Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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偽りの器、結集する死線

【時刻:午前7:25】

 

【場所:冬木市 深山町・衛宮邸 中庭】

 

 

 

「よくも我の庭を、その薄汚い偽物(フェイク)で汚してくれたな……! 許さんぞ、雑種!! 貴様ら、塵一つ残さず消し去ってくれる!!!」

 

 

 ギルガメッシュの背後の空間が、王の怒りに呼応して眩い黄金に染まり上がる。

 

 これまでの『王の財宝』とは比べ物にならない。数十、数百といった次元ではなく、夜空の星々を思わせる数千もの黄金の波紋が、衛宮邸の上空を完全に覆い尽くした。

 

 

「……くっ……!」

 

 

 セイバーの顔が、絶望に青ざめる。

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 

 士郎は投影の反動で両腕から血を流し、カリバーンを地面に突き立ててなんとか倒れるのを堪えていた。

 

 魔力も体力も限界を迎え、もはや次を防ぐ手立ては何一つ残されていない。

 

 だが、怒り狂う王に慈悲などあろうはずがなかった。

 

 空間を埋め尽くす圧倒的な死の壁(宝具の雨)が、満身創痍の少年と騎士王を完全に微塵にすべく、今まさに解き放たれようとしていた――。

 

 

「――そこまでにしておけ、英雄王」

 

 

 死の雨が降り注ぐ直前、静寂を切り裂くように、ひどく落ち着き払った低い声が響いた。

 

 衛宮邸の奥、縁側の障子が蹴り破られ、黒い法衣を纏った大男が姿を現す。

 

 

 

 言峰綺礼。

 

 

 

 彼の右腕には、気を失ってぐったりとした銀髪の少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが、無造作に抱え上げられていた。

 

 

「言峰……お前っ、イリヤに何を!」

 

 

 士郎が血を吐きながら声を振り絞るが、言峰は一瞥もくれなかった。

 

「目的の品は確保した。これ以上の戯れは無用だ、ギルガメッシュ。遠坂の屋敷の方で、ランサーが敗れた気配がある。あの厄介な呪いの王がこちらに向かってくる前に、儀式の地へ赴くべきだろう」

 

 

 言峰は、平然とした態度でギルガメッシュを見上げた。

 

 

「……チッ。綺礼、貴様」

 

 

 ギルガメッシュの紅蓮の双眸が、不快げに細められる。千の宝具を装填したまま、その殺意は言峰へも向けられそうになった。

 

 

「この不敬な雑種どもを、このまま生かしておけと?」

 

 

「殺すなとは言わん。だが、我々の真の目的は大聖杯の降臨だ。器を手に入れた以上、くだらん私怨で時間を浪費するのは愚策というもの。……それに、虫の息の彼らをここで殺すよりも、泥に沈みゆく世界の中で絶望させる方が、貴様を満たすのではないかね?」

 

 

 

 言峰の言葉には、独特の歪んだ説得力があった。

 

 

 

「……フン。言うようになったな、綺礼」

 

 

 

 ギルガメッシュは忌々しげに舌打ちをし、背後に展開していた無数の波紋をスッと空間の奥へと仕舞い込んだ。

 

 

「命拾いしたな、セイバー。そして偽造者の小僧。次に出会う時が、貴様らの完全なる死の時だ」

 

 

「は、ははははっ! ざまあみろ衛宮! !」

 

 

 

 背後で震えていた間桐慎二が、ギルガメッシュが矛を収めたのを見て、急に強気になって前に出てきた。

 

 

「結局、僕と僕のサーヴァントの圧倒的な力の前には、お前らなんてゴミクズ同然なんだよ! 命拾いしたことを神にでも感謝して、そこで泥に飲まれて死ぬのを待ってな!!」

 

 

 これ以上ないほどの小物ぶりを発揮し、慎二は勝ち誇ったように嘲笑う。

 

 

「さあ、行くぞ慎二。我々の輝かしい新世界を築くための舞台へな」

 

 

 

 言峰が、イリヤを担いだまま背を向ける。

 

 

 

「待てよ言峰! 僕が先だ!」

 

 

 慎二が慌てて後を追い、ギルガメッシュもまた、その場から姿を消した。

 

 

「イリヤ……!」

 

 

 士郎は手を伸ばすが、極限状態の肉体はついに限界を迎え、そのまま意識を手放して中庭の土に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前8:00】

 

【場所:冬木市 円蔵山・柳洞寺 境内】

 

