Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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神代の魔女、空間を歪める陣地

【時刻:午後11:55】

 

【場所:円蔵山・柳洞寺境内】

 

夜空を蹴り抜け、重力に逆らうように宙を舞った二つの影が、柳洞寺の本堂前の石畳に音もなく着地した。

 

両面宿儺と、その片腕に抱えられていた遠坂凛である。

 

「……っ、げほっ、かはっ……!」

 

 

着地した瞬間、凛はたまらず膝をつき、激しく咽せ返った。

 

 

無理もない。柳洞寺の境内に満ちている大気は、もはや「空気」と呼べる代物ではなかった。冬木中の市民から吸い上げられ、異常なまでに圧縮・精製された『生命力(オド)』と『大源(マナ)』が、文字通りゼリーのようにドロドロとした高密度の魔力溜まりとなって空間を支配していたのだ。

 

並の魔術師であれば、呼吸をしただけで肺の魔術回路が焼き切れ、一瞬で廃人と化す劇毒の領域。凛でさえ、事前の防護術式と自身の優れた魔術特性がなければ、立っていることすら不可能だった。

 

 

「……随分と、吐き気のする空気に作り替えたものだ。この山全体が、お前の『胃袋』というわけか」

 

宿儺は、凛を自身の背後に庇うように立ち、境内の中心に視線を向けた。

 

彼の四つの瞳は、全く不快感を感じていない。むしろ、これほどまでに強固に構築された『敵の陣地(テリトリー)』の完成度に、凶悪な笑みすら浮かべていた。

 

 

 

 

 

「よくぞ参られました、不躾な客人たちよ」

 

本堂の屋根の上。

 

煌々と輝く紫色の魔力光を背負い、夜の闇に溶け込むような漆黒のローブを纏った女――魔女・キャスターが、まるで重力が存在しないかのようにフワリと宙に浮遊していた。

 

そのフードの奥で妖しく光る瞳は、眼下の宿儺と凛を、冷酷かつ理知的に見下ろしている。

 

「あなたが……この街の生命力を吸い上げている、魔女ね」

 

 

凛は荒い呼吸を整え、両手に宝石を握りしめながらキャスターを睨みつけた。

 

「神秘の秘匿を無視した大規模な陣地作成。それに、市民の命を無差別に搾取するなんて……冬木の管理者として、到底見過ごせるものじゃないわ。今すぐ街の結界を解きなさい!」

 

凛の要求は、冬木の管理者としての正当なものだった。

 

だが、キャスターはその言葉を聞いて、クスリと優雅に笑った。

 

 

「現代の魔術師の小娘が、ずいぶんと可愛らしい正義感を振りかざすのね。……私は、私の望みを叶えるためだけに、この聖杯戦争に勝つ。そのための礎となるなら、この街の人間が何万人干からびようと、知ったことではないのよ」

 

 

「……狂ってるわね」

 

凛は歯を食いしばった。だが、キャスターの狂気は、決して盲目的なものではなかった。

 

「狂っているのは、この街に集まった『規格外の化け物』たちの方よ」

 

キャスターの瞳が、凛の隣に立つ純白の和服の少年――宿儺を鋭く射抜いた。

 

「昨夜、冬木の森で見せたあなたの戦い。私の使い魔が、しっかりと見せてもらったわ」

 

「ほう。やはり覗き見をしていたか、コバエの親玉め」

 

 

宿儺は悪びれる様子もなく、嘲笑を返した。

 

 

「何度殺しても蘇る不死の狂戦士。そして、それすらもただの指先一つで肉塊に変える、あなたという異常な存在。……ああ、本当に恐ろしいこと。本来の聖杯戦争の枠組みを完全に破壊するような天災が、複数同時に存在しているなんて」

 

 

キャスターは、自身のローブの胸元を強く握りしめた。

 

 

「だから、集めたのよ。あの狂戦士を、そしてあなたという未知の怪物を、この陣地ごと完全にすり潰すために! 現代の魔術師ふぜいが、神代に生きた私の決意を揺るがせると思わないことね!」

 

 

魔女の言葉は、悲痛なまでの覚悟と、圧倒的な魔力に裏打ちされた絶対の自信に満ちていた。

 

