ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

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第4話 代替品の子供たち

 

 出勤してきたウィペットは昨日の「死に」がまだ引きずっているらしいことがわかった。度々うなっては瞼を落とす。

 

「眠られては困る」

 

 課長の命令の声音にウィペットは慌てて首を振った。

 

「いえ、課長! 自分は眠っていません!」

 

 声をわざとらしく張り上げる部下を無視して課長は命令を下す。

 

「各員の端末に既にルートは送ってある。君たちはこのコミューンを落とせ」

 

 指示されたのは反政府組織のコミューンだった。ウィペットが尋ねる。

 

「武装しているんですか?」

 

「可能性は高い。万全の装備で臨め」

 

「でも反政府、って言っても規模は小さいですよね? 何で制圧任務が?」

 

 リィンの声に課長は返答する。

 

「制圧するのは場所ではない。人だ」

 

「人、ですか……」

 

 耳馴染みがない。それもそうだ。この時代に自分たち二人のような武装警官隊が出張る重要人物など存在するのか。

 

「重要人物を制圧せよ」

 

「殺すな、って意味ですか?」

 

 訊いたウィペットに課長は冷たい声を寄越す。

 

「一、 二回ならば殺しても構わん。制圧せよ」

 

 つまりは制圧、という任務が帯びる性質上、無傷は不可能でも一二回は命を奪わねば無理だということだろう。リィンは聞いていた。

 

「あの、そこまでして欲しい個人ならば取引とかあるんじゃないでしょうか。何も、武装して飛び込まなくっても」

 

 昨夜のニュースが思い起こされる。武装警官隊は不死の軍団。法も人間らしさも何もかもを捨て去った秩序の番人。

 

「両名、君たちの役職を答えよ」

 

「武装警官隊?」

 

 疑問符をつけたウィペットに、「そうだ」と課長は声を被せる。

 

「武装、だ。我々は武装することに意義がある。君たちは武装して、制圧しろ、と私が命じた。だから、もうそれ以外を考える必要はない」

 

 口答えをするな、という風に受け取った。ウィペットは敬礼する。

 

「ですが、連中、死なないんでしょう?」

 

「重要人物以外は一回のライフのみだ。撃ってうろたえている間にもう一発撃ち込め。それで決着がつく」

 

 返事は? と言われ自分とウィペットは答えた。「了解」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それにしたって嫌味な上司だぜ』

 

 ウィペットの愚痴にリィンは無線機で答える。

 

「盗聴されるよ」

 

『ただでさえ口数の少ない部下の言葉なんだ。聞き流すよ』

 

「口の減らない、の間違いじゃないかな」

 

『うるせぇよ』とウィペットが無線機越しに返す。自分とウィペットは別れて二方向のルートから挟撃を仕掛けようとしていた。銃を構えてリィンは空を眺める。鬱蒼と茂ったジャングルのように密集したビル群からの空は狭い。

 

『このルート嫌だなぁ、って思ってんだろ』

 

 言い当てられてリィンは言葉を詰まらせる。

 

「仕方がないと割り切る」

 

『思ってんじゃねぇか。俺も嫌だよ。こんな狭苦しい空は、な。何ていうか自分が戦場に放り込まれた駒みたいで、気分もへこむ』

 

 ウィペット側も狭い通路を行き来している。指定されたコミューンはビルとビルの間に存在し、まるで都市部に沸いたオアシスのように円形に切り取られていた。マップ上に点在する熱源を確かめる。熱源を追うのは空を飛ぶヘリの役目だ。「観」の象形文字が刻まれた眼球を突き出してヘリが偵察している。このような窪地にヘリの役目はない。せいぜい、熱源を自分たちに報せるくらいだ。

 

『バラバラうっせぇな』

 

 ヘリの羽音に苦言を漏らす同僚に言葉を返す。

 

「僕からしてみれば君だってあんまりヘリと変わらないよ」

 

『言ったな、この野郎。帰ったらせいぜい、死に会を楽しみにしているんだな』

 

 きっと浴びるほど死なされるのだろう。嫌だな、と感じたが黙っておく。

 

「熱源、近い。留意」

 

『あいよ。こっちも近くなってきやがった』

 

