ライフ・フリークス   作:オンドゥル大使

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第10話 死を想え

 

「へぇ、じゃあお前、子守すんだ?」

 

 ウィペットの感想にリィンは苦々しい顔をする。

 

「そうじゃないよ。ただサブリナの世話に関しては、僕に一任するって」

 

「それ子守だろ。しかし面白くも何ともねぇのな。あんなガキじゃ使い物にもならないし」

 

 ウィペットの言葉に、「下品だよ」と言い置いてリィンは武装の確認をする。トレーラーで運ばれてきた場所は起伏の激しい場所だった。高低差が三メートル以上ある。

 

「先の〝洗浄爆撃〟で一掃された地域だ。まだ汚染があるって言うんで普通の業者は立ち寄らないな」

 

「僕らは業者じゃない。民間のアマチュアじゃないんだ」

 

「違いない。俺たちは猟犬だ」

 

 トレーラーから出ると寂れた商店街が広がっている。通常と違うのは全てシャッターが下りていること。そして微妙に土地そのものが傾いていることだろう。ウィペットはビー玉を取り出して地面に置いた。するとビー玉はするすると地面を転がっていく。

 

「大分傾いているな。前年の調査じゃ、三十度だったか」

 

「最高が、だろ。まだこの程度じゃないよ」

 

「平衡感覚を狂わせられそうだぜ。アサルトライフルはオートで照準を合わせたほうがいいな」

 

 機器をいじっているウィペットを他所にリィンは歩み出した。軒を連ねるシャッターの下りた商店街はゴーストタウンじみている。

 

「ここに本当にいるんだろうな。その重要人物とやらが」

 

「いるって情報だから、僕らが来たんだろ。まぁ、ちょっと怪しいけれど」

 

 リィンが周囲を見渡す。風が吹き抜け、トタンの看板を叩きつけた。

 

「B級映画で出てきそうな街だな、こりゃ。しかし重要事物ってのはあれかね。こういう寂れた場所が好きなのか?」

 

 前回は既に廃棄されたブロックだった。今回も同様だ。既にこの国の一部としては認められない場所だった。リィンは、「知らないよ」と返す。

 

「ガキのお守りが先決だろ? 俺は先に行っているぜ」

 

 ウィペットが先行する。リィンは本部と通信を繋いだ。

 

「本部、熱源は?」

 

『今のところゼロだが、その場所は〝洗浄爆撃〟の地帯だ。熱源を正確にモニター出来ない可能性がある』

 

 リィンは銃口を突き出して戦闘姿勢を取る。自分の中に戦闘意識を呼び覚まし、指の筋の一端まで走らせた。

 

 通信のチャンネルを変更しリィンはある場所へと繋ぐ。

 

「こちら、リィン・カーネーション。そちらは?」

 

『ああ、警部。この子、どうしてだかさっきから無線に付きっきりで』

 

「何かあるのか?」

 

 するとザザッと砂を食んだようなノイズが発生した。その後に声が聞こえてくる。

 

『〝洗浄爆撃〟って何? さっきからみんなが言っているけれど』

 

 リィンは作戦行動を行いながらサブリナの質問に答える。

 

「ちょっと前、多分、君が生まれる前に首都直下地震がこの国であって、その時に他国の軍が漏らされたくない秘密の機関があったって言われている。後始末のために、他国の軍が〝汚染地域〟として〝洗浄〟するために爆撃をした。この国の政府はそれを承認。要するに臭いものに蓋をした結果さ」

 

 他国の諜報機関があったのは噂程度だが、火のないところに煙は立たない。汚染地域、という名目で封鎖の代わりに爆撃をされた。結果的に封鎖に繋がっているので対応は間違ってなかったのだろう。ただ、この場所に残された多数の住民の命と引き換えであったが。

 

『この国ってそういうところがおかしいわ。他人の命は二の次なのね』

 

「命に頓着していたら、何もできないからね」

 

「話し込んでいるじゃねぇよ。もし襲撃があったらどうする?」

 