もはや、言葉による交渉の余地など一ミリもない。

 

互いの生存と目的を賭けた、純粋な殺し合い。

 

 

 

「……問答は終わりね」

 

 

 

 

凛が宝石に魔力を通し、臨戦態勢をとる。

 

「そうだ。これだから弱者の自己弁護は退屈なのだ。――さっさと始めるぞ、魔女」

 

 

宿儺が、右手の指先を軽く曲げた。

 

 

「ええ。あなたたちの墓標は、この私が丁寧に作ってあげるわ!」

 

 

交渉決裂。

 

 

その直後、キャスターがローブを大きく翻した。

 

『――A T L A S(圧殺せよ)――』

 

 

魔術の詠唱ではない。ただの一言。それも、現代の魔術基盤を通さない、神代の言葉による『高速神言』。

 

キャスターの周囲の空間に、瞬く間に数十の魔法陣が展開される。そこから生み出されたのは、一撃一撃が戦車の主砲に匹敵する、高圧縮の紫色の光弾

 

それが、雨あられの如く、宿儺と凛の頭上へと降り注いだ。 

 

 

「――っ! 凛、下がれ!」

 

宿儺は舌打ちをし、自身の背後にいた凛の襟首を掴んで、後方へ勢いよく放り投げた。

 

「きゃあっ!?」

 

凛が空中で受け身を取り、数十メートル後方へと転がる。

 

その直後、宿儺が立っていた石畳に、極大の光弾の雨が着弾した。

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

耳を劈く轟音。閃光。柳洞寺の分厚い石畳が、まるで発泡スチロールのようにえぐり取られ、爆炎と土煙が夜空を焦がす。

 

「どうしたの、口ほどにもない! 避けることもできないのかしら!」

 

キャスターが高らかに笑う。

 

 

だが。

 

 

 

「――大仰な花火だが、俺の肌を焼くには火力が足りんな」

 

もうもうと立ち込める爆煙を、見えない刃が内側から十字に切り裂いた。

 

土煙の中から現れた宿儺は、純白の和服に僅かな煤をつけただけで、無傷のまま立っていた。

 

キャスターのAランク魔術の直撃を、彼は莫大な呪力による『呪力強化(防御)』と、自身の周囲に極小の斬撃の網を張ることで、着弾の瞬間に相殺していたのだ。

 

 

「……バカな。直撃したはずよ……!」

 

キャスターが驚愕に目を見開く。

 

「大技を吐き出すだけなら、三流の術師でもできる。……少しは俺を楽しませてみろ」

 

宿儺がニヤリと笑い、右手の指先をキャスターへ向けた。

 

 

シュパッ!

 

 

 

音も予備動作もない。空間を伝播する不可視の斬撃――『解』が、屋根の上のキャスターの首を刎ねるべく放たれた。

 

バーサーカーの鋼の肉体すら容易く削り取った、必殺の不可視の刃。

 

 

 

だが、宿儺の四つの瞳が、その直後に起きた『奇妙な現象』を正確に捉えた。

 

キャスターの首筋に到達する数ミリ手前。

 

何もない空間が、まるで水面に石を投げ込んだかのようにグニャリと歪んだのだ。

 

その瞬間、真っ直ぐに飛んでいたはずの『解』の軌道が、強引に右下へと「捻じ曲げられた」

 

 

 

ズバァァァァンッ!!

 

 

キャスターの首を狙った斬撃は、彼女の足元にある本堂の巨大な屋根瓦を深く斜めに切り裂き、そのまま夜空へと抜けていった。

 

「……ほう」

 

宿儺は、自身の斬撃が外れたことに対して怒るどころか、ひどく感心したような声を漏らした。

 

「ただの硬い魔力障壁かと思えば……空間そのものを『歪曲』させているな?」

 

 

「……ご名答よ」

 

 

キャスターは冷や汗を流しつつも、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

(危なかった……! 視認不可能な上、あの威力。通常の障壁なら、何重に張ろうが紙屑のように斬り裂かれていた……!)

