Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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屋上の舌戦、街を啜る魔女

【時刻:午後0:30】

 

【場所:冬木市・穂群原学園 校舎屋上】

 

冬の乾いた風が、屋上のコンクリートを撫でていく。

 

遠坂凛が事前に敷設した『人払い』と『防音』のルーン結界により、昼休みの喧騒から完全に隔離されたその空間には、極限まで張り詰めた、ヒリヒリとするような空気が満ちていた。

 

「――私は反対です、シロウ」

 

沈黙を破ったのは、青い私服に包んだ、騎士の王だった。

 

セイバーの翡翠の瞳は、対角線のフェンスに背を預ける純白の和服の少年――両面宿儺を、親の仇のように鋭く睨みつけている。

 

「昨夜の戦いぶり、そして今この場に立っているだけでも肌を刺すような、この悍ましい気配。あの男は、決して我々と同じ英雄という枠組みの存在ではありません。あれは純粋な悪意であり、破滅そのものです。あのような邪悪と手を組むなど、マスターの身を危険に晒すだけの行為です」

 

主君である衛宮士郎を守るため、彼女は一歩前に出て、見えない剣の柄に手をかけた。

 

昨夜、バーサーカーの圧倒的な暴力を前にしても決して揺らがなかった彼女の騎士道が、宿儺という『異物』の存在を魂のレベルで拒絶していた。

 

しかし、その鋭い敵意を一身に浴びた宿儺は、ひどく退屈そうに欠伸を噛み殺した。

 

「キャンキャンと五月蠅い犬だな」

 

宿儺はフェンスから背を離し、嘲笑の籠もった四つの瞳でセイバーを見下した。

 

「己の理想や誇りとやらに縛り付けられ、善悪という狭い物差しでしか世界を測れんとはな。その真っ直ぐで堅苦しい『光』が、俺の呪いを浄化できるとでも思っているのか?」

 

「貴様……ッ!」

 

セイバーの周囲の大気が、魔力放出の予兆でビリッと震える。

 

「やめろ、セイバー」

 

一触即発の空気を止めたのは、士郎だった。

 

彼はセイバーの前に立ち、宿儺のプレッシャーに冷や汗を流しながらも、真っ直ぐに凛と宿儺を見据えた。

 

「俺も、遠坂のサーヴァントが……宿儺が危険な奴だっていうのは、昨日の夜に痛いほど分かった。でも、遠坂の言う通り、あのバーサーカーは俺たちだけじゃどうにもならない。今は、私情を挟んでる場合じゃないんだ」

 

士郎は凛の方を向き、こくりと頷いた。

 

「同盟の件、俺は了承する。その代わり、一般人を巻き込むような戦い方は絶対にしない。それだけは約束してくれ」

 

「……ええ、もちろんよ。私の魔術師としての信条にも反するからね」

 

 

凛は大きく息を吐き、重苦しい空気を切り替えるようにパンッと手を叩いた。

 

「さて。それじゃあ、感情論は横に置いて、現状の『盤面』の整理をするわよ。今日から私たちは協力して、他のマスターを探り当て、潰していくんだから」

 

凛は屋上のベンチの背もたれに腰掛け、人差し指を立てた。

 

 

「まず、昨日の夜に遭遇したイリヤスフィールのアインツベルン陣営。あそこが頭一つ抜けた最大脅威(バーサーカー)であることは間違いないわ。これへの対策は、宿儺の術式を軸に追々詰めていくとして……問題は、冬木の街に潜んでいる他のサーヴァントたちよ」

 

凛は士郎とセイバーの顔を交互に見ながら言葉を続ける。

 

「一つ目は、この学校に『鮮血神殿(ブラッドフォート)』の結界を仕掛けていたライダーの陣営。昨日の放課後に私が起点を潰して回ったから、しばらくは身動きが取れないはずだけど……マスターがこの学園の関係者である確率は極めて高いわ。生徒か、教師か。まだ尻尾は掴めていないけど、警戒は必要よ」

 

士郎が険しい顔で頷く。

 

「学校の生徒を巻き込もうとするなんて、許せないな。マスターが誰であれ、見つけ出して止める」

 

「二つ目。こっちの方が厄介かもしれないわね」

 

凛の表情がさらに引き締まった。

 

「最近、新都の方で『ガス漏れ』を原因とした昏睡事件が多発しているのは知ってるわよね?」

 

「ああ。ニュースで毎日やってる。……もしかして、あれも聖杯戦争の?」

 

「その通りよ。ガス漏れなんかじゃない。あれは魔術によって、一般人から生命力(オド)を強制的に吸い上げているのよ。恐らく、陣地作成と魔術戦を得意とする『キャスター』のクラスの仕業ね」

 

「一般人から、命を……!?」

 

士郎の顔に、明確な怒りの色が浮かんだ。

 

セイバーもまた、騎士としての義憤から強く拳を握りしめている。

 

