誰にも祝われない旅立ち   作:ひよこ大福

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石の町と、はじめての博物館

ニビシティへ続く道を下りながら、カエデは何度も町の方を見ていた。

 

トキワの森を抜けた先に広がるその景色は、今まで見てきた場所とはどこか空気が違う。

マサラタウンのやわらかい緑とも、トキワシティのにぎやかさとも違う。

灰色の石と土の色が町全体を落ち着かせていて、遠くから見てもどっしりしていた。

 

「……ほんとに、石の町なんだね」

 

小さくそう言うと、ガーディが隣で鳴く。

ニドも耳を動かしながら、前をじっと見ていた。

 

町へ近づくにつれて、道の脇に転がる石も大きくなっていった。

自然の岩だけじゃない。道しるべにも、家の塀にも、建物の一部にも石が使われている。

この町は、そういうものと一緒に暮らしているのだと、門に入る前から分かった。

 

ニビシティの中へ足を踏み入れると、まず耳に届いたのは、静かな人の声だった。

トキワシティみたいに人通りが多いわけではない。

けれど人が少ないというより、町そのものが落ち着いているのだと思えた。

 

通りには石造りの家が並び、屋根の色も土や灰色に近い。

店先には鉱石みたいな飾りが置かれていたり、岩タイプのポケモンが荷物運びを手伝っていたりする。

少し先では、イシツブテが器用に箱を支えていて、近くの子どもが楽しそうにその周りを走っていた。

 

カエデは足を止め、思わずその様子を見つめる。

 

「……かわいい」

 

ぽつりと零すと、ガーディがちょっとだけ不満そうに鼻を鳴らした。

カエデはその頭を撫でる。

 

「分かってるよ。お前もかわいい」

 

そう言うと、ガーディは満足したみたいに目を細めた。

その横で、ニドが少しだけじっとこちらを見ている。

カエデは気づいて、今度はニドの頭もそっと撫でた。

 

「……ニドも」

 

二匹とも一緒に撫でていると、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

知らない町に入る時の緊張はまだある。

それでも、隣に二匹がいてくれるだけで、ひとりきりで歩く時とは全然違った。

 

通りをゆっくり進みながら、カエデは町の中を見回した。

広場の近くには大きな岩がいくつか置かれていて、その周りで人が休んでいる。

別の通りには、岩石や化石の模型みたいなものを売っている小さな店もあった。

見たことのない道具や、石を使った装飾品も並んでいる。

 

「……ニビシティって、こんな感じなんだ」

 

誰にともなくそう呟く。

旅に出るまでは、町の名前を知っていても、その中がどうなっているかなんて想像するしかなかった。

でも今は、ちゃんと自分の目で見ている。

 

そのことが少しうれしくて、少し不思議だった。

 

しばらく歩いていると、ひときわ目立つ大きな建物が見えてきた。

他の建物より大きくて、正面には広い階段がある。

入り口の近くには、古いポケモンの絵や骨みたいな模様が飾られていて、看板には大きく博物館の文字があった。

 

カエデは立ち止まる。

 

「……博物館」

 

言葉にすると、急にその場所が遠いものみたいに感じた。

マサラタウンにいた頃、自分には関係のない場所だと思っていた。

誰かと出かける場所とか、家族で見る場所とか、そういう印象の方が強かったからだ。

 

ガーディがカエデの足元に鼻先を寄せる。

ニドも、少しだけ首を傾げるように建物を見た。

 

「……気になる、よね」

 

そう言ってから、カエデは小さく息を吐いた。

入り口の横には入館料の案内が出ている。

高くはないけれど、今のカエデにとっては、何も考えず払える額でもなかった。

 

袋の中から小さな布の包みを取り出し、中の硬貨を確認する。

旅に出る前から、少しずつ手元に残していたもの。

多くはない。

食べ物や必要なもののために、できるだけ減らしたくはなかった。

 

けれど。

 

カエデはもう一度、博物館を見上げる。

今まで知らなかったものを知れる場所。

旅に出たからこそ見られる場所。

 

「……ちょっとだけなら、いいよね」

 

そう言うと、ガーディが短く鳴いた。

ニドも小さく声を上げる。

二匹とも反対はしていないみたいで、カエデはほんの少しだけ口元をゆるめた。

 

階段を上がる足音が、石に小さく響く。

入り口をくぐると、中はひんやりしていて静かだった。

外の乾いた空気とは違って、少しだけ古い石と紙の匂いがする。

広いホールの奥には展示室へ続く扉があって、壁には大きな絵や説明板が並んでいた。

 

受付にいた係員が、カエデたちを見る。

 