 

 

彼女が展開していたのは、柳洞寺という自身の陣地の恩恵をフルに活用した、究極の防御機構。自身の周囲数十センチの空間座標をリアルタイムで歪ませ、飛来するあらゆる物理・魔力攻撃のベクトル(方向)を逸らすという神業だった。

 

 

「なるほどな。俺の見えない斬撃(解)への対策としては、百点満点の解答だ。……ただの虫かと思っていたが、随分と頭の回る蜘蛛のようだな」

 

 

宿儺の瞳に、明確な『戦意』と『歓喜』が灯る。

 

 

一方的な蹂躙ではなく、互いの手札を切り合う「戦闘」のステージに、この魔女は確かに立っている。

 

「褒め言葉として受け取っておくわ。でも、驚くのはまだ早くてよ!」

 

キャスターが両手を天に掲げた。

 

 

すると、地鳴りのような重低音が境内に響き渡る。

 

 

ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 

「な、何!?」

 

後方に避難していた凛が、足元の異変に気づいた。

 

境内の石畳を突き破り、無数の『腕』が這い出してきたのだ。

 

だが、それはただの竜牙兵(スケルトン)ではなかった。

 

 

キャスターが冬木中から集めた莫大な魔力を惜しみなく注ぎ込み、分厚い魔力の鋼鉄で全身を装甲化した、重装歩兵型の竜牙兵。それが、数十、数百という規模で、地面から次々と湧き出し、宿儺と凛を取り囲んでいく。

 

 

「ギ、ガァァァァァ!!」

 

 

さらに、頭上からは耳障りな羽音が響く。

 

空を覆うのは、巨大な蝙蝠の羽を生やしたガーゴイルのような飛行型の使い魔たち。その口元には、紫色の魔力の光が圧縮され、砲撃の準備を整えている。

 

陸と空。三百六十度、完全な包囲網。

 

これこそが、陣地作成に特化したキャスタークラスの真骨頂。「魔術師一人の要塞」という言葉すら生ぬるい、単独での『軍隊』の使役であった。

 

 

「……厄介ね。これだけの数の使い魔、しかもあんな重装甲の化け物まで……!?」

 

凛が叫ぶが、宿儺の返事は無かった。

 

彼はただ、周囲を埋め尽くす使い魔の群れを見て、心底楽しそうに喉を鳴らしていた。

 

 

「クククッ……アハハハハッ!! いいぞ、魔女! これだ、こうでなくてはな!」

 

宿儺の足元のアスファルトが、彼から発せられる強大な呪力の圧だけでメキメキとひび割れていく。

 

「お前のその空間の歪曲ごと、この下らない軍隊をどう捌いてやろうか。……久々に、血が沸き立つぞ!!」

 

「狂人が……! その余裕がいつまで保つかしら!」

 

キャスターが冷酷に手を振り下ろした。

 

それを合図に、空からの魔力砲撃と、地上からの重装竜牙兵の一斉突撃が同時に開始される。

 

「シッ!」

 

宿儺が動いた。

 

彼に迫る数体の重装竜牙兵。その分厚い鋼鉄の装甲を、宿儺は素手で真っ向から迎え撃つ。

 

 

ドガァァァァンッ!!

 

拳が骨と鋼を打ち砕く轟音。ただの一撃で、重装竜牙兵の巨体が原型をとどめないほどに粉砕され、後方の群れごと吹き飛ばされる。

 

さらに、頭上から降り注ぐガーゴイルの魔力砲撃。

 

 

宿儺は【空界踏破】により、何もない空中の面を蹴って空へと躍り出た。

 

空中で身を捻り、魔力砲撃の雨の隙間を縫うようにしてガーゴイルの群れへと肉薄する。

 

 

「――邪魔だ」

 

すれ違いざまの手刀。それに呪力を纏わせるだけで、鋼の硬度を持つガーゴイルたちの首が次々と宙に舞う。

 

圧倒的な体術と、規格外の呪力出力。

 

宿儺は、キャスターの誇る軍隊を、文字通りの『暴力』だけで紙屑のように蹂躙していく。

 

 

だが。

 

 

「……やはり、物理的な戦闘能力は異常ね。でも、貴方には『守るべきもの』がある」

 

 