 ウィペットの言葉に自重するべきだと感じたがサブリナは問いを重ねた。

 

『でもこの場所、その爆撃があったって言うんなら、多分先生はいると思う』

 

 サブリナの言葉にリィンは聞き返す。

 

「信憑性は?」

 

『多分、八割くらいで先生はいるに違いないと思う』

 

「おい、下手なこと言っているんじゃねぇ。出向いたんだからいてくれないと困るんだが、ここにいるってのはどういう理由だ?」

 

『だって、先生は言っていた。武装警官隊の無力化だって。だから、この場所に誘い込むのはあると思う。だって戦い慣れていない場所でしょう? 封鎖されているって言うんなら』

 

 サブリナの言葉に、「イカれなのか、その先生ってのは」とウィペットが毒づく。

 

「汚染地域のど真ん中だぞ。確かにここに入るのにパスもいらねぇし、歩けば来れる距離だが、わざわざここに張るってのが信じられない」

 

 リィンも同意見だった。ライフ・フリークスがどうしてここに居を構える必要があるのか。前回はあの狭い路地だ。奇襲をかけるのにはもってこいだった。だが今回は少しばかり開けている。奇襲攻撃は有効ではないだろう。

 

「前みたいに子供を使う、ってのはないんだろうな?」

 

 ライフ・フリークスが子供を囲っているのならばありうる話だ。だがサブリナは否定した。

 

『スクールメイトはあたしたち四人。それ以上はいないはずだけれど』

 

「信用なるか」とウェペットは吐き捨てる。

 

「子供を使ったとしても充分に距離がある。前みたいに急に仕掛けられることはないと思う」

 

「胸糞悪い奴だぜ。ガキを使っていたぶるのが楽しいなんて」

 

 リィンとウィペットが先に進む。もう一度、本部に問い返した。

 

「熱源は?」

 

『今のところ見られない。本当に作戦目標がいるのかどうか』

 

 空にヘリが飛んでいる。羽音を散らせて熱源を探知しているはずだ。前回のように分かりやすい襲撃はないと考えていいのだろうか。

 

「まぁ、仕掛けてくれば分かるだろ。前回みたく気を張る必要はないかもな。襲撃って言っても大げさなものなんてないだろうし」

 

 ウィペットの楽観主義に、そうかもしれないと思い始める。サブリナが提示しただけの場所だ。本当にライフ・フリークスがいるか怪しい。

 

 爆心地が近くなってくる。このまま、何も起こらないのだろうか、と考えていたその時であった。

 

『カーネーション警部、ガンス警部、今君たちをモニターできない。何か、ジャミングのようなものが』

 

 そこから先の通信はなかった。ウィペットが振り返る。その時、リィンは確かに目にした。ウィペットの足元にワイヤーが張られているのを。ウィペットがワイヤーを切る。その瞬間、家屋の天井が突き破られ、黒い箱が出現した。

 

「ミサイル格納庫?」

 

 ウィペットがそれを視認した直後、格納庫が開きミサイルがウィペットに照準を合わせた。

 

「おいおい、嘘だろ!」

 

 ミサイルが射出され、ウィペットがアサルトライフルを撃とうとする。だがその時にはウィペットのすぐ近くでミサイルが爆発していた。リィンは咄嗟に目を守る。散弾のように降り注いだ粉塵を掻いてリィンは声を張り上げた。

 

「無事か?」

 

 ウィペットからの応答はない。リィンは周囲へと銃口を向ける。

 

「どこから?」

 

 違う、どこからではない。これはトラップだ。動くな、と神経が告げていた。ここから動かなければ自分はトラップの犠牲になることはないだろう。だが、進まなければまだライフ・フリークスを取り逃がすことになる。

 

「どうやって……」

 

 その言葉尻を裂くようにウィペットの叫び声が木霊した。

 

「チクショウ! チクショウ、クソっ、一回死んじまった!」

 

 ウィペットは足をやられているようだ。すぐに動ける傷ではない。リィンは本部へと通信を繋ぐ。

 

「本部! ガンス警部が負傷を!」

 

