Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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茜色の帰路と、王の悪魔的解剖学

【時刻:午後4:30】

 

【場所:冬木市・穂群原学園からの帰路】

 

学園の屋上での凄惨にして一方的な蹂躙劇を終え、気絶した生徒たちの処置や間桐慎二の回収を衛宮士郎と一成たちに任せた後。

 

遠坂凛は、自身のサーヴァントである両面宿儺を連れて、夕日に染まる冬木の住宅街を歩いていた。

 

冬の日は短い。すでに傾きかけた太陽が、二人の影をアスファルトの上に長く引き伸ばしている。

 

周囲には、部活帰りの学生や買い物袋を提げた主婦たちの、平和で平凡な日常のざわめきがあった。そのすぐ隣を、人類史における最悪の天災が、純白の和服を夕風に揺らしながら、何食わぬ顔で歩いている。

 

そのあまりにもシュールな光景に、凛は小さく息を吐いた。

 

 

「……何がおかしい、凛」

 

宿儺が、前を向いたまま、退屈そうに口を開いた。

 

「おかしいっていうか、呆れてるのよ」

 

凛は、隣を歩く宿儺を横目で見た。

 

 

「あのライダーの魔眼……神霊クラスの石化の呪いを魔眼殺しどころか、魔術の防壁も展開せずに強引に押し流すなんてね。魔術のセオリーもクソもあったもんじゃないわ」

 

「言っただろう。どんな呪いであれ、理屈があるなら中和できると」

 

 

宿儺は夕日の沈む空を見上げ、三日月のように目を細めた。

 

「とはいえ、少しはヒヤリとしたぞ。あのまま完全に石にされていれば、面倒なことになっていたかもしれん。……まあ、良い『味見』だった」

 

「味見って……あなたね」

 

 

凛は肩をすくめた。

 

 

出会った当初、凛は宿儺の放つ底知れない悪意と殺気に、魂の底から震え上がっていた。少しでも機嫌を損ねれば、首を刎ねられるという絶対的な恐怖があった。

 

 

だが、共に過ごし、この呪いの王の「在り方」を観察するうちに、彼女の中で彼に対する認識が少しずつ変化してきていた。

 

両面宿儺は、無差別に殺戮を撒き散らす狂犬ではない。

 

 

彼は極めて理知的であり、自身の「身の丈」を客観的に理解し、その上で世界を己の娯楽として消費し尽くそうとする、ある意味で純粋すぎる『求道者』なのだ。

 

彼がライダーに斬撃を放った時もそうだった。痛みを長引かせるような残酷な真似はせず、相手の武(速さ)を正当に評価し、それに相応しい敬意をもって、美しく流麗にその命を『捌いた』。

 

 

「ねえ、宿儺」

 

凛は、少しだけ歩調を緩め、宿儺に問いかけた。

 

「どうして、あんなに『綺麗』に戦うの?」

 

「……綺麗、だと?」

 

宿儺が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「ええ。あなたはただ破壊を楽しみたいだけに見えるけど、あなたの斬撃は、まるで熟練の職人か芸術家みたいに無駄がないわ。相手を苦しめることより、自身の技を完璧に遂行することに美学を持っているみたいに」

 

 

宿儺は、少しの間だけ沈黙し、そして喉の奥で「クックッ」と低く笑った。

 

 

 

「買い被るな。俺はただ、食材を料理しているだけだ。味の違う魚を、その魚に一番合った包丁で捌き、食らい、骨を捨てる。……命を奪うという行為に、それ以上の意味も、それ以下の意味もない」

 

 

宿儺は足を止め、振り返って凛を見下ろした。

 

その四つの瞳には、狂気ではなく、ひどく老成した、達観の光が宿っていた。

 

 

「だが、そうだな。強いて言うなら……俺は『満たされている』からだ」

 

「満たされている?」

 

「ああ。俺はかつて、己の呪いとエゴのすべてを世界に叩きつけ、そして、最後まで折れなかった強き者たちに敗れ去った。……その結末を、俺は俺の『身の丈』としてとっくに受け入れている」

 

 

宿儺は、夕日を背にして薄く嗤った。

 

「だからこそ、今の俺には『余裕』がある。ガツガツと血肉を求める飢えはない。ただ、この退屈な死後の余生で、お前たち人間が己の理想や欲望のためにどう足掻き、どう火花を散らすのか。それを特等席で眺める……それだけで、十分に腹は満たされる」

 

 

その言葉を聞いて、凛はハッとした。

 

このサーヴァントは、すでに『完成』している。

 