 お互いに熱源が接近したことを感知し全身に緊張を走らせる。戦闘用に研ぎ澄ました神経を皮膚の代わりに纏わせ、自分という存在を一個の歯車へと変質させるのだ。引き金を引く武器。あるいは引き絞られた弓。

 

 アサルトライフルの照準に影が映る。バッと躍り出てきた相手をろくに確かめもせずにリィンは撃った。薬きょうが散らばる。その段になってリィンは、弾丸が吸い込まれるであろう相手が意想外に小さいことを感じた。次いで目に入ってきたのは手を広げた子供の姿だった。

 

 何だ、と思う間にその小さな身体へと弾丸が撃ち込まれて煽られたように倒れ伏す。びくびくと痙攣している対象へとリィンは歩み寄った。

 

「子供だ……」

 

 それもまだ十五歳になったかなっていないかの。少年の死に顔にリィンは狼狽する。現場に子供が紛れ込むことはあり得ない。だとすれば関係者? しかし子供が関係者だとは聞いていない。

 

 本部に問い質す。通信を繋ぐと自分の役職も名乗らずに切り出した。

 

「子供だぞ!」

 

 本部はわけが分からなかったのだろう。聞き返された。

 

『それはどういう意味か? カーネーション警部』

 

「子供が、飛び出してきて」

 

『順序立てて説明せよ』

 

 本部通信室の声にリィンは少しだけ頭を冷やすことができた。順序立てて、一つずつ説明する。

 

「あの、子供が、熱源だと思っていたら、子供だった。まだ、十五歳にも満たない、本当の少年が、飛び出してきて」

 

 呼吸が荒い。するとそれに同期したように電波が乱れ始めた。本部からの声がノイズの海に沈む。

 

『カーネーション警部……、報告……』

 

「何が――」

 

 起こったのか、それを口にする前に眼前に大写しになったのはナイフを振り翳した少年の姿だった。いつの間に復活した? その思考が脳に追いつく前に首筋へとナイフが突き立てられる。ガン、と重い感触。少年は腕を力任せに振るったのだろう。きっとヘルメットと胸部装甲の間に挟まれて指が何本か折れた。しかしその捨て身の攻撃はリィンの意識を昏倒させるのには充分だった。思考が闇の中に沈み、ノイズが遠くなる。ぐわん、ぐわんと視界がどんどんと暗くなり、首筋から流れ出る血液の熱だけが明瞭に感じられた。

 

 これだから死ぬのは嫌なのだ。鼓膜の奥に纏わりつく、まだ幼い声音。

 

「討ち取りました」

 

 ああ、この少年に殺されるのだな、とその段になって少年の相貌を確認する。美しい、碧眼をした少年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりしろ! この野郎!」

 

 ウィペットの怒声で我に帰る。アサルトライフルが火を噴き、少年の身体をなぶった。何度も弾丸が撃ち込まれて少年は雑巾のようにしなびてしまった。

 

「おい、リィン!」

 

 振り返ったウィペットが自分の頬を叩く。頬当てをずらすことすら眼中にないほどに焦っているのが分かった。リィンは気づいて頬当てをずらす。

 

「もう、復活しているよ」

 

 そう告げるとウィペットは額に手をやって呻いた。

 

「チクショウ、こんな手を使ってくるなんて!」

 

 忌々しげに放たれた声にリィンは頭を揺する。今、何分ほど「死んで」いた?

 

「こっちもだったんだ。こっちも、いきなりガキが飛び出したと思ったら、俺に撃たれるみたいに身を投げ出して。そっからは思い出したくねぇな」

 

 ウィペットも同じ体験をしたのだ。リィンは頬当てを戻して尋ねる。

 

「彼らは?」

 

 もう動く気配のない少年の死体に目をやる。血が流れ出てしまっていて復活したとしても瞬時に活動はできないだろう。リィンは刺された首筋を押さえた。ウィペットがやってくれたのか、傷口の止血がされている。

 

「分からねぇ。でも胸糞悪いぜ。ガキを使ってくるなんて。こっちでは二人撃った。だからお前もなんじゃないかって、俺は心配になって」

 

 作戦を放り出して助けに来てくれた、ということなのだろう。リィンは刺された感触の漂う首筋をさする。

 

「二人撃ったって?」

 