 しかしノイズが走るばかりで応答がない。

 

「無理だろうな。さっきジャミングみたいなことを言っていた」

 

「じゃあ、僕らは取り残されたってことなのか?」

 

 リィンは身体が硬直したのを感じる。一歩でも動けばトラップでやられる。だが動かなければウィペットの手当てもできない。

 

「動くなよ、動けば俺の二の舞だ」

 

 ウィペットの言うことは分かる。だがライフ・フリークスを逃がすわけにはいかない。

 

 リィンはまずウィペットの負傷を手当てするべく動いた。その瞬間、身体がワイヤーを切ったのを感じた。

 

 直後に両端の家屋の天井が割れて飛び出したのは自動小銃だった。リィンへと照準を向ける。

 

「危ない!」

 

 ウィペットの声を銃声が掻き消した。リィンは咄嗟に飛び退いたが反対側の銃による攻撃が身体を射抜く。意識が落ちリィンは何分か「死んで」しまった。次に目を覚ました時、ウィペットがリィンの身体を引き寄せていた。

 

「危ないって言ってんだ! 進めば俺らは蜂の巣だぞ!」

 

 しかし進まなければライフ・フリークスを逃がす。リィンは立ち上がっていた。

 

「行かなきゃ。行って、奴を……」

 

「ナマ言ってんじゃねぇ! この場所、そのものが罠だ! 俺たちを殺し尽くすために計算されている」

 

 リィンはそこでサブリナから聞いた内容を思い出す。武装警官隊の無力化。これがその一端だというのか。罠を張り巡らせた土地に自分たちを誘い込む。だが、この策に乗らない可能性もあったはずだ。それを推し進めたのは、やはりサブリナの存在だった。

 

 彼女だけがライフ・フリークスの足取りを知っている。自分たちは飛んで火にいる夏の虫だ。ライフ・フリークスは最初から武装警官隊を無力化するためにこの場所を選んでいた。ウィペットがアサルトライフルを引き寄せる。

 

「ガキにほだされたのかもな。お前が安易に信じ込んじまったから、重要人物に出し抜かれる。最悪だぜ。ここで俺たちを殺すつもりだ」

 

 リィンは、「動かなければ」と足を引きずった。ウィペットが行く手を遮るように銃を放つ。

 

「動くなって言ってんだろ! こいつはヤバイ。罠なんだ。進まなければ、これ以上消耗せずに済む」

 

 しかしライフ・フリークスを捕獲する時間を失うことになる。リィンは進むことを選択した。ウィペットが歯噛みする。

 

「動かないで、やり過ごせばいいのに……」

 

「動かなければ、確かにトラップは発動しないだろう。でも、それは任務の放棄と同義だ。武装警官隊として、重要人物の確保は最優先事項」

 

 リィンは足元に銃口を向けて一射する。ワイヤーの類は二メートル先まではない。

 

「知らねぇぞ。こっから先に何が待っているかなんて」

 

「君は応援を待つしかないだろう。足をやられている。命は繋ぎ止められているとはいえ、並の傷じゃない。進むのは僕だけでいい」

 

「死にに行くってのか?」

 

 ウィペットの声にリィンは静かに言葉を振り向ける。

 

「死ぬつもりはないよ。一人分ならば、もしかしたら殺し尽くすつもりはないのかもしれない」

 

「希望的観測だ」

 

 その通りだろう。相手が武装警官隊を一人ずつ、きっちり無力化するつもりならば単独行動も危険だ。

 

「でも、僕が行かなきゃ」

 

 リィンは歩を進めた。粉塵の舞う中、銃口を突き出して警戒を走らせる。ウィペットの制止の声はもう届かなかった。聞き分けの悪い同僚に愛想を尽かしたのか。あるいはもう自分の足を止める言葉はないと諦めたのか。リィンは足元に張られているであろうワイヤーに留意する。ヘリからの応援は期待できそうにない。熱源反応も、トラップが起動しなければ観測できないからだ。

 

 本部へとチャンネルを合わせたが砂嵐ばかりだった。

 

