ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

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第6話 サブリナ

 

「私が依頼した重要人物の拘束、には失敗したわけか」

 

 課長の言葉にウィペットが言い返す。

 

「しかしですよ、課長。その首謀者は相当いかれています。だって子供を」

 

「言い訳はいい。任務が達成できなかったことを私に報告しても任務の是非が変わるわけではないのだから」

 

 厳しい声にウィペットは言葉を詰まらせる。代わりにリィンが尋ねた。

 

「重要人物とは、何者なのです?」

 

 課長は少しだけ逡巡の沈黙を浮かべてから、「いいだろう」と答える。

 

「もしかしたら街中で、ということはあり得ないだろうが、任務対象を目にしておくのはマイナスではない」

 

「分からないですよ。偶然、ばったりって」

 

 ウィペットの言葉を無視して課長は執務机に書類を叩きつける。

 

「これがその重要人物のプロフィールだ。目を通しておきたまえ」

 

 十数枚ある紙の束にウィペットが後頭部を掻いて苦笑いを浮かべる。

 

「あの、課長。まさか今時、紙媒体ですか?」

 

「いけないかね」

 

 即答した声にウィペットは、「いいえ」と首を横に振る。

 

「ただ、少しばかりアナログなんじゃないかな、と」

 

「不満があるのならば受け付けるが、生憎とその重要人物の資料は紙しかない。これはデータによる紛失とそれによる二次災害を防ぐための最大公約数の防衛手段だ。書類はオリジナル含めてこのコピーの二つのみ。しかもオリジナルは大金庫の奥深くに眠っている。コピーだけでも拝めることは僥倖だぞ」

 

「いや、しかし……」

 

 ウィペットは抵抗があるらしい。自分たちは紙媒体の流行った時代の人間ではない。データ媒体ならば一分で読める書類でも本物の紙となると二十倍はかかる。その時間を無駄だと感じているのだろう。

 

「自分が受けます」

 

 リィンは歩み出た。

 

「おいおい、それじゃ俺の立つ瀬がないだろ」

 

「どうせ、書類は一個だけだし。そうでしょう?」

 

 問い質すと課長は円柱型の水槽にいるアロワナに目線を投げた。

 

「そうだ。その一個だけが唯一のコピーだ。失くすなよ。私の信頼問題に関わる。それに重要文書をなくせば君とて処分されかねない」

 

「重々、承知しております」

 

 リィンは書類を手に取った。存外に軽い。しかしちらりと目を通すと文章がびっしりと刻まれていた。黒々とした羽虫のようだ。思わずよろける。

 

「ほれ見ろ」とウィペットが肘で突いた。

 

「あと貸し出し期間も設けてある。それが私以外の手に渡っていいのは一両日中、つまり現時刻より二十四時間以内に返してもらわなければ所有者を厳重処分せねばならない」

 

 課長が腕時計のアラームを設定する。何とも意地の悪い仕掛けだ。

 

「努力します」

 

 そう答えるほかなかった。後出しでそのような条件を出されればもう退けない。

 

「それより、どうだ? 捕虜の様子は」

 

 捕虜、という言葉にリィンは否定した。

 

「いえ、保護対象者です」

 

 抗弁を発したリィンが気に食わないのか課長は魚眼の奥の瞳を細めた。

 

「だが先ほど提出された報告書には彼ら子供たちは君たちに敵意を持って攻撃して来たとあるが」

 

「それは、この書類の重要人物の手引きでしょう」

 

 リィンの声に思うところがあるのか課長は興味深そうに眺める。

 

「随分と信用しているのだね。一回死んだのだろう?」

 

 職務中の死亡は常にデータバンクに記録される。それが武装警官隊の枷だ。

 

「ですが、一回死んでも彼女を保護できたのは大きいのではないでしょうか。何せ、重要人物の身内です」

 

「まだ内情は割れていないのだがね。彼女の個人データはどうしてだか存在しない。検索に引っかからないところを見ると難民の線を疑ったが、まだその関連性も見出せない」

 

 碧眼を思い出す。彼ら彼女らはきっとどこかの国で買われたのだ。だからあのような、青空の瞳をしているのだろう。晴れ渡った空の瞳のままで、人殺しができるのだろう。

 

「あの、課長。あのガキ、いえ、少女ですがライフがないみたいなことを言っていましたが」

 

 ウィペットの疑問に課長は、「そのような事実があるのかね?」と逆質問した。ウィペットが戸惑う。

 

