジョッキをテーブルに叩きつける。再び店員が近づこうとしたがリィンが制した。
「大丈夫ですから」
「俺は、死ぬぞー」
ほろ死に加減のウィペットの頭をリィンは叩く。
「僕らは市民の模範たる警察なんだから、あんまり死ぬのはどうかと思うけれど」
リィンの言葉にウィペットは睨む目を向ける。
「お前は死なないから分からないんだよ。こう、喉元を通る死の感覚とか、堪らないのに」
ヒ素の呑み加減は自分には無関心な出来事だった。
「死に過ぎて補導なんてことになったら、大目玉食らうぞ」
「……まぁ、俺だって死なない加減は分かっているっつの。盛り下がることを言わないでくれたまえよ、リィン君よぉ」
すっかり出来上がっている様子だ。リィンはため息をついて椅子に深く座り込んだ。すると備え付けのテレビがニュースを報道しているのが目に入る。音声はないがちょうど今日捕まえた強盗団のニュースに差し掛かっていた。
「武装警官隊の暴挙について、か」
コメンテーターが自分たちの職務を延々となじっている。それがどこか遠い出来事に思えた。
「いっぺんも死んだことのない、ルーキーがこうやって偉そうに」
ウィペットも見ていたのか、顎でしゃくって忌々しげに口にした。
「僕らくらいだよ、三機、毎日携帯を義務付けられているのは。大概は一機だけだ」
リィンは手首を返して自分が今日「死ねる数」を見つめる。02の表示は健在だった。
「殺したことに対する謝罪申し立てだってよ。いいじゃねぇか、あいつら嬉々としていっぺん死ぬ覚悟はあったんだ。じゃなけりゃ、白昼堂々強盗なんてしないだろ」
「しかもご丁寧に正面玄関から出てきたってことはそうなんだろうね」
ニュースでは武装警官隊の訓練の様子が撮影されている。モザイク付きではあるが「死ぬ様子」も撮られていた。
「おいおい、よく許したな、上が。まだ市民の中には武装警官隊って何回でも死ねんでしょ? って思っている奴がいるんじゃないのか?」
「こういうのがまかり通るから、偏見がなくならないんだろうね」
「違いない」とウィペットがヒ素を呷ろうとする。しかしジョッキは空だ。
「ヒ素、おかわりー!」
「もう出よう。これ以上死ぬと本当に死ぬぞ」
リィンの提案にウィペットは袖を引っ張った。
「待てって。お前、これが死に会なのは分かっているよな?」
「僕と君しかいない、これ以上ない簡素な死に会だけれどね」
結局、仲間内での死に会は実現しなかった。ウィペットの「悪死に」が全ての元凶なのだが本人はどうとも思っていないらしい。
「まぁ、お前も死ねって。それで今日の死に会はお終い。それでいいだろ」
ウィペットがリィンの前に置かれていた錠剤を手にする。これ以上同僚を死なせるわけにもいかない。リィンは引っ手繰って、「分かったよ」と錠剤を呑んだ。
「よっ! 一気死に!」
次の瞬間、リィンはテーブルに突っ伏した。三秒ほど経って意識が回復して持ち直す。
「劇薬で死ぬのは、あんまり気分がよくないな」
「だからヒ素だって。これが一番」
店ではヒ素がオーソドックスだったが水銀なども取り扱っていた。「じわじわと死ねる!」と煽り文句が貼ってある。
「僕は、ヒ素とかはちょっと」
「何だよ、せっかくの死に会なのに死なないとか、ノリ悪いぞ」
一度、ヒ素で悪死にしたことがあるのだ。それ以来、ヒ素は呑まなかった。
「それにしたって、混んでいるな」
リィンは話題を逸らす。周囲は自分たちと同じように死に会を行っているサラリーマンや学生ばかりだった。
「みんな、日々の鬱憤を死に会で晴らすんだよ。見ろ、あれなんて絶対そう死ねない学生だぜ。ほれ、今に死ぬ」
ウィペットが示したのは明らかに場慣れしていない学生だった。他の人々が嬉々として死んでいくのに対してその学生だけは戸惑いがあるようだ。現に差し出されたヒ素や毒物を一回も呑んでいない。
「惨めなもんだぜ? 学生のうちに死にを経験せずに社会人になるのは」
