その剣を受け継ぎ、僕は旅立つ――しかし、魔王を倒した瞬間、僕は次代の魔王となった。
勇者と魔王、掟と因果に翻弄される少年の戦いと葛藤。世界を救うのは、果たして誰なのか。
※本作はカクヨム/なろう/ハーメルンでマルチ投稿しています。
王国の騎士たちが御触れを出したと、お隣さんから耳にした。
僕は鍬を置き、御触れの看板を見るために駆け出した。
――あいつの名前が書いてるはずだ。
魔王討伐のため、勇者として選ばれたアイツ。
幼馴染の近況を知る唯一無二の方法だった。
王家からの、世界の公式発表。
だが、その言葉は無情にも僕の中を響いた。
足を止め、文字を読み上げる。
「白銀の勇者、死す――」
目の前の文字が波のように揺れて、頭の中で崩れる。
汗が目に入ったのか、すべてがぐにゃりと歪んで見えた。
そして同時に、胸の奥で何かが震えて、全身を走った。
握った石が、握力に反して粉々に砕けた。
割れることはあっても、握力で粉々にしたことなど、当然一度もない。
胸の奥で震えたのは、絶望か、力か、それとも――アイツの残滓?
まるで、アイツの力が、僕に触れたような気がした。
「……勇者の、ちから?」
世界が、僕を、勇者として認めた瞬間――そんな気がした。
――――――――――――
ほどなく、僕は次代の勇者として、旅立った。
アイツが使わなくなった剣を王国で受け取り、旅路に就く。
「て、てめえ、銀髪の悪鬼の……後継、かよ」
うるさい魔物を切り捨て、一直線に魔王城へと向かった。
途中、魔王軍の砦を破壊し、食料を背負い、水源をたどった。
勇者らしいあり方とは違った、そんな旅だった。
旅の間に、剣の重みと孤独に慣れた。
鍬より、取り扱いにもう慣れただろう。
それでも、アイツのことは胸に刺さったままだった。
――――――――――――
禍々しい魔王城にたどり着いたころ、僕は一人前の剣士になっていた。
左足を斬るようなバカな真似はもうしない。
剣は、鍬より手に馴染む。
もう、いっぱしの剣士を名乗れるだろう。
ただ、アイツの剣士としての技は、僕を上回っていた。
それでも、僕にはアイツ以上に力がある。
魔王を殺せると本気で思っていた。
「はぁ!!」
重々しいミスリル銀の輝きをした扉を切り捨て、城内に踏み込んだ。
空気が重く、先ほどの衝撃で壁にかすかなひび割れが走っている。
ここに何かが――待っている、確かに。
それだけは確信できた。
城内には、魔物はおろか、魔族も誰もいない。
ここだけ、世界が呼吸を止めたみたいだ――俺を待っていたかのように。
ただ、魔王はここにいる。
じわりと汗と剣の重さを感じた。
これだけは、僕の中の勇者がそう告げている。そんな気がする。
入口よりさらに重厚な扉。
無骨で装飾もない、ただ大きく頑丈な扉を切り捨てる。
『ギィイン』と弾かれるような音と共に、扉はズレて粉々の粒子になって砕けた。
――魔力の扉?
封印の、類か??
そして、濃密な殺気と共に、目の前に兜をかぶった男が拳を振り上げて待っていた。
「死ね」
「っちぃ!!?」
――奇襲。
振り下ろされた拳が、床に突き刺さると大きいクレーターが生まれた。
床は粉々に砕け、地面と魔王城の壁のほぼすべてが吹き飛んだ。
だが、間合いが遠い。
おそらく、奴が剣でも握っていれば直撃していたに違いない。
歩き方は余裕を見せる右足を前にした摺り足。
右利きだから足を斬らないように踏み込む、ある剣士の癖。
――アイツの癖にそっくりだ。
模倣しているのか、それとも……
人とは違う。
魔物とも違う。
当然、魔族とも。
これが、魔王か。
お前が、まおう。
そして……アイツの仇か。
―――――――――
幾度かの攻防で分かった。
動きの一つ一つ、歩き方や間合いの取り方――すべてがアイツと重なった。
熟練の剣士、だから間合いが似ているのだろう。
だが、なんでこれほどアイツと重なる?
なんで、こんなにもアイツに見えてくる?
体型すら、なにもかもアイツがダブって見える。
僕の油断を狙っているのか?
だが、無手だ。
腰には禍々しい剣を帯剣しているのに?