「あ、いえ、自分の見間違いかもしれません」

 

「感心しないな、ガンス警部。そういう見落としをするのは」

 

 どうやら課長の言葉に参ったらしい。ウィペットはもう蒸し返すつもりはないようだ。

 

「いやぁ、多分、混乱で神経が参っちゃったんでしょう。子供なんて、撃つつもりはなかったのに」

 

 その言葉には悔恨の情も見て取れた。子供を撃つつもりはない。武装警官隊はしかし秩序の保護が最優先だ。子供を守ることが任務ではない。

 

「ガンス警部。疲れているようだね。少し休むといい。後でカーネーション警部に報告を頼むとしよう」

 

 名指しされリィンは困惑した。しかし課長の瞳にはそれだけでない色が覗いていた。リィンは頷く。

 

「そうするといい。僕は疲れていないから、このまま課長に任務の続行如何を聞いておくよ」

 

「そ、そうか。じゃあ頼むわ」

 

 ウィペットは素直に出て行った。きっと本当に疲れていたのだろう。自分の分も含めれば今日だけで彼は三人の子供を殺した。子供を殺すというのは、相手がたとえ敵であれ、自分に凶器を向けてくるのであれ嫌な気分が付き纏うものだ。未成熟な果実をもぎ取るあの感覚は忘れようがない。命を負うにせよ、子供ほど厄介なものはないのだ。

 

「ガンス警部は疲れているね」

 

 課長の言葉にリィンは向き直った。

 

「それだけじゃないでしょう。ガンス警部に聞かせたくないことがあるから、自分だけを残した。違いますか?」

 

 課長は満足気に、「ふむ」と首肯する。

 

「私もね、あまり心労は負いたくない。それはガンス警部や君と同意見だよ」

 

「何か分かったんですか?」

 

 言葉を弄しても仕方がない。ここは直接聞くべきだろう。

 

「ライフのない人間は存在するのか」

 

 突然の命題にリィンは返答に窮する。

 

「それは……」

 

「どうかな、カーネーション警部。君の意見を聞きたい」

 

 リィンは少しだけ考える間を置いてから口を開いた。

 

「正規の手順を踏んでいなければ、存在可能でしょう」

 

「この国では出生児の管理がきちんと行われている。役所仕事だ、見落としがあれば気づく。だが見落としではなく意図的な排除だとすれば意味が違ってくる」

 

「何が言いたいんです?」

 

 課長はアロワナの泳ぐ水槽に手をやって背中を向けた。

 

「つまりだね、私の言う重要人物が、そういう子供を意図的に作ることは可能だ、と言っているんだ」

 

「それは、政府筋やデータバンクにアクセスできる権限の持ち主、ということですか?」

 

 リィンは書類に視線を落とす。文字群に酔いそうだった。

 

「察しがいいね。もちろん、最初に思い浮かぶのはそうだろうが我々の追う対象は少しばかり異なっている」

 

 つまり自分の答えは間違っているということなのだ。リィンは鼻の下を擦って考え込んだ。

 

「じゃあ誰が」

 

「ライフ・フリークス」

 

 遮って放たれた言葉は聞き覚えがなかった。課長は水槽を突く。

 

「その書類に書かれている重要人物の名前だよ」

 

 リィンは思わず書類を見つめた。最上段に「極秘」の刻印。その下に小さく「ライフ・フリークスについての報告書」とある。

 

「奇妙な名前ですね」

 

「そう言うな。リィン・カーネーションがいるんだ。別段、変な名前だとも思わないが」

 

 リィンは閉口する。課長は言葉を続ける。

 

「ライフ・フリークスは、しかし通称だ。本当の名前は誰も知らない。だが彼はその名の通り、命を弄ぶ。彼の持つ独自のネットワークの中にあるのが命の売買だ。我々は通常ならば命を二つ所持することができる」

 

 課長が向き直って指を二つ立てた。リィンは手首を眺める。02の文字の下にアンダーバーが点滅している。

 

「しかしライフ・フリークスはその通常概念を破壊する。彼はいくつもの命を所有し、いくつもの命をおもちゃのように扱ってきた」

 

「……富裕層ならば命の上限を上げることくらいは容易いはずですが」

 

「違うよ。奴は富裕層でも何でもないのだ。その実のところ、分かっていることは少ない。ライフ・フリークスという通称と先生、という俗称。そして男という性別ぐらいだ。確定情報はな」

