誰にも祝われない旅立ち   作:ひよこ大福

8 / 46
森の夜と、小さな仲間

トキワの森の奥へ進むほど、木々の色は深くなっていった。

 

頭上を覆う枝葉のせいで、まだ夕方にもなっていないのに、森の中は少し薄暗い。

踏みしめる落ち葉の音と、ときどき遠くで聞こえるポケモンの鳴き声だけが、静かな道に混ざっていた。

 

カエデは歩きながら、何度か後ろを振り返る。

 

ガーディはいつも通り、ぴたりと隣。

その少し後ろを、ニドが警戒するように周囲を見ながらついてきていた。

 

捕まえたあとも、ニドはすぐに気を許したわけじゃなかった。

少し近づけば身を固くして、ガーディが動けばすぐ耳を立てる。

それでも逃げなかったのは、カエデにとって少しだけうれしいことだった。

 

「……疲れてない?」

 

小さく声をかけると、ガーディは短く鳴く。

ニドは返事の代わりみたいに耳をぴくりと動かした。

 

森の中で夜を迎えるなら、そろそろ休める場所を探した方がいい。

ポケモンセンターみたいな安全な部屋はないのだから、ちゃんと考えないといけなかった。

 

カエデは周囲を見回す。

大きな根が張り出していなくて、地面がぬかるんでいない場所。

草が多すぎず、何かが潜んでいてもすぐ分かる場所。

それから、できれば木の幹が風よけになりそうな場所。

 

少し歩いて、ようやく条件の合いそうな場所を見つけた。

太い木が何本か寄って立っていて、その根元だけ少し開けている。

近くに浅い窪みもなく、空も少し見える。

 

「……ここなら、いいかな」

 

ガーディが周囲をくんくんと嗅ぎ、ニドも慎重にあたりを見たあと、小さく鳴いた。

二匹とも大きく嫌がる様子はない。

 

カエデは袋を下ろし、持ってきた古い布を広げる。

本当ならちゃんとした寝袋でもあればよかったのだろうけど、今あるのはこれくらいだ。

それでも地面にそのまま座るよりずっとましだった。

 

枯れ枝を拾い集め、小さな火を起こす。

森の中で大きな火は危ないから、本当に最低限だけ。

赤い火がぱちりと鳴いたのを見て、カエデはほっと小さく息を吐いた。

 

「……今日は、ここで寝よっか」

 

ガーディは火の近くで丸くなり、ニドは少し離れたところからじっとその様子を見ていた。

近づきたいけど、まだ完全には安心しきれていないようにも見える。

 

カエデは袋の中を探り、食べられそうなものを出す。

自分の分の固いパン。

残り少ない木の実。

それから、ポケモンセンターでもらっていたポケモンフード。

 

「はい。ごはん」

 

そう言って、先にガーディの前へ器代わりの布に乗せる。

ガーディは素直に近づいて食べ始めた。

 

次に、ニドの方を見る。

 

「……ニドも、食べる?」

 

ニドはすぐには来ない。

警戒したまま、カエデと食べ物を見比べている。

 

無理に呼ばない方がいい。

カエデはそう思って、ニドの前にも同じようにそっと置いた。

それから少しだけ距離を取る。

 

しばらくして、ニドはようやく近づいてきた。

匂いを嗅いで、少し迷って、それから小さく口をつける。

 

「……よかった」

 

その言葉に、ニドの耳がまたぴくりと動いた。

 

カエデも自分の分のパンをかじる。

ポケモンセンターで食べた温かい食事に比べれば、ずいぶん質素だった。

でも、今日は昨日みたいな寂しさはなかった。

火の明るさがあって、隣にはガーディがいて、少し離れたところにはニドもいる。

 

一人じゃないというだけで、夜の冷たさは少しやわらぐ。

 

食事が終わって、森の中がさらに暗くなってくると、カエデはポケモン図鑑を取り出した。

火の明かりに照らされる赤い表紙が、森の夜の中では少しだけ心強く見える。

 

「……そういえば、ちゃんと見てなかった」

 

ガーディが覗き込み、ニドも気になるのか少しだけ近づいてくる。

 

カエデはまずガーディを図鑑に向けた。

機械音声が静かな夜に淡々と響く。

 

『ガーディ。こいぬポケモン。人になつきやすく、賢い性質を持つ。忠誠心が強く、主人を守るためなら恐れず立ち向かう』

 

そこまでは前にも聞いた。

けれど今日は、そのあとに表示された技の欄へ目を向ける。

 

「……ひのこ、たいあたり、にらみつける……」

 

