Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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白亜の死闘、十影の狂宴

【時刻:午後2:10】

 

【場所:冬木市 郊外・アインツベルンの森】

 

 

「フフッ……アハハハハハッ!! 待たせたな、大男! さあ、先日の狂宴(続き)を始めようか!!」

 

 

スーツ姿の呪いの王が、真冬のアインツベルンの森で、極限の闘争心を爆発させる。

 

対話の道は完全に閉ざされた。残されたのは、血と肉を削り合う、理不尽と理不尽の衝突のみ。

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

宿儺が、右腕で受け止めていた斧剣を、逆に凄まじい膂力で弾き返した。

 

巨岩のようなバーサーカーの体勢が、ほんのわずかに仰け反る。

 

その一瞬の隙を、呪いの王が見逃すはずがない。

 

 

「シッ!」

 

 

宿儺はポケットから左手を抜き、低く沈み込むような姿勢から、バーサーカーの巨大な鳩尾に向かって神速の掌底を放った。

 

打撃の瞬間に、呪力を極限まで圧縮し、内部へと浸透させる高度な体術。

 

 

 

ゴォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

大砲の直撃を受けたような鈍い音が、雪原に轟く。

 

「ガァァァッ!?」

 

バーサーカーの巨体が、くの字に折れ曲がり、雪を巻き上げながら数十メートル後方へと弾き飛ばされた。何本もの太い針葉樹をなぎ倒し、ついに分厚い雪の壁に激突して止まる。

 

 

「……信じられない。あのバーサーカーを、また素手で……」

 

 

凛が、間近で繰り広げられた暴力を前に息を呑む。

 

和服の時とは違う、スーツという現代的でタイトな服装。関節の可動域が制限されているはずなのに、宿儺の動きには微塵の淀みもない。むしろ、その洗練された佇まいが、彼の振るう暴力の『異常性』をより一層際立たせていた。

 

 

「ルォォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

 

土煙と雪煙を吹き飛ばし、バーサーカーが再び地を蹴った。

 

ダメージの蓄積など一切感じさせない。むしろ、昨夜の戦いで宿儺の威力を学習しているその肉体は、より強固に、より凶暴に研ぎ澄まされていた。

 

 

「ははっ、来い!」

 

宿儺もまた、ネクタイのないシャツの襟元をわずかに広げ、弾丸のように前方へと飛び出した。

 

 

 

両者が、広場の中心で激突する。

 

 

バーサーカーの斧剣が、大気を引き裂きながら横薙ぎに振るわれる。

 

宿儺は【空界踏破】で空中の見えない面を蹴り、その凶刃をアクロバティックに跳び越えた。

 

 

「――『解』」

 

 

跳躍の最中、宿儺の両手の指先から、網の目のような不可視の斬撃が放たれる。

 

 

シュパパパパパパパッ!!

 

 

 

バーサーカーの肩、胸、太ももに、斬撃が直撃する。

 

 

 

だが。

 

 

 

(……やはりな。以前の戦いで、俺の『斬撃』という事象そのものに、かなりの耐性を獲得している)

 

 

宿儺の四つの瞳が、冷徹に戦況を分析する。

 

以前までの戦いでは骨まで届いていたはずの『解』が、今はバーサーカーの岩のような筋肉の表面を薄く切り裂く程度。金属に火花を散らすように浅く弾かれているのだ。

 

 

 

威力にして、およそ半減。

 

 

 

【十二の試練(ゴッド・ハンド)】による、ダメージを伴う攻撃に対する適応と耐性装甲の獲得。

 

 

 

 

 

「ギ、ルォォォォッ!!」

 

 

バーサーカーは、降り注ぐ斬撃の雨などそよ風のように無視し、跳躍した宿儺の着地点を狙って、下から掬い上げるように斧剣を振り抜いた。

 

 

「チッ」

 

物理的な回避の余裕がない。

 

だが、宿儺の口角は凶悪に吊り上がっていた。

 

 

「耐性がついたなら、戦い方を変えればいいだけの話だ」

 

宿儺は空中で、両手を交差させ、親指以外の指を複雑に絡み合わせた『手印』を結んだ。

 

 

 

「――『脱兎)』」

 

 

 

ポンッ、ポンッ、ポンッ!!

