Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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狂気の獣VS呪いの王

【時刻:午前1:00】

 

【場所:冬木市・郊外の森】

 

夜の静寂は、もはや過去のものとなっていた。

 

月明かりを遮る乳白色の濃霧は、二つの規格外の魔力がぶつかり合う余波によって、すでにボロボロに引き裂かれている。

 

冷たい冬の空気が、まるで真夏の鉄工所のように焦げ臭く、そして噎せ返るような血と暴力の匂いに満ちていた。

 

 

「ルォォォォォォォォォォッ!!」

 

 

暗い林の奥底から、大地を揺るがす咆哮が轟いた。

 

直後、なぎ倒された大木を何本も宙に舞い上がらせながら、二メートル半を超える巨岩のような狂獣――バーサーカーが再び姿を現した。

 

先ほど、宿儺の放った莫大な呪力の爆発によって数十メートルも吹き飛ばされたはずのその肉体には、かすり傷一つついていない。怒りで赤く充血した双眸が、ただ一つの標的である「純白の和服の少年」を鋭くロックオンしている。

 

「ほう。あれだけの呪力をゼロ距離で叩き込まれて、傷一つないとはな」

 

両面宿儺は、自身の左腕をダラリと下げ、右手で自身の首をポキリと鳴らした。

 

その四つの瞳は、暗闇の中で赤黒く濁った光を放っている。

 

「ただ硬いだけではない。お前たちの世界の魔術とやらで、肉体そのものに強固な概念の盾でも張っているのか。……面白い。お前のようなサンドバッグを、俺は待っていた」

 

 

ドンッ!!

 

 

宿儺の足元のコンクリートが、クレーター状に陥没した。

 

待つ気はない。呪いの王自らが、猟犬のように姿勢を低くして弾丸の如く飛び出した。

 

「ギ、アァァァァァッ!!」

 

バーサーカーもまた、自身の身の丈をゆうに超える無銘の斧剣を振り被り、正面から宿儺を迎え撃つ。

 

両者の距離が一瞬でゼロになった。

 

ガァァァァァンッッ!!!

 

神話の英雄が放つ、大気を断ち割る斧剣の振り下ろし。

 

それを、宿儺は回避しなかった。

 

両手に莫大な呪力を込めて交差させ、真っ向からその一撃を受け止めたのだ。

 

衝撃波が円状に広がり、周囲数メートルの地面が爆発したようにえぐれ飛ぶ。

 

「……重いな。純粋な膂力だけで言えば、魔虚羅に匹敵するか、それ以上か」

 

 

宿儺は、交差した腕の骨が軋むのを感じながら、口角を歪めた。

 

 

並のサーヴァントであれば、この一撃を受け止めた時点で両腕は粉砕され、そのまま胴体ごと両断されているだろう。だが、伏黒恵の肉体の極限のポテンシャルと、宿儺の精密かつ莫大な呪力強化が、その理不尽な暴力をギリギリのところで拮抗させている。

 

「だが、力任せに振り回すだけの丸太など、当たらなければ意味がない」

 

宿儺は受け止めていた力を一瞬だけ抜き、斧剣の軌道を斜め下へと滑らせた。

 

【柔】の体術。バーサーカーの巨体が、自身の膂力によって前のめりに体勢を崩す。

 

 

その完璧な隙を、宿儺が見逃すはずがない。

 

「シッ!」

 

宿儺の右足が、下から跳ね上がるようにバーサーカーの顎を打ち抜いた。

 

ゴォォン! という、岩盤を蹴り砕いたような鈍い音。

 

二メートル半の巨体が、数メートル浮き上がる。

 

しかし、宿儺の攻撃はそこでは終わらない。

 

 

【固有スキル:空界踏破 B】

 

宿儺は大地を蹴り、浮き上がったバーサーカーを追うように空へと跳躍した。

 

そして、何もない空中の『面』把握し、それを蹴ってさらに加速。バーサーカーの頭上へと回り込む。

 

 

「落ちろ」

 

呪力を限界まで集中させた踵落としが、バーサーカーの脳天に直撃した。

 

ドゴォォォォォォンッ!!!