ガーディは自分のことを言われているのが分かるのか、少しだけ胸を張った。

カエデは思わず口元をゆるめる。

 

「うん、ちゃんと使えてるね」

 

次に、ニドの方へ図鑑を向ける。

ニドは少し身構えたけれど、逃げはしなかった。

 

『ニドラン♂。どくばりポケモン。警戒心が強く、耳を大きく動かして周囲の音を探る。小さな体でも勇敢に立ち向かう』

 

その説明に、カエデは小さく目を細める。

さっきの戦いを思い出せば、まさにそのままだった。

 

さらに画面を見下ろす。

 

「……たいあたり、にらみつける……それから、つつく」

 

ぽつりと読み上げると、ニドが少しだけ顔を上げた。

自分のことを知ろうとしているのが伝わったのかもしれない。

 

「……つつく、か」

 

小さな角と、素早い動き。

あの時は夢中で見ていたけれど、確かに正面からだけじゃなく、横に回って動いていた。

ただ勢いで突っ込んでいたんじゃない。

 

「ニド、けっこう強いんだね」

 

そう言うと、ニドは少しだけ得意そうに胸を張る。

その仕草が思っていたより幼くて、カエデはまた少しだけ笑ってしまった。

 

「……ふふ。そういう顔もするんだ」

 

その声がやわらかかったからか、ニドは一瞬きょとんとした顔をした。

それから、ほんの少しだけ距離を縮めてくる。

 

ガーディがその様子を見て、くんと鼻を鳴らす。

張り合っているのか、カエデの膝へ鼻先を押しつけてきた。

 

「わ……っ、ちょっと」

 

よろめきかけながらも、カエデはガーディの頭を抱えるように撫でた。

 

「……お前も強いよ。ちゃんと分かってる」

 

そう言うと、ガーディは満足したように目を細める。

 

その隣で、ニドがじっと見ている。

警戒の色はまだ少し残っているけれど、さっきまでみたいな尖った空気は薄れていた。

 

カエデは少しだけ迷ってから、そっと手を差し出した。

 

「……ニドも、来る?」

 

ニドはすぐには動かない。

じっとその手を見て、カエデの顔を見て、また手を見る。

 

森の中で拾ったわけでも、ずっと一緒にいたわけでもない。

今日出会って、今日捕まえたばかりだ。

信じきれなくて当然だった。

 

それでも、しばらくして。

ニドは一歩、また一歩と近づいてきた。

そして、差し出された手の匂いをそっと嗅いだ。

 

カエデは動かない。

無理に触れたりしない。

 

ニドは少し考えるように耳を揺らしてから、ようやく自分から額を手のひらへ軽く押しつけた。

 

「……っ」

 

小さく息が漏れる。

うれしくて、でも驚かせたくなくて、カエデはそっと指先だけで頭を撫でた。

 

「……ありがと、ニド」

 

ニドは嫌がらなかった。

少しぎこちないけれど、そのまま撫でさせてくれる。

 

ガーディがその様子を見て、少しだけ不満そうに鳴く。

カエデは思わず笑って、空いた手でガーディも撫でた。

 

「分かってるよ。お前が最初だから」

 

その言葉に、ガーディはようやく機嫌を直したみたいに喉を鳴らす。

 

森の夜は静かだった。

けれど静かなだけじゃない。

葉の擦れる音、遠くの羽音、小さな気配がいくつも重なって、この森がちゃんと生きていることを教えてくる。

 

火は少しずつ小さくなっていく。

カエデはそれを見ながら、図鑑を閉じた。

 

「……明日も歩かなきゃだし、もう寝よっか」

 

ガーディはすぐに布の上へ丸くなる。

ニドは少し迷ってから、最初にいた場所よりずっと近いところで腰を下ろした。

火を挟んで向かい側ではなく、カエデのすぐ手が届くくらいの距離だった。

 

それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

カエデは布の上に横になり、二匹の姿を確かめるように目を向けた。

 

「……おやすみ、ガーディ」

小さく呼んでから、もう一つ視線を移す。

「……おやすみ、ニド」

 

ガーディは慣れたように寝息を返し、ニドは少しだけ照れたみたいに目を逸らしてから、小さく鳴いた。

 

その返事が聞けただけで、今日は十分だった。

 

森の中の野宿は、きっと楽なものじゃない。

寒さもあるし、油断もできない。

それでもカエデは、目を閉じる前に思う。

 

昨日より少しだけ、仲間が増えた。

昨日より少しだけ、心があたたかい。

 

トキワの森の夜は深く静かで、その真ん中でカエデは、ガーディとニドの気配に包まれながらゆっくりと眠りへ落ちていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。