 

 先生、と少女が呼んでいたことを思い出す。あれはライフ・フリークスと呼ばれる重要人物のことだったのか。

 

「何者なんです?」

 

「だから分からない、という結論に達したのだ。あらゆる諜報機関が彼のことを調べ上げたよ。しかし、何一つとして確実な情報はない。その度に煙に巻かれたようになるのだ。今回、君たちに動くように命じたのは他でもない。外務省からライフ・フリークスが入国した、という情報があったからだ」

 

 リィンは最初から上は自分たちとライフ・フリークスをぶつけるつもりであったことを確信した。お陰で一回死んでしまった。それが顔に出ていたのか課長は口角を吊り上げる。

 

「怖い顔をするなよ。一回死んだのは悪いと思っている。私とてライフ・フリークスが身一つで入国したとは思っていなかったから対外機関の中でも随一の我々を推進したのだが、まさか子供を使ってくるとは。やられたよ。戦闘のプロならば君たちの掌の上で踊っただろうが、戦闘のアマチュアであり挙句人生のアマチュアをぶつけられると、君たちとてどう戦えば分からないのも無理はない」

 

 リィンはこの場で精一杯の苦言を口にする。

 

「我々の相手は女子供ではありませんから」

 

 課長は一瞬だけ苦笑したが、すぐに真顔になった。

 

「だが、君たちはこの国の誇る最大の戦闘機関であり、戦闘する個人である。その保有戦力は一人で第一隊に匹敵するのは、釈迦に説法、というものか」

 

 自分の力量ぐらい自分で分かっている。だからこそ、課長の言葉は誇大妄想だ。自分たちは三機しか命を持っていないのであり、巷で噂される不死の化け物ではないのだから。

 

「常人を少し上回っている程度です」

 

「謙遜するな。君たちの戦闘力が第一隊だと思っているのは嘘ではないよ」

 

 確かに三機あれば敵を無力化するには容易い時間が得られる。リィンは訓練時代に何度も教官から叩き込まれた極意を口にした。

 

「一機目で相手の戦術を身体で記憶し、二機目で相手の弱点を頭で記憶し、三機目には既に詰みに入っていなければならない」

 

「よく覚えているじゃないか。そうだよ、それが戦闘の極意だ。三機ある君たちの戦い方だ。決して、一機しかない民間では成し得ない、君たちだけの戦闘術だ」

 

「自分は民間に劣るとは思っていませんが」

 

 少しばかり冗談を交えてやると課長は、「言うと思ったよ」と立ち上がった。

 

「君たちは強さを誇っていい。何者でも君たちを阻めないと感じてもいい。だが忘れるな。三機までだ。三機の後に待っているのは死しかない。それも完全な沈黙の死だ。ゆめゆめ、不死の軍団などとうぬぼれるなよ」

 

 言われるまでもない。リィンは敬礼する。

 

「御意に」

 

「いい。君たちは自分の分を弁えている。だから好意に値する。私はいい部下が持てて幸運だよ」

 

 リィンはもう一つ、気になっていたことをぶつけてみた。

 

「その、少女の身柄は?」

 

「こちらで預かろう。ライフ・フリークスの被害者の一人としてね」

 

「被害者、ですか」

 

 あの少女からそのような悲壮感は欠片も見出せなかったが。課長は、「ではないかね?」と問いかける。

 

「彼女は、先天的にライフがない、と考えるよりかはライフ・フリークスにやられたのだと。奪われたのだ、命を」

 

「それは、確かに役所の見落としを見つけるよりかは堅実ですが」

 

「何か言いたげだね」

 

 リィンの含むところのある声音を感じ取ったのだろう。正直に吐き出してしまおうと思った。

 

「アンダーバーがないんです。0ならば0の下にアンダーバーがあるはず。なのに、彼女にはない。これって、つまりライフの概念が存在しない、ってことじゃ?」

 

「カーネーション警部。それにガンス警部」

 

 課長は指を一本立てた。

 

「よく見ている」

 

「やっぱりガンス警部の証言は当たっていたんですね」

 

「見間違いを指摘すればすごすごと引き下がるのが彼だが、君はそうではない。だから個別に話している」

 

 暗に面倒くさいと言われているのだろうか。しかしリィンは問い詰めた。

 

「ライフ・フリークスに奪われた、という体裁が一番都合のいい。あるいは現場の見落としだと。でも、自分は見たものを、きちんと報告する義務があると考えます」

 