 

落雷のような轟音と共に、狂戦士の巨体が隕石の如く地面に激突する。

 

アスファルトが粉々に砕け散り、巨大なクレーターが形成された。

 

「……嘘、でしょ」

 

遠くからその光景を見守っていた遠坂凛は、信じられないものを見るように目を見開いた。

 

「あのバーサーカーを……素手で、完全に圧倒してる……!?」

 

隣に立つセイバーもまた、息を呑んでいた。

 

「信じられません。あの男の体術は、狂戦士の規格外の膂力を完全に技術で凌駕している。……それに、あの空中の機動。魔力放出による飛行ではなく、空間そのものを蹴っているとしか思えない……!」

 

だが。

 

土煙の中心に降り立った宿儺の表情は、歓喜ではなく、微かな『不快感』に染まっていた。

 

「……チッ。本当に、ただの肉人形か」

 

クレーターの中心。

 

脳天に渾身の踵落としを喰らい、首の骨が完全に砕けているはずのバーサーカーが、ゆっくりと起き上がってきたのだ。

 

 

その瞳の赤い光は全く衰えていない。ダメージを受けた素振りすらない。

 

「ルォォォォォォ!!!」

 

立ち上がったバーサーカーが、下から掬い上げるように斧剣を振り抜く。

 

宿儺は後方へ跳躍してそれを躱すが、斧剣の巻き起こした暴風だけで、彼の和服の裾がボロボロに引き裂かれた。

 

「物理的な打撃は通らないか。いや、通ってはいるが、肉体の強度が高すぎて致命傷に至らないというべきだな」

 

宿儺は、自身の足元に着地し、冷徹に思考を巡らせた。

 

(ならば、削り取るまでだ)

 

宿儺は、右手の指を軽く曲げ、バーサーカーへと向けた。

 

「少し、細切れにしてやる」

 

 

シュパッ! シュパッ! シュパッ!!

 

 

空間を切り裂くような、不可視の斬撃――『解』。

 

宿儺の指先から、文字通り雨あられの如く、呪力を乗せた不可視の刃が放たれる。

 

それは、相手の強度や魔力防御を無視し、対象を切断する神業。

 

「ギ、ガァァッ!?」

 

バーサーカーの巨体に、次々と無数の切り傷が刻まれていく。

 

岩のような筋肉が裂け、真っ赤な鮮血が夜の空中に飛沫を上げる。

 

「効いている! やっぱり、あの『見えない斬撃』なら!」

 

凛が叫んだ。

 

しかし、宿儺の四つの瞳は、全く油断していなかった。

 

(……浅い)

 

確かに斬れている。肉を裂き、血を流させている。だが、致命傷には程遠い。骨の髄まで断ち切るはずの『解』が、バーサーカーの異常なまでの概念装甲(十二の試練による、Bランク以下の攻撃の無効化、およびそれを超える攻撃に対する圧倒的な肉体強度)によって、表面の筋肉を削るに留まっているのだ。

 

「ルォォォォォォ!!」

 

バーサーカーは、全身から血を流しながらも、その突進を全く止めなかった。

 

痛覚が機能していないのか、あるいは狂化によってそれを無視しているのか。

 

猛牛のような突進が、宿儺へと迫る。

 

「……ふん。ならば」

 

宿儺は、突進してくるバーサーカーから逃げなかった。

 

逆に、自ら前方へと踏み込んだ。

 

斧剣が、宿儺の胴体を真っ二つにしようと横薙ぎに迫る。

 

宿儺は姿勢を極限まで低くし、斧剣の刃を頭の数ミリ上で躱す。

 

そして、バーサーカーの懐――巨大な岩盤のような胸板のド真ん中へと、自身の右手をピタリと押し当てた。

 

 

対象の呪力差、強度に応じて威力が変動する重斬撃

 

 

宿儺の瞳が、三日月のように細められた。

 

「――『捌(はち)』」

 

 

パァァァァァンッッ!!!

