Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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深更の儀、魂を繋ぐ魔力循環

【時刻:午後7:00】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸】

 

 

「……よいしょ、っと」

 

軋む体を騙し騙し動かし、遠坂凛はベッドから這い出た。

 

宿儺の反転術式によって外傷や物理的な疲労は完全に消え去っているはずなのだが、体内の魔術回路が干上がっているせいで、まるでひどい熱病にでもかかったかのような重い倦怠感が全身に纏わりついている。魔術師にとって、魔力(オド)の枯渇とは魂の酸欠に等しいのだ。

 

凛は重い足取りでリビングへと向かい、固定電話の受話器を取った。

 

 

プッシュホンを押し、衛宮邸へと連絡を入れる。

 

 

『はい、衛宮です』

 

 

「あ、衛宮くん? 私よ、遠坂」

 

 

『遠坂! よかった、無事だったんだな。……って言うか、昼過ぎに宿儺が遠坂とイリヤを両脇に抱えて突然現れた時は、本当に心臓が止まるかと思ったぞ。お前は気絶してるし、イリヤは泥だらけで泣き腫らしてるし、宿儺は「預けておく」ってイリヤを放り投げて、すぐにお前を連れて消えちゃうし……』

 

 

電話口から聞こえてくる士郎の困惑しきった声に、凛は痛む頭を押さえた。

 

 

魔虚羅の縛りによって蝦蟇が消滅したため、途中で宿儺がイリヤを直接回収し、衛宮邸へ文字通り「雑に放り込んで」きたらしい。

 

 

 

「ご、ごめんなさい……色々と想定外の事態が起きちゃって、うちのサーヴァントの乱暴な気まぐれに付き合わせちゃったわね。イリヤに怪我はない?」

 

 

『怪我はないみたいだけど、泣き疲れて客間で眠ってる。……アインツベルンの森で、何があったんだ? バーサーカーはどうなった?』

 

 

士郎の声が、真剣なトーンに変わる。

 

 

「……話せば長くなるわ。それに、電話で話せるような内容じゃないの。イリヤの身柄を確保できたことだけは幸いだったけど……状況は、私たちが考えていた以上に最悪よ」

 

 

凛は、深く息を吐き出した。

 

 

「ごめんなさい、今日はもう体がダルくて動けそうにないの。詳しい事情の説明と、これからの作戦会議は、明日の朝、そっちに行ってからにするわ。イリヤのことは、それまでよろしく頼むわね」

 

『わかった。お前も無理するなよ。……宿儺によろしくな』

 

 

「ええ。おやすみ、衛宮くん」

 

 

受話器を置き、凛は大きなため息をついた。

 

士郎には気丈に振る舞ったが、現状は「最悪」という言葉すら生ぬるい。

 

凛はキッチンへと向かい、簡単に作れるパスタとスープを用意した。

 

 

 

 

ダイニングテーブルに食事を並べると、宿儺がどこからともなくふらりと現れ、凛の向かいの席に腰を下ろした。彼は食事には手をつけず、凛が淹れたブラックコーヒーのカップだけを指先で弄んでいる。

 

 

「……小僧への連絡は終わったか」

 

「ええ。イリヤは大人しく眠ってるみたい。……さて、食事にしながら情報交換と行きましょうか」

 

 

凛はフォークにパスタを巻きつけながら、重苦しい声で口を開いた。

 

「結局、あの金ピカの乱入のせいで、イリヤから大聖杯の異常と『泥の正体』を聞き出すことはできなかったわね……。でも、それ以上に厄介な問題が浮上したわ」

 

 

凛の鋭い視線が、宿儺へと向けられる。

 

「あの黄金の宝具の雨を降らせた男。……あなた、あれが何者か分かる?」

 

「知るか。どこぞの成金趣味の阿呆だろう」

 

 

宿儺は鼻で嗤い、コーヒーを一口啜った。

 

「そうはいかないのよ。……聖杯戦争のシステム上、召喚されるサーヴァントは『七騎』だけ。セイバー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。そして貴方、すでにクラスは全て埋まっているはずなの」

 

凛は、フォークを置き、深刻な表情で腕を組んだ。

 

 

