Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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開戦の狼煙、三つの死線と氷の怒り

【時刻:午前7:00】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸】

 

冬の澄んだ朝陽が、ステンドグラス越しに遠坂邸のリビングを色鮮やかに照らし出していた。

 

昨夜の狂気的で官能的なまでの『魔力循環』を終え、遠坂凛の体内には、これまでにないほど澄み切った、強大で淀みのない魔力が満ち満ちていた。

 

干上がっていた回路が、魔力の奔流によって内側から強引に押し広げられ、質そのものが数段階引き上げられた結果だ。

 

 

「……おはよう」

 

 

凛は階段を降り、リビングのソファでゆったりと寛いでいる自身のサーヴァントに、努めて平坦な声をかけた。

 

だが、その頬は誤魔化しきれないほどに微かな朱を帯び、視線は不自然に宙を泳いでしまう。昨夜の、自身の意思に反して漏れた声や、魔力によって神経を直接撫で上げられた生々しい感覚が、朝を迎えてもなお脳裏にこびりついているのだ。

 

 

「フッ。随分と足取りが軽くなったではないか、凛。昨夜はあれほど涙目で震え、息も絶え絶えだったというのに」

 

 

宿儺は、テーブルに広げた新聞から目を離さず、からかうような、底意地の悪い笑みを浮かべた。

 

彼の方はすでに時臣の予備のシャツとスラックスに着替えており、その立ち振る舞いには一切の乱れがない。

 

 

「なっ……! あれは魔術回路の強制拡張による生理的な反射であって、別に私がどうにかなってたわけじゃないわよ!」

 

 

凛は顔をボンッと林檎のように赤くして、鋭く睨みつけた。

 

 

「……まぁでも、おかげで魔力は万全よ。というより、以前よりも魔力の通りが良すぎるくらい。あの金ピカと連戦になっても、今度こそ魔力切れで足を引っ張ることはないわ」

 

 

凛はコホンとわざとらしく咳払いをして、無理やり真面目なトーンへと話題を引き戻した。

 

「イリヤから情報を聞き出せなかった以上、まずは衛宮くんたちと合流して、状況を整理するわよ。あの金ピカの狙いも、大聖杯に溜まった泥の進行状況も、バラバラに動いていたら対処しきれない」

 

「……好きにしろ」

 

 

宿儺は立ち上がり、軽く首を鳴らした。

 

「どのみち、あの成金趣味の首は俺が叩き落とす。お前は後ろで大人しく見物していることだな。足手まといになるようなら、今度こそ置いていくぞ」

 

「誰が足手まといよ。十種影法術(手札)を失ったあなたの背中を、誰がカバーすると思ってるの」

 

 

軽口を叩き合いながら、二人が屋敷の玄関へ向かい、コートを羽織ろうとした、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

 

 

 

遠坂邸の広大な前庭から、隕石が墜落したかのような凄まじい轟音と振動が響き渡った。

 

窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、リビングの調度品がガタガタと揺れる。

 

 

「な、何!?」

 

 

凛が咄嗟に魔力を練り上げ、身構える。

 

 

「……チッ。朝からひどく泥臭い客が来たようだな」

 

宿儺の四つの瞳が、玄関の分厚い扉越しに、外から放たれる『尋常ではない殺気と魔力』を正確に捉えていた。

 

それは、見知った気配であった。だが、以前対峙した時とは比べ物にならないほどに重く、そして血生臭い。

 

 

「行くわよ、宿儺」

 

「ああ。出迎えをしてやろう」

 

 

二人は無言のまま頷き合い、玄関の扉へと手をかけた。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前7:10】

 

【場所:冬木市 深山町・衛宮邸】

 

「――やあやあ、おはよう衛宮。朝早くからすまないねえ、なにせこっちは色々と忙しい身なんでね」

 

 

衛宮邸の静寂は、無惨に蹴り破られた玄関の扉と、ひどく耳障りな甲高い声によって破られた。

 

 

「慎二……!」

 

 

居間で朝食の準備をしていた士郎が、怪我をした足を引きずりながら廊下へと飛び出す。

 

そこには、衛宮邸の庭に上がり込み、気取ったポーズで前髪を掻き上げる間桐慎二の姿があった。

 

