Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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王の仕立てと、白亜の森の獣

【時刻:午前10:00】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸】

 

 

「……これで、どう?」

 

 

遠坂邸の豪奢な居間。

 

全身鏡の前に立つ純白の和服の男……いや、現代の装いに身を包んだ両面宿儺を見て、遠坂凛はひきつった笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

凛が屋敷の奥から引っ張り出してきたのは、亡き父・遠坂時臣が愛用していた、イタリア製の最高級スリーピーススーツだった。

 

 

宿儺が受肉している少年(伏黒恵)の肉体は、時臣に比べればまだ線が細く、背丈もわずかに足りない。だが、凛が魔術を使って生地の寸法を数ミリ単位で強引に調整(オルター)し、仕立て直した結果、スーツは宿儺の身体に恐ろしいほど完璧にフィットしていた。

 

 

漆黒のジャケットとスラックス、深いワインレッドのベスト、そして純白のシャツ。

 

ネクタイは煩わしいと宿儺が拒否したため、シャツの第一ボタンは外されている。

 

 

「……窮屈な布切れだ。関節の可動域が制限される」

 

宿儺は、鏡に映る自身の姿を四つの瞳で値踏みするように見つめ、首をコキリと鳴らした。

 

「そりゃあ、和服に比べればね。でも……」

 

 

凛は額に手を当て、深い溜息をついた。

 

似合っていないわけではない。むしろ、異常なまでに似合いすぎているのだ。

 

整った顔立ちに浮かぶ文様(タトゥー)は隠しきれないものの、仕立てのいい高級スーツを羽織った宿儺の姿は、どう贔屓目に見ても『裏社会を若くして束ねる冷酷なマフィアのドン』にしか見えなかった。

 

彼から自然と漏れ出す絶対的な強者のオーラと、仕立てのいいスーツの組み合わせは、血の匂いをより一層洗練された形で際立たせてしまっている。

 

 

「……一般人に溶け込むっていう目的、完全に失敗した気がするわ。これじゃ余計に目立つじゃない」

 

「俺が何を着ようと、俺は俺だ」

 

 

宿儺は自身の袖口を軽く払い、傲慢に言い放つ。

 

「はぁ……まあいいわ。和服でタトゥーだらけよりは、まだ『ちょっと柄の悪い外国人モデル』か何かで言い訳が立つし。タトゥーも、軽い暗示の魔術をかけておけば、普通の人間には『ただの陰影』か何かにしか見えなくなるはずよ」

 

 

凛はパチンと指を鳴らし、宿儺の顔にかかる認識阻害のレベルを大幅に下げ、微細な暗示のみへと切り替えた。

 

これなら、凛自身の魔力消費はほぼゼロに等しい。

 

 

「午後のアインツベルンとの交渉の前に、少し街で買い出しをしていくわよ。必要な魔術の触媒が足りないし、お腹も空いたでしょ」

 

「俺は貴様らの飯など……」

 

「はいはい、文句言わない。行くわよ」

 

凛は赤いコートを羽織り、呆れ顔の宿儺を連れて屋敷を出た。

 

 

 

 

 

【時刻:午前11:30】

 

【場所:冬木市・新都 繁華街】

 

冬の澄んだ空の下、新都の繁華街は休日を楽しむ人々で賑わっていた。

 

ショッピングモールやカフェが立ち並び、クリスマスを控えた街並みはどこか浮き足立っている。

 

そんな平和の象徴のような空間を、凛と宿儺は並んで歩いていた。

 

「……ねえ。やっぱり、めちゃくちゃ見られてるんだけど」

 

 

凛が小声で呟く。

 

 

彼女の言う通りだった。

 

すれ違う人々が、男女問わず、宿儺の姿に思わず振り返るのだ。

 

タトゥーの違和感は凛の暗示魔術で誤魔化せている。だが、あの極上のスーツを着こなす長身の若者の、一切の隙がない歩き方、そして背筋が凍るような、しかし強烈に惹きつけられる『王者の風格』は、どうやっても隠し切れるものではなかった。

 

 

道を歩けば、向こうから歩いてくる集団が、自然に左右に割れて道を譲っていく。

 

誰も宿儺にぶつかろうとしないし、目を合わせようともしない。生物としての本能が「この空間の絶対的な捕食者」を認識し、無意識のうちに平身低頭を強いられているのだ。

 

 

「……ククッ。面白いものだな」

 

宿儺は、道を譲る群衆を四つの瞳で見下ろしながら、機嫌良さそうに喉を鳴らした。

 

 

「何がよ」

 

「この時代の人間は、牙も毒も持たぬくせに、ひどく平和な顔をして歩いている。千年前の平安の世なら、街を歩く者の目には常に飢えと死への恐怖が張り付いていたものだがな」

 

 

宿儺は、ショーウィンドウに飾られたきらびやかな商品や、スマホを片手に笑い合う若者たちを、どこか珍しい虫の観察箱でも見るような目で見つめた。

 

