Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 作:りー037
【時刻:午後2:32】
【場所:冬木市 郊外・アインツベルンの森 上空】
月明かりを遮り、夜空を支配する黄金の船・ヴィマーナ。
その舳先に立つ英雄王ギルガメッシュの眼下では、宿儺によって放たれた二体の異形の獣が、絶対的な王の威厳を真っ向から蹂躙すべく咆哮を上げていた。
「ギィェェェェェェェッ!!」
骸骨面を被った女型の合成獣――嵌合獣・顎吐が、大地を蹴り砕いて上空へと跳躍する。
その背後から、天にも届くほどの巨大な法陣を頭上に掲げた巨人――八握剣異戒神将・魔虚羅が、無機質で圧倒的な威圧感を放ちながら、地鳴りを立ててヴィマーナへと迫る。
「……不愉快な。神代の幻獣にも劣る薄汚い合成獣ごときが、この我の空に踏み入ろうなどと」
ギルガメッシュの紅蓮の双眸が、不快感に細められる。
彼の背後に展開された無数の黄金の波紋――『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から、剣、槍、斧、そして炎や氷を纏った魔力付与の原典が、一斉に射出された。
音速を超える黄金の驟雨。
それは、通常のサーヴァントであれば一瞬で消し飛ぶほどの圧倒的な火力投射であった。
ズガガガガガガガガガガッ!!!!!
空中で跳躍していた顎吐の四肢と胴体に、数十本の宝具が深々と突き刺さる。
「ギギッ……!」
血しぶきを上げて落下するかと思われた顎吐。
しかし、その肉体から眩いほどの白い蒸気が噴出した。
式神『円鹿』から継承した、正のエネルギーの出力――『反転術式』。
宝具に貫かれ、抉り取られた肉と骨が、落下するよりも早い異常な速度で瞬時に再構築されていく。
「……ほう。再生能力か。ならば、塵も残さず消し飛ばすまでよ」
ギルガメッシュが嘲笑を浮かべ、空間の波紋からさらに火力を増した宝具を放とうとした、その時。
ガギィィィンッ!!!!
顎吐の背後から、魔虚羅が跳躍し、右腕に固定された『退魔の剣』を振り抜いた。
その大剣には、特級呪霊すらも一撃で消し去る純粋な正のエネルギーが纏われている。英霊の放つ魔力的な宝具の原典と、魔虚羅の退魔の剣が正面から激突し、凄まじい火花と魔力嵐が空中で爆発した。
「ガァァァァァァァッ!!」
魔虚羅は、弾き飛ばせなかった数本の宝具をその巨体に深々と突き立てられながらも、痛覚など存在しないかのようにヴィマーナへの距離を詰める。
「図に乗るな、木偶人形!」
ギルガメッシュの背後から、今度は火炎と雷撃の呪いが込められた魔術礼装の原典が射出され、魔虚羅の巨体を猛烈な爆発で包み込んだ。
通常であれば、これで灰燼に帰す。
しかし、爆煙の中から、不気味な音が響き渡った。
――ガコンッ
魔虚羅の頭上に浮かぶ、八握剣の法陣が、時計回りに一つ回転した。
「む……?」
ギルガメッシュの眉がピクリと動く。
爆煙を突き破り、魔虚羅が再び姿を現した。その肉体には火傷と雷撃の焦げ跡が残っていたが、傷はすでに塞がり始めており、何よりもその動きから一切の鈍りが消え失せていた。
『火炎と雷撃の宝具』という事象に対し、魔虚羅が一度目の適応を完了させた証左であった。
「ギィェェェェェェッ!!」
魔虚羅が盾となった隙を突き、顎吐がヴィマーナの側面に肉薄した。
鵺から継承した巨大な翼を羽ばたかせ、顎吐の右腕に極大の紫電が纏われる。
バチバチバチィィィッ!!