ウィペットはきっと死に慣れているのだろう。だがリィンは死に慣れていない学生のほうに親近感が持てた。やはり最初に死ぬのは少しばかり抵抗がある。
「死んで! 死んで死んで!」
学生たちによる「一気死にコール」が始まる。卒業を間近にしたのであろう年長の学生がある者は錠剤、ある者はヒ素や水銀で一気に死んでいく。テーブルに突っ伏すか、静かに倒れるかしながらも、すぐさま起き上がり「生き返り」の快感を味わっている。
「いいよなー。俺も学生時代はよくああやって死んだもんだよ」
「でも、一般市民に与えられているのは一機だけだ。あれも一回きりだろうし」
「それでも、翌日になれば回復するんだから別に何てことはないだろ。まぁ、二日死にが残るなんていうのもいるだろうが」
死んだ学生はその後ソフトドリンクを頼んでいる。一夜につき一回きりの死。それは格別だろう。
「武装警官隊を目指す、なんて子たちはいるのかな」
「いるんじゃねぇの? 何回でも死ねるって思っている馬鹿がほとんどだろうから、まぁ目指しとけって感じだけれどな。ほら、分の悪い賭けと向こう見ずなのは若者の特権だし」
ウィペットの年よりじみた言葉に苦笑する。
「僕らはまだ一年目だけれど?」
「それでも学生時分みたいに死ねないだろ。お前も付き合い悪いし」
「僕は……」
言葉を切る。その沈黙を察したのか、「言いたくねぇんだろ」とウィペットが手を振った。
「じゃあ言うなよ。別に上司の前じゃないんだ。おべっかを使って死んでやる必要もないしな」
ウィペットはソフトドリンクを頼んだ。リィンも同じものを注文した。
「うえぇ、死に過ぎた」
ウィペットが店を出たところですぐに頭を抱える。恐らくは急激に死んだことで脳細胞がついていっていないのだろう。ちょっとしたトリップ状態だ。自分が死んでいるのか生きているのか分からないという状態に近い。リィンは背中を撫でてやった。
「だから死に過ぎるなって言ったのに」
「お前が死なないから俺が死んだんだろ」
あくまでも責任を自分になすり付けるらしい。リィンは入り組んだ小道を出たところでタクシーを捕まえた。
「あとは自分で帰れるな?」
ウィペットに問うと、「ああ、大丈夫」と手を振った。
「じゃあな、お疲れ」
タクシーが大通りに向けて走っていく。ウィペットは涼しい風を受けながら家まで歩くことにした。手首を窺うと01の表示がある。もう今日は死ねないな、と注意深く帰路に着いた。
部屋は簡素なものしか置いていない。父親に昔買ってもらった天体を再現した模型と、ベッド、テレビとそれに自分の装備品くらいだ。他に部屋を彩る要素はなく、フローリングには読みかけの小説が散らばっていた。ベッドに座ってテレビを点ける。するとまだ先ほどの強盗団ニュースの続きをやっていた。
『果たして不死と言われている武装警官隊は本当に死なないんでしょうか? ここでコメンテーターの』
有識者らしい禿頭の男性へと話が振られる。禿頭の男性はカメラ目線で話し始めた。
『そもそも我々人類がもう一つの命、いわゆるライフの概念を得たのが二世代前です。それ以前は死を特別視する風習が根強く、またこの制度が導入されてすぐも反感のデモがありましたが今ではほとんど見られない。何故か? それは一般市民全員に一機のライフが配布されているからに他なりません。皆、日に一回だけ死ねるのです。今では大衆娯楽に成り下がった感はありますが、そもそも死に対して特別に恐れる必要などないのです。だからこそ、このような白昼堂々の強盗がまかり通るのですし、武装警官隊のようなライフを何個も持っている特別な集団が現れるのは当然の帰結でしょう。一回殺しただけでは死なないんですから』
『しかし、死なないことで弊害は現れていますよね? たとえば巷で溢れている居死屋。そこで大っぴらに若者が死ぬってのはどうなんでしょう?』
反論したのは中年の女性だった。禿頭の男性は懇々と説明する。
