ランタンの灯りは小さいのに、また歩き出すと不思議と少しだけ頼もしく見えた。
カエデはその明かりを前に向けながら、コハクたちの背中を追う。
窪みを出たあとの通路は、さっきまでより少し広かった。
その分、暗がりも深くて、灯りの届かない先が余計に遠く見える。
「……まだ、長そうだね」
小さくそう言うと、コハクが前を向いたまま短く鳴いた。
ニドは足元を確かめるように一歩ずつ進み、スイは左右の壁際へ視線を走らせている。
四人の動きが、前より少しだけ自然になっていた。
コハクは先へ行きすぎず、でも一番前で気配を拾う。
ニドは濡れた石や小さな段差を見つけるのが早い。
スイは暗がりの中で動く影にいちばん早く気づく。
それが、今のこの場所ではすごく大きかった。
しばらく進むと、足元の石の感じが少し変わった。
ごろごろした岩が減って、代わりに平たい地面が増える。
そのかわり、ところどころに大きな岩柱みたいなものが立っていて、視界が区切られていた。
「……ここ、ちょっとやだね」
ぽつりと漏らす。
広いのに見通しが悪い。
そのせいで、何かが隠れていそうな感じが強かった。
コハクも同じことを思ったのか、少しだけ歩く速さを落とした。
ニドはぴたりとカエデの少し前に位置を取る。
スイは後ろを振り返って、ちゃんとついてきているか確かめるみたいに一度だけカエデを見た。
「……うん。だいじょうぶ」
その視線に答えるように、小さく言う。
次の瞬間だった。
岩柱の陰から、がらっと大きな音がした。
「……っ!」
反射的に足が止まる。
コハクが低く唸り、ニドはすぐに身を低くする。
スイも一歩前へ出た。
ランタンの光を向けると、そこにいたのはイワーク……ではなく、大きなイシツブテが二匹だった。
普通のイシツブテより少し大きくて、地面に紛れるように丸くなっていたらしい。
光に気づいたのか、腕を動かしてこちらへ向き直る。
「……通るだけ、なんだけど」
小さくそう言っても、もちろん伝わらない。
一匹が地面を揺らすように前へ転がりかけた。
「コハク!」
コハクがすぐに一歩前へ出る。
「にらみつける!」
鋭い視線がイシツブテへ向く。
転がりかけていた一匹の動きがわずかに鈍る。
でも、もう一匹が横からじりっと回り込んできた。
「ニド、右!」
ニドがすぐに動く。
小さな体で横へ抜けて、イシツブテの進路の少し手前へ回る。
「つつく!」
狙ったのは顔じゃない。
腕と体のつなぎ目に近い位置。
乾いた音がして、イシツブテが少しだけよろめいた。
「よし……!」
けれど、そこで終わらない。
最初の一匹が勢いを立て直して、今度は真正面から転がってくる。
「コハク、避けて!」
コハクが跳ぶ。
ぎりぎりでかわしたそのすぐ後ろを、大きな岩の体が通り過ぎた。
床が揺れて、ランタンの火まで小さく震える。
「……スイ、左の方!」
スイが岩柱の陰へ回る。
水のない場所でどこまでやれるかはまだ分からない。
でも、ただ見ている子じゃないことをカエデはもう知っていた。
「みずでっぽう!」
細い水の弾が飛ぶ。
乾いた岩肌には水が弾かれるけれど、それでも勢いを受けたイシツブテの顔が少しだけ逸れた。
「今!」
カエデの声に、コハクがすぐ反応する。
「たいあたり!」
真正面からじゃない。
横。
回転が止まりきる前の、体の流れに逆らう位置へぶつかる。
イシツブテがぐらりと揺れる。
「ニド、にどげり!」
ニドが飛び込む。
一発、二発。
連続の蹴りが入って、イシツブテの体勢が崩れた。
もう一匹も、仲間の様子に少しだけ怯んだらしい。
スイがもう一度みずでっぽうを当てると、そちらもそれ以上前へ出てこなかった。
数秒のにらみ合いのあと、二匹のイシツブテはゆっくり後ろへ下がる。
そのまま岩柱の陰へ引っ込むようにして、動きを止めた。
静けさが戻る。
「……はぁ」
カエデはようやく息を吐いた。
ランタンを持つ手が少しだけ強ばっていたのに気づいて、そっと力を抜く。
「みんな、だいじょうぶ?」
コハクがすぐに振り返って鳴く。
