Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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八握剣異戒神将、そして黒き閃光

【時刻:午前0:05】

 

【場所:冬木市 円蔵山・柳洞寺境内】

 

 

 

 

「布瑠部由良由良――」

 

 

 

 

 

 

その呪詞が柳洞寺の夜空に響き渡った瞬間。

 

後方で防衛線を張っていた遠坂凛は、自身の体内に走る『魔術回路』が、かつてない異常な悲鳴を上げるのを感じた。

 

 

「……っ!? あ、ああああっ!!」

 

 

熱い。痛い。全身の神経という神経に、焼け火箸を突っ込まれて無理やり広げられるような激痛。

 

 

凛の体から、サーヴァントである宿儺へと繋がる魔力パスを通じて、膨大な量の魔力が強引に吸い上げられていく。

 

(な、何なのこの消費量は……!? まるで、世界そのものを書き換えるような……対城、あるいは対界レベルのEXランク宝具……!)

 

 

 

凛は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、自身の魔力(オド)だけでなく、周囲の大気に満ちる大源(マナ)すらも自身の回路を通して宿儺へと流し込む。そうしなければ、術者である自分が一瞬で干からびて死ぬと直感したからだ。

 

 

 

 

 

「――『八握剣異戒神将・魔虚羅』」

 

 

 

 

 

宿儺の足元で沸騰していた影が、底なしの深淵へと変貌した。

 

そして、その深淵を物理的に「押し破る」ようにして、それは顕現した。

 

 

 

ズズズズズズッ……!!

 

 

 

 

「……な、何よ、あれは……!」

 

上空で極大魔術の展開を終えようとしていたキャスターは、眼下に現れた『異形』を見て、神代の魔女としての本能が警鐘を鳴らし、全身の産毛を逆立てた。

 

 

影から這い出たのは、身の丈が優に三メートルを超える、純白で筋骨隆々たる異形の巨人。

 

顔の上半分からは四枚の翼のような装飾が突き出し、眼球は存在しない。口元からは鋭い牙が覗き、背中からは、先ほどまで宿儺の頭上で不吉な音を立てていた八つのスポークを持つ【法輪】が、後光のように浮かび上がっている。

 

 

さらに、その巨人の右腕には、手首から先を覆い隠すように、禍々しくも神々しい光を放つ一振りの両刃の剣が括り付けられていた。

 

正のエネルギーを極限まで圧縮した、魔性・異界存在に対する絶対の特攻兵器――『退魔の剣(エクソシズム・ブレード)』

 

 

聖杯戦争という魔術の儀式の枠組みを完全に逸脱した、十種影法術の最終奥義。

 

あらゆる事象に適応し、攻略し、世界法則すらも書き換えて敵を屠る、絶対最強の式神。

 

 

 

 

「オォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

 

 

魔虚羅が、天に向かって雄叫びを上げた。

 

その咆哮だけで、柳洞寺の異界を覆っていた紫色の魔力の大気がビリビリと震え、ひび割れる。

 

 

「バ、バカな……! なんなのよその化け物は! サーヴァントが、さらに神話級の使い魔を呼ぶというの!?」

 

 

キャスターは恐怖を振り払うように、展開していた本堂を覆い尽くすほどの多重魔法陣を起動させた。

 

 

 

「私のすべてをもって、貴様をこの山ごとすり潰すッ!! 消えなさいッ!!」

 

 

『――Hecate(星の海より来たりて、万象を滅せ)――!!!』

 

 

 

 

神代の魔女が、自身の全存在と、冬木中から集めた莫大な魔力を乗せた極大の破壊魔術。

 

夜空を覆う数十の魔法陣から、柳洞寺の山そのものを消し飛ばすほどの極太の魔力砲線が、宿儺と魔虚羅へ向けて放たれようと「発光」した。

 

 

 

 

だが。

 

 

 

ドンッ!!