「なのに、あいつが現れた。圧倒的な力を持った『八人目(イレギュラー)』のサーヴァント。……あんなの、聖杯のルールの根本を破壊しているわ。あの柳洞寺から溢れ出した黒い泥と同じで、儀式の前提が完全に崩壊している証拠よ」

 

 

「……なるほどな。ルール外の存在か」

 

 

宿儺の四つの瞳が、妖しく細められた。

 

「くだらん。八人目だろうが百人目だろうが、俺にとっては知ったことではない。だが……あの不遜な面構えと、俺の頭上から剣を降らせた罪。あれだけは、必ずあの男の臓物を引きずり出して清算させてやる」

 

「……あなたならそう言うと思ったわ」

 

 

凛はスープをごくりと飲み込み、喉を潤した。

 

「あいつの正体も、目的も不明。でも、確実に言えるのは、あいつが規格外の化け物だってことよ。十種影法術という手札を失った今の私たちで、あいつに勝つための『盤面』を構築し直さなきゃいけない」

 

 

宿儺はカップをテーブルにコトリと置いた。

 

「……盤面、だと? 凛」

 

宿儺の低い声が、ダイニングに響く。

 

 

「俺は手札を失ったのではない。不要な枷を外しただけだ。……あの金ピカも、黒い泥も、俺の快楽を満たすための極上の獲物に過ぎん」

 

 

宿儺の口角が、凶悪な弧を描く。

 

「だが……そのためには」

 

宿儺の視線が、凛の疲弊した身体を射抜いた。

 

 

「まず、お前のその干上がった魔術回路をどうにかするのが先決だな。マスターがその有様では、俺も満足に俺自身の宝具を撃てん」

 

「……それは、そうだけど。反転術式じゃ、魔術回路は治せないんでしょ?」

 

 

凛が自嘲気味に呟く。

 

 

「こればかりは、時間をかけて自然回復を待つか、霊脈から少しずつ魔力を吸い上げるしかないわ。……しばらくは、どうやっても戦えない」

 

 

「いや。一つだけ、手っ取り早くお前の回路を潤す方法がある」

 

 

宿儺が、目を細めて妖しく微笑んだ。

 

 

「お前が眠っている間……俺はお前たちの言う『魔力』というエネルギーの構造を、ある程度解析させてもらった。俺の呪力とは似て非なるものだが、エネルギーの循環と変換という点では、根本の理屈は同じだ」

 

 

宿儺は立ち上がり、凛を見下ろした。

 

 

「供給された魔力を、俺からお前へ、魔力を直接『循環』させる。英霊からマスターへの逆流供給だ。……これで、お前の回路を活性化させ回復を強制的に早める」

 

「……英霊から、マスターへ……? そんなこと、聞いたこともないわよ」

 

 

凛は驚きに目を見開いた。通常、パスを通じて流れる魔力はマスターからサーヴァントへの一方通行だ。それを逆流させるなど、制御を一つ間違えれば回路が破裂しかねない。

 

 

「俺の魔力操作(コントロール)を疑うのか?」

 

「……疑ってないわよ。あなたのデタラメさは、今日嫌というほど見せつけられたもの」

 

 

 

凛は苦笑し、立ち上がった。

 

「分かったわ。少しでも早く万全の状態に戻れるなら、あなたのその方法に懸けてみる。……でも、その前に少し休ませて。お風呂に入って、汗を流したいの」

 

「好きにしろ。準備ができたら呼べ」

 

 

宿儺はそう言って、再び椅子の背もたれに深く寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:午後10:00】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸 凛の自室】

 

 

熱いシャワーを浴び、血と土埃に塗れた身体を清めた凛は、自室のベッドに腰掛けていた。

 

 

服装は、黒のキャミソールとショートパンツという、極めて薄着で無防備なものだった。魔力の循環を直接行うため、肌と肌が触れ合う面積が大きく、かつ身体を締め付けない服装が最適だと判断したためだ。

 

 

(……それにしても、まさか私がサーヴァントから魔力供給を受けるなんてね)

 

 

凛は、自身の胸の奥にある魔術回路の虚脱感を感じながら、小さく息を吐いた。

 

