「そりゃお前、俺たちは死んでもいいように訓練されてきたじゃないか」
ウィペットの答えは明瞭だ。だからこそ、今聞きたかったことでもある。どうして死ぬのが平気なのか。ウィペットはピザを切り分けながら、「今考えることかねぇ」と訝しげだ。
「俺らには依然、重要人物の拘束任務があるんだし、死ぬことに疑問持っていたらそいつを取り逃がしちまうぜ」
ピザを頬張る同僚にリィンは、「だよ、ね」と口にする。今まで死ぬことを何となくで忌避してきた。だが、死ななければ進まない事柄もある。というよりも、武装警官隊は死んでこそ、本懐なのだ。
「死んでもナンボって、お前訓練時代に散々言われてきたじゃないか。一機目で戦術を読んで、って、えと、二機目はどうするんだっけか」
「二機目で相手の弱点を知る。三機目で詰みをかける」
目を泳がせたウィペットに助け舟を出す。リィンの言葉を受け、「そう。それそれ」と同調するウィペットは呆れ返った。
「分かってるじゃん。なのに、何で今さら迷うんだよ」
「そりゃ、そうなんだけれどさ」
髪をかき上げる。どうして死ぬことを恐れているのか。死なないに越したことはない。だが自分たちは常に三機の命を持っている。本当の死とは無縁と考えてもいい。
「あのガキか?」
ウィペットが察して声をかけてくる。リィンは首肯した。
「どうして、死ぬのが平気なのか、って聞かれた」
「まぁ、俺だって一機しかなかったらそりゃ怖いだろうな。でも、今の世の中、回しているのは命の持ち点が多い奴じゃん。大昔みたいに、一回死ぬことにびくびくしなくなったんだし、いいことだろ」
「そう、なのかな」
本当に、そうなのだろうか。一回目で死なないことはいいことなのだろうか。リィンの迷いを読み取ったようにウィペットは眉をひそめる。
「あのさ、それって武装警官隊としては考えちゃ駄目なことだと思うんだが」
「そりゃ、もちろん。分かっているよ」
リィンはピザを頬張った。どこか俯きがちな自分へとウィペットは言葉を継ぐ。
「武装警官隊ってのは、相手の命を奪うことにいちいち疑問を感じてちゃいけないんだ。お優しいリィン・カーネーションはそのガキに同情しているのさ」
「同情?」
それは考えてもみなかったことだ。自分は命が一つしかない彼女に同情しているのだろうか。
「まぁ、とどめを差す瞬間、相手が何かを祈るかも知れないとか、神様を信じているかもしれない、とかいうことは考えないだろう。反撃を、俺たちは何よりも恐れているはずだ」
「それは職務上の話で……」
「違わねぇよ。相手からのカウンターが予想外だから、お前は同情、いや動揺しちまっているのさ。命が一つしかない人間を見るのは初めてだからな」
リィンは頬杖をつく。その考えを突き詰めればこの社会には確かに命を一つしか持っていない人間はいない。ウィペットはコーラを呷る。有毒物質の入ったコーラだった。ウィペットが突っ伏す。今もまた、ウィペットは命を消費した。だがこれが間違っていると、誰が言及できよう。少なくとも同じように命が再生する自分には言えなかった。
顔を起こしたウィペットは、「今ので一死、だ」と告げる。
「こういうもんだろ? 命ってのは。消費して、次の日にはきちんと回復している。今の世の中病死もないんだぜ。格段に昔よりもよくなっている。誰だって死にたくないもんだし、そりゃガキの意見にはある程度賛成さ。でも、だからって今のシステムが間違っているってのはお門違いじゃないか?」
ウィペットの言葉は正しい。リィンは、「だよね」と自分も錠剤を呑んで死んでみせた。ブレーカーの落ちる嫌な感覚は相変わらずだが死を特別視しているわけではない。これは人生における享楽の一つなのだ。誰もが消費し、消費され、この世の春を謳歌するのに命は一つでは不自由だ。
「しかし、命が一つってのはどこまで本当なんだろうな」