学校でライダーを失い、恐怖で失禁していたあの惨めな姿はどこへやら。今の彼は、絶対的な「強者」の威を借る狐の如く、歪な優越感に満ちた薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

「お前、なんでここに……ライダーはもういないだろ!」

 

 

士郎が警戒を強め、手近な木刀(強化用)を引き寄せる。

 

「ハッ、あんな使えない女のことはどうでもいいさ。あんなゴミ、僕には最初から相応しくなかったんだ。それに、今の僕には最強のサーヴァントが……そこにいるだろ?」

 

 

 

慎二が勿体ぶって指を鳴らした。

 

その直後、慎二の背後にが黄金の一人の男立っていた。

 

夜闇を思わせる私服姿。だが、その内側から漏れ出す圧倒的な神気と、他者を見下す紅蓮の双眸。昨日、アインツベルンの森で無数の宝具を降らせた、あの黄金の英霊。

 

 

「……っ!」

 

 

士郎の背筋に、冷たい汗が伝う。

 

本能が理解する。こいつは、これまでに戦ってきたどのサーヴァントとも違う。格が、存在の次元そのものが違うバケモノだ、と。

 

 

「シロウ、下がって!!」

 

 

奥の客間から、銀の甲冑を纏ったセイバーが、風のように飛び出してきた。

 

昨夜の絶対安静から、士郎の懸命な魔力供給により、ようやく戦闘可能な状態まで霊基を回復させていたのだ。

 

セイバーは不可視の剣を構え、侵入者へと切っ先を向ける。

 

 

 

 

だが、その黄金の英霊の顔を見た瞬間、彼女の翡翠の瞳が驚愕に見開かれた。

 

 

「……貴様、なぜここにいる! アーチャー……!!」

 

 

「ほう。久しぶりだな、セイバー。十年ぶりだな」

 

 

 

ギルガメッシュは、緊迫するセイバーを見て、心底愉快そうに嗤った。

 

 

「十年ぶり……? セイバー、お前、こいつを知ってるのか!?」

 

 

士郎が驚いてセイバーを見る。

 

 

「ええ、知っています。彼は前回の……第四次聖杯戦争で召喚された、最大の敵……!何故未だに留まっている『亡霊』!?」

 

 

セイバーの剣を握る手に、ギリッと力がこもる。

 

十年前、傍若無人の限りをつくし、彼女の願いを嘲笑った最悪の暴君。それが、なぜ今回の聖杯戦争にまで存在しているのか。

 

 

「人聞きが悪い。我はあの泥の恩恵により、この時代に受肉を果たした、紛れもない『生者』だぞ?」

 

 

 

ギルガメッシュは傲慢に腕を組んだ。

 

 

 

「もっとも、お前たち人間にとっては、死神と何ら変わりはないがな。……さて、長話をしている暇はない。そこな小僧が匿っているだろう、アインツベルンの器をよこせ」

 

 

ギルガメッシュの視線が、衛宮邸の奥の部屋を正確に射抜く。

 

目的は、聖杯の器たるイリヤスフィールの『心臓』。

 

 

「ハハハハ! 聞いたか衛宮! 僕たちはな、遠坂のあの憎たらしい女を器にして、聖杯を顕現させてやることにしたんだよ! そのために、アインツベルンの心臓が必要なんだ!」

 

 

慎二が狂ったように笑い声を上げる。

 

彼は、自分がこの黄金の英霊のマスターであり、全てを支配していると完全に勘違いしていた。ギルガメッシュにとって慎二など、ただの使い捨ての端末に過ぎないというのに。

 

 

 

「……聖杯を顕現させる? 遠坂を器にしてだと……ふざけるな! お前たち、あの泥を地上に溢れさせるつもりか!」

 

 

士郎が怒りに任せて叫ぶ。

 

 

「いかにも。あの泥――『この世の全ての悪(アンリマユ)』の呪いは、今の堕落した人間どもを間引くには実に都合が良い」

 

 

ギルガメッシュは、何気ない日常の会話でもするかのように、数十億の人類の抹殺を口にした。

 

 

「今の人間は弱く多い。無価値な雑種がひしめき合い、我の庭を汚している。生き残る価値のある者だけを泥の海から選別し、我の治めるに相応しい世界へと作り直す。それが王たる我の責務よ」

 

「狂っている……! 貴様のそのような身勝手な理由で、この世界を壊させるものか!!」

 

 