 

 

その音は、爆発というよりも、巨大な風船が破裂したような、ひどく奇妙な音だった。

 

直後。

 

バーサーカーの巨大な胸板から腹部にかけての肉体が、文字通り『消し飛んだ』。

 

「え……」

 

マスターであるイリヤの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

バーサーカーの強靭な筋肉も、骨格も、内臓も。

 

宿儺の掌が触れた箇所を中心に、巨大な球状にえぐり取られ、挽肉すら残さずに空間ごと塵と化したのだ。

 

上半身の半分以上を消失したバーサーカーの巨体は、ピタリと動きを止め、そして。

 

 

ドスゥゥゥン……。

 

 

糸の切れた操り人形のように、後方へと倒れ伏した。

 

沈黙。

 

圧倒的な暴力の結末。最強の狂戦士が、ただの一撃で、その肉体の半分を消失して沈んだ。

 

「……終わっ、た……?」

 

士郎が、震える声で呟いた。

 

凛も、セイバーも、信じられないものを見るような目で、血だまりに沈むバーサーカーの残骸を見つめている。

 

 

「……へえ。やるじゃない、あのサーヴァント」

 

マスターであるイリヤスフィールは、自身の最強の剣(バーサーカー)が半壊したというのに、動揺など微塵も見せなかった。

恐怖の涙など浮かぶはずもない。彼女の赤い瞳には、アインツベルンの最高傑作であるこの狂戦士への絶対的な自信と、傲慢なまでの余裕が満ちていた。

 

 

「でも、無駄よ。私のバーサーカーは、そんな攻撃じゃ絶対に止まらないもの」

 

 

 

 

その言葉を裏付けるように、半分以上消失したはずのバーサーカーの肉体が、ボコボコと音を立てて異常な速度で再生を始めた。

 

 

血の海に沈む、巨大な肉塊。そこから発せられる、決して消えることのない、異常なまでの『呪力(マナ)の再構築』の気配。

 

 

「……くっ、くくくっ……!!」

 

宿儺の喉の奥から、低く、しかし純粋な歓喜に満ちた笑い声が漏れ始めた。

 

 

「あはははははっ!! 傑作だ! 本当に傑作だぞ、お前は!!」

 

 

宿儺が指差した先。

 

半分以上消失したはずのバーサーカーの肉体が、まるでビデオの早送りのように、ボコボコと音を立てて再生を始めていた。

 

削り取られた骨が繋がり、筋肉が編み込まれ、皮膚が覆っていく。

 

それは、宿儺の『反転術式』にも似た、しかし根本的な理屈が異なる、純粋な『死からの蘇生』の概念。

 

「な……バーサーカーが、生き返って……!?」

 

凛が悲鳴のような声を上げた。

 

「あり得ない! あんな状態から蘇生するなんて、魔術の範疇を超えてる! 宝具……常時発動型の、不死の宝具……!」

 

 

「ルォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

 

 

十数秒後。

 

 

完全に肉体を再生させたバーサーカーが、再び大地に立ち上がり、夜空に向けて天地を揺るがす咆哮を上げた。

 

【十二の試練(ゴッド・ハンド)】。命のストック。そして、受けた攻撃に対する『耐性』の獲得。

 

「ははっ、いいぞ、狂気の獣(バーサーカー)!」

 

宿儺は両手を広げ、蘇生した狂戦士を心底からの歓喜で迎え入れた。

 

「何度も甦るか。ならば、お前が完全に壊れるまで、何度でも『捌いて』やる! 俺の暇つぶしには最高のサンドバッグだ!!」

 

 

第二ラウンドのゴングが鳴る。

 

 

ドンッ!!

 

バーサーカーが再び地を蹴った。

 

先ほどと同じ、神速の突進と斧剣の振り下ろし。

 

宿儺は、全く同じように、その斧剣を躱して懐へと潜り込もうとした。

 

しかし。

 

「――!?」

 

バーサーカーの斧剣が、突如として空中でその軌道を変えた。

 

ただの力任せの振り下ろしではない。宿儺が懐に潜り込んでくることを見越したかのように、手首を返し、柄の部分で宿儺の顔面を打ち据える軌道へと変化したのだ。

 

(こいつ……ただの狂犬ではないな!?)