ライフ・フリークスのことは伏せて話を進めねばならない。
「重要人物って奴が関係しているんだろう」
「その重要人物、お前、書類もらったんだろ? 読ませてみろよ」
「嫌だよ。読むの遅いじゃないか。一両日中に課長に返さなきゃならないんだから」
ピザのチーズがつかないように気を配りながらリィンは書類を捲る。ライフ・フリークスは命を複数持っていると推測される。その複数が、自分たちのように三機程度で留まっているとは考えられなかった。
「でも重要人物っての、もう国外逃亡しているっての考えられないか? いつまでもここに張っているほうが無意味なんじゃ?」
「課長から厳命が出たんだ。少なくとも命令が解かれるまでは、国内にいるんだろ」
ウィペットは後頭部を掻いた。
「何で、その重要人物とやらはこの国に来たんだ? この国が武装警官隊の存在する国って分かっていたら不利じゃないか」
その事実に関しては書類上では言及されていなかった。
「相手方は、もしかしたら分からずに来たのかもね」
「それはマヌケだぜ」
ウィペットが肩を揺すって笑った。リィンも、そのような間抜けを犯すような人間が、子供を使って時間稼ぎをするとは思えない。
「用意周到さが、見え隠れしたよな」
だからか、ウィペットの言葉を聞き逃しそうになった。慌てて聞き返す。
「何が?」
「ガキを使った罠さ。お前も薄々気づいているんだろ」
リィンは作戦拠点を思い出す。狭い路地に、どこから敵が現れてもおかしくない薄暗がり。
「あれは、明らかに張っていた。僕もそう思う」
「武装警官隊を嘗めてやがんのか? それとも」
その先をウィペットは濁した。リィンは尋ねる。
「それとも?」
少しの逡巡の後に、ウィペットは言った。
「俺たちの戦力をはかるために、あの場所を用意したか」
ウィペットの予測通りならば、あれは守りではない。あの戦術は攻撃だ。これから反撃に出る人間の打つ布石だ。
「そうだとすると、僕らは厄介な相手を敵にしたのかもしれない」
「今から白旗揚げて、相手に寝返るか?」
ウィペットの冗談にリィンは微笑む。
「まさか。相手が喧嘩を吹っかけたんだ。僕たちが応戦しないと、他の国民が犠牲になる。それだけは避けなければならない」
この国家の秩序として。「立派だねぇ」とウィペットが漏らす。
「まるでこの国家権力の模範解答だな」
「自分だってその国家権力の狗だってこと、忘れないでよ」
違いない、とウィペットは肩を竦めた。
今日の夢には殺した少年たちが参加していた。
小さな地球を踏み締める死者の列。彼らは一様に面を伏せ、どこか虚脱しているように見える。手を伸ばすがやはり最後尾の少年に拒絶された。
まだ来る時じゃない、と。
自分は困惑する。来るべき時を逃して、このまま延々と生き続けるのではないか、という恐怖が自分を縛る。
延命、という言葉は現在において適応されない。命は限りのないものとなった。老化は訪れるものの、病死が存在せず命を絶つかどうかの判断は各々の裁量だ。六十で定年退職すればもう命はいらないと国にその命を返す人間もいる。あるいは齢百を超えてもまだ命が欲しいと、手放さない人間もいる。だが老衰が訪れ、日に何度も死ぬ生活を送っていればもう命はいらないとやはり国家に返却する例が多いらしい。
就職から先、命のレールを手に入れ、定年までに溜めた「年金」ならぬ「年命」を使ってどこまでも生きていこうとする人間もいる一方で、命の返却を早々に希望する人間もいる。
「お母さんはね、もう命がいらないのよ」
不意に母の声が自分の中で再生され、リィンは死者の列の先頭に立つ人間を視界に入れた。五年も前に死んだ母親が手を振っている。
もう命がいらないと言っていた母親。
もう自分がいらないと、この世の中からさじを投げた母親。
いつも、同じ言葉を紡ごうとする。だがリィンは結局言えず、この夢の終点に立つのだ。