落雷のような電撃の爪が、黄金の船の装甲に向かって振り下ろされた。
「……痴れ者が。貴様らごときが、王の御座に届くと思ったか」
ギルガメッシュが冷たく言い放つ。
チャキッ、という澄んだ金属音。
ヴィマーナの周囲の空間から、黄金の鎖が何十本も飛び出した。
『天の鎖(エルキドゥ)』
対象を拘束する、英雄王の最も信頼する宝具の一つ。顎吐の振り下ろした腕、両足、そして胴体に瞬時に巻き付き、その動きを完全に空中で固定した。
「ギギィッ!?」
顎吐がもがき、紫電を放って鎖を焼き切ろうとするが、神代の鎖は傷一つ付かない。神性を持たない式神に対しては「ただの極めて頑丈な鎖」でしかないが、それでも特級クラスの顎吐の膂力を完全に封じ込めるには十分すぎた。
「身の程を知れ、合成獣。まずは貴様から塵に還れ」
ギルガメッシュの冷徹な宣告と共に、顎吐の周囲に数十の波紋が展開される。
狙いは、頭部と心臓の同時破壊。反転術式による再生すら追いつかない、文字通りの『飽和攻撃』。
ズドガァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
四方八方からの一斉射撃。
顎吐の悲鳴すら上がる間もなく、その女性的な異形の肉体は、完全に微塵も残さず空中で粉砕された。
十種影法術の五体の力を継承したキメラが、英雄王の圧倒的な財の前に、わずか数分でその役目を終えたのだ。
「……さて。残るは貴様だけだが」
ギルガメッシュがヴィマーナの上から、地上に着地した魔虚羅を見下ろす。
顎吐の破壊は、あくまで前座。英雄王の興味はすでに、無言でこちらを見据える異形の巨人――魔虚羅に向けられていた。
「先ほどの宝具の直撃を受けて、なぜ消えぬ? いや、それどころか……」
ギルガメッシュの視力が、魔虚羅の肉体に起こっている異常な変化を捉えていた。
先ほど突き刺さった宝具の傷は完全に完治している。それだけではない。魔虚羅の肉体の表面に、微かに黄金の魔力を帯びた薄い『膜』のようなものが形成され始めているのだ。
「ガァァァァァァッ!!」
魔虚羅が、ヴィマーナに向けて再び跳躍した。
ギルガメッシュは顔をしかめ、先ほど顎吐を粉砕したものと同じ、Aランク級の宝具を二十門同時に射出する。
剣の雨が、魔虚羅の全身に殺到する。
――ガコンッ。
再び、頭上の法陣が回った。
直後。ギルガメッシュは、我が目を疑った。
ガキィィィンッ! カンッ! ギィンッ!!
魔虚羅の巨体に直撃するはずだった宝具が、まるで硬い装甲に弾かれたかのように、次々と空中で軌道を逸らし、明後日の方向へと飛んでいったのだ。
命中した数本も、魔虚羅の肉の表面でピタリと止まり、刺さることなく力なく落下していく。
「何……だと……!?」
英雄王の口から、驚愕の声が漏れた。
宝具の威力が落ちたわけではない。魔虚羅の肉体が硬くなったわけでもない。
これは『適応』だ。
「射出される武具による物理攻撃」という事象そのものに対し、魔虚羅の肉体がリアルタイムで法則を書き換え、防御手段を構築したのだ。
「己の法則を書き換えるというのか。神々の権能にも似た、不敬極まりない能力だな……!」
ギルガメッシュの紅蓮の瞳に、明確な『怒り』が灯った。
自身の絶対の切り札である王の財宝が、ただの使い魔ごときに通用しなくなるという事実。それは、英雄王の傲慢なプライドを根底から揺さぶるものだった。
「ならば、貴様のその小賢しい法則が書き換わる前に、防ぎきれぬほどの力で圧し潰すまでよ!!」
ヴィマーナの後方に、これまでの比ではない、数百、数千という黄金の波紋が展開される。
夜空が、完全に黄金に塗り潰された。
宝具の雨ではない。それはもはや、空から降り注ぐ『暴力の津波』であった。
「消え失せろ!!」
ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!!!!!