 

 

宿儺の足元の虚空から、そして周囲の雪原に落ちる木々の影から、純白の雪と同化するような小さな『兎』の式神が、数十、数百という無数の群れとなって爆発的に溢れ出した。

 

 

「な、何あれ……ウサギ!?」

 

 

イリヤスフィールが、目を丸くする。

 

 

「ルォォ!?」

 

 

バーサーカーの振り上げていた斧剣の軌道が、突如として視界を埋め尽くした白い毛玉の濁流によって完全に遮断された。

 

攻撃力は皆無。だが、その圧倒的な数と撹乱能力は、知覚を奪われた狂戦士の動きを一瞬だけ硬直させるには十分すぎる役割を果たした。

 

 

その一瞬の死角。

 

 

 

脱兎の群れの底、雪原に落ちた巨大な影の中から、真の『牙』が這い出した。

 

 

「――『大蛇』」

 

 

片手のみの影絵から顕現した、全式神中最大級の巨体を誇る大蛇。

 

 

ズドォォォォォォンッ!!

 

 

地中から真上へと飛び出した大蛇が、バーサーカーの巨体に巻き付き、その強靭な顎で狂戦士の右肩から首筋にかけて深く牙を突き立てた。

 

 

「ガ、アァァァァァァッ!!」

 

 

さすがの大英雄も、予期せぬ超質量の拘束と、牙から注ぎ込まれる呪力に動きを止められる。

 

バーサーカーは左腕で大蛇の胴体を掴み、力任せに引きちぎろうと筋肉を隆起させた。

 

だが、大蛇の背を滑るようにして、すでに呪いの王が肉薄していた。

 

 

 

「よそ見をしている場合か、木偶の坊」

 

宿儺の右の掌が、バーサーカーの顔面――強固な頭蓋にピタリと密着する。

 

対象の呪力差、強度に応じて威力が変動する重斬撃。

 

 

「――『捌』」

 

 

 

パァァァァァンッッ!!!

 

 

奇妙な破裂音

 

 

「え……」

 

 

イリヤの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

頭部を失ったバーサーカーの巨体が、ピタリと動きを止め、大蛇の拘束から解き放たれるようにして、ドスゥゥゥン……と雪原に倒れ伏した。

 

 

沈黙。

 

 

圧倒的な暴力の結末。最強の狂戦士が、鮮やかな式神との連携によって、その『1つ目の命』を削り取られた。

 

 

 

「……やった!!」

 

 

凛が歓声を上げる。

 

だが、宿儺はスーツの袖を払いながら、倒れ伏す肉塊を冷ややかに見下ろした。

 

 

「喜ぶのは早いぞ、凛。あの程度のサンドバッグ、まだたっぷり残機(ストック)を隠し持っているだろう」

 

 

その言葉を裏付けるように、頭部を失ったはずのバーサーカーの断面から、赤黒い魔力が沸騰し、肉と骨が異常な速度で編み直されていく。

 

わずか十数秒。瞬きをする間に、バーサーカーの頭部は完全に元通りに再生し、再び赤く濁った双眸が宿儺を睨みつけた。

 

 

 

「ルォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

蘇生した狂戦士の、天地を揺るがす咆哮。

 

「さあ、息を吹き返せ。まだたっぷりと残っているのだろう?」

 

 

宿儺は両手を広げ、心底楽しそうに嗤った。

 

「お前が完全に壊れて絶望するまで、その命を一つ一つ、丁寧に削り取ってやる」

 

 

ドンッ!!