「お前たちが築き上げたこの『箱庭』は、退屈だが……まあ、悪くはない。これだけ腹を満たした豚どもが群れていれば、恐怖を与えた時の絶望の味も、さぞ濃くなるだろう」

 

「……不穏なこと言わないでよね。今は買い出し中なんだから」

 

 

凛は呆れつつも、内心ではほっとしていた。

 

宿儺がこの現代社会を、ただ破壊するだけのゴミ箱ではなく、彼なりの価値観で「悪くない暇つぶしの場」として認識していることは、暴走を防ぐ上での一つの歯止めになるからだ。

 

 

「さ、あそこのカフェで少し休憩したら、一気に郊外の森まで向かうわよ」

 

 

二人は、ガラス張りのカフェのテラス席に座った。

 

凛はサンドイッチと紅茶を、宿儺はブラックコーヒーだけを頼む。

 

宿儺はカップを指先で摘むように持ち、苦い液体を一口だけ含むと、つまらなそうにテーブルに置いた。

 

 

「午後からは、冬木郊外にあるアインツベルンの森へ入る。目的は、イリヤスフィールとの『対話』よ。昨日の夜、山から溢れ出したあの『黒い泥』の正体について、聖杯の器たる彼女なら何か知っているはずだから」

 

 

凛は周囲に聞かれないよう、声を潜めて告げる。

 

 

「対話、か。あの狂戦士(バーサーカー)のマスターと、大人しくお茶会ができると思っているのか」

 

「だから、あなたを連れて行くのよ。最悪、戦闘になったら……あの化け物を止めるのは、あなたにしかできないわ」

 

「フン。あの十二の命を持つ大男か。以前の死合いは途中で終わってしまったからな。あれの首をすべて落とすのも、悪くない余興だ」

 

 

宿儺はネクタイのない襟元を少し緩め、凶悪な笑みを浮かべた。

 

スーツ姿の彼がその笑みを浮かべると、ただでさえ漂っていた裏社会のオーラが限界突破し、周囲の客がソワソワと席を立ち始める始末だった。

 

 

「……もう、早く行くわよ。このままじゃ営業妨害で通報されかねないわ」

 

凛はそそくさと会計を済ませ、宿儺と共に冬木の街を後にした。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午後2:00】

 

【場所:冬木市 郊外・アインツベルンの森】

 

新都の喧騒から数時間。

 

タクシーを乗り継ぎ、徒歩で山道を進んだ先に、その森はあった。

 

「……空気が、一気に変わったわね」

 

凛の口からこぼれる息が、真っ白に染まる。

 

冬木市の気候からは考えられないほどの、身を切るような極寒。

 

針葉樹林が立ち並ぶアインツベルンの森は、この場所自体が巨大な魔術結界であり、外部の人間を拒絶する『異界』として機能していた。

 

「歓迎されていないようだな。森の木々から、微弱だが不快な魔力の網が張り巡らされている」

 

宿儺はスーツのポケットに両手を突っ込んだまま、退屈そうに雪を踏みしめる。

 

「探知の結界よ。触れずに進むこともできるけど……今回は、あえて堂々と行くわ」

 

凛はそう言って、一切の魔術的な偽装を解き、真っ直ぐに森の深部へと続く獣道を進み始めた。

 

交渉を申し入れるのに、コソコソと忍び込んでは逆に警戒される。自分たちは対話をしに来たのだと、相手に位置を知らせるための行動だった。

 

 

 

キィィィン……ッ。

 

 

 

凛が一歩を踏み出すたびに、空間に張られた目に見えない糸が弾けるような、甲高い耳鳴りが響く。アインツベルンの城にいる主へ、侵入者の存在がリアルタイムで伝達されている証拠だ。

 

 

「……来るわよ。宿儺、油断しないで」

 

 

森の中心部、開けた雪の広場に到達した凛が、足を止めて頭上を見上げた。

 

「油断など、いつしたことがある」

 

宿儺もまた、四つの瞳を細め、鉛色の曇り空を睨み据える。

 

 

 

 

ズォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 

 

 

上空数百メートル。

 

まるで重力そのものが悲鳴を上げたかのような、凄まじい風切り音が森に響き渡った。

 

 

「――来たッ!」

 

 

木々の枝をへし折り、空の雲を突き破って、巨大な『隕石』が一直線に落下してきた。

 

いや、隕石ではない。

 

 

 

ズドガァァァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

凛と宿儺からわずか十メートルほど先の雪原に、その巨体が着地した。

 

着地の衝撃だけで広場に巨大なクレーターが穿たれ、粉雪と土砂が爆発的に舞い上がる。周囲の木々が衝撃波でなぎ倒され、猛吹雪のような視界不良が引き起こされた。

 

 

 

「ゴ、ォォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

 

土煙を吹き飛ばす、獣の咆哮。

 

黒い岩石のような筋肉の鎧、身の丈を超える無骨な斧剣(無銘・斧剣)。

 

ギリシャ神話最大の英雄にして、この聖杯戦争において最強の物理火力を誇る狂戦士――バーサーカー・ヘラクレス

 

 

そして、その巨大な肩にちょこんと乗っているのは。

 

 