屋根の上から戦況を俯瞰していたキャスターの瞳が、冷たく細められた。

 

彼女は、神代を生き抜いた魔女だ。勝つための合理的な判断において、騎士道や美学などという不要なものは一切持ち合わせていない。

 

「目標変更。――あの生意気な小娘(マスター)を狙いなさい」

 

 

キャスターの冷酷な指令が、使い魔たちに伝達された。

 

「……えっ?」

 

地上でガンドを撃ち、自衛をしていた凛が、ゾクッと悪寒に背筋を震わせた。

 

空を舞う数十匹のガーゴイルと、地上を埋め尽くす重装竜牙兵。そのすべての「殺意」が、宿儺から外れ、一斉に凛一人へと向けられたのだ。

 

 

「――一斉掃射!」

 

 

ガーゴイルたちの口から、凛を中心としたピンポイントの魔力砲撃の雨が放たれる。

 

さらに、地上の竜牙兵たちが、壁のように凛に迫る。

 

 

「くっ、しまっ……!!」

 

凛が防御の魔術を展開しようとするが、数が多すぎる。これほどの波状攻撃を受ければ、結界ごと消し飛ぶのは明白だった。

 

 

その時。

 

 

ドゴォォォォォンッ!!!

 

 

空からの魔力砲撃が凛に到達する直前。

 

 

巨大な重装竜牙兵の死骸が、空から隕石のように降ってきて、凛の頭上で魔力砲撃の雨を「盾」となって受け止めた。

 

「……きゃっ!?」

 

砕け散る骨と爆炎の下で、凛は尻餅をついた。

 

 

 

「おい、魔女」

 

 

爆煙を払い、凛の目の前に着地したのは、宿儺だった。

 

彼は、凛を守るために、わざと空中にいた竜牙兵の巨体を蹴り落とし、肉の盾として使ったのだ。

 

 

宿儺は、頭上のキャスターを鋭く睨み上げた。

 

 

その表情には、もはや先ほどの余裕の笑みはない。冷たく、そしてドス黒い殺意だけが張り付いている。

 

「俺から目を逸らし、俺のマスターを狙って足を引っ張ろうとするとは。……合理的な判断だ。だが」

 

宿儺の周囲に、これまでとは比にならないほどの、漆黒の呪力が渦巻き始めた。

 

 

「俺の戦いに水を差したこと……その万死に値する罪、後悔させてやる」

 

「……っ」

 

 

キャスターは、宿儺から放たれる異常なプレッシャーに、思わず一歩後ずさった。

 

 

(何……? この圧は。先ほどまでとは、質がまるで違う……!)

 

神代の魔術師である彼女をして、魂の芯が凍りつくような、根源的な『恐怖』。

 

 

宿儺はゆっくりと、合わせた両手を解いた。

 

だが、その殺意の刃がキャスターへ向けられるよりも先に。

 

 

 

 

 

ガコンッ

 

 

 

 

重い金属が噛み合うような、あるいは運命の歯車が回ったような、不可解な音が境内に響いた。

 

 

「――? 何?」

 

 

 

そこには、神代の魔術で塗り潰された紫色の夜空が広がっているだけだ。

 

だが、凛は、そしてキャスター自身も、魔術回路の奥底で、何かが『決定』された気配を感じ取っていた。

 

 

音がした場所。それは、宿儺の頭上――影の底から這い上がってきたかのように現れた。

 

 

そこには、月光を浴びて鈍く輝く、巨大な八本のスポークを持つ【法輪】が、静かに、しかし絶対的な存在感を放って浮かんでいた。

 

 

魔術の礼装でも、英霊の宝具でもない。呪術の概念そのものが形を成したかのような、解析不能の謎の輪。

 

 

「……ククク。アハハハハハッ!!」

 

宿儺の喉の奥から、凶悪で、そして心底楽しげな笑い声が漏れ出した。

 

 

 

 

 

「さあ、始めようか。――『適応』の時間だ」

 

 

宿儺の頭上で、謎の法輪がカチャリ、とゆっくり一回転した。

 

柳洞寺の異界が、その音と共に、さらなる絶望の深淵へと静かに堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

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