聖杯にかける願いなど、最初から存在しないのだ。彼はただの観客であり、時として舞台を破壊する気まぐれな天災として、この冬木に呼び出されただけなのだと。

 

 

「……性格が悪いのね。他人の必死な足掻きを、ただの映画か何かみたいに楽しむなんて」

 

凛は憎まれ口を叩きながらも、どこか憑き物が落ちたようにフッと笑った。

 

「でも、その『余裕』、今の私たちには都合がいいわ。あなたがただの血に飢えた化け物なら、令呪を使い切ってでも自害させてたもの」

 

「大きく出たな、小娘。俺の首を落とす気でいるか」

 

「当然でしょ。私は遠坂の当主よ。あなたが契約の線を越えるなら、相刺し違えてでも止めるわ」

 

 

凛が、夕日を受けて輝く自身の赤い瞳で、一切の怯えなく宿儺を睨み返す。

 

宿儺は、その凛の瞳の奥にある、決して折れない宝石のような『芯の強さ』を見て、ニィッと牙を剥き出しにして嗤った。

 

「いいぞ。その目だ。お前のその、己の力量を弁えながらも決して退かない傲慢さ……嫌いではないぞ、凛」

 

宿儺は、自身のマスターの小さな頭にポンと無造作に手を乗せ、クシャクシャと髪を撫でた。

 

「なっ……ちょっと、何すんのよ!」

 

凛が顔を赤くして抗議するが、宿儺はすでに手を離し、再び歩き出していた。

 

「せいぜい、最後まで俺を楽しませろ。お前がその誇り高い当主の仮面を被り続ける限り、俺は極上の『剣』としてお前の前に立ってやる」

 

「……言われなくても、こき使ってやるわよ」

 

凛は自身の髪を整えながら、少しだけ早足になって、規格外のサーヴァントの背中を追った。

 

決して相容れない、悪魔と魔術師。しかし、二人の間には、確かに「互いの在り方を認める」という、奇妙な信頼関係が築かれつつあった。

 

 

 

 

 

【時刻:午後8:30】

 

【場所:冬木市・遠坂邸 居間】

 

夜の帳が完全に冬木を包み込み、冷え込みが厳しさを増した頃。

 

遠坂邸の豪奢な居間には、衛宮士郎とセイバーが到着し、円卓を囲むようにして重苦しい作戦会議が開かれていた。

 

テーブルの上には、冬木市の立体地図が広げられ、赤いピンが『円蔵山・柳洞寺』の位置に突き刺されている。

 

 

「……慎二の結界はただの便乗だった。真の脅威は、冬木市中の霊脈からポンプのように命を吸い上げている、柳洞寺のキャスターよ」

 

凛は、温かい紅茶の入ったカップを両手で包み込みながら、士郎たちに告げた。

 

「昼間に私が探りを入れた限り、山の周囲には空間を歪める強力な防衛結界が何重にも張られている。さらに、キャスター自身が山全体の魔力をコントロールしている以上、あそこはすでに『神代の神殿』と同義だわ」

 

 

凛の表情は険しい。

 

 

「放置すれば、明日の朝には深山町の住人の半数以上が衰弱死する。……今夜、決着をつけるしかないわ」

 

「ああ、分かってる」

 

士郎が、膝の上で両拳を強く握りしめた。

 

「街の人たちを巻き込むなんて、絶対に許せない。今夜、あそこに攻め込む」

 

「でも、真正面から突っ込むのは自殺行為よ。セイバーは魔力が足りなくて宝具が撃てないし、門番としてどんなサーヴァントが待ち構えているかも分からない」

 

 

凛が冷静にリスクを提示する。

 

 

「それでも今日中にやらないといけない、とにかく、予定通り今夜、柳洞寺へ奇襲をかける。……正面の山門から堂々とね」

 

 

凛の言葉に、士郎が驚く。

 

 

「正面から? 裏山とか、結界の薄いところから忍び込むんじゃないのか?」

 

「あのキャスターが、裏山に罠を張っていないはずがないわ。下手に森に入り込んで分断されるより、敵が一番警戒している『正規の入り口(山門)』から、宿儺とセイバーの純粋な突破力で強行突破したほうが確実よ」

 

凛は、遠坂の当主としての冷徹な顔を作り、全員を見渡した。

 

「目標は、キャスターの撃破。そして、街の魔力収集結界の完全破壊。……行くわよ、あんたたち」

 

夜が、さらに深く沈んでいく。

 

神代の魔女が待ち構える円蔵山へ向けて、二組のマスターとサーヴァントが、それぞれの思惑と覚悟を胸に秘め、静かに歩みを進め始めた。

 

 

 

 

 

 

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