 

「よくもノコノコと私の森に入ってきたわね、リン」

 

 

純白のコートに身を包んだ、雪の精霊のように美しい銀髪の少女。

 

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 

 

彼女の赤い瞳には、子供特有の無邪気さと、魔術師としての氷のような残酷さが同居していた。

 

「イリヤスフィール。……今日は、あなたと戦いに来たわけじゃないわ」

 

 

凛は、バーサーカーの放つ圧倒的な殺気とプレッシャーに膝が震えそうになるのを気合いでねじ伏せ、一歩前に出た。

 

 

「対話をしに来たの。聖杯のシステムについて……あの、円蔵山から溢れ出した『黒い泥』について、あなたが知っていることを教えてほしい」

 

 

凛の問いかけが、雪原の冷たい空気に響く。

 

だが、イリヤの表情は一切動かなかった。

 

「泥? ……何のことか知らないわね。それに、聖杯のシステムについて私に聞くなんて、お門違いもいいところよ」

 

 

イリヤは冷たく言い放つ。

 

 

「私は、お爺様に作られた聖杯の『器』。それ以上でも以下でもないわ。私の中には、冬木で死んだサーヴァントの魂を回収するための機能しかない。……それにね」

 

 

イリヤの赤い瞳が、歪な悦びと憎悪に細められる。

 

 

「リンが何を企んでいるかは知らないけど、あなたは私の邪魔をする悪い魔術師だわ。だから、ここで死んでもらうわね」

 

 

「……っ! 待ちなさい、イリヤスフィール! あの泥の正体を突き止めないと、この聖杯戦争自体が――!」

 

 

「もう遅いわ。おしゃべりは終わり。……やっちゃえ、バーサーカー!!」

 

 

白き少女の、無邪気で絶対的な殺しの命令が下された。

 

 

 

「ガ、ァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

バーサーカーの巨体が、爆発した。

 

いや、速度が速すぎて、そう見えたのだ。数十トンの質量を持つ巨体が、瞬きをするよりも速い速度で、十メートルの距離を『ゼロ』にした。

 

 

振り上げられた岩山のような巨大な斧剣が、遠坂凛の華奢な身体を、脳天から真っ二つに圧殺しようと振り下ろされる。

 

 

「――っ!!」

 

 

回避不能。魔術の展開すら間に合わない。

 

凛が、己の死を確信し、目を閉じた、その刹那だった。

 

 

 

ガキィィィィィィィィィィンッ!!!!!!

 

 

 

アインツベルンの森の空気が、衝撃波で完全に弾け飛んだ。

 

爆音。そして、周囲の雪原が、二つの規格外の力が衝突した余波によって、すり鉢状に吹き飛ばされる。

 

 

「……え?」

 

 

凛が恐る恐る目を開けると。

 

彼女の頭上、わずか数センチのところで。

 

バーサーカーの全力の斧剣の刃が、完全に『停止』していた。

 

 

「……ほぉ。昨夜は途中で泥に横槍を入れられたが……やはり、お前のその理不尽な馬鹿力は、良いものだ」

 

 

凛の目の前。

 

 

仕立てのいい時臣のスーツを身に纏い、ポケットに左手を入れたままの男。

 

両面宿儺が、自身の右手の『掌』だけで、狂戦士の全力の斧剣を受け止めていたのだ。

 

 

「ルォォォォォォッ!!」

 

 

バーサーカーの赤く濁った瞳に、驚愕の色はない。

 

 

あるのは、己の全力の一撃を受け止めるこの理不尽な怪物への明確な記憶と、純粋な殺意の沸騰だけだ。昨夜、己の命を削り取った強敵を前に、狂戦士は瞬時に筋肉を膨張させ、斧剣にさらに莫大な体重を乗せて押し潰しにかかる。

 

 

イリヤもまた、宿儺の姿を見て憎々しげに顔をしかめた。服装こそ変わっているものの、その魂から漏れ出すおぞましい呪力の気配は、以前の森で感じたものと全く同じだったからだ。

 

 

「おい、凛。交渉は決裂したようだな」

 

 

宿儺は、狂戦士の斧剣を片手で受け止めたまま、首だけを後ろへ向けて、ひどく楽しそうに嗤った。

 

 

「お前たち草食動物の『おしゃべり』は終わりだ。……ここからは、俺のやり方で対話(解体)させてもらうぞ」

 

 

 

ギリ、ギリギリ……ッ!!

 

 

 

宿儺が右手に呪力を込めると、バーサーカーの強固な斧剣に、ミシリとヒビが入る音が響いた。

 

「フフッ……アハハハハハッ!! 待たせたな、大男! さあ、以前の狂宴を始めようか!!」

 

スーツ姿の呪いの王が、真冬のアインツベルンの森で、極限の闘争心を爆発させる。

 

対話の道は完全に閉ざされた。残されたのは、血と肉を削り合う、理不尽と理不尽の衝突のみ。

 

白亜の森を血に染める、神話級の死闘が、再び幕を開けた。

 

 

 

 




呪いの王VS狂戦士

再戦
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