『いいですか? 別に死なないわけではないのです。一回のライフを使えば、もう残っているのは本当の死だけ。そういう面で、このシステムは絶妙だと思いますよ。一回だけ、思い通りのことができる代わりに、その一回は日に一度だけ。犯罪に使うか、あるいは快楽に使うか。私が分析するに今が好景気なんです。一昔前では劇薬と呼ばれていたものが流通し、死が流行となることで人々は一回きりの人生に悩む必要はなくなった。今まで及び腰だった人類が躍進できたのです。その結果として様々な臨床試験が必要な薬剤などが通ったではありませんか。自動車の技術や列島を縦断する高速特急の試験運用にはこの一回死ねる制度が必要不可欠でした。ライフリユースの観点からしてみても、私はこの制度は批判できるものじゃないと思いますよ。なにせ、死ねることが、我々の生活を限りなく豊かにしている』
その言葉には反論はなかったのか中年女性は頷いていた。自分も一回死ねる権利を有しているために反論の余地がないのだろう。リィンはその様を眺めて口ずさむ。生まれ変わっても自分になりたいと歌った流行歌。自分が生まれるよりも随分と昔に流行った歌だ。だが、今の時代に生まれ変わりなんてものを信奉する人間はいない。生まれ変わるよりも先に自分になってしまう。一回の権利を有しているのならば。誰しも、生まれ変わりなどという幻想を信じるよりももう一回目の人生を信じるのだ。
「一度死んでももう一回がある」
どのような貧困階級でももう一回の権利だけは存在する。それが自殺の抑止になっていると中年男性は語った。
『自殺者はここ百年で一番減っているんですよ。何でか分かりますか? 死んだ時の傷みってものを分かるからです。どんな貧困層でも一回は死ねます。だから、一回死んだ時にどれだけ苦しかったのかを知っている。だから正式な数では自殺者は減っているんです』
『でも、それは自殺が減っているからであって、安易に死を選べるというのは危険ではありませんか?』
そう問うたのはコメンテーターではなくキャスターだった。実に馬鹿なものを見る目つきで禿頭の男は返す。
『あのね、あなただって一回は死ねるでしょう? しかも普通に働いているのならば毎日支給されるはずです。その日にたとえ残り一回になろうとも、次の日にはまるで忘れたように死を謳歌することができる。死の流通に加担している。だから誰も批判なんてできないと思いますよ。死に会で若者たちはこぞって死に、サラリーマンだって致死量の薬物を自分に盛って死を演出する。上司の機嫌伺のためにね。私からしてみればそれこそ命の浪費だと』
そこでシーエムが唐突に挟まれた。現体制への批判だと演出側が判断したのだろう。賢明な判断だ、とリィンはシーエムを見つめる。致死量の薬物を大っぴらに呷るタレントの顔が大写しになった。「弾ける、死に心地」というキャッチコピーだ。
その時携行端末が鳴った。手に取るとつい数時間前に別れた課長からだった。
「はい、リィンです」
『カーネーション警部。今は大丈夫かね』
手が空いているか、という意味だろう。リィンはテレビを切って、「何か?」と尋ねる。
『君が進言していた例の兵器。実用段階に入ったから観に来ないかと連絡が入っている。明朝、指定する場所で落ち合おう。それでいいかね?』
いきなり予定を入れられれば大幅に狂う、と思われたが幸いにも翌日は何もなかった。
「大丈夫ですが」
『ですが、何だ、カーネーション警部。まさか君もガンス警部のように死んでいるのか?』
どうやらウィペットの悪死には課長にも伝わっているらしい。見えないがリィンは敬礼した。
「了解しました。カーネーション警部は明朝に出勤いたします」
『よろしい。では場所を送る』
通話が切れ、代わりにマップに明日の予定が食い込まれ順路が組まれる。リィンはろくすっぽ見ずにベッドに寝転がった。どうせ明日には命が一つ支給される。ならば今日の自分はせいぜい褒めて、明日に自分に任せればいい。そう感じて目を閉じた。