Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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死地への行軍、開かれる地獄の釜

【時刻:午前8:45】

 

【場所:冬木市 深山町〜円蔵山への道程】

 

 

 冬の朝の冷たい空気は、すでに異様な熱と瘴気を帯びていた。

 

 衛宮邸を出発した四人は、無言のまま円蔵山へと向かって駆け抜けていた。

 

 人払いの結界が張られているのか、それとも本能的に危機を察知して市民が逃げ出しているのか、深山町の通りには人っ子一人いない。不気味なほどの静寂の中、四人の足音だけがアスファルトを叩く。

 

 

「……衛宮くん、セイバー。体の方は本当に大丈夫なの?」

 

 

 並走しながら、凛が前を走る士郎の背中に声をかけた。

 

 

「ああ。宿儺の治癒のおかげで、傷の痛みは全くない。魔力も……セイバーとのパスを通じて、ちゃんと回ってる」

 

 

 

 

 士郎は前を見据えたまま力強く頷いた。

 

 彼の左腕には、投影魔術の反動で焼き切れた回路の痕がうっすらと赤く残っていたが、その瞳に宿る決意は鉄のように硬い。

 

 

「私も問題ありません、凛。士郎の魔力供給も安定しています。……何より、あの暴君をこのままにしておくことは、私の剣が許さない」

 

 

 セイバーの横顔には、王としての静かな怒りが満ちていた。

 

 士郎が投影したカリバーンの輝き。あれは彼女の心を深く打ち、そして救った。だからこそ、今度こそ己の手で、十年前から続く因縁に終止符を打たねばならない。

 

 

 

「そう。ならいいわ。……宿儺、あなたは?」

 

 

 凛は、己の隣を悠然とした足取りで走る呪いの王に視線を向けた。

 

 

「愚問だな。お前の回路が持ち堪える限り、俺は絶好調だ」

 

 

 

 宿儺は、喉の奥でクククと笑った。

 

 

「それにしても……近づくにつれて、酷い悪臭が漂ってくるな。鼻が曲がりそうだ」

 

 

 宿儺の言う通りだった。

 

 円蔵山が近づくにつれ、大気がドロドロとした『呪い』で汚染されていくのが、魔術師である凛や士郎の肌にもはっきりと感じ取れた。

 

 それは血の匂いよりも酷く、腐肉の匂いよりも悍ましい。人間の抱える嫉妬、憎悪、絶望、劣等感……ありとあらゆる『負の感情』が数万倍に濃縮され、物理的な瘴気となって鼻腔を突き刺してくる。

 

 

「……これが、聖杯の泥……」

 

 

 凛は思わず口元を覆った。吐き気を催すほどの悪意の奔流。

 

 普通の人間であれば、この空気を吸い込んだだけで発狂し、自死を選ぶだろう。

 

「ハッ、お前たち人間が吐き出した汚物の臭いだろうが。だが……」

 

 

 

 宿儺の四つの瞳が、赤黒い光を放つ。

 

 

「俺にとっては、極上のスパイスの匂いでもある。……腹が減ってきた」

 

 

 ペロリ、と。宿儺は鋭い舌で自身の唇を舐めめぐった。

 

 呪いの王の底知れぬ悪食。世界の破滅すらも己の胃袋を満たす糧としか見ていないその異常性に、凛は背筋が凍るような頼もしさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前9:00】

 

【場所:冬木市 円蔵山 麓・山門前】

 

 

 円蔵山の麓、柳洞寺へと続く長い石段の前に到着した四人は、一斉に足を止めた。

 

 

「……嘘、でしょ」

 

 

 凛の口から、絶望の混じった呟きが漏れる。

 

 彼らの眼前に広がる光景は、まさに地獄の釜の底であった。

 

 頂上の境内へと続く数百段の石段。そこから、真っ黒なタールのような『泥』が、まるで滝のようにドバドバと溢れ出し、麓へと流れ落ちてきているのだ。

 

 石段の脇の木々は泥に触れた瞬間から立ち枯れ、黒い灰となって崩れ落ちていく。

 

 

 

「これが、イリヤを核にして溢れ出した泥……!」

 

 

 士郎が歯を食いしばる。

 

 

 だが、絶望はそれだけではなかった。

 