 

 

蘇生したバーサーカーが、先ほどよりもさらに一段階ギアを上げた神速の突進を仕掛けてきた。

 

怒りに任せた力押しかと思いきや、その斧剣の軌道は鋭く、そして正確に宿儺の急所を狙っている。『心眼(偽)』による、狂気の中の達人の技。

 

 

「フンッ」

 

 

宿儺は後方に跳躍しながら、両手を交差させ、親指を重ねて鳥の影絵を作った。

 

 

「――『鵺』」

 

 

 

バチバチバチィィィッ!!

 

 

宿儺の頭上の影から、骸骨の面を被った巨大な怪鳥が飛び出した。

 

 

鵺はそのまま急降下し、帯電した呪力を全身に纏ってバーサーカーへと体当たり(電撃ダメージ)を敢行する。

 

 

「ルォォォッ!」

 

 

バーサーカーは突進の勢いを殺さず、斧剣を振り上げて鵺の電撃を真っ向から弾き飛ばそうとする。

 

落雷のような轟音と閃光が弾け、バーサーカーの足がわずかに止まる。

 

その隙に、宿儺はすでに次の手印を結んでいた。

 

両手で蛙の影絵。

 

 

「――『蝦蟇』」

 

 

雪原の影から、人間ほどの大きさの緑のガマガエルが数匹飛び出す。

 

 

ビュンッ!

 

 

蝦蟇たちの口から長く強靭な舌が射出され、バーサーカーの両足首と、斧剣を持たない左腕に幾重にも巻き付いた。

 

 

「ギ、ガァァァッ!?」

 

 

電撃による麻痺と、蝦蟇の舌による強固な拘束。

 

いかにヘラクレスの膂力といえど、この瞬間、彼の機動力は完全に『ゼロ』に固定された。

 

 

 

「仕上げだ。潰れろ」

 

 

 

宿儺は【空界踏破】で空気を蹴り、拘束されたバーサーカーの頭上遥か高空へと跳躍した。

 

そして、眼下でもがく狂戦士を見下ろしながら、両手で印を結ぶ。

 

 

「――『満象』」

 

 

 

宿儺の足元――高空の虚空に展開された巨大な影の中から、額に辺津鏡の紋様を刻んだ数トンの質量を誇る巨大な象が顕現した。

 

 

「なっ……! 象が空から!?」

 

 

凛が叫ぶ。

 

 

 

 

ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 

 

アインツベルンの森の地盤が、耐えきれずに陥没した。

 

満象の圧倒的な踏みつけが、拘束されたバーサーカーの巨体を、雪原の奥深くへと圧殺するように叩き潰したのだ。

 

 

「パォォォォォォォッ!!」

 

 

さらに、満象は長い鼻から、滝のような超高圧の水を放出した。

 

ただの水ではない。宿儺の呪力が込められた水圧のカッター。それが、満象の下敷きになっているバーサーカーの肉体を、水底の岩を削るように容赦なく削り取っていく。

 

 

「バーサーカー!!」

 

 

イリヤが悲痛な叫びを上げる。

 

だが、土煙と水飛沫の中から、ギリ、ギリギリ……という不気味な音が響き始めた。

 

 

「……オ、ォォォォォォォォォッ!!!」

 

 

信じられないことに、満象の数トンの質量と超高圧の放水を受けながら、バーサーカーは両腕で満象の巨体を下から『押し上げ』始めたのだ。

 

 

筋肉が千切れ、骨が軋む音を立てながらも、狂戦士は決して屈しない。

 

 

「……ククッ。やはり、ただ押し潰すだけでは死なん底の深さか。だが、無防備な腹を見せたな」

 

 

水飛沫を割って、満象の巨体の下――バーサーカーの眼前へと、スーツ姿の宿儺が滑り込んできた。

 

宿儺の両腕には、黒い炎のような濃密な呪力が纏われている。

 

 

「――沈め」

 

 

宿儺の拳が、バーサーカーの心臓、鳩尾、喉仏へと、瞬きする間に数十発の連撃として叩き込まれた。

 

 

一つ一つの打撃が、内臓を破裂させ、骨を粉砕する必殺の威力。

 