「どっちもガキだった。一人なんて女だぜ、まったく! このコミューンに住んでいる奴らはいかれてやがる」

 

 そうだろうか、とリィンは感じる。恐らく、至極当然の帰結なのだろう。一回死ねる子供を盾として使って兵員の消耗を早くさせる。自分には当たり前の戦略に思えた。

 

「武装警官隊が突入する、なんてニュースが流れたのか?」

 

「まさか。極秘作戦のはずだろ」

 

 だとすれば前提が崩れたことになる。あるいは武装警官隊の裏を掻くことを常日頃から考えている人間の仕業だとでも言うのか。

 

「何だって言うんだ。子供を使うなんて」

 

「ああ、卑怯だ。きっとこの先には卑怯者が待っているんだろうさ」

 

 ウィペットの言葉にリィンは歩き出した。携行端末によるともうすぐコミューンの中心のはずだ。

 

 訪れた二人を待っていたのは、不自然に開いた空間だった。ビルの密集が解けている。その空間だけをまるで避けるようにビルが林立していた。中心に向かい合う形で二つの椅子があった。片方は空でもう片方には少女が座っている。超越者の余裕を振り翳して、少女がその身には大きい椅子のカーブを触っていた。

 

「おい! てめぇ!」

 

 ウィペットがアサルトライフルを突き出して歩み寄る。リィンは少女を眺めていた。湿っているせいか、地面は苔むしている。太陽が当たらない構造の空き地だ。植物の生い茂る先に少女の椅子がある。ウィペットは声をがならせた。

 

「ここにいるはずの、重要人物がいないぜ」

 

 制圧目的の任務の中心がいない。その衝撃にリィンは周囲を見渡す。

 

「どこかに逃げたんだ」

 

 確信はない。だが逃げたのではないか、という予感はあった。その証拠に、椅子は二つだ。もう一つの椅子に誰かが座っていたのだろう。

 

「てめぇは何だ?」

 

 凄んだウィペットに対し少女は二つに結った髪の片方を撫でる。長い髪の少女だった。目は先ほどまでの少年と同じく碧眼だ。

 

「先生はこうしなさいって教えてくれたの」

 

 思っていたよりもか細い少女の声にリィンは戸惑う。さらに困惑したのは少女が両手を上げたことだ。降伏の意思表示にウィペットは理解で追いついていないらしい。

 

「どういう意味だ」

 

「国際的にこの形式が適応されるはずだけれど。この国では違ったかしら?」

 

 妙に大人びた空気を漂わせる少女にリィンは圧倒されていた。放たれるのは耳障りのいい英語で、きちんと教育を受けた人間であることが窺える。

 

「重要人物、というのが先生のことだとしたら、もういないわ。あなたたちがスクールメイトに構っている間に行ってしまった」

 

 ウィペットはリィンへと視線を振り向ける。本当か、と聞いているのだろう。自分も分からない。だが、この少女は降伏している。そのような相手を撃つ趣味はなかった。

 

「降伏勧告だ。国際法で適応されているのと同じ」

 

「だったら白旗でも揚げるってか?」

 

 こんな時でも冗談を吐けるウィペットだが少女は本気にしたようだ。ワンピース型のスカートを千切って掲げた。

 

「これでいい?」

 

 小首を傾げた声にウィペットは限界のようだった。

 

「何なんだ! こいつは」

 

 パニックを起こして撃ってしまいそうだった。リィンは前に出て制する。

 

「でも分からないな。どうして君は降伏なんて? だって前の少年たちは身を投げ出した」

 

「あたしは命が何個もないから」

 

 少女は手首を返してみせる。その手首にはあるはずのライフ残量が表示されていなかった。

 

「どういうカラクリだ?」

 

「どういうも何も、あたしはあなたたちの言うライフの概念がない。ライフ残量が常にゼロの人間よ」

 

 答えた少女の声にウィペットは辟易したようだ。受け答えがしっかりしている。混乱している様子もない。リィンは、「拘束しても?」と訊いていた。少女は淑女の空気を漂わせ首肯する。

 

「どうぞ、ご自由に」

 

 ウィペットが舌打ちする。リィンは少女の細い手首に手錠をかけた。やはり、再び確認してみてもその手首にあるはずのライフの刻印はなかった。

 

 

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