つまり、全力は出していない。
なら、油断を狙うなんてことはしないはずだ。
つまり、こいつは、魔王は。
僕を舐めている。
アイツ以下の剣士である僕を舐めているんだ。
――好都合だ。
魔王が剣を握る前に決着をつける。
僕はアイツみたいに強くはない。
だけど、アイツの仇に優しく全力を待ってやるほど、人間はできてない!
――――――――
もう一度と振り上げた体の内側に踏み込み、膝を急所に叩き込む。
金属の音もしない。直撃のはずだ。
なのに、効かない。奴の振り下ろされた拳が頬をかすめ、血が舞う。
なぜ顔を殴らない?
避けられると想定したのか?
それとも我慢しているのか?
鋭い拳が僕を捕らえ、体が跳ねた。
間一髪で躱すも、奴の狙いは明らかにフェイントだった。
無理な回避に態勢が完全に崩れてしまった。
次に突き出された拳を剣を握らぬ左手で受けて、肘から先が吹き飛ばされた。
なら、左手はくれてやる。
そのまま、剣を心臓に突き刺した。
魔力を剣先から送り込み爆発させた。
……当然、爆心地の僕もただでは済まなかったが、構わない。
魔王を殺せれば。それでいい。
僕の命で、魔王を殺せるなら、十分すぎる。
「この程度じゃ、やっぱ死なないかー」
魔王が拳を振り上げた。
余裕がある。ほんとに嫌になる。
じゃなきゃ、アイツを殺せはしないよな!
無くなった肘の先から魔力を爆発させる。
追撃、だ!
共に死のう。魔王。
アイツに、一緒に会いにいこうぜ?
幾度かの爆発と同時に蹴り飛ばされ、宙を舞った。
「ぐぅ、あ」
全身の骨が折れたかのような激痛。
言葉すら出ず、視界は赤く染まる。
「あ、はは。
やっぱり、キミは強いな……」
「は? お、お前……」
吹き飛んだ兜から見えたのは、銀色の髪。
そして、どこか見覚えのある顔。
口からこぼれる赤い血。
魔族ではない、人間の血――。
心の奥底で、信じたくはなかったけれど……
目の前のそれは、確かに――アイツだった。
――――――――
「ああ、ほんと、俺はバカだなぁ。
次の勇者がお前なら、余計、そう思う」
目を細めて、言ってくる。
しみじみとしたいい口、この態度。
――アイツの癖だ。
明らかで、頭の中で理解できないと、何度も言葉が生まれてくる。
「なんで、お前が魔王、なんだよ。
勇者、だったはずだろ」
零れた言葉でも、自分が処理しきれていないのが分かる。
客観視したいわけでもないのに。なぜとすら分からない。
「やっぱりさ。
俺はキミの言う勇者なんかじゃない。
どうにかするつもりで、どうにもできなかった」
「は?」
「時機、魔王が継承される。
だから、覚悟を決めなきゃいけないのに……ごめん、ごめんよ……。
お前が、勇者でも俺は、勇者を……」
アイツの伸ばした手は、空に唐突に消えてなくなった。
そこから、ガラスが砕けるように粉々になっていく。
「まて、行くな。
魔王でもなんでもいい、死ぬな。
ふざけんな、お前、なんでおい。」
もはや言葉は返らなかった。
誰もいなかったというように、何もなくなった。
ただ、一つ言葉が反芻する。
魔王が、継承される?
どういう、意味だ。
――――――――
……気が付けば、唐突に叩き込まれた記憶に混乱した。
目の前の魔王――かつての勇者だったアイツ。
理解が、どうしても追いつかない。
魔王を殺した者は、次代の魔王になる――
そんな、唐突すぎる『世界の掟』を、僕は知らされるまでもなく理解させられた。
意味が分からない。
どうしてかすらもはや分からない。
ただ、唐突に理解させられた。
何が起きた??
何で??
