Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 作:りー037
【時刻:午後11:00】
【場所:冬木市・遠坂邸】
「……準備はいいわね。今夜、すべてを終わらせるわよ」
遠坂凛の声は、冷たく、そして鋭く夜の空気を切り裂いた。
遠坂邸の居間には、完全な戦闘態勢を整えた面々が揃っていた。赤いコートの袖を捲り、魔力を充填した複数の宝石を確認する凛。その隣では、士郎が自身の魔術回路を微かに稼働させ、感覚を研ぎ澄ませている。
「ああ。これ以上、街の人たちを犠牲にさせるわけにはいかないからな」
士郎は窓の外、深山町の方角を見つめた。
夜空は不自然なまでに澄み渡っているが、魔術師の目で見れば、街のあちこちから細い魔力の糸が、巨大な蜘蛛の巣のように円蔵山――柳洞寺へと吸い上げられているのが分かった。
魔術師としての常識に照らし合わせても、今のキャスターが蓄えている魔力量は異常だった。
山全体が、膨大な魔力によって淡く発光しているようにさえ見える。神代の魔術師が、最高の霊脈を占拠し、数千、数万の人間の生命力を強引に注ぎ込んだ結果だ。その陣地(テリトリー)は、もはや一つの『異界』と化している。
「敵の本拠地に自分から飛び込むなんて、魔術師としては二流以下の選択だけど……背に腹は代えられないわ。これ以上の被害は、聖杯戦争の秘匿を維持できなくなる」
凛はそう言って、柱に寄りかかっている宿儺を一瞥した。
「……宿儺。あなた、さっきから黙ってるけど。何か気になることでもあるの?」
宿儺は、四つの瞳を細め、円蔵山の頂付近をじっと見据えていた。
彼の感知能力は、凛たちが見ている「魔術の奔流」よりも、さらに深く、悍ましいものを捉えていた。
「……気になること、か。そうだな」
宿儺は、喉の奥で低く嗤った。
「あの山、もはや寺の形をした『巨大な胃袋』だな。魔女(キャスター)の術式で塗り潰されてはいるが、その底で、何かが腐った肉を求めて口を開けている。……お前たちの言う『偵察』だの『奇襲』だのが、どこまで通用するか見ものだ」
「……胃袋。相変わらず趣味の悪い例えね」
凛は嫌悪感を示したが、その忠告を無視はしなかった。
「セイバー、あなたは士郎の護衛を。宿儺、あなたは……好きに暴れていいわ。ただし、山を丸ごと消し飛ばすような真似だけはしないで。いいわね?」
「俺の気分次第だ」
宿儺の傲慢な返事と共に、一行は深夜の冬木を駆け抜けた。
【時刻:午後11:45】
【場所:円蔵山・参道入り口】
長く、気の遠くなるような石段が、暗闇の奥へと続いている。
柳洞寺の山門へと続く、唯一の正面入り口だ。
周囲の森は静まり返り、虫の音さえ聞こえない。ただ、山全体を覆うキャスターの強力な結界が、侵入者の神経をやすやすと削りに来ている。
「……気持ち悪いわね。このプレッシャー、以前調べた時とは比較にならないわ」
凛が、防護のルーンを刻んだ指輪を握りしめる。
「キャスターのマスターの情報も、サーヴァントの守備陣容も、こちらは一切分かっていない。……完全に手探り状態よ。士郎、セイバー、油断しないで」
「ああ、分かってる」
士郎は強化した木刀を握り直した。
(中身を引き出せ……か)
宿儺の言葉が、今も耳元で鳴っている。だが、今はまだ、その『感覚』を掴めていない。今はただ、自身の持てるすべてを出し切るしかない。
一行が、一段、また一段と石段を登り、ついに巨大な山門がその姿を現した、その時だった。
「――おや。夜更けに参拝とは、感心な客人もいたものだ」
涼やかな、風鈴の音のような声が、夜の静寂を揺らした。
「……っ!?」
セイバーが即座に反応し、士郎の前に出て、見えない剣を構える。
凛もまた、宝石を構えて山門へと視線を向けた。
山門の真ん中。
月明かりに照らされたその場所に、一人の男が佇んでいた。
紫色の長い髪を後ろで束ね、和服に近い青い装束を纏った、長身の剣士。
その手には、自身の身の丈をゆうに超えるほど長い、一振りの「野太刀」が握られている。
「サーヴァント……!? 嘘、山門に門番を置いてるなんて!」
凛が愕然とした声を上げた。
「キャスター以外の、別の陣営!? いや、違う……気配が、この山の結界と完全に同調している……!」
「……なるほど。キャスターが召喚した、別のクラスのサーヴァントということか」
セイバーが、騎士としての冷静な判断を口にした。
「キャスターが自身で召喚を行ったというのですか。……あり得ないことではありませんが、この男の放つ武威、尋常ではありません」