「ライダーの結界もそうだけど、キャスターのやり方は度を超えているわ。聖杯戦争の秘匿義務すら危うい規模の魔力収集。サーヴァントを維持する魔力がないのか、あるいは何か巨大な術式を準備しているのか」

 

凛は腕を組み、冬木の街の方角を見つめた。

 

「私たち同盟の最初の目標は、このキャスター陣営の特定と排除よ。放っておけば、冬木中の人間が干からびるわ」

 

「分かった。俺も協力する。マスター探しなら、俺にも手伝えることがあるはずだ」

 

士郎が力強く応える。

 

「頼もしいわね。でも、衛宮くんたちはまずは自分の足元を固めなさい。セイバーとの魔力パスが繋がってない以上、正面戦闘は避けること。何かあればすぐに連絡を取り合うわよ」

 

凛はそう言って、同盟の最初の会合を締めくくった。

 

「……ふん。群れねば生きられん草食動物の寄り合いは終わったか?」

 

ずっと黙っていた宿儺が、フェンスから離れて嗤った。

 

「まあいい。俺は俺のやり方で、その『魔女(キャスター)』とやらを炙り出してやる。せいぜいお前たちは、その下らない正義感で走り回っていることだな」

 

宿儺の冷酷な言葉に、士郎とセイバーは反論を飲み込み、ただ鋭い視線を返すだけだった。

 

決して相容れない価値観。それでも、共通の敵を前にして、歪な同盟はここに成立した。

 

 

 

 

【時刻:午後4:45】

 

【場所:冬木市・新都】

 

放課後。

 

凛と宿儺は、士郎たちと分かれ、冬木大橋を渡って近代的なビルが立ち並ぶ『新都』へと足を運んでいた。

 

夕暮れ時。冬の短い日差しはすでに傾き、ビル群の影が街を黒く塗りつぶし始めている。

 

家路を急ぐ学生や、買い物を楽しむ人々。新都の駅前は、一見すると平和な日常の風景そのものだった。

 

しかし、魔術師である凛の肌は、この街全体を覆う「薄気味悪い淀み」を確実に感じ取っていた。

 

「……やっぱり、酷い有様ね」

 

凛はコートのポケットに手を突っ込み、街を行き交う人々の顔を観察した。

 

 

「みんな、顔色が悪いわ。無意識のうちに生命力を削り取られているから、慢性的な疲労状態に陥ってる。この街の空気そのものが、巨大な呪いのようになってるわ」

 

凛の隣を歩く、認識阻害のベールに包まれた宿儺は、街の景色など一切見ていなかった。

 

彼の四つの瞳が見つめているのは、物理的な建造物や人間ではなく、その裏側に流れる『エネルギーの血脈』だった。

 

 

(……ほう)

 

 

宿儺の視界には、無数の人々から立ち昇る微弱な生体エネルギー(オド)が、見えない細い糸となって空中に吸い上げられ、そして川の流れのように「ある一方向」へと収束していく様子が、はっきりと捉えられていた。

 

「おい、凛」

 

宿儺は、歩みを止めずに口を開いた。

 

「お前には見えているか? この街の空を、鬱陶しいコバエが何匹も飛んでいるぞ」

 

「え?」

 

凛が空を見上げるが、そこには夕焼け空があるだけで、カラス一匹飛んでいない。

 

「……お前のその貧弱な目では見えんか。視覚情報の偽装と、微弱な魔力による自律行動。監視用の使い魔だな」

 

 

宿儺が視線を向けた先――ビルの屋上、電柱の陰、あるいは路地裏の暗がりに。

 

大気中のマナを編み込んで作られた、カメレオンのように風景と同化する「見えない鳥」のような使い魔が、街の要所要所に配置されていた。それらは、街の魔力濃度を測ると同時に、異物(他のマスターやサーヴァント)の侵入を監視するための、キャスターの目だった。

 

「監視されているのね。……どうする? 迂闊に手を出せば、こっちの居場所が向こうにバレるわよ」

 

 

凛が小声で尋ねる。

 

「バレて困ることがあるのか?」

 

宿儺は、ひどく凶悪な笑みを浮かべた。

 

「俺の視界をチョロチョロと飛び回るコバエなど、目障りなだけだ」

 

宿儺の右手の指先が、微かに弾かれた。

 

 

シュパッ。

 

 

音はなく、魔力の閃光もない。

 

ただ、空間を伝播する不可視の斬撃――『解』が、空を飛び回っていた見えない使い魔の核を、一瞬にして真っ二つに切断した。

 

 

パリンッ、と。

 

 

ガラスが砕けるような微小な音と共に、使い魔が魔力の塵となって消滅する。

 

それを、宿儺は歩きながら、指を数回弾くだけで次々と繰り返していった。

 

「ちょ、ちょっと! 派手にやりすぎよ!」

 

凛が慌てて周囲を見回すが、一般人は誰一人として空中で起きている魔術的な破壊に気づいていない。

 