 

 

音が、遅れて聞こえた。

 

 

魔虚羅の巨体が、その場から「消失」したのだ。

 

 

「……え?」

 

 

キャスターが瞬きをした、その刹那。

 

彼女の眼前に、三メートルを超える純白の巨人が、すでに迫っていた。

 

魔術的なプロセスすら挟まない。ただの純粋で圧倒的な「身体能力」による、空間を置き去りにするほどの跳躍。

 

「オォッ!!」

 

 

魔虚羅の左拳が、振り被られる。

 

 

「こ、のっ! 防御――」

 

 

キャスターが咄嗟に空間歪曲の結界を最大出力で展開しようとするが……

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 

 

魔虚羅の拳が、キャスターの展開していた巨大な魔法陣の「中心」に、容赦なく叩き込まれた。

 

 

その瞬間、信じられない現象が起きた。

 

 

キャスターの極大魔術が、暴発するわけでも、弾かれるわけでもなく、まるで水に溶けた絵の具のように『スーッ……』と霧散し、消滅したのだ。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

キャスターは、己の目を疑った。

 

魔力そのものが、概念のレベルで中和され、無かったことにされた。

 

キャスターは自身の溜め込んだ魔力が削り取られていくのを感じる。

 

 

 

すでに魔虚羅の法輪は、宿儺が肩代わりして攻撃を受け続けたことで、キャスターの持つ「魔術の波長」「空間への干渉力」「陣地の恩恵」といったあらゆる事象に対する『解析』を完了させていた。

 

 

その結果、魔虚羅はキャスターの魔力その物に対して「適応」を果たしたのだ。

 

彼女の放つ魔術は、防御であれ攻撃であれ、魔虚羅に触れた瞬間に無意味な光の粒子へと還元される。それはかつて、この呪いの王が相対した『無下限呪術』を破った時と同じ、理不尽なまでの中和と適応の暴力。

 

 

「私の、大魔術が……無効化された……!?」

 

 

キャスターが絶望に思考を停止させた一瞬の隙。

 

魔虚羅の拳の余波が、キャスターの腹部を掠めた。

 

 

「が、はァッ……!!」

 

それだけで、キャスターの華奢な体は弾き飛ばされ、柳洞寺の本堂の屋根を三つも四つも突き破りながら、境内の反対側へと錐揉み回転して墜落した。

 

 

更に貯蔵された魔力が減衰する。

 

 

 

 

「さあ、魔力(オド)の削り合いと行こうか、魔女」

 

 

 

瓦礫の舞う空中に、宿儺が悠然と姿を現した。

 

その顔には、最高のおもちゃを見つけた子供のような、極悪非道な愉悦の笑みが張り付いている。

 

 

「あ、あああ……ッ!!」

 

 

 

『ガコンッ』

 

 

 

更に法輪が回る。

 

 

 

血反吐を吐きながら立ち上がったキャスターは、すぐさま空間転移(テレポート)で距離を取り、残された魔力を振り絞って反撃に出た。

 

 

 

『――Aethon(灰燼と化せ)! Argos(凍てつけ)! Rain(降り注げ)!!』

 

 

 

炎、氷、雷、光弾。

 

 

 

あらゆるAランク魔術の乱れ撃ちが、魔虚羅を包み込む。

 

だが、それはもはや、全くの無意味だった。

 

 

「オォォッ!」

 

 

 

 

魔虚羅が、魔術の豪雨の中を「ただ歩いて」進む。

 

 

炎が魔虚羅の肌に触れた瞬間に火の粉となって消え、氷の槍が触れる前に砕け散り、雷撃が吸い込まれるように無力化されていく。

 

適応を果たした魔虚羅にとって、キャスターの魔術はそよ風と同義だ。

 

 

 

「バカな、バカなバカなバカなッ!! 私の魔術が、神代の神秘が、全く通じないなんてッ!!」

 

キャスターは半狂乱になりながら、自身の陣地の空間をねじ曲げ、魔虚羅を押し潰そうとする。

 

 

しかし、魔虚羅が右腕の『退魔の剣』を軽く一振りしただけで、空間の歪みごと、柳洞寺の結界そのものがガラスのようにパリンと砕け散った。

 

 

 

 

「よそ見をしている余裕があるのか?」

 

 

「――っ!?」

 

 

キャスターの背後に、空間転移すら上回る速度で回り込んだ宿儺が立っていた。

 

宿儺の手刀が、キャスターの背中を深く切り裂く。

 

 

「あがァァッ!!」

 

 

噴き出す鮮血。キャスターは冬木中から集めた莫大な魔力を「鎧」として代用し、致命傷を避けているが、その貯蔵庫は宿儺の『解』と『捌』、そして魔虚羅の暴力的な打撃によって、目に見える速度でゴリゴリと削り取られていく。