「ジャミングか。でも、僕からしてみれば、そしてお前からしてみても好都合だろう? ライフ・フリークス」

 

 ウィペットにライフ・フリークスについて漏らしてはならない、という課長命令を守るにはこの状況さえも味方につける。

 

 ワイヤーは十メートルごとに何本か張られていた。二人で警戒しつつ行動していたのならば気づくものだろう。しかし、まさか相手が罠を張っているなど思いもしなかった。

 

「どうやって、お前は罠を仕掛けた? そのような戦力的余裕なんてないはずだ」

 

 否、先刻、子供を使った攻撃を仕掛けてきた以上、もう人数による圧倒は不可能だと判じたのかもしれない。そもそも武装警官隊の戦闘スタイルは多数対個人だ。課長の言っていた第一隊に相当する戦力、というのはあながち間違ってはいない。

 

「罠はワイヤートラップがメイン。赤外線探知や熱源探知の罠がないだけマシか」

 

 もしそのようなトラップが存在していれば注意するだけでは足りない。単独行動そのものが不利に転がる場合がある。リィンは窪地へと進んでいった。爆心地にはクレーターがあり、それを中心にして錆び付いた家々が軒を連ねている。爆撃時に砂を被ったのだろう、砂利に塗れた廃屋は緩やかに死んでいく風景だった。

 

 傾斜する地面を慎重に進む。自分ならばトラップを仕掛けるのはこのような不安定な足場だ。思った通り、いくつかのワイヤートラップがあった。遠回りして爆心地を視界の中心に入れる。

 

 爆心地に二つの椅子があった。前回見たのと同じく、カーブを描く洋風の椅子だ。背中を向けて誰かが座っている。緊張を走らせながら椅子へと歩み寄った。動く気配はない。気づいていないのか? リィンは声を投げた。

 

「ライフ・フリークスだな?」

 

 相手がそう名乗っているとは限らないが、自分にはそう呼びかけるほかない。背中は答えなかった。スーツ姿の紳士を思わせる背中は微動だにしない。リィンは銃口を突きつける。この距離ならば心臓を間違いなく射抜けた。

 

「武装警官隊だ。抵抗はやめてこちらへと、ゆっくり振り向け」

 

 リィンの言葉に相手は応じない。訝しげに近づき、無理やり相手の肩を掴んだ。

 

「振り返れ! でなければ」

 

 そこから先の言葉は継がれなかった。何故ならば、無理やり振り返らせた相手は物言わぬ人形だったからだ。スーツを着込んだ等身大の人形の腹部にはプラスチック爆弾が内蔵されていた。触れた瞬間に起爆する仕組みだったらしい。ランプが青から赤に変わったのが視界に映る。次の瞬間、リィンは爆発を身に受けた。

 

 何分ほど「死んで」いたのだろう。活動不能な打撃を受け、リィンは空を眺めて固まっていた。足がやられたのか、あるいは鼓膜がやられたのか。動けない上に何も聞こえない。

 

 だが奇跡的に生きている自分を見つけた。まだ一機残っているお陰だろう。明らかに殺しにかかってきた攻撃に対し、自分は生存していた。

 

 装備の加護かも知れないし、あるいは残存したライフの影響かもしれない。再生までは時間がかかったが脳波が戻り、鼓動が正常な心拍を刻み始める。幕のかかったような意識に光明が差し込み、リィンは自分の身体がまだ生きていることを認識する。

 

「生きている……」

 

 手首を眺めようとした。残存ライフは一機のみ。爆発に巻き込まれて生きているのは行幸と言うほかない。

 

 巻き上げられた土に混じってゆらりと何かが降ってきた。すぐ脇の地面に突き刺さる。白いメッセージカードだ。リィンは視界を向ける。印字された文字を読み取った。

 

「メメント・モリ」

 

 その文字の意味を解する前に、救援隊の姿が視界に入る。これでウィペットは助かるだろう。リィンはメッセージカードを咄嗟に懐に仕舞った。ライフ・フリークスが何を考えているのか。自分はそれを試されているような気がした。

 

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