 

セイバーの怒りが沸点に達する。

 

不可視の剣から、凄まじい魔力の風が巻き起こり、衛宮邸の廊下の壁をミシミシと削っていく。

 

 

「ふん。相変わらず己の分をわきまえぬ小娘だ。国を救うなどという下らぬ夢から、まだ覚めておらぬか。ならば、十年前の続きと行こうか、騎士王」

 

 

ギルガメッシュの背後に、黄金の波紋が展開される。

 

 

 

十年の因縁。

 

 

 

黄金の王と、誇り高き騎士王。

 

 

決して相容れない二人の英霊の死闘が、静かな朝の衛宮邸を舞台に、ついに火蓋を切った。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前7:15】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸 前庭】

 

 

ガラッ! と玄関の扉を開け放ち、凛と宿儺が前庭へと飛び出す。

 

舞い上がった土煙の中心に、一人のサーヴァントが膝をつき、ゆっくりと立ち上がるところだった。

 

 

 

「――よう。随分と遅いお目覚めじゃないか、お嬢ちゃん」

 

 

 

青いタイツ状の装束。手には真紅の魔槍。

 

そして、その全身から立ち昇る、異常なまでの赤い魔力のオーラ。

 

 

「ランサー……!」

 

 

凛が鋭く睨みつける。

 

学校での戦闘以来の邂逅。だが、その時の余裕のある飄々とした態度は鳴りを潜め、今の彼からは、強制的に引き出された『殺意』と『暴力』の気配がむせ返るほどに漂っていた。

 

 

「ほう。番犬が新しい首輪をつけられて戻ってきたか」

 

 

宿儺が、四つの瞳を細めて愉悦の笑みを浮かべる。

 

 

「見事な呪縛だな。だが、以前の戦いでお前が俺の敵ではないことは分かっているはずだ。自ら死ににきたか、雑犬」

 

「ケッ。相変わらず胸糞悪くなるほど上から目線だな、化け物」

 

 

ランサーは、魔槍を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「俺だって、好きでテメェみたいな奴に会いに来た訳じゃねえよ。だがな……こっちも『絶対の命令』で縛られちまっててな」

 

 

 

令呪による強化(命令)

霊基そのものに、赤い光が明滅する。

 

 

 

それも、一画ではない。二画、三画……マスターの絶対命令権を惜しげもなく複数重ね掛けすることによる、ステータスの超絶的なブーストと、完全なる行動の強制。

 

 

 

「『遠坂凛と両面宿儺を、ここで足止めし、殺せ』だとよ。……英霊の矜持に反する理不尽な命令だが、まあ、てめえと全力でヤり合えるってんなら、悪くない仕事だ」

 

 

 

ランサーの眼光が、獣のように鋭く光る。

 

 

「足止め……? 私たちを?」

 

 

凛がハッと顔を上げる。このタイミングで、なぜ。

 

 

「まさか……!」

 

「ああ、察しがいいな嬢ちゃん。てめえらがここで足止めを食らってる間に、あのイカれた金ピカの野郎が、あの坊主の家を襲撃してる手筈になってる」

 

 

ランサーが、あっさりと作戦の全貌を暴露した。

 

 

「衛宮くんの家を……!? イリヤを狙って!」

 

 

凛の顔から血の気が引く。

 

 

士郎と、本調子ではないセイバー。あの二人のところに、昨日アインツベルンを火の海にした規格外のバケモノが向かっているのだ。

 

「ククッ……なるほど。あの成金趣味、俺が留守の隙に泥棒を働くとは。随分と姑息な真似をする」

 

 

宿儺は全く慌てることなく、むしろ愉快そうに喉を鳴らした。

 

凛の脳内で、瞬時に最善の思考が駆け巡る。

 

 

(ランサーは令呪で強化されている。いくら宿儺でも、無傷で秒殺できる相手じゃない。でも、衛宮くんの方には一刻の猶予もない……!)