 

 

 

「オォォォッ!!」

 

 

魔虚羅の右拳がキャスターの顔面を打ち据え、

 

 

「ハハハハッ!!」

 

 

吹き飛んだ先で、宿儺の回し蹴りがキャスターの脇腹を粉砕する。

 

 

 

 

もはや戦闘ではない。

 

 

 

呪いの王と、最強の式神による、一方的で凄惨なまでの蹂躙劇。

 

 

キャスターがどれほど魔力を消費して防壁を張り、回復魔術を回しても、適応を終えた魔虚羅の前ではすべてが紙屑のように破られる。

 

柳洞寺の本堂はすでに半壊し、境内の石畳はクレーターだらけとなり、紫色の魔力の海は、彼女の命を繋ぐためだけに異常な速度で枯渇し始めていた。

 

 

 

(……このままでは、死ぬ! マスターに、聖杯を捧げる前に……私だけが、こんな理不尽な化け物どもに……!)

 

 

キャスターの魔術師としてのプライドはすでに粉々に砕け散り、残されたのは、ただ愛する者のために生き延びたいという執念だけだった。

 

 

 

「――ならばッ!!」

 

 

 

キャスターは、自身の持つ魔力の残りすべてを、ただ一つの行動、すなわち「絶対の逃亡」に賭ける決意をした。

 

あの純白の化け物(魔虚羅)の持つ右腕の剣。正のエネルギーを放つあの刃を食らえば、魔力で編まれた英霊の霊体など一瞬で消滅する。

 

 

「オォォォォォォォォッ!!」

 

 

魔虚羅が大地を蹴り砕き、右腕の『退魔の剣』を大きく振りかぶってキャスターへと突進してきた。

 

その速度は、音速をとうに超えている。

 

 

(……来る! あの剣が振り下ろされる瞬間に、陣地の外へ転移するッ!!)

 

 

キャスターは、自身の魔術回路を限界まで焼き切りながら、空間転移のための魔力(オド)を練り上げた。

 

 

 

一方。

 

 

 

キャスターが転移の準備に入ったその「一瞬の兆し」を、呪いの王の四つの瞳は決して逃さなかった。

 

宿儺の瞳に映るのは、単なる魔術の発動ではない。

 

 

術式が発動する直前に必ず生じる、魔力の微細な『起こり』いわば、術式の「火花(スパーク)」

 

 

キャスターが練り上げた魔力の指向性、空間の歪みのベクトル、そして、彼女が逃げようとしている「座標」

 

 

 

(……斜め後方、上空十五メートル。本堂の残骸の上か)

 

 

宿儺は、魔虚羅の突進すらも「囮」として使い、自身の呪力を右拳に極限まで圧縮し始めた。

 

 

それは、空間の歪みすらも飲み込むほどの、濃密で、暴力的で、黒く淀んだ呪力の塊。

 

 

 

魔虚羅の退魔の剣が、キャスターの体を両断すべく振り下ろされた。

 

 

 

直前。

 

 

 

シュンッ!!

 

 

 

キャスターの姿が、ノイズと共に完全に消失した。

 

 

 

間一髪。魔虚羅の剣は空を切り、柳洞寺の地盤を一直線に叩き割った。

 

 

 

 

(……助かった! これで、一度態勢を立て直せば――!)

 

 

斜め後方、上空十五メートルの虚空。

 

転移を完了させ、実体化したキャスターの意識が、一瞬の安堵に包まれた、その直後。

 

 

 

 

 

 

 

「――どこを見ている」

 

 

キャスターの耳元で、死神の囁きが響いた。

 

「え――」

 

 

キャスターが視線を動かした先。

 

転移したはずのその『座標』には、キャスターが出現するよりもさらに一瞬早く、先回りしていた両面宿儺が、右拳を限界まで引き絞って待ち構えていた。

 

 

(バカな。転移の行き先を、完全に読まれていた……!?)

 

 

回避も、防御も、魔術の展開すらも間に合わない。

 

絶対的な死の絶望が、キャスターの意識を真っ白に染め上げた。

 

「――沈め」

 

宿儺の右拳が、キャスターの胸の中央――サーヴァントの急所である『霊核』へと、容赦なく放たれた。

 

 

 

 

 

打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる、空間の歪み。

 

 

呪術の極致にして、術者のポテンシャルを120%まで引き上げる打撃。

 

 

 

バチィィィィィィィィィィンッ!!!!