 

 

 ズズズズズズッ……。

 

 

 

 流れ落ちる黒い泥の滝の中から、ボコボコと気泡が弾け、異形の『何か』が無数に這い出してきたのだ。

 

 

 人間の形を模した、しかし目も鼻も口もない、ドロドロの黒い泥の怪物――『シャドウ』。

 

 泥から生み出された使い魔たちが、侵入者を排除すべく、何十、何百という群れを成して石段を埋め尽くしている。

 

 

 

「グルルォォォォォォ……!」

 

 

 シャドウたちが、一斉に四人に向けて襲い掛かってこようと蠢き始めた。

 

 

「これじゃ、上に登る前に泥に飲まれる……! 士郎、下がってください!」

 

 

 セイバーが剣を構え、先陣を切ろうとする。

 

 

 

 だが、それよりも早く。

 

 

 

「――邪魔だ、雑魚どもが」

 

 

 

 宿儺が、四人の前に歩み出た。

 

 彼は白亜の雪原でランサーを圧倒した時とは違い、両手を顔の前に掲げ、中指を絡ませる『閻魔天印』を静かに結んだ。

 

 

 

「な……宿儺、ここで宝具を使う気!?」

 

 

 凛が驚愕して叫ぶ。

 

 

「安心しろ。お前の回路に負担をかけすぎないよう、範囲は『この石段』だけに絞ってやる」

 

 

 

 宿儺の瞳が、狂気に歪む。

 

 昨夜の魔力循環により、凛の魔術回路は限界まで拡張され、宿儺とのパスは太く、強靭に繋がっている。これなら、極限まで範囲を絞った領域展開であっても、彼女の生命を削り切ることなく発動できる。

 

 

 

 

「領域展開――」

 

 

 

 カッ!!!

 

 

 宿儺の背後の虚空が割れ、血塗られた牛の頭骨を頂いた禍々しい祠――『伏魔御廚子』が顕現する。

 

 

 

 

 

「――『伏魔御廚子』」

 

 

 

 

 結界を閉じない、神業の領域。

 

 宿儺はその必中の死域を、眼前にそびえる石段から山頂の山門までの『直線状の空間』にのみ、強引に限定して展開した。

 

 

 

 

 シュパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 刹那。

 

 円蔵山の石段が、空間ごと『粉砕』された。

 

 領域内に設定された直線上の空間に対し、無限の斬撃の嵐――呪力を持たぬ石段には『解』が、魔力で構成されたシャドウたちには『捌』が、雨霰と自動で降り注ぐ。

 

 

 

 

「ギ、ギァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 何百体と群がっていた泥の怪物たちが、一歩も踏み出すことなく、瞬きする間に賽の目状に切り刻まれ、黒い飛沫となって空中に霧散していく。

 

 降り注ぐ黒い泥の滝そのものすらも、不可視の刃によって物理的に『切り飛ばされ』、石段の上から完全に泥が消失した。

 

 

「……信じられない。山ごと、泥を削り飛ばした……」

 

 

 士郎が、目の前で起きたあまりにも理不尽な破壊の光景に絶句する。

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 

 背後で、凛が荒い息を吐いていた。

 

 

 範囲を絞ったとはいえ、宝具の起動。莫大な魔力が一瞬で吸い上げられたが、拡張された回路のおかげで気絶するには至らない。

 

 

「道は空けたぞ。行くぞ、凛」

 

 

 宿儺は、領域を即座に解除し、振り返ることなく粉々に砕け散った石段の跡地を蹴って跳躍した。

 

 

「ええ……! 行くわよ、衛宮くん、セイバー!」

 

 

 

 凛も立ち上がり、魔力で脚力を強化して宿儺の後を追う。士郎とセイバーも、頷き合って一気に山頂へと駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前9:10】

 

【場所:冬木市 円蔵山・柳洞寺 境内】

 

 

 破壊された山門を抜け、境内に飛び込んだ四人を待っていたのは、想像を絶する光景だった。

 

 広大な柳洞寺の境内は、足首まで浸かるほどの黒い泥の海と化している。

 

 

 

 そして、その泥の海の中央。

 

 巨大な、あまりにも巨大な『肉の塊』が脈打っていた。

 