「律儀だな。だがだからこそ君を下に置いている意味がある」

 

「彼女は何です?」

 

 課長は少しばかり沈黙を置いてから答える。

 

「イレギュラーだ。このライフが氾濫する世界において、ライフを持たない存在」

 

「どうしてそんなことが」

 

「出生段階にある手はずを踏まなければ、この世に生を受けることは難しくない。だが、その前に役所がストップをかけるはずだ」

 

「欠陥品を市場には並ばせられない」

 

「よく分かっているじゃないか」

 

 課長は水槽を撫でる。その軌道に沿うようにアロワナがゆっくりと移動した。えらがパカパカと開いている。

 

「この命を消費する市場において、命を一個しか持たない、というのは欠陥品、いや、もっと言えば無茶無策の領域だ。そんななりでは一歩でも街中に出られないだろう」

 

 課長の言葉はもっともだ。ひとたび街に繰り出せば、命を消費する市場が成り立っている。

 

「そのレースに乗らない人間なんて考えられない」

 

「だから私はライフ・フリークスが何らかの実験的意味を込めて、彼女をこの世に送り出したのだと考えている」

 

「何のために?」

 

 いやそれよりも、どうやって、が先に立つ。出生過程のほんの一瞬の見落とし。それが生涯の見落としになるなど。だが課長の話す「ライフ・フリークス像」には可能に思えた。

 

 この命と螺旋でできた市場を渡り歩く命の商人。悪魔の商い師。

 

「思考実験だと私は仮定している。ある種の思考実験。それが彼女を製造した目的であると」

 

「思考実験って。哲学の分野は涅槃から臨死まで、既に人間の知覚で解明されているんですよ?」

 

 少し前の時代には哲学と言われていた命題は既に人間自身の手で決着を見ている。死ぬ瞬間の感覚。あのブレーカーの落ちるような独特の寒気に関しても、既に電子書籍化されている。

 

「涅槃も、臨死も、あるいは即身仏も、一時代には奇跡と持て囃された事象も、全てに決着を見ている。だが、それを自分の手でなぞりたいと、そう思う人間だとしたらどうだ? 奇跡をなぞるには人間一人分の命だけでは事足りないか?」

 

 リィンは唾を飲み下す。それは、つまり少女の命を使って自分の欲求を満たそうとしているのか。

 

「そんな、誰でも自由にできるのは自分の命だけです」

 

「それがこの社会の絶対秩序だ。我々以外は、他人の命を脅かす存在になってはならない。命も資産だ。他人に財を脅かされるのはいい気分ではあるまい」

 

 言外にそれができるのがライフ・フリークスだと告げられていた。ならば自分はライフ・フリークスを止めねばならないだろう。この秩序の絶対者として。

 

「ライフ・フリークスの拘束。それが絶対命令ですか」

 

「できるならば捕獲が望ましいが、君には別の手もあるな」

 

 それは先日渡されたシルバーバレットのことだろうか。あえて言及はしないが、課長は言っているのだ。もしもの時は使え、と。シルバーバレットを渡されたのはこれを見越してのことかもしれない。だとすれば強かだが、相応しいだろう。「銀の弾丸」で「化け物」を倒すのは。

 

「拘束を第一として掲げます」

 

「よかろう。ガンス警部には重要人物の捕獲、とだけ伝えておくように。ライフ・フリークスについては秘中の秘である」

 

 リィンは爪先を整えて敬礼をした。出て行く直前に、「一つだけ」と課長が口にする。

 

「何か?」

 

「少女との面会許可を取ってある」

 

「必要ありますか」

 

「ライフ・フリークスを追い詰めるには一手かもしれないな。それ以上に、向こうが要望しているらしい」

 

「自分との面会をですか?」

 

 考えられない。そのような口調で言うと課長はフッと口元を緩める。

 

「君らしい、実に分かりやすい考えだ。だが相手先がこっちに興味があるのは好都合だ。ライフ・フリークスの話を聞いてくるといい。私たちよりも彼女の知っていることのほうが多いはずだからな」

 

「承知いたしました」

 

 課長から面会許可の申請書を受諾すると、リィンは表示された内容を聞き返した。

 

「サブリナとの面会許可?」

 

「彼女が自分で名乗っている。名をサブリナ、と」

 

 思わぬところで知った少女の名前をリィンはもう一度だけ呟いた。

 

「サブリナ」

 

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