 

 

「宿儺! ここはあなたが引き受けて!」

 

 

 

凛は即座に決断を下した。

 

「私は急いで衛宮くんのところに加勢に行くわ! 正面は抜けないから、裏口から回る!」

 

「フン。許可してやる。さっさと行け」

 

 

宿儺は、指の関節をボキボキと鳴らしながら、ランサーへと歩み寄る。

 

「せっかくブーストされた玩具だ。壊れるまで遊んでやる」

 

「ハッ! 舐めんなよ呪い! 呪いの朱槍の味、骨の髄まで叩き込んでやる!!」

 

 

ランサーが咆哮と共に、音速を超える踏み込みで宿儺へと殺到した。

 

 

真紅の魔槍と、見えない斬撃が激突する。

 

庭の石畳が爆散し、衝撃波が空気を引き裂く。

 

凛は二人の怪物同士の激突を背中で聞きながら、遠坂邸の裏庭へと通じる裏口の門へ向かって全力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前7:20】

 

【場所:冬木市 深山町・遠坂邸 裏口】

 

 

(急がないと……! セイバー……あの状態じゃ、金ピカの宝具の雨を捌ききれない!)

 

 

凛は息を切らしながら、裏口の重い鉄扉に手をかけた。

 

ガチャリ、と扉を開け、路地裏へと飛び出そうとした。

 

 

 

だが。

 

 

 

 

「――どこへ向かうつもりだね、凛」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

裏口の門、その前

 

 

朝陽の届かない日陰に、背の高い男が静かに立っていた。

 

黒い法衣を纏い、胸に十字架を下げた、見慣れた神父。

 

 

 

 

言峰綺礼。

 

 

 

 

「……言峰? あんた、なんでこんなところに……」

 

 

 

 

凛は咄嗟に足を止め、怪訝な顔をした。

 

 

冬木教会の監督役が、なぜ魔術師の私邸の裏口で待ち伏せなどをしているのか。

 

「おかしなことを聞く。自分のサーヴァントが戦っているのだ、マスターがその戦況を見守るのは当然の義務だろう」

 

 

言峰は、口元にひどく歪んだ、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「……は?」

 

 

凛の思考が一瞬停止する。

 

 

自分のサーヴァント? 戦況?

 

 

言峰綺礼が、ゆっくりと右手を持ち上げた。

 

 

 

黒い手袋が外されたその手の甲には、びっしりと、おぞましい数の赤い『令呪』が刻み込まれていた。そして、その一部は、今まさに使用されたばかりのように、赤い熱を放って明滅している。

 

 

 

「な……あんたが、ランサーのマスター……!?」

 

 

 

凛の口から、信じられないというような声が漏れた。

 

 

「監督役が、聖杯戦争のルールを破って、ゲームに参加していたっていうの……!?」

 

 

「いかにも。私は本来のマスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツから令呪と左腕を奪い、このゲームのプレイヤーとして裏で糸を引かせてもらっていた。……といっても、もはや聖杯は目前。隠し立てする段階は過ぎたがね」

 

 

 

言峰は、両手を広げて大袈裟に肩をすくめた。

 

只でさえ胡散臭い男が、ついにその本性を、絶対の悪意を隠すことなく剥き出しにしたのだ。

 

 

「……っ、ふざけないで。まさか、最初から私たちを騙していたなんて……!」

 

 

凛は奥歯を強く噛み締めた。

 

最初から、この男の手のひらの上で踊らされていたのか。

 

だが、凛のその言葉に対し、言峰はさらに深く、腹の底から湧き上がるような笑い声を上げた。

 

 

 

「ク、ククク……ハハハハハハ!! 最初から? それはいつのことだね、凛?」

 

 

 

言峰の瞳が、毒蛇のように凛を射抜く。

 

 

「この第五次聖杯戦争が始まった時のことか? ……それとも、十年前の『前回』の聖杯戦争のことかね?」

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

凛の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

 

十年前。父である遠坂時臣が、聖杯戦争の最中に命を落とした。

 

その時、父の弟子であり、同盟者であった言峰綺礼が、父の形見であるアゾット剣を凛に手渡したのだ。「立派な魔術師になれ」と、あの作り物の同情を浮かべた顔で。

 

 

 

『最初から』。

 

 

 

その言葉の意味する、最悪の可能性。

 

 

 

「……まさか……父さんを……」

 

 

凛の声が、かすれた。

 

 

「ああ。時臣師を後ろから刺したのは、他でもない私だ」

 

 

言峰は、一切の悪びれる様子もなく、むしろ生涯で最高の芸術作品を自慢するかのように、恍惚とした表情で事実を告げた。

 

 