山門を守る剣士は、鞘に刀を収めたまま、柔和な笑みを浮かべていた。
だが、その佇まいは、一分の隙もない。
魔力や宝具による威圧感ではない。ただそこに立っているだけで、数多の戦場を潜り抜けてきたセイバーの直感が「この男の剣の間合いに入れば、死ぬ」と告げていた。
「アサシン……かしら。暗殺者のクラスにしては、随分と堂々としているけれど」
凛が警戒を解かずに問う。
「ふむ。名乗るほどの名は持たぬが……まあ、此処を通すわけにはいかぬ。私はこの門の番犬として、主(魔女)に雇われていてね。……おや?」
青い剣士の視線が、一行の最後尾――ゆらりと前に出てきた宿儺へと向けられた。
「……ほう。これは、また。……随分と、ひどく歪で、そして美しい『悪』が混ざっている。……貴公、名は?」
宿儺は、自身の肩をポキリと鳴らし、三日月のような凶悪な笑みを浮かべた。
彼の四つの瞳は、目の前の剣士を、獲物を品定めするような目で見つめている。
「……ははっ。面白い。実におもしろいぞ、この街は」
宿儺の声には、心底からの歓喜が孕んでいた。
「魔力も薄い。神秘も足りん。ただの『棒振り』の英霊かと思えば……。おい、お前。その体、技だけで『領域』をこじ開けているな?」
宿儺の言葉に、凛と士郎は意味が分からず顔を見合わせた。
だが、山門の剣士――アサシンは、一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして楽しそうに目を細めた。
「おやおや。初対面で私の本質を見抜くとは。……貴公もまた、剣、あるいは武の極致に触れた者か。……いや、失礼。貴公のは『武』というよりは、もっと根源的な『殺戮』そのものか」
アサシンが涼やかに笑い、長い野太刀を抜こうとした、まさにその直後だった。
ゴオォォォォォォォォッ……!!
アサシンの言葉を掻き消すように、円蔵山の頂――柳洞寺の境内から、大気そのものを圧壊させるような『莫大な魔力』の奔流が膨れ上がった。
夜空が毒々しい紫色に染まり、冷たかった冬の空気が、一瞬にして肌を焼くほどの熱を帯びる。
「なっ……何よこの魔力密度!? 空間そのものが悲鳴を上げてる……!」
凛が顔をしかめ、咄嗟に防御のルーンを展開する。
「キャスターの奴、私たちが山門に着いたことに気づいたのよ! 陣地に蓄えた魔力を一気に解放して、この入り口ごと私たちを消し飛ばす気だわ!」
神代の魔女による、広域殲滅魔術の編纂。
その圧倒的な質量を前に、士郎も息を詰まらせて硬直する。
「……チッ。大仰な花火を打ち上げる気か。魔力ばかりが無駄にデカい、ひどく大味で退屈な術式だ」
宿儺は不快げに四つの瞳を細め、舌打ちをした。
目の前の剣士の「技」には興味を惹かれたが、頭上から降り注ごうとしている魔女の強引な魔力砲撃は、呪いの王の『不快感』を強く煽った。自身の頭上から見下ろされるような、あるいは大雑把な暴力で塗り潰されるような感覚が、宿儺の気に食わなかったのだ。
「興醒めだ。俺はあの大仰な魔女の首を先に刎ねる。……凛、ついて来い」
宿儺はアサシンから視線を外し、石段を蹴って強引に山門を突破しようと動く。
「させぬよ。此処は通さないと言ったはず――」
アサシンの野太刀が、銀の閃光となって宿儺の首を狙い放たれた、その刹那。
ガキィィィンッ!!!
甲高い金属音が夜の山に響き渡り、火花が散った。
不可視の剣が、アサシンの野太刀を下から力強く跳ね上げていた。
「――あなたの相手は、私です。アサシン!」
銀の甲冑を纏ったセイバーが、猛然と前に踏み出し、アサシンと宿儺の間に割って入ったのだ。
「凛! ここは私が引き受けます! あなたたちはキャスターの元へ!」
セイバーはアサシンの野太刀を力で押し返しつつ、背中越しに鋭く叫んだ。
「魔女のあの極大魔術が完成すれば、この山はおろか冬木の街にも甚大な被害が出ます。術者を直接叩き潰さねば止まらない! 早く行きなさい!」
そう叫ぶと同時、前に出ようとしていた士郎を空いた片腕で強く制止する。
「シロウはここから動かないでください! 決して私の背後から離れないように!」
その騎士王の、己のマスターを絶対の守護下に置くという決断に、凛が即座に反応する。
「そういうこと! 行くわよ宿儺!」
「フン。手間が省けた」
宿儺はセイバーが作った一瞬の隙を突き、凛のコートの襟首を乱暴に掴み上げた。
「きゃっ!?」
そのまま【空界踏破】により、見えない空中の『面』を蹴り飛ばし、二人の姿はアサシンの頭上、そして山門の屋根を飛び越え、莫大な魔力が渦巻く境内へと一直線に跳躍していった。