 

 

 

空気が爆ぜた。

 

柳洞寺の夜空に、赤黒い、悍ましい閃光が弾けた。

 

 

 

 

――『黒閃』

 

 

 

「あ……」

 

キャスターの口から、声にならない吐息が漏れた。

 

 

宿儺の拳から放たれた黒き閃光は、キャスターの防御結界ごと彼女の胸を完全に貫通し、その奥にある『霊核』を、文字通り粉微塵に粉砕していた。

 

 

ドッ、バァァァァァァァンッ!!!

 

 

 

黒閃の衝撃波が、ワンテンポ遅れて爆発する。

 

キャスターの背後の空気が円錐状に抉り取られ、紫色の魔力の大気が完全に吹き飛ばされた。

 

 

 

「……宗一、郎、さま……」

 

胸にぽっかりと大穴を開けられたキャスターの瞳から、光が失われていく。

 

致命傷。霊核を完全に破壊された彼女の体は、足元から徐々に黄金の魔力粒子となって崩壊し始めていた。だが、その並外れた執念ゆえか、即座に消滅することはなく、力なく石畳の上に崩れ落ちて浅い呼吸を繰り返している。

 

 

 

宿儺は、地に這う魔女の体を冷酷に見下ろし、ゆっくりと右手の血を振り払った。

 

「……ふん。最後までつまらん女だったな。魔力ばかりがデカい、中身のない木偶の坊が」

 

宿儺が背後に視線を送ると、役目を終えた魔虚羅が、音もなく影の底へと沈み、元の闇へと帰っていくところだった。

 

 

「……終わったのかしら」

 

 

後方から、魔力消費で青ざめた顔の凛が、ふらつきながら歩み寄ってくる。彼女の視線の先には、胸を穿たれ、今にも消えゆくキャスターの無惨な姿があった。

 

 

「ああ。魔女の処理は終わったぞ、凛」

 

 

宿儺は、三日月のように目を細め、ひどく退屈そうに首を鳴らした。

 

 

凛が警戒を解かずにキャスターへと近づこうとした、その時だった。

 

 

 

 

カツ、カツ、カツ。

 

 

 

破壊された本堂の奥、暗闇の中から、ひどく静かで、そして一定のリズムを刻む足音が響いてきた。

 

「……誰!?」

 

 

凛が咄嗟に立ち止まり、残された魔力を振り絞って宝石を構える。

 

宿儺もまた、その音の主へゆっくりと視線を向けた。

 

 

「……ぁ……だめ、逃げて…………」

 

 

消えゆく意識の中、足音に気づいたキャスターが、絶望に満ちた声で血を吐きながら懇願した。

 

 

「あなたは……戦っては、だめ……お願い、だから……!」

 

 

キャスターが、決してこの前線に出ず、奥で待機しているようにと強く言い含めていた存在。

 

 

神代の魔女が、自身の命を投げ打ってでも守りたかった、ただ一人の男。

 

土煙と夜の闇を抜け、月明かりの下へと静かに姿を現したのは、ワイシャツにスラックスという、この魔術の死地にはあまりにも不釣り合いな出で立ちをした、長身の男だった。

 

 

 

「……キャスター」

 

 

感情の読めない、ひどく平坦で静かな声。

 

男は、無惨に倒れ伏す自身のサーヴァントを一瞥し、そして、凛と宿儺へとその冷徹な視線を向けた。

 

神代の魔女を従えていた、マスターの正体。

 

次なる死闘の幕開けを告げるように、冬木の夜風が、再び冷たく吹き抜けた。

 

 

 

 

 




あとがき

宝具

十種影法術・八握剣異戒神将魔虚羅
ランク:EX
種別:召喚宝具
レンジ:1〜30 最大補足:1体

概要

呪詞「布瑠部由良由良」によって召喚される、十種影法術が誇る最強最凶の式神。
歴代の十種影法術使いで、ただの一人も調伏に成功した者はいない――宿儺を除いて。
頭上に浮かぶ法陣は「完全な循環と調和」を意味し、宿儺の制御下において完全な破壊の具現として顕現する。

魔虚羅を破壊されると十種影法術の術式は完全に機能を停止する。
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