千を超える原典が一斉に射出され、魔虚羅の巨体を完全に飲み込んだ。
アインツベルンの森の地盤が崩壊し、クレーターが幾重にも重なり合い、森そのものが地形を変えていく。
いかに適応しつつあるとはいえ、この異常な質量の飽和攻撃を前にしては、防ぎ切ることなど不可能に思われた。
爆炎と土煙が晴れる。
しかし。
「――チッ。忌々しいことこの上ないな」
ギルガメッシュは、ヴィマーナの玉座から立ち上がり、忌々しげに舌打ちをした。
煙の中から姿を現した魔虚羅は、全身の肉を削ぎ落とされ、右腕の退魔の剣すらも半分砕け散るという、凄惨な状態であった。
だが、その意識は死んでいない。
そして、その頭上の法陣が。
――ガコンッ。ガコンッ。ガコンッ
連続して、三度回った。
「ガ、ァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
魔虚羅の肉体が、異常な速度で再構築される。
そして、その右腕の退魔の剣が、それまでの正のエネルギーの光から、禍々しい赤黒い魔力の光刃へと変質した。
それは、英雄王の放つ「魔力(神秘)」そのものを断ち切るための、最適化された刃。
魔力攻撃、物理投擲、そして宝具の概念そのものへの適応の完了。
魔虚羅が、大地を蹴った。
その速度は、先ほどまでの比ではなかった。宝具という空気抵抗(デバフ)を完全に無効化した神将は、一瞬にして数百メートルの高度を詰め、ヴィマーナの直下へと到達した。
「来い、天の鎖!!」
ギルガメッシュが激昂と共に鎖を展開する。
数十本の黄金の鎖が、魔虚羅の四肢を捕らえようと空を奔る。
だが、魔虚羅は空中で変質した退魔の剣を振るった。
ガキィィィンッ!!!
神代の鎖が、火花を散らして『弾かれた』。
神性を縛る鎖であっても、宝具の神秘という事象そのものに適応しつつある魔虚羅の剣を完全に拘束することはできなかったのだ。
「ッ! この、薄汚い泥人形がァァァ!!」
魔虚羅がヴィマーナの甲板に跳躍し、着地した。
巨大な足音が、黄金の船を揺らす。
ギルガメッシュの目前、わずか数メートルの距離。
魔虚羅が、無機質な瞳で英雄王を見下ろし、退魔の剣を大上段に振りかぶった。
「我を、誰だと思っている!!」
ギルガメッシュは空間から宝剣・原罪(メロダック)を抜き放ち、魔虚羅の剣を真っ向から受け止めた。
ガァァァァァァンッ!!!!
凄まじい衝撃波がヴィマーナの上で弾け、黄金の船が大きく傾く。
筋力パラメータにおいて、魔虚羅の膂力はAランクの英霊すら凌駕する。ギルガメッシュの足が、甲板を削りながら数メートル後退した。
黄金の鎧が一部砕ける。
「……ハッ。貴様、ただの操り人形のくせに、我に剣を交えさせるか」
ギルガメッシュの頬に、魔虚羅の剣風によって一筋の切り傷が入り、一滴の血が流れた。
自身の血を見た瞬間、英雄王の瞳から一切の『遊び』の感情が消え失せた。
「良いだろう。王の威光をここまで汚したのだ。貴様のその異常な生存能力ごと、この世界から跡形もなく消し去ってくれる」
ギルガメッシュは後方へ跳躍し、空中へと立つ。
先ほどまで乗っていたウィマーナが黄金の粒子となって消え、足場を失しなった魔虚羅は落下する。
彼の右手の横に、これまでの黄金の波紋とは違う、赤黒い、禍々しい空間の歪みが展開された。
そこからゆっくりと姿を現したのは、剣の形をした『何か』
刃はなく、三つの円柱が連なる特異な形状。柄の周囲に刻まれた神代の楔。
人類が誕生する以前、世界を切り裂き、天と地を分けたとされる、英雄王ギルガメッシュのみが所有を許された対界宝具。
『乖離剣エア』
「貴様の適応とやらが、我の財宝の理を超えようとするならば」
ギルガメッシュが乖離剣の柄を握りしめた瞬間。
周囲の空間そのものが、断末魔の悲鳴を上げるように軋み始めた。
赤い風が巻き起こり、大気が圧縮され、世界がその剣の威容に恐怖して震える。
「その法則ごと、世界を捻り潰すまでよ!!」
魔虚羅の頭上の法陣が、危機を察知して激しく回転しようとする。
未知の事象――「世界そのものを切り裂く攻撃」に対する適応を開始しようとしたのだ。
だが、遅い。
適応には、攻撃を一度受け、そして解析するための『時間』が必要となる。乖離剣の一撃は、その時間を絶対に与えない。完全なる一撃必殺。
ギルガメッシュが高々と乖離剣を掲げ、三つの円柱がそれぞれ逆方向に、凄まじい轟音を立てて回転を始めた。
「目を凝らして見るがいい! これが、王の放つ天地の理だ!!」
魔虚羅が、適応を急ぎながら空中で身体を立て直し次の行動に備える。
だが、その巨体は、英雄王の振り下ろした圧倒的な赤い嵐の前に、あまりにも無力であった。
「――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!!!」
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!!