 

宿儺は咄嗟に腕を交差させ、その柄による一撃をガードした。

 

 

ガァァンッ!!

 

 

凄まじい衝撃に、宿儺の体が数メートル後ろへと弾き飛ばされる。

 

着地と同時にアスファルトに深い爪痕を残し、宿儺は忌々しげに舌打ちをした。

 

「……なるほど。狂化して理性を失っているように見えて、その肉体には極限の武の記憶が染み付いているというわけか」

 

 

【心眼(偽) B】。狂化によって視覚や理性を奪われてなお、本能と経験によって相手の動きを予測し、最適な行動を取る達人の技術。

 

ただの不死身の案山子ではない。この巨獣は、武を極めた本物の英雄なのだ。

 

「面白い。ならば、技でねじ伏せてやる!」

 

宿儺が再び踏み込む。

 

今度は正面からではない。空界踏破を連続で使用し、バーサーカーの前後左右、あらゆる死角から高速で打撃と『解』の雨を降らせる。

 

ヒュンッ! シュパッ!

 

バーサーカーの背中、太もも、肩口に、次々と不可視の斬撃が命中する。

 

 

しかし。

 

 

(……浅い。いや、先ほどよりも効いていない)

 

宿儺の四つの瞳が、驚異の現象を捉えていた。

 

先ほどのラウンドで、確実に肉を深く切り裂いていた『解』。

 

それが今、バーサーカーの皮膚に当たっても、金属に火花を散らすように浅く弾かれているのだ。

 

完全に無効化されているわけではない。だが、明らかにその肉体が、宿儺の『斬撃』という事象に対して強固な『耐性』を獲得し始めている。

 

(……一度死んだ攻撃に対して、肉体が適応して耐性を得るというのか。……はたまた別の条件があるのか?)

 

バーサーカーへの分析が進む。

 

 

「くっ、くはははは!」

 

 

 

宿儺の脳裏に、自身の影の底に眠る最強の式神――『八握剣異戒神将・魔虚羅』の姿が重なった。

 

あらゆる事象に適応する神将。それに近しい、純粋な肉体の耐久と蘇生による理不尽なまでの生存能力。

 

「最高だ。極上だぞ、お前は! どこまで俺の斬撃に耐えられるか、その皮を一枚一枚剥いで確かめてやる!」

 

宿儺の呪力が、黒い炎となってさらに激しく燃え上がった。

 

「ルォォォォォ!!」

 

バーサーカーもまた、それに呼応するように巨大な斧剣を振り回し、大気を切り裂く。

 

極限の膂力と、極限の技術。

 

不可視の斬撃と、不死の肉体。

 

二つの理不尽な暴力が、冬木の森の中心で、まるで世界そのものを粉砕するかのごとく激突し続ける。

 

「シッ!」

 

宿儺の回し蹴りがバーサーカーの側頭部を打ち抜き、

 

「ガァァッ!」

 

バーサーカーの裏拳が宿儺の防御ごと彼を吹き飛ばす。

 

一歩も引かない。互いが互いを削り合い、血を流し、そして嗤う(あるいは咆哮する)。

 

凛も、セイバーも、士郎も、そしてイリヤスフィールすらも。

 

もはや誰も、この二人の怪物の死闘に介入することはできなかった。

 

 

ただ、その神話級の暴力の応酬に、息を呑んで立ち尽くすことしかできない。

 

「いいぞ、もっとだ! もっと俺を楽しませろ!」

 

宿儺の狂喜に満ちた叫びが、夜の霧を引き裂く。

 

聖杯戦争という枠組みを完全に無視した、特級の厄災と狂える神童の殺し合い。

 

この極限の第2ラウンドがどのような結末を迎えるのか、その場にいる誰一人として、予測することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

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