 

 

ドアが開く。

 

 

 

「……準備はできたようだな」

 

部屋に入ってきた宿儺は、血に染まっていたシャツを脱ぎ捨て、凛の父の遺品であるゆったりとしたシルクのガウンを羽織っていた。そのはだけた胸元からは、引き締まった筋肉と不気味なタトゥーが覗いている。

 

 

「ええ。……それで、どうすればいいの?」

 

 

凛が少しだけ緊張した面持ちで尋ねる。

 

「後ろを向け。背中の中心……魔術回路の『基点』に直接触れて、魔力を流し込む」

 

 

宿儺の指示に従い、凛はベッドに浅く腰掛けたまま、彼に背中を向けた。

 

キャミソールの背中が大きく開き、白く滑らかな肌が露わになっている。

 

 

「……歯を食いしばれよ」

 

 

宿儺の言葉と共に、彼の大きく、そしてひどく熱い掌が、凛の背中の中心――脊髄の真上にピタリと押し当てられた。

 

 

「……っ!」

 

 

その瞬間、凛の背筋にゾクリとした悪寒にも似た震えが走った。

 

だが、それは恐怖ではない。圧倒的な存在感を持つ異形の魂が、自身の魂の最も無防備な領域に直接触れてきたことによる、生物としての根源的な反応だった。

 

 

「……始めるぞ」

 

 

宿儺の掌から、魔力が注ぎ込まれ始める。

 

それは、呪力という負のエネルギーを反転術式で正のエネルギーに変換し、さらにこの世界の『魔力(オド)』の波長へと強引にアジャストさせた、極めて特殊で純度の高いエネルギーだった。

 

 

「ぁ……っ……!」

 

 

 

凛の口から、予期せぬ声が漏れた。

 

 

痛いわけではない。だが、それはあまりにも『強烈』すぎた。

 

干上がり、細く縮こまっていた魔術回路という名の『疑似神経』に、突如として激流のような魔力が注ぎ込まれたのだ。

 

回路が無理やり押し広げられ、眠っていた細胞の隅々にまで電気が走るような感覚。

 

 

「どうした。もう音を上げるのか?」

 

 

宿儺の低い声が、凛の耳元で甘く、そしてサディスティックに響く。

 

「……い、いきなり……流し込みすぎ……っ」

 

凛は両手でベッドのシーツをきつく握りしめ、前傾姿勢になってその圧倒的な刺激に耐えようとする。

 

 

「俺の魔力操作は完璧だ。回路が破裂しない、ギリギリの最大効率で流し込んでいる。……俺からお前へ、そしてお前から俺へ。パスを通じて魔力を『循環』させることで、お前の停滞した回路を内側から活性化させるのだ」

 

 

宿儺の掌が、凛の背中をゆっくりと撫で下ろすように動く。

 

 

その動きに合わせて、体内の魔術回路が熱を帯び、ドクン、ドクンと脈打ち始める。

 

 

魔力が神経を直接撫で上げるような、未知の快感と熱。

 

 

それは、魔術師にとっての『回路の拡張』という、極めて肉体的で官能的な儀式に等しい行為だった。

 

 

「あ、ぁぁっ……はぁっ……!」

 

凛の身体が、熱に浮かされたように小刻みに震え始める。

 

強烈な魔力の奔流に耐えきれず、彼女の身体からふっと力が抜け、そのまま後ろへと倒れ込みそうになった。

 

 

「……おい」

 

 

宿儺は、仰向けに倒れてきた凛の身体を、空いている左腕でしっかりと抱き止めた。

 

そのまま彼女の背中を支え、ゆっくりとベッドの上に仰向けに寝かせる。

 

 

「まだ始まったばかりだぞ、凛。……ここで意識を手放せば、回路の定着が遅れるぞ」

 

宿儺は、ベッドに横たわる凛に覆い被さるような姿勢になり、今度は彼女の胸の中心――心臓の真上にある魔術回路の最大拠点へと、右手の掌を直接押し当てた。

 

 

「ひゃっ……!? や、やめ……そこは……!」

 

 

凛が顔を真っ赤にして抗議するが、宿儺はそれを意に介さず、さらに強力な魔力の循環を開始した。

 