そして最後の一撃。宿儺の手刀が、バーサーカーの太い首の骨の隙間に深く突き刺さり、そのまま脊髄を強引に引き千切った。

 

 

 

「ガ、ア……ッ」

 

 

バーサーカーの赤い双眸から光が失われ、その両腕の力が抜ける。

 

ドスゥゥン、と満象の巨体が再びバーサーカーを押し潰した。

 

 

『2つ目の命』の削減。 

 

 

 

「……嘘でしょ。あのバーサーカーが、手も足も出ずに連続で……」

 

イリヤの顔から、ついに余裕の笑みが消え失せた。

 

彼女の小さな手が、震えながら胸元を握りしめる。

 

「なんなのよ、あの使い魔たちは……! 魔術じゃない、精霊でもない。あんな変幻自在の軍隊を、一人のサーヴァントが操るなんて!」

 

 

 

凛もまた、冷や汗を流しながらその光景を見つめていた。

 

(あれが、呪いの王の本当の戦い方……。自身の圧倒的な暴力に、多彩な手札(式神)を組み合わせて、相手の弱点を完璧に突いていく。)

 

 

 

ボコボコボコッ!

 

 

満象の足元で、再び赤黒い魔力が沸騰し、バーサーカーが再生を果たす。

 

満象の巨体を強引に弾き飛ばし、大英雄が三度、その足で雪原に立ち上がった。

 

だが、その瞳に宿る光は、単なる狂気だけではなくなっていた。

 

二度の死を経験し、彼の本能が、宿儺の操る式神のパターン、影の出入り、そして連撃のタイミングを『学習』し始めていたのだ。

 

 

「ルォォォォォォ!!」

 

 

 

バーサーカーは斧剣を構え、ジリジリと間合いを測るように宿儺の周囲を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「……ほう。少しは賢くなったか。俺の術式を読み始めたようだな」

 

宿儺は満象を影に還し、スーツのネクタイを完全に引きちぎって雪原に捨てた。

 

「ならば、手札を変えよう」

 

 

宿儺は両手で犬の影絵を作る。

 

 

「――『玉犬』」

 

 

グルルォォォォッ!!

 

宿儺の影から、白と黒が混ざり合った毛並みを持つ、禍々しいオーラを放つ巨大な狼の式神が飛び出した。

 

特級呪霊すら凌駕するスピードとパワーを持つ渾は、即座にバーサーカーの正面へと突撃し、その鋭い爪と牙で狂戦士の懐へと飛び込む。

 

 

「ガァァッ!」

 

 

バーサーカーが斧剣を振り下ろすが、渾はそれを前足の強靭な爪で受け流し、強烈な一撃を弾き返す。

 

式神の攻撃だけでは決定打にはならない。だが、宿儺の目的はそれ(攻撃)ではなかった。

 

 

「シッ!」

 

 

 

玉犬・渾が作り出したほんの一瞬の死角。そこへ、宿儺自身がインファイトを仕掛ける。

 

宿儺の拳と、バーサーカーの斧剣が、超高速でぶつかり合う。雪原のあちこちで爆発が起き、木々がへし折られる。

 

宿儺は、玉犬・渾との怒涛の連携によって、バーサーカーを『その場に完全に釘付けにする』ための時間を稼いでいたのだ。

 

 

 

「……そろそろ、『助走』は十分だろう」

 

 

 

宿儺が、凶悪な笑みを浮かべてバーサーカーの攻撃をいなし、後方へと大きく跳躍した。

 

 

「え……?」

 

 

凛が、不気味な地鳴りに気づいた。

 

 

ズズズズズズズッ……!!

