イワヤマトンネルの中を、カエデたちはまた歩き出した。
白く光る鉱石の場所を離れると、あたりはすぐにまた暗くなる。
ランタンの灯りが届く範囲だけが世界みたいで、その外側には岩の壁と黒い影が静かに重なっていた。
「……まだ続くね」
小さくそう言うと、コハクが前を向いたまま短く鳴く。
ニドは足元を見ながら進み、スイはカエデのすぐ横を歩いている。
最初にこのトンネルへ入った時は、暗いだけで胸がいっぱいになった。
でも今は少し違う。
怖さが消えたわけじゃないけれど、その中でちゃんと前を見られている気がする。
岩の間を抜けて、少し狭い通路へ入る。
天井が低くなっているせいで、ランタンの光が近くの岩に反射して、影の揺れ方まで変わって見えた。
「頭、ぶつけないようにしないと……」
そう呟きながら身を低くすると、コハクも気づいたように少しだけ姿勢を下げる。
ニドはこういう場所だとやっぱり動きやすそうで、先に立って細い足場を確かめるみたいに進んでいく。
スイは水の中ほどではないけれど、静かに体を揺らしながら、狭い場所でも落ち着いていた。
しばらく歩くと、通路の先からほんの少しだけ風が流れてきた。
「……あ」
カエデが足を止める。
冷たい風じゃない。
外から吹き込んでくるような、少しだけやわらかい風だった。
コハクが耳をぴんと立てる。
ニドも足を止めて前を見上げた。
スイは何も言わないけれど、目がわずかに細くなる。
「……出口、近いのかな」
その言葉に、胸が少しだけ高鳴る。
まだ見えてはいない。
でも、暗いトンネルの中で、外の空気が分かるのは大きかった。
歩く速さが、自然と少しだけ上がる。
けれどカエデは自分でその足を抑えた。
「だめだよね、こういう時こそ」
自分に言い聞かせるように小さく笑う。
「最後までちゃんと見ないと」
コハクがそれに返事をするみたいに鳴く。
ニドも耳を揺らして、また足元を見た。
スイは静かに一歩前へ出る。
その少し先で、道が最後にもう一度だけ曲がっていた。
岩肌の向こうに、ほんのわずかに薄い明るさが見える。
「……っ」
カエデは思わず息を呑む。
今度こそ、本当に外の光だった。
おつきみ山を抜けた時も嬉しかった。
でも、イワヤマトンネルの暗さはあれよりずっと深かったぶん、その明るさがもっと遠いものみたいに感じていた。
だからこそ、今見えているその薄い光が信じられないくらい眩しく思えた。
「コハク、ニド、スイ」
名前を呼ぶと、三匹がすぐにこちらを見る。
「……もう少しだね」
コハクが嬉しそうに鳴く。
ニドも短く返事をして、スイは静かに頷くみたいに目を細めた。
最後の曲がり角を抜ける。
その瞬間、目の前がふっと開けた。
「……っ」
カエデは思わず立ち止まった。
外だった。
高い空。
眩しい光。
岩肌を抜けてくる風。
長く暗かった通路の先に、それが当たり前みたいに広がっている。
ランタンの小さな灯りなんていらないくらいの昼の明るさが、一気に視界へ流れ込んできた。
「……出た」
小さな声が、そのまま外の空気へ溶けていく。
トンネルの中みたいに響き返さない。
それだけで、ほんとうに外へ出たのだと分かる。
コハクは一番に外へ飛び出した。
嬉しそうに鳴きながら、地面を踏みしめる。
ニドもそのあとに続き、外の乾いた土の感触を確かめるみたいに足を動かした。
スイは少しだけゆっくり出てきて、明るさに目を細めながら、空を見上げた。
カエデもトンネルの外へ出る。
肩から力が抜けるみたいだった。
暗い場所でずっと張っていたものが、光の中で少しずつほどけていく。
「……終わったね」
そう言うと、コハクがすぐに振り返って鳴いた。
ニドも短く返して、スイは静かにカエデのそばへ来る。
「みんな、ありがと」
カエデはしゃがみ込んで、まずコハクの頭を撫でた。
「前、ちゃんと見ててくれた」
次にニドへ手を伸ばす。
「足元も、いっぱい助かった」
それからスイを見る。
「スイも……暗いところ、ちゃんと一緒にいてくれてありがと」
スイは少しだけ目を揺らしてから、そっと額をカエデの手に預けた。
その仕草がうれしくて、カエデはやわらかく笑う。
トンネルの出口の前は、少し開けた岩場になっていた。
遠くにはまた別の道が見えていて、その先に続く景色は、ハナダともニビとも違って見える。
空気も少し違う。
水の町のやわらかさではなく、もっと広い道へ出た感じがした。
カエデは立ち上がって、振り返る。
イワヤマトンネルの入口。
暗くて、長くて、怖かった場所。
でも、もうただの怖い場所じゃなかった。
中を進んで、休んで、困って、ちゃんと抜けてきた道になっている。
「……抜けられたんだね」
その言葉を口にすると、今さらみたいに実感が湧いてきた。
ハナダを出て。
ジムに勝って。
次の道へ進んで。
またこうして、知らない場所に出てきている。
旅は止まっていない。
ちゃんと続いている。
コハクが足元へ体を寄せる。
ニドはその横で耳を揺らしていて、スイも静かに隣へ並んだ。
「……行こっか」
小さくそう言う。
でも今度は、前よりずっと軽かった。
三匹がそれぞれ小さく鳴く。
その声を聞きながら、カエデはもう一度だけトンネルの暗がりを見た。
怖かった。
でも、もう大丈夫だと思えた。
それから顔を上げて、光の中の道を見つめる。
次の町も、次の景色も、まだ知らないものばかりだ。
それでも、また進いていける気がした。
イワヤマトンネルを抜けた先で、四つの影はあたらしい道へ向かって伸びていた。