――――――――
それはほどなく分かった。
単純な話だ。
次代の勇者らしき存在が来て、考える間もなく、僕の腕が勇者の体を貫いた。
口をパクパクとさせ、何も言うことなく、崩れ落ちたその体を抱えて、僕は泣いた。
理解しがたい。
理解したくない。
だが、確実に僕は魔王になってしまった。
人を殺す、存在になり果てた。
人を相手に対峙したら、何を思っていても、何をしていても無駄だった。
そう、僕は魔王で、混乱はもうない。
今までの勇者たちは魔王を倒し、
魔王となり、勇者と相打ちを狙っていた。
次代の魔王を生まれさせないために。
二度と魔王を生み出さないために。
だが、唐突に次代の勇者が現れて、僕は今までの歴々の勇者たちと違い、
僕は、意味も分からず全力で初めて魔王として勇者を殺して、しまった。
「ああ」
後悔などではない。
だが、頭の中を反芻する苦しい言葉。
死にたい。
それも、叶わない。
自刃しようと刃を立てても、刃は砕け散った。
もはや、いかなる刃とて、自らの命を絶つことはできない。
拳を自らに当てても、ぺちっと音がしただけだ。
神様は、そんなところまですべてお見通しだったらしい。
反吐が出る。
―――――――――――――――――――――
――もう何年たったか分からない。
勇者も幾度となく倒した。
いつしか、自分の終わりを望むようになった。
「ああ」
また扉が開かれた。
魔王を封印する、神の遊戯がまた開かれた。
―――――
明確に、今までと違うのは、
勇者一人ではなかった。
5人の勇者たち――幼い勇者、戦士、修道女、斥侯、老練な爺さん。
初めての事だった。
勇者が仲間と共に来るのは。
誰も仲間がいなかったわけじゃない。
仲間なんて、連れていく余裕などない旅路であった。
人外れの勇者だけが、その死の旅に耐えられたというのに。
だが、まともに戦えるのは勇者ただ一人だけだった。
拳一つで戦士は血だるまになった。
腕が吹き飛んでも、修道服の少女が癒して何度も戦い続ける。
それでも、止まらない。
死すら恐れない。
その覚悟が命と意志をつなぎ留めているのだろう。
斥侯の少女は、最初こそ震えていたが、今は戦士を助けて、彼を何度も修道女へと引きづった。
体が勝手に追撃を仕掛けても、勇者と爺さんの魔法が僕を阻んだ。
まるで傍観者のように、僕は手に汗握った。
彼らなら、僕を開放してくれるかもしれないと。
だが、それが夢幻となったのは必然だった。
――――――――
勇者へ拳が直撃した。
僕と同じく、左手が吹き飛んだ。
「あ、ああああああああああああ!!!」
肘から先が消え、情けない叫び声をあげた。
無理もない、見た限り15歳にも届かない子供だ。
……戦士は幾度となく腕は跳びまくっていた。だが、彼と勇者では心の在り方があまりにも違いすぎた。
「勇者!!」
声をかけながら、他の仲間たちは集まる中、たった一人で僕の前に立った。
それは、戦士ではなかった。
諦めと、決意の瞳を見せた爺さんだった。
「皆は下がりなさい。
そして、いつか魔王を倒してください」
自己犠牲の決意の言葉に、僕は初めて今回全力で行動に抗った。
震える手で杖を握りしめ、僕に対峙する爺さん。
だが、僕の意志とは関係なく突き出された拳が、爺さんを貫いた。
……ああ。
「ごぶっ。お、お逃げください勇者。
戦士! 担いででも勇者を逃がせ、
早くしろ、最後にカッコ悪いところ見せたくない……!
はやく!!」
「っ!? すまない爺さん!!」
戦士が勇者を抱え、走って逃げていく。
ふざけるな。止まってくれ僕の体。
追撃を仕掛ける僕の足を全力で踏み留めるが、爺さんの横へ足を逸らせるのが精いっぱいだった。
「はは、勇者様は、相変わらず、お優しいことですじゃ。
ですが、これがワシの最後の使命。
あなたに救われたワシの最後の……」
もたれかかるように声をだした爺さん。
なんだ、どうして。
お前は、誰だ??
光が圧縮されていく。
魔力だ。
わかる、これは自分の命と魔力を圧縮して……。
まて、爺さんあんたまで、その命を散らせる必要はない!
「……致命傷。というやつですなぁ。
分かっております、もはや手遅れだということは。
ゆえ、そんな無駄はいたしませんよ。
共に行きましょう勇者様。ワシが地獄への道案内を務めさせていただきます」
光が包まれる。
命の力。
魔力の力。
それが混ざったと思った時、僕の意識はまた途切れた。
――――――――
僕の前には、爺さんが手を振った。
伸ばした手はすり抜け、爺さんは天に昇った。
浮いた体から地面を見ると、大きいクレーターだけがあり、
他になにもなかった。
魔王の城も丘も結界も扉も、なにもなかった。
空から手を引かれる。
アイツだ。
苦笑いの中で、言葉は聞こえずとも――
「よく頑張ったな」
ああ、色々な事があった。
魔王なんかになってしまった。
でも、もう魔王を倒した存在は、いなくなった。
もう、魔王が生まれることはない。
世界は、救われたんだ。
しかしその瞬間、引かれる手が溶け、
その手は溶けるように変化し、光に満ちた美しい形を帯びる。
人なのか、魔族なのか、全く見当もつかない。
ただ、無邪気な、声が頭に響いた。
「みーつけた」
誰なのか分からない、その手が僕を空に引き上げた。