 

 

だが、その地響きは森の奥からではない。跳躍した宿儺の『足元の影』の底から響いてくるものだった。

 

 

「な、何!? 影の中から地響きが……?」

 

 

イリヤが叫ぶ。

 

 

「――『貫牛』」

 

 

宿儺が着地と同時に足元の影を開放した瞬間、そこから額に蜂比礼の紋様を刻んだ巨大な闘牛が、弾丸のような速度で射出された。

 

直線でしか動けない代わりに、助走距離が長ければ長いほど威力を増す式神。

 

宿儺は玉犬・渾と共に近接戦闘で時間を稼いでいる間、あらかじめ召喚した貫牛を、自身の底知れぬ『影の中の空間』でひたすら走らせ続け、その威力を極限までチャージしていたのだ。

 

 

 

音速をとうに超えた、超質量の突進。

 

 

 

 

「ルォォォォォッ!?」

 

 

 

バーサーカーがその脅威に気づき、咄嗟に巨大な斧剣を盾のように構える。

 

だが、遅い。

 

 

 

ズドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!

 

 

 

影から射出された貫牛の巨大な角が、バーサーカーの斧剣の腹に激突した。

 

 

アインツベルンの城が揺れるほどの轟音。

 

通常の攻撃であれば、斧剣の硬度に阻まれていただろう。だが、極限まで加速しきった貫牛の威力は、対軍宝具にも匹敵するエネルギーを孕んでいた。

 

 

 

バキィィィィンッ!!

 

 

 

神話の英雄が振るう強固な斧剣に、ついに亀裂が走り、そして真っ二つにへし折られた。

 

勢いを殺しきれなかった貫牛の角は、そのままバーサーカーの分厚い胸板を完全に貫通し、背中へと突き抜けた。

 

 

「ガ、ハァァッ……!!」

 

 

バーサーカーの巨体が、大穴を開けられたまま雪原に崩れ落ちる。

 

 

 

 

『3つ目の命』の削減。

 

 

 

「嘘……私のバーサーカーが、あんな……」

 

イリヤの瞳から、ついに焦燥と恐怖の色が滲み出た。

 

彼女の絶対の自信が、呪いの王の理不尽な暴威の前に、音を立てて崩れ始めている。

 

 

 

「アハハハハハッ!! 素晴らしい! だが、お前の狂気はまだそんなものではないだろう! 立ち上がれ、英雄!!」

 

 

 

宿儺の狂喜の叫びに呼応するように。

 

胸を貫かれたバーサーカーの肉体が、これまで以上に激しい赤黒い魔力のスパークを放って再生を始めた。

 

 

「ルォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

三度目の蘇生を果たしたバーサーカーの咆哮は、もはや獣のそれを超え、世界に対する呪詛のような響きを帯びていた。

 

 

 

怒り狂う狂戦士。

 

 

 

その全身から、規格外の魔力が赤い暴風となって吹き荒れる。

 

周囲の雪原が一瞬にして溶け、沸騰し、濃密な水蒸気が森を覆い尽くす。

 

折れた斧剣を捨て、純粋な殺意の塊となった素手の狂戦士が、大地を砕きながら宿儺へと迫る。

 

「……ほう。ついに武器を捨て、己の肉体のみを頼りにしたか。だが、その魔力の暴風は目障りだ」

 

宿儺は全く動じることなく、首の側面を指差すような印を結んだ。

 

 

「――『円鹿』」

 

 

宿儺の背後に、もののけ姫のシシ神にも似た、神々しい鹿の式神が顕現する。

 

円鹿が、静かに鳴き声を上げる。

 

 

フォォォォォ……ン。

 

 

 

その瞬間、円鹿の角から放たれた極上の正のエネルギー(反転術式)が、宿儺の周囲に清浄な領域を作り出した。

 

 

バーサーカーの放つ暴風――魔力というエネルギーが、円鹿の正のエネルギーに触れた瞬間、ジュワァァァッ! と音を立てて『中和』され、消滅していく。

 

 

 

 

 

暴風が止み、視界が開けた雪原の中心。

 

そこに残されたのは、小細工なしの、純粋な肉弾戦のみだった。

 

宿儺とバーサーカーが、正面から殴り合う。

 

拳と拳。蹴りと膝蹴り。

 

大英雄の膂力と、呪いの王の呪力強化された肉体。

 

 

ドガッ! ゴッ!! バキィッ!!!