 

「……っ! あ、あああぁっ……!!」

 

 

今度は、背中とは比べ物にならないほどの、直接的で暴力的な熱が、凛の体内の奥深くへと侵入してきた。

 

心臓から全身の回路へ、血流と共に極上の魔力が一気に駆け巡る。

 

干上がっていた回路が、乾いたスポンジが水を吸い込むように魔力を吸収し、元の質へと回復していく……いや、それどころか、宿儺の規格外の魔力に当てられ、これまでにないほどに太く、強靭に『拡張』されていくのが分かる。

 

「すごい……私の回路が、焼け切れるんじゃなくて……広がって……っ」

 

 

凛は息を絶え絶えにしながら、自身の体内で起きている奇跡的な現象に驚愕していた。

 

宿儺の魔力操作は、まさに神業だった。莫大なエネルギーを流し込みながらも、ロスは一切なく、凛の魔術回路の許容量(キャパシティ)の限界を正確に読み取り、コンマ一ミリ単位で流出量を微調整しているのだ。

 

 

だが、その完璧な調整ゆえに。

 

 

凛の身体は、常に『限界ギリギリの刺激』に晒され続けることになる。

 

 

「はぁっ……ん、ぁっ……! す、宿儺……少し、待って……!」

 

 

凛の瞳から、生理的な涙が溢れ出す。

 

体温が急上昇し、キャミソールの下で肌が汗ばみ、桜色に上気していく。

 

神経を直接支配されるような感覚に、自身の意思とは無関係に甘く、くぐもった声が漏れ続けてしまう。

 

 

「待て、だと?」

 

 

宿儺は、涙目で懇願する凛を見下ろし、極上の愉悦を浮かべて嗤った。

 

 

「戦場において、敵はお前を待つのか? あの金ピカの成金が、お前の都合に合わせて剣を収めてくれるのか?」

 

 

宿儺の顔が、凛の顔のすぐ近くまで迫る。

 

「……一刻も早く復帰したいと願ったのはお前だろう、小娘。ならば、この程度の熱、歯を食いしばって飲み込め」

 

宿儺は容赦なく、魔力の循環量をさらに一段階引き上げた。

 

 

「――ッ!!!」

 

 

凛は、自らの口から悲鳴に近い声が漏れそうになるのを、咄嗟に自身の腕を噛むようにして塞いだ。

 

 

 

ンーッ、と喉の奥でくぐもった声が響く。

 

 

熱い。熱い。

 

 

身体の奥底が溶けてしまいそうなほどの熱と、圧倒的な魔力の奔流。

 

宿儺という巨大な魂の脈動が、自身の魂と直接繋がり、混ざり合っていくような錯覚。

 

意識が白濁しそうになるのを、凛は持ち前の魔術師としての意地と、彼との約束――「最高の勝利を見せてやる」というプライドだけで必死に繋ぎ止めていた。

 

夜の闇の中、遠坂邸の寝室で、二人の魂を深く結びつけるための、官能的で、そして過酷な魔力循環の儀式が、延々と続けられていった。

 

 

 

 

 

【時刻:午前3:00】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸 凛の自室】

 

 

「……終わったぞ」

 

宿儺の低い声と共に、凛の胸元に当てられていた彼の掌が離れた。

 

その瞬間、凛の全身を縛り付けていた強烈な熱と刺激がスッと引き、代わりに、これまでに感じたことのないような、身体の隅々まで満ち満ちた極上の万能感が訪れた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

凛はベッドの上に仰向けのまま、肩を大きく上下させて荒い息を繰り返していた。

 

黒のキャミソールは汗で肌にべったりと張り付き、豊かな黒髪も額に乱れ張り付いている。頬は火照ったように赤く染まり、その表情には、過酷な儀式を乗り越えた疲労と、自身の無様な姿を見られたことへの強烈な『羞恥』が入り混じっていた。

 

 

「……信じられん。お前の回路、先ほどの儀式だけで、質が数段階は跳ね上がったぞ」

 

 

宿儺はベッドの縁にゆったりと腰掛け、ガウンの胸元を直しながら、満足げに凛を見下ろした。

 