 

 冬木の霊脈の中心地にして、大聖杯が眠る円蔵山。

 

 その頂に位置する柳洞寺の境内は、すでに異界と化していた。地中から染み出すドロドロとした黒い泥が、石畳を這い回り、周囲の木々を腐らせ、瘴気を撒き散らしている。

 

 

「おい、言峰! 話が違うじゃないか!」

 

 

 境内の中心で、間桐慎二が甲高い声で喚き散らしていた。

 

 

「遠坂はどうしたんだよ! 遠坂凛を捕まえて、あいつの身体を聖杯の器にするって言ってただろ! なんでこんなガキしか連れてきてないんだ!」

 

 

 慎二の不満は爆発していた。彼は聖杯戦争の勝者としての栄誉と共に、長年見下し、同時にコンプレックスを抱いていた遠坂凛を、究極の屈辱に陥れることを望んでいたのだ。

 

 

「落ち着き給え、慎二。遠坂凛はあの忌まわしい呪いを従え、予想以上の抵抗を見せた。生け捕りにするのは不可能だったのだ」

 

 

 

 言峰は、意識のないイリヤを祭壇代わりの石舞台の上に横たえながら、淡々と答えた。

 

 

「使えないヤツだな! 監督役の分際で、マスター一人まともに捕まえられないのかよ! あいつは僕の足元でひれ伏させる予定だったのに!」

 

 

 

 慎二が激高し、言峰に掴みかかろうとする。

 

「……五月蝿いぞ、慎二」

 

 

 黄金の甲冑を纏ったギルガメッシュが、冷ややかな視線で慎二を見下ろした。

 

 

「我の耳を汚すな。貴様のその安っぽい欲望など、我の知ったことではない。必要なのは聖杯の器のみ。そして、アインツベルンのホムンクルスは、まさにそのために造られた純度百パーセントの『杯』だ」

 

 

「ギルガメッシュ……お前まで! 僕がマスターだぞ! 僕の命令が聞けないのか!」

 

 

 

ギルガメッシュは鼻で嗤った。

 

 

「マスターだと? 勘違いするな、魔術回路すら持たぬ出来損ないが。……貴様はただの道化、そして器だ」

 

 

「な……え?」

 

 

 

 慎二の顔が、恐怖に引き攣る。

 

 

 

「さて、始めるとしようか」

 

 

 

 言峰が、イリヤの胸元に無造作に右手を突き入れた。

 

 血飛沫は上がらない。魔術的な処置によって、アインツベルンの最高傑作である彼女の体内から、赤黒く脈打つ臓器――魔術回路の巨大な塊である『小聖杯の核(心臓)』が、抉り出された。

 

 

 

「あ……」

 

 

 心臓を奪われたイリヤの身体から、急速に生命の光が失われていく。

 

 

 

「な、何してんだよ……! それが聖杯の元なんだろ!? さっさと聖杯を完成させ……」

 

 

 

 慎二は後ずさりしながら、なおも己の欲望を口にした。

 

 

「ああ、完成させてやろう。……お前という、絶好の『肉の器』を使ってな」

 

 

 言峰が、邪悪な笑みを浮かべて慎二へと歩み寄る。

 

 

「え……?」

 

 

「聖杯の核は、魔力を持つ者の肉体に埋め込まれねば機能しない。器は凛でも良かったが少し面倒な状況でな。だから慎二、君を使う。ただ凡庸な生存本能と醜い劣等感だけが肥大化したお前の肉体は……アンリマユの泥を吐き出すための、最高の『器』だ」

 

 

「な、ふざけるな……! やめろ、来るな! 僕はマスターだぞ! ギルガメッシュ、こいつを殺せ!!」

 

 

 

 慎二が悲鳴を上げて逃げようとするが、足がもつれて石畳に転倒する。

 

 

「選ばれたのだぞ、慎二。大いなる人類悪顕現の揺り籠としてな」

 

 

 言峰の剛腕が、慎二の胸ぐらを掴んで引き起こす。

 

 

「やめ……やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 

 

 ズチュッ。

 

 

 

 言峰の手の中で脈打つイリヤの心臓が、間桐慎二の胸元へと、強引に、そして無慈悲に押し込まれた。

 

 肉と肉が融合し、魔術的な結線が強制的に行われる。

 

 

 

「ガ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 慎二の目が見開き、白目を剥き、口から泡と血が吹き出す。

 