 

 

 

バーサーカーの拳が宿儺のスーツの肩を破り、左腕の骨にヒビを入れる。

 

だが、背後の円鹿の恩恵により、宿儺の傷は一瞬で反転術式によって治癒されていく。

 

 

「シッ!」

 

 

宿儺はダメージを無視してバーサーカーの懐に飛び込み、その強靭な右腕の関節を正確に狙って掌底を打ち込んだ。

 

ゴキリッ! という嫌な音と共に、バーサーカーの右腕が脱臼し、ダラリと下がる。

 

 

「ガァァッ!」

 

 

バーサーカーが左の裏拳を放とうとするが、宿儺の足元から、いつの間にか再展開されていた【蝦蟇】の舌が伸び、バーサーカーの足首を泥沼のように絡め取った。

 

 

機動力を奪われた巨獣。

 

 

「これで四つ目だ」

 

 

宿儺の右肘が、槍のように鋭くバーサーカーの心臓を貫通した。

 

そして、貫通した腕の『内側』から。

 

 

「――『解』」

 

 

バーサーカーの体内から、不可視の斬撃が爆発した。

 

内臓が完全にズタズタに切り裂かれ、バーサーカーは大量の血を吐き出して倒れ伏した。

 

 

『4つ目の命』の削減。

 

 

「やだ……やめて……! バーサーカー、もうやめて!!」

 

イリヤが、ついに耐えきれずに悲鳴を上げた。

 

彼女にとってバーサーカーは、単なるサーヴァントではなく、自身を守ってくれる唯一の家族のような存在だった。それが、何度も何度も無惨に殺され、解体されていく光景は、少女の心を完全に壊しかけていた。

 

 

「おいおい。まだ半分も削っていないぞ。泣くには早すぎるな」

 

 

宿儺はスーツについた返り血を無造作に拭いながら、冷酷に嗤った。 

 

 

 

 

バーサーカーの肉体は、すでに元の形を保つのがやっとの状態だった。だが、それでも彼は立ち上がる。イリヤを守るという、狂化してなお消えない本能だけで。

 

彼は咆哮と共に、周囲の巨木をへし折り、それを丸太のように振り回して式神たちを破壊しようと暴れ狂った。

 

 

「無駄な足掻きだ。……こいつで終わりにしよう」

 

 

「――『玉犬・渾』」

 

 

一回り以上大きく、禍々しいオーラを放つ狼

 

玉犬・渾が、特級呪霊すら凌駕するスピードで、暴れ狂うバーサーカーの正面へと突撃した。

 

 

「ルォォォォ!!」

 

 

バーサーカーが丸太を振り下ろす。

 

だが、渾はその丸太を前足の鋭い爪で粉砕し、そのままバーサーカーの胸元に牙を突き立てようと飛びかかった。

 

バーサーカーがそれを両腕で防ぎ、渾の頭部を砕こうと筋肉を隆起させた、その瞬間。

 

 

「脆いな」

 

 

バーサーカーの完全に意識の外――彼の真後ろの『影』の中から、宿儺が音もなく浮き上がってきた。

 

 

式神の影を利用した、変幻自在の移動。

 

宿儺の右手の手刀が、バーサーカーの太い首筋に深く、そして静かに突き立てられた。

 

 

「――『捌』」

 

 

呪力が集中し、バーサーカーの首の断面に最適化された斬撃が放たれる。

 

 

 

ズパァァァァァァァァンッ!!