ニドも短く返事をして、スイは少しだけ肩で息をしながらも頷くみたいに目を細めた。
「……よかった」
それから、小さく笑う。
「今の、ちゃんと揃ってたね」
コハクが嬉しそうにしっぽを振る。
ニドは照れくさそうに顔をそらし、スイは少しだけ戸惑った顔をしたあと、小さく鳴いた。
「コハク、横から入るの上手だった」
頭を撫でる。
「ニドも、ちゃんと隙見つけてた」
今度はニドへ。
「スイも。水がなくても、ちゃんと動かせたよ」
スイの目が少しだけ揺れる。
褒められるたび、まだ少しだけ驚いた顔をする。
でも今度は、そのあとすぐに目を逸らさなかった。
「……うん」
カエデは深く息を吸い直す。
怖い。
でも、さっきみたいな時に、もう前ほど頭が真っ白にはならない。
みんなの動きが見えて、次の指示が少しずつ出せるようになっている。
それが嬉しかった。
少し進むと、通路の先がほんのり白く見えた。
「……あれ」
最初、出口かと思った。
でも違う。
外の光みたいに強くはないし、揺れ方も変だ。
近づいてみると、それは壁に埋まった白っぽい鉱石だった。
何本かまとまっていて、ランタンの光を受ける前から淡く光っている。
「……きれい」
思わずそう漏らす。
おつきみ山でも似たようなものは見たけれど、こっちの方がもっと白くて、冷たい星みたいだった。
暗いトンネルの中に、そこだけ小さな夜空があるみたいに見える。
コハクも光る壁の前で立ち止まり、興味深そうに鼻を近づける。
ニドは少し離れたところから眺めていて、スイはその光が水面じゃないのに揺れて見えるのが不思議なのか、じっと見つめていた。
「……少し休もっか」
壁の近くには平らな岩があって、座るのにちょうどよかった。
カエデはそこへ腰を下ろし、ランタンを隣へ置く。
白い鉱石の淡い光と、ランタンの小さな火が並ぶと、暗がりが少しだけ遠くなる気がした。
「イワヤマトンネル、暗いだけじゃないんだね」
ぽつりとそう言うと、コハクが小さく鳴く。
「怖いけど……こういうのは、ちょっと好きかも」
自分で言ってから、少しだけ不思議だった。
前の自分なら、暗い場所はただ怖いだけだった気がする。
でも今は、その中にあるものもちゃんと見ようとしている。
スイがカエデの近くへ来て、光る鉱石を見上げた。
その横顔を見ながら、カエデはそっと目を細める。
「スイ」
名前を呼ぶ。
「さっき、ありがと」
スイが振り返る。
「水のないとこでも、ちゃんと戦えた」
小さく笑う。
「だいぶ自信ついてきたんじゃない?」
スイはしばらく黙っていたけれど、やがてほんの少しだけ胸を張った。
その仕草が可愛くて、カエデは思わず笑ってしまう。
「……うん。そういう顔、好き」
その横で、コハクが明らかに不満そうな声を出した。
ニドも、なんとなくこっちを見ている。
「分かってる、分かってる」
カエデは慌てて二匹も撫でた。
「お前たちも、すごかったよ」
コハクはすぐに機嫌を直し、ニドは照れたようにそっぽを向く。
少しだけ休んで、また図鑑の地図を確認する。
現在地は、入口からだいぶ進んでいるけれど、まだ出口までは遠い。
今日中に抜けられるかどうかは、微妙なところだった。
「……焦らない方がいいよね」
その言葉に、ニドが短く鳴いた。
コハクもすぐに返事をして、スイは静かにカエデを見る。
「うん」
カエデは頷く。
「今日は進めるところまで進んで、無理ならまた休めばいい」
そう言って、ランタンを手に取る。
「ちゃんと抜けたいもんね」
立ち上がると、白い鉱石の光が少しだけ後ろへ遠ざかる。
でも、さっきまでより暗がりが怖くない。
ここにも休める場所があって、きれいなものがあって、進み方を考えられると分かったからかもしれなかった。
「……行こっか」
コハクが先に歩き出す。
ニドがその少し前を取る。
スイはカエデのすぐ隣。
いつもの並びがまた自然にできる。
ランタンの灯りが、また岩肌を照らす。
暗いトンネルの中で、小さな明かりと四つの足音は、少しずつでも確かに前へ進んでいた。