「気にするな。これで『魔女』も、自身の網を揺らされたことに気づいただろうよ」

 

宿儺は意地悪く嗤いながら、その歩みをピタリと止めた。

 

彼が顔を向けたのは、新都のビル群ではなく、冬木市を二分する未遠川の向こう側――深山町にある、小高い山の方角だった。

 

「……見つけたぞ」

 

宿儺の瞳が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細められる。

 

「この街の人間から、ストローのように少しずつ吸い上げられた命の糸。そのすべての流れが、あの一箇所に集束している」

 

凛も釣られて、その方角を見上げた。

 

「あそこは……円蔵山。冬木最大の霊脈がある、柳洞寺よ」

 

「山全体が、巨大な『蟲毒の壺』になっているな」

 

 

宿儺は、見えない呪力(魔力)の奔流を視覚化しながら、感心したように呟いた。

 

「自身の陣地(テリトリー)に引き籠もり、安全圏から弱者の命を啜って己の力を蓄える。ひどく合理的で、そして反吐が出るほど弱者のやり方だ。……あれが、お前たちの探して

いる『魔女』の巣で間違いないだろう」

 

キャスター陣営の拠点。

 

それが、強力な結界と地勢に守られた柳洞寺であることを、宿儺の規格外の感知能力がたった数十分の散歩で暴き出してしまったのだ。

 

「……円蔵山が、敵の陣地。冗談じゃないわ。あそこはこの冬木の霊脈の心臓部よ。そこを乗っ取って、街中から魔力を集めているなんて……」

 

凛は奥歯を噛み締め、怒りに肩を震わせた。

 

聖杯戦争の監督役すら出し抜く規模の、大規模な陣地作成。これほどの魔力を蓄えたキャスターが、自身の神殿で待ち構えているとなれば、攻め込むのは自殺行為に等しい。

 

 

「騒ぐな、凛。むしろ好都合だろう」

 

宿儺は、夕闇に沈む円蔵山を見据えたまま、低い声で嗤った。

 

「あのように籠城を決め込む獲物は、自身の城(結界)に絶対の自信を持っている。その自信の根源たる城郭ごと、俺の『解』で正面から叩き斬って、絶望に顔を歪める魔女の首を刎ねてやる。……最高の余興じゃないか」

 

 

「……あなたは本当に、どんな絶望的な状況でも楽しそうね」

 

 

凛は深い溜息をつき、ポケットの中で自身の宝石を強く握りしめた。

 

「でも、攻め込むにしても準備が必要よ。まずは衛宮くんたちに情報を共有して……」

 

凛がそう言いかけた、その時だった。

 

 

(……ん?)

 

宿儺の四つの瞳が、僅かに動いた。

 

円蔵山へ向けていた感知能力の端に、別の『異常な魔力(呪力)の衝突』が引っかかったのだ。

 

方角は、深山町。彼らが通う『穂群原学園』の方向。

 

そこで、先ほど別れたばかりの「純度の高い光(セイバー)」の魔力と、それに拮抗する「淀んだ血の匂い」の魔力が、激しく衝突している気配。

 

 

(……ほう。俺たちが散策している隙に、居残りの小僧どものところに『蜘蛛(ライダー)』が挨拶に行っているらしいな)

 

宿儺は、その戦闘の気配を確実にとらえていた。

 

学園に潜んでいたライダー陣営が、士郎とセイバーに牙を剥いたのだ。今まさに、あの学び舎でサーヴァント同士の死闘が繰り広げられている。

 

「どうしたの、宿儺? 急に黙り込んで」

 

凛が不思議そうに顔を覗き込む。彼女の魔力感知能力では、遠く離れた学園での戦闘の気配までは拾いきれていない。

 

 

 

 

宿儺は、心の中で残酷な笑みを浮かべた。

 

ここで凛に伝えれば、彼女は間違いなく学園に引き返して士郎たちに加勢しようとするだろう。

 

だが、それでは面白くない。

 

あの「借り物の理想」を掲げた小僧が、自分たちの助けなしに、あの理不尽な殺し合いの中でどう足掻き、どう血を流すのか。それを遠くから高みの見物とするのも、悪くない暇つぶしだ。

 

「……いや。何でもない。コバエが一匹、余計に飛んでいたのを潰しただけだ」

 

宿儺は平然と嘘をつき、円蔵山から視線を外した。

 

「そう? ならいいけど。……よし、敵の本拠地が分かっただけでも大収穫よ。今日は一度戻って、作戦会議ね」

 

凛は踵を返し、家路へと歩き出した。

 

「ああ、そうだな」

 

宿儺は、遠く学園の方角で火花を散らす「光」の明滅を背中で感じながら、機嫌良さそうに凛の後を追った。

 

冬木の闇は深く、それぞれが知らぬ場所で、運命の歯車が血飛沫を上げながら激しく噛み合い始めていた。

 

 

 

 

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