「俺の魔力に当てられ、器そのものが拡張されたようだな。これなら、あの馬鹿げた領域展開をもう一度使っても、お前が干からびることはあるまい」

 

「……っ」

 

 

凛は、乱れた呼吸をなんとか整えながら、手探りでベッドの上の掛け布団を引き寄せた。

 

そして、その布団を頭まですっぽりと被り、顔の半分――目を真っ赤に潤ませた鋭い双眸だけを出して、宿儺をギロリと睨みつけた。

 

 

 

「……この、ドS……変態……性悪男……!!」

 

 

布団の中から、恨み言が掠れた声で飛んでくる。

 

「ハッ。せっかく干からびたミイラに水を差してやったというのに、その言い草か」

 

 

宿儺は痛くも痒くもないといった様子で、鼻で嗤った。

 

「俺の緻密な魔力操作に感謝こそすれ、恨まれる筋合いはないな。それに、お前自身が『待て』と言いながら、回路の方からはもっと魔力を寄越せと貪欲に食らいついてきていたぞ?」

 

「なっ……! う、うるさいっ!! あれは魔術回路の生理的な反射で、私の意思じゃ……!!」

 

 

凛は顔をさらに真っ赤にして、布団をきつく握りしめた。

 

これ以上口答えをすれば、さらに恥ずかしい事実を暴露されかねない。彼女は悔しげに唇を噛み締め、プイッとそっぽを向いた。

 

 

 

だが。

 

 

 

「……でも」

 

しばらくの沈黙の後、布団の中から、ぽつりと小さな声が漏れた。

 

「……治してくれたことだけは、感謝するわ。……おかげで、魔力は全開。信じられないくらい、身体が軽いもの」

 

凛は布団から顔を出し、上気した頬のまま、しかし確かな強い光を宿した瞳で宿儺を見上げた。

 

 

「……これで、明日は全力で動ける。セイバー陣営と合流して、情報を整理して……あの金ピカと、黒い泥を止めるための作戦を立てるわよ」

 

「作戦など不要だ。見つけ次第、俺が細切れにするだけのこと」

 

 

宿儺は退屈そうに首を鳴らした。

 

「そうはいかないわ。私たちは手札を失ったのよ。正面からぶつかるだけじゃ、また今日と同じ轍を踏む。……絶対に勝つための盤面を、私が作り上げてみせるわ」

 

 

凛の言葉には、遠坂の当主としての揺るぎない自信と誇りが満ちていた。

 

その瞳の輝きを見て、宿儺はふっと、わずかに目を細めた。

 

「……フン。ならば、せいぜい知恵を絞ることだな。俺の退屈を紛らわせる程度の盤面を期待しているぞ、マスター」

 

宿儺は立ち上がり、背を向けて部屋を出ようとする。

 

 

「ねえ、宿儺」

 

 

背中越しに、凛が声をかけた。

 

「……ありがとう。私を守ってくれて」

 

それは、アインツベルンの森でのことか。それとも、この魔力循環のことか。あるいは、彼の記憶の底に触れたことへの、言葉にならない感情の表れか。

 

 

宿儺は立ち止まり、振り返ることなく、ただ短く答えた。

 

「……早く寝ろ、小娘。明日は早いのだろう」

 

 

 

バタン、とドアが閉まる音が、静かな屋敷に響き渡る。

 

残された凛は、一人ベッドの上で、体内に満ち溢れる強大な魔力の熱を感じながら、静かに目を閉じた。

 

 

疲労と羞恥の奥底に、確かな安堵と信頼が芽生えている。

 

 

十種影法術を失い、最強の敵を前にしてなお、彼女の心に絶望はなかった。

 

 

呪いの王と共に歩む、聖杯戦争の真のクライマックスへ向け。

 

長く、あまりにも濃密だった夜が、ようやく明けようとしていた。

 

 

 

 




あとがき

後10話で終わります

本当は宿儺と凛が万全な状態で聖杯戦争を勝ち抜いてもらって、宿儺くんと遠坂さんの日常的な後日談エピソードを書く予定だったんですけど。


やめました


最終話を2パターン書いてその上で片方は、ないなって没りました。


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