 

 

「あ……」

 

バーサーカーの首が、完全に引っこ抜かれ、雪原を転がった。

 

巨体が、音を立てて崩れ落ちる。

 

 

 

『5つ目の命』の削減。

 

 

 

白亜の森に、重苦しい静寂が降り降りた。

 

息を呑む凛と、へたり込むイリヤ。

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

五つもの命を削られたバーサーカーの残骸が、五度目の蘇生を果たそうと、再び赤黒い魔力を放ち始める。

 

 

その気迫は、これまでの死をすべて上回る、極限の殺意に満ちていた。

 

彼の大英雄としての魂が、この目の前の呪いを討ち果たさねばならないと、森の空気を震わせて悲鳴を上げている。

 

 

 

「……フフッ。良い。実に良いぞ、お前は」

 

 

宿儺もまた、そのバーサーカーの最後の足掻きを見て、最高潮の笑みを浮かべた。

 

彼の肉体から、これまでの戦いとは次元の違う、赤黒いスパークがパチパチと弾け始める。

 

集中力が極限まで高まり、呪力と肉体が完全に一つに溶け合う感覚。

 

 

 

「ルォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

 

再生を終えたバーサーカーが、全霊を込めた、文字通り『命を削る』ような一撃を放つべく、宿儺へと跳躍した。

 

 

その拳には、神代の魔力と、大英雄の誇りのすべてが込められている。

 

 

だが、宿儺は躱さない。

 

 

 

 

 

 

 

彼は右拳を引き絞り、己の呪力を一点に極限まで圧縮した。

 

 

 

打撃との誤差、0.000001秒。

 

空間が歪み、世界がその打撃を認識する。

 

 

 

「――散れ」

 

 

 

宿儺の拳と、バーサーカーの拳が、正面から激突した。

 

 

バチィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!

 

 

黒い火花

 

 

赤黒い閃光

 

 

『黒閃』

 

 

空間そのものを抉り取るような、異次元の打撃。

 

バーサーカーの放った全霊の一撃は、黒閃の圧倒的な威力の前に完全に相殺され、そのまま宿儺の拳がバーサーカーの胸郭を完全に粉砕した。

 

 

ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 

バーサーカーの背中から、円錐状に巨大な衝撃波が抜け、背後の森が数百メートルにわたって完全に消し飛んだ。

 

霊核を直接打ち砕く、必殺の黒き閃光。

 

バーサーカーの巨体が、今度こそ完全に機能を停止し、血の海へと沈んだ。

 

 

 

『6つ目の命』の削減。

 

 

 

「あはははははははははっ!!!!」

 

 

 

 

黒閃を放ち、己のポテンシャルの120%を引き出すに至った呪いの王は、天を仰いで狂喜の笑い声を上げた。

 

彼の肉体から吹き出す邪悪な呪力は、白亜の森を完全に黒く染め上げるほどに濃密で、禍々しいプレッシャーを放っていた。

 

時臣のスーツは所々破れ、露出した肌に刻まれたタトゥーが、不気味に脈打っている。

 

 

「最高だ! 極上の舞台だ! お前たち人間が足掻く様は、本当に飽きない!」

 

 

狂喜に酔いしれる宿儺。

 

 

だが、その四つの瞳が、ゆっくりと、冷酷な光を取り戻していく。

 

 

 

 

「……だが」

 

 

宿儺は、ボコボコと音を立てて六度目の蘇生を果たそうとしているバーサーカーの肉塊を見下ろした。

 

「そろそろ、終わりにしようか。この遊びも飽きてきた」

 

 

「なっ……!?」

 

 

凛が、宿儺のその冷たい声に背筋を凍らせた。

 

 

遊び。これほどの神話級の死闘を繰り広げておきながら、この男はまだ『本気』を出していなかったというのか。

 

 

宿儺は、ゆっくりと両手を自身の顔の前に掲げた。

 

中指を絡ませ、両手を複雑に組む。

 

 

 

 

『閻魔天印の掌印』

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

イリヤも、凛も、その印が意味するものを知らない。

 

だが、その印が結ばれた瞬間、アインツベルンの森の空間そのものが、『異界』へと塗り替えられようとしているのを、魔術師としての本能が理解した。

 

 

 

 

固有結界

 

心象風景による世界の上書き。

 

だが、宿儺が為そうとしているのは、そんな生易しいものではない。

 

 

結界を閉じず、キャンバスを用いずに空に絵を描くに等しい神業。

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開――」

 

呪いの王の、真なる絶望の匣が、今まさに開かれようとしていた。

 

 

 

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