「あの男の、信じ切った教え子に裏切られた際の、驚愕と絶望に染まった顔……。あれは実に、実に素晴らしいものだった。私の人生における、最高の愉悦の一つだよ。そして、父を殺した張本人から形見の剣を受け取り、涙を流すお前の姿もな」

 

 

 

パチンッ、と。

 

 

 

凛の中で、何かが弾けた。

 

 

だが、それは激昂ではなかった。

 

 

我を忘れ、「殺してやる!」と喚き散らすような、安い感情の爆発ではなかった。

 

 

 

 

スゥッ……。

 

 

 

凛の呼吸が、氷のように静かに、深く冷え込んでいく。

 

 

瞳孔が収縮し、彼女の全身から発せられていた人間的な感情の揺らぎが、完全に消失したのだ。

 

 

師としての恩義。父の死への悲しみ。監督役への敬意。

 

 

その全てが、この男の身勝手な悪意によって、十年間も泥水の中で弄ばれていた。

 

 

その圧倒的な事実を前にして、遠坂凛という少女の魂は、激怒を通り越し、純粋な『魔術師』としての冷徹な殺人機構へとシフトしたのである。

 

 

 

 

「……そう。そういうことだったのね」

 

 

凛の声は、ひどく静かだった。

 

先ほどまでの焦りも、驚愕も、微塵も感じさせない。ただ、絶対零度の冷気が路地裏に満ちていくような錯覚を言峰に与えた。

 

 

「ほう? 泣き叫び、喚き散らすかと思ったが……意外に冷静だな、凛」

 

 

 

言峰が、少しだけ面白そうに目を細める。

 

 

「泣き叫ぶ? なぜ?」

 

 

凛は、ゆっくりと両手を胸の前に掲げた。彼女の十本の指の間に、最高純度の魔力を溜め込んだ宝石が、ジャラリと音を立てて挟み込まれる。

 

「魔術師はね、狂犬に噛まれたからって、犬に向かって怒鳴り散らしたりしないのよ。……ただ、二度と人間に害をなさないように、その首を物理的に切り落とすだけ」

 

 

凛の瞳の奥に宿るのは、絶対的な殺意。

 

怒りではなく、目前に立つ『害悪』を、事務的に、かつ徹底的に排除するという、氷のように冷たい決意であった。

 

 

「……言峰。あなたのその歪んだ性根ごと、私がここで灰にしてあげる」

 

「ハハハハ! 良いぞ凛! 兄弟子を前にして、その見事なまでの殺意! 成長したな! これだから人間はやめられない!!」

 

 

言峰は黒鍵を三本同時に抜き放ち、狂気的な笑い声を上げながら臨戦態勢を取る。

 

 

遠坂邸裏口、狭い路地裏。

 

 

十年の時を経て、愛弟子と裏切りの師による、氷の殺意と悪意が交差する死闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前7:25】

 

【同時多発戦闘】

 

 

冬の澄んだ朝空の下、冬木市の三カ所で、同時に激絶な死線が交差していた。

 

 

「シァァァァァァッ!!!」

 

 

衛宮邸では、セイバーが金色の光を纏い、怒りの刃を振り下ろす。

 

だが、ギルガメッシュは嘲笑いながら、無数の宝具の雨で彼女を容赦なく弾き飛ばし、蹂躙していく。

 

 

 

 

 

 

「オラァァァァァッ!!」

 

遠坂邸前庭では、令呪の赤い魔力で極限までブーストされたランサーが、神速の刺突の雨を降らせる。

 

だが、宿儺は四つの瞳を狂喜に歪め、見えない斬撃と圧倒的な体術で、そのすべてを真っ向から粉砕し、血肉を削り合う。

 

 

 

 

 

 

 

「――『Gandr(ガンド)』!!!」

 

遠坂邸裏口では、魔術回路を極限まで駆動させた凛が、氷の冷徹さをもって、黒い呪弾の嵐と宝石魔術を叩き込む。

 

だが、言峰綺礼は八極拳の絶技と黒鍵の壁でそれを捌き、楽しげに彼女の絶望を味わい尽くそうとする。

 

 

 

それぞれの因縁。それぞれの宿命。

 

三つの戦場に分断された彼らは、互いに助けを呼ぶこともなく、ただ目の前の絶対的な敵を打ち倒すために、その魂と命を削り合うのだった。

 

 

 

 

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