 彼の中に埋め込まれた小聖杯の核が、大聖杯に溜まった六十年分の『呪い』を急速に吸い上げ始めたのだ。

 

 

 

「オ、オオ、オオオォォォォ……!」

 

 

 

 慎二の肉体が、異常な膨張を始める。

 

 

 皮膚が裂け、そこからドロドロとした黒い泥が溢れ出し、彼の身体を巨大な肉の塊へと変容させていく。

 

 

 人間の原型を留めない、無数の目玉と肉の触手が蠢く、おぞましき『不完全な聖杯』。

 

 

 それが、柳洞寺の境内で産声を上げた。

 

 

 

「……ハハハハハ! 素晴らしい! これぞ人間の業! これぞ『この世の全ての悪』の顕現の兆しだ!」

 

 

 

 言峰綺礼は、肉塊へと変貌していく間桐慎二を前に、両手を広げて狂喜の笑い声を上げた。

 

 

「……醜悪極まりないな」

 

 

 ギルガメッシュは、その悍ましい光景を顔をしかめて見下ろしながらも、背後から溢れ出す黒い泥の海を見据え、傲慢な笑みを浮かべた。

 

「だが、大掃除にはちょうどいい。さあ、全てを飲み込み、洗い流すがいい。泥の海を越えた先に、真の王の庭が完成する」

 

 

 冬木の地に、最悪の災厄が産み落とされた。

 

 

 

 

 

【時刻:午前8:30】

 

【場所:冬木市 深山町・衛宮邸】

 

 

 遠坂邸から駆けつけた凛と宿儺が目にしたのは、文字通り半壊した衛宮邸の惨状だった。

 

 庭には無数のクレーターが穿たれ、家の壁は消し飛び、至る所に黄金の宝具の破片が散らばっている。

 

 

 

「……ひどい有様ね。遅かったか」

 

 

 凛は奥歯を噛み締め、庭の中央で倒れている二つの人影へと駆け寄った。

 

 

 

「衛宮くん! セイバー!」

 

 

 血まみれで倒れ伏す士郎と、霊体が薄れかけているセイバー。

 

 凛は即座にポーチから宝石を取り出し、士郎の応急処置に取り掛かる。だが、その背後から、宿儺が面倒くさそうに歩み寄り、士郎とセイバーの身体に手をかざした。

 

 

 

 反転術式

 

 

 

 温かな正のエネルギーの光が二人を包み込む。

 

 士郎の裂けた筋肉が繋がり、セイバーの傷も急速に塞がっていく。彼らの生命の危機は、宿儺の一撫でによって一瞬にして退けられた。

 

 

「……う、ん……」

 

 

 士郎が呻き声を上げ、ゆっくりと目を覚ます。

 

 

「シロウ……!」

 

 

 セイバーもまた、身体を起こし、信じられないものを見るように自身の傷が消えた身体を見下ろした。

 

 

「目覚めたわね。無事なようで何よりだけど……状況は最悪ね」

 

 

 

 

 凛は、腕組みをして二人を見下ろした。

 

 

「言峰とあの金ピカに、イリヤを連れ去られたわね」

 

 

「遠坂……お前、どうして……。それに、宿儺が俺たちを治してくれたのか?」

 

 

 

 士郎はフラフラと立ち上がりながら、現状を把握しようと混乱した頭を振る。

 

 

「ええ。こっちも色々とあったのよ」

 

 

 凛は、瓦礫の上に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 

「情報を共有しましょう。これ以上、後手には回れないわ」

 

 

 そこからの数十分間、瓦礫に埋もれた衛宮邸の中庭で、生き残った四人は互いの持つ情報をすり合わせた。

 

 

 士郎とセイバーからは、衛宮邸を襲撃したのが間桐慎二と、黄金の英霊・ギルガメッシュであったこと。

 

 ギルガメッシュが前回の聖杯戦争の生き残りであり、聖杯の泥の力で受肉していること。

 

 そして、彼の目的が『泥(この世の全ての悪)』を世界に溢れさせ、人類を間引くという狂気的なものであること。

 

 

 絶体絶命の窮地で、士郎がセイバーの失われた宝具『カリバーン』の投影に成功し、一矢報いたこと。

 

 

 

 

 

 しかし最後は、言峰綺礼がイリヤスフィールを連れ去り、ギルガメッシュらも撤退したこと。

 

 

「……なるほど。あの金ピカは十年前の亡霊というわけね」

 

 