「いらっしゃいませ。見学ですか?」

 

その声に、カエデは一瞬だけ身構えた。

でも顔をしかめられることも、変な目で見られることもなかった。

ただ普通に、客として話しかけられただけだった。

 

「……うん」

小さく頷いて、入館料を差し出す。

係員はそれを受け取ると、二匹の方を見て少しだけ笑った。

 

「ポケモンも一緒でいいですよ。ただし、展示には触らないようにお願いしますね」

 

「……分かりました」

 

ちゃんと答えられたことに、自分でも少しだけ驚く。

係員は案内の紙を一枚渡してくれた。

 

「一階は主に化石や昔のポケモンの展示です。奥には宇宙や月の石に関する資料もありますよ」

「……月の石」

「ええ。この町では有名ですから」

 

そう言われて、カエデは案内図へ目を落とした。

文字を追うだけで、知らないものがたくさんある。

化石、古代のポケモン、月の石、発掘資料。

聞いたことのない言葉も混ざっていて、それだけで少し胸が高鳴った。

 

「……行ってみよっか」

 

ガーディが元気よく鳴き、ニドも短く返す。

その声を聞いてから、カエデは展示室の方へ歩き出した。

 

最初の部屋に入った瞬間、思わず足が止まった。

 

広い空間の中央に、大きな骨格標本が組まれていた。

見上げるくらい大きくて、長い首の骨が天井近くまで伸びている。

石の台の上には説明板があり、昔生きていたポケモンの化石から復元されたものだと書かれていた。

 

「……すごい」

 

小さな声が、静かな部屋に吸い込まれる。

 

ガーディも見上げていて、いつもより少しだけおとなしい。

ニドは最初こそ警戒するように耳を立てていたけれど、動かないと分かると、慎重に近くまで歩いていった。

 

カエデも説明板の前に立つ。

難しい言葉もあるけれど、ゆっくり読めばなんとか意味は分かった。

土の中から見つかった骨。

昔の時代に生きていたポケモン。

今はもう、そのままの姿では出会えない存在。

 

「……こんなの、知らなかった」

 

旅に出る前の自分なら、きっと一生知らないままだったかもしれない。

森を抜けて、町へ来て、自分の足でここまで歩いたから、今ここに立っている。

 

その実感が、胸の奥をじんわりあたためた。

 

次の展示室には、岩石や鉱石がずらりと並んでいた。

赤っぽい石、青く光る石、黒くて重そうな石。

壁には、それぞれどんな場所で採れたのか、どう使われるのかが書かれている。

 

カエデが青い鉱石の前で立ち止まると、ガーディがその隣に座った。

照明を受けて光る石が、少しだけガーディの毛並みに似た色をしている。

 

「……きれいだね」

 

ぽつりと呟くと、ガーディは石よりカエデの方を見上げた。

その反応に、カエデは小さく笑う。

 

「うん、お前の方がかわいいよ」

 

そう言って頭を撫でると、ガーディは満足そうに喉を鳴らした。

その横で、ニドは別の展示の下にある小さな石をじっと見ている。

 

「ニドは、そっちが気になるの?」

 

声をかけると、ニドは少しだけ体を揺らしながら振り返った。

興味があるらしい。

説明を見ると、それは古い時代の地層から見つかった小さな欠片で、ポケモンの化石の一部かもしれないと書かれていた。

 

「……お前、そういうの好きなんだ」

 

言いながらしゃがみ込む。

ニドは逃げずにそのまま展示を見ている。

昨日まではまだどこか緊張していたのに、今はこうして同じものを一緒に見られる距離になっている。

それが何だかうれしかった。

 

展示室をひとつひとつ見て回るうちに、カエデの足取りは自然とゆっくりになっていた。

急いで進むのがもったいないくらい、知らないものがたくさんある。

 

大きな骨格標本。

岩石の標本。

昔のポケモンの絵。

月にまつわる資料。

どれも今まで自分の世界になかったものばかりだ。

 

そして、その全部を今の自分は見ていいのだと思えることが、少しだけ信じられなかった。

 

展示室の奥には、少し暗い部屋があった。

入り口には、月の石と宇宙に関する特別展示と書かれている。

 

「……月の石、こっちみたい」

 

そう言うと、ガーディもニドも一緒にそちらへ目を向けた。

 

カエデは扉の前で一度だけ立ち止まる。

知らないものを見る時の、あの少しだけ怖くて、でも気になる感じが胸の奥にあった。

 

それでも今は、その先へ行きたいと思う。

 

「……入ろっか」

 

小さくそう言って、カエデは二匹と一緒に、次の展示室へ足を踏み入れた。

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