赤黒い、極大の断層。
それは光の線ではなく、空間そのものをすり潰し、次元の壁を崩壊させる『世界の断層』であった。
乖離剣から放たれた絶対的な破壊の嵐が、魔虚羅の巨体を、そしてその背後に広がるアインツベルンの森の空を、文字通り真っ二つに切り裂いて飲み込んだ。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
魔虚羅の咆哮
しかしそれは、適応の完了を告げるものではなかった。
法陣が回るよりも早く。その肉体が、骨が、退魔の剣が。
乖離剣の生み出した空間の断層に巻き込まれ、細胞の一個すら残すことなく、完全な『虚無』へとすり潰されて消滅していった。
十種影法術の最終にして最強の神将。
その絶対的な適応能力をもってしても、神代の終焉を告げる対界宝具の一撃を前にしては、抗う術は残されていなかった。
嵐が過ぎ去る。
上空に広がる冬木の夜空には、乖離剣によって生み出された赤い断層の傷跡が、奇妙なオーロラのように揺らめいていた。
「……ハッ。適応とやらを完了させる前に、世界ごとすり潰されれば、蘇ることもできまい」
ギルガメッシュは乖離剣をゆっくりと下ろし、それを宝物庫へと収納した。
魔虚羅の気配は、完全に消滅している。顎吐もいない。
だが、英雄王の紅蓮の瞳は、地上へと向けられたまま、ひどく不機嫌な色を帯びていた。
「……逃げおおせたか、野犬の分際で」
見下ろすアインツベルンの森には、すでに両面宿儺と遠坂凛の姿はなかった。
魔虚羅と顎吐が作り出した十数分間。それは、宿儺が凛を抱えてこの絶望の死地から完全に離脱するには、あまりにも十分すぎる時間であった。
自身の所有する最強の剣を抜かされ、頬に傷までつけられた。
その上、本来の標的である呪いの王を逃したという事実。
「……まあ良い。あの不浄な呪いがこの冬木の地にいる限り、いずれ我が前に平伏す時が来るだろう。その時こそ、貴様の臓物を一つ残らず引きずり出してくれるわ」
ギルガメッシュは、自身の頬の血を親指で拭い取り、忌々しげに夜風にマントを翻した。
王の庭を荒らした代償として、彼は十種影法術という手札を宿儺から完全に奪い去った。
だが、それは同時に、あらゆる縛りから解き放たれ、己の術式のみで戦うことを余儀なくされた『最も純粋な呪いの王』を解き放ったことを意味していた。
黄金王は、夜空に溶けるようにして姿を消していく。
破壊され尽くしたアインツベルンの森には、ただ深い絶望の沈黙と、乖離剣の残滓である赤い魔力の光だけが、静かに明滅を繰り返していた。
マスターを守り抜くため、己の未来を切り捨てた宿儺。
彼のその決断が、聖杯戦争の盤面をどれほど狂わせていくのか。
新たな混迷の幕開けを予感させながら、長く、血塗られた一夜が終わりを告げようとしていた。