 凛は腕を組み、険しい表情で頷いた。

 

 

「投影魔術で宝具を複製するなんて、魔術の常識から言えばあり得ないデタラメだけど……」

 

 

「遠坂の方こそ、何があったんだ? ランサーと、言峰がどうとか……」

 

 

 

 士郎が問い返す。

 

 

「こっちも大概よ」

 

 凛は、自身の左肩の傷跡(すでに宿儺の治癒で塞がっているが)をさすりながら、重い口を開いた。

 

 

「私たちのところには、令呪で極限まで強化されたランサーが襲撃してきたわ。……それを裏で操っていた黒幕が、冬木教会の監督役、言峰綺礼よ。あいつは本来のマスターからランサーを奪い、最初からこの聖杯戦争を裏で操っていたの」

 

 

「言峰が……黒幕……!?」

 

 

 

 士郎とセイバーが驚愕に目を見開く。

 

「ええ。それだけじゃない」

 

 

 

 凛の瞳に、冷たい怒りの炎が宿る。

 

「十年前、私の父さんを殺したのも、あいつだった。……私は十年間、親の仇に騙され続けていたのよ」

 

 

「遠坂……」

 

 

 士郎は、凛の背負ったあまりにも重い真実に、言葉を失った。

 

 

「同情は要らないわ。私は魔術師として、あいつの首を物理的に落とすって決めたから。……ただ、厄介なのは、言峰とギルガメッシュが結託して、イリヤを連れ恐らく柳洞寺に向かったってこと」

 

 

 凛は、円蔵山の方角へと視線を向けた。

 

「あの山には、大聖杯が眠っている。イリヤの心臓を核にして小聖杯を起動させれば呪いの泥が、完全に溢れ出すわ」

 

 

「止めなきゃ……ギルガメッシュも、あの泥も……!」

 

 

 

 士郎が拳を強く握りしめる。

 

 

「ええ。目的は一致したわね」

 

 

 凛は立ち上がり、士郎とセイバーを見据えた。

 

「私たちは、これから柳洞寺に乗り込む。言峰綺礼とギルガメッシュを討ち、聖杯の降臨を阻止する。……これが、私たちの最後の戦いよ」

 

「……フン。随分と人間らしい、御立派な決意表明だな」

 

 

 ずっと黙って話を聞いていた宿儺が、瓦礫の山からふらりと降り立ち、凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

「宿儺……お前は、どうするつもりだ。俺たちの目的は世界を救うことだ。お前の快楽とは違うかもしれないぞ」

 

 

 士郎が、警戒の色を滲ませながら宿儺に問う。

 

「小僧」

 

 

 宿儺の四つの瞳が、赤黒く爛々と輝く。

 

 

「俺は、俺のやりたいようにやるだけだ。あの金ピカの成金趣味は、俺の頭上から剣を降らせた。その傲慢な顔面を叩き割り、臓物を引きずり出さねば俺の気が済まん」

 

 

 

 宿儺は、柳洞寺のある円蔵山の方角を、底知れぬ飢餓感に満ちた目で見つめた。

 

「それに……あの山から漂ってくる、極上の呪いの匂い。この世の全ての悪の泥だと? ククッ……俺の胃袋を満たす、最高のデザートになりそうだ」

 

 

 

 

 強者を喰らい、呪いを喰らう。

 

 

 呪いの王の目的は、世界を救うことではない。だが、結果としてその矛先は、ギルガメッシュとアンリマユの泥という絶対悪へと向けられていた。

 

 

「……心強い限りね。あなたのその悪食には、今回ばかりは感謝するわ」

 

 

 

 凛が、宿儺の隣に並び立つ。

 

「シロウ。私も、決着をつけなければなりません。王としての誇りにかけて」

 

 

 セイバーもまた、凛と宿儺の横に並び、折れない闘志を燃やす。

 

「ああ。行こう、遠坂、宿儺、セイバー。これですべて終わらせる」

 

 

 

 

 士郎も決意を固め、前を見据えた。

 

 

 破壊された衛宮邸。

 

 

 理想を追い求める正義の味方、誇り高き騎士王、冷徹な魔術師、そして最凶の呪いの王。

 

 決して相容れないはずの四つの魂が、世界の破滅を止めるため、一つの死線へと結集した。

 

 

 

 向かうは円蔵山・柳洞寺。

 

 泥に沈みゆく世界の中で、聖杯戦争の真の最終決戦の幕が上がろうとしていた。

 

 

 

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