 間桐慎二の顔の原型を微かに残しながら、無数の触手と目玉を生やした、醜悪な大聖杯の未完成品。

 

 

 

「言峰!!!」

 

 

 士郎が叫ぶ。

 

 

 

「ハハハハ! よくぞ登ってきたな、凛。そして衛宮士郎」

 

 

 肉塊の前、泥の海の上に悠然と立つ黒衣の男――言峰綺礼が、両手を広げて四人を歓迎した。

 

 

「見ろ、この美しい産声を。これぞ我らが待ち望んだ、神の子の誕生だ!」

 

 

「ふざけるなッ! !」

 

 

 士郎が木刀を構えて駆け出そうとした、その時。

 

 

 

 ドガァァァァァァンッ!!!!

 

 

 

 上空から、無数の黄金の剣と槍が、士郎とセイバーの足元に隕石のように突き刺さり、土砂と泥を派手に巻き上げた。

 

 

「――チッ。忌々しい偽造者どもが、泥に飲まれず這い上がってきたか」

 

 

 声を見上げれば、柳洞寺の本堂の屋根の上に、黄金の甲冑を纏ったギルガメッシュが傲慢な視線で見下ろしていた。

 

 

「ギルガメッシュ……!」

 

 

 セイバーが剣を構える。

 

 

「貴様らの顔など、二度と見たくなかったのだがな。……だが、ちょうどいい。この泥の海が世界を満たすまでの、余興の血祭りにあげてやる」

 

 ギルガメッシュの背後に、空を覆うほどの黄金の波紋が展開される。

 

 

 

 

 

「ハッ! 寝言は寝て言え、成金趣味!」

 

 

 

 宿儺が、四つの瞳を狂喜に歪めて前へ出た。

 

 

「俺の頭上に剣を降らせておいて、ただで死ねると思うなよ!!」

 

 宿儺が大地を蹴り、本堂の屋根に立つギルガメッシュに向けて、一直線に跳躍しようと筋肉を隆起させた。

 

 

 

 

 だが、その瞬間。

 

 

 

「――おっと。お前の相手は、この『大聖杯』だ、呪いの王よ」

 

 

 

 言峰が邪悪な笑みを浮かべ、右手を高く掲げた。

 

 

 

 ズゴバァァァァァァァッ!!!!

 

 

 

 境内の中心に鎮座する巨大な肉塊から、数本の極太の泥の触手が、ミサイルのような速度で射出された。

 

 

「チッ!」

 

 

 

 宿儺はギルガメッシュへの跳躍をキャンセルし、空中で身を捻って迫り来る泥の触手を『解』で両断する。

 

 しかし、切断された泥は即座に再生し、巨大な波となって宿儺と凛を包み込むように襲い掛かった。

 

 

「宿儺!!」

 

 

「チッ、目障りな泥だ……凛、俺から離れるな!」

 

 

 宿儺は凛の腰を抱き寄せ、後方へと大きく跳躍して泥の津波を回避する。

 

 

 その泥の津波は、境内の空間を文字通り『二つに分断』した。

 

 

 巨大な肉の壁と泥の海によって、士郎とセイバー、そして凛と宿儺の距離が完全に隔離されてしまったのだ。

 

 

 

「フン。目障りな呪いは、綺礼、お前がその泥で溺れさせておけ」

 

 

 本堂の屋根に立つギルガメッシュが、冷酷に笑う。

 

 

「我は、この偽造者の小僧と騎士王の、下らぬ理想を完全にへし折ってやる」

 

 

 ギルガメッシュは、士郎とセイバーを見下ろし、黄金の波紋から一斉に宝具の雨を射出した。

 

 

「行くぞ、セイバー!」

 

 

「はい、シロウ!」

 

 

 士郎とセイバーは、降り注ぐ死の雨を掻き潜りながら、本堂へと駆け出していく。

 

 

 

 分断された、二つの戦場。

 

 

 

「……なるほど。あの金ピカは後回だな」

 

 

 

 泥の壁の反対側。

 

 宿儺は凛を地に下ろし、首をボキボキと鳴らした。

 

 その視線の先には、狂気的な笑みを浮かべる言峰綺礼と、ブクブクと膨張を続ける肉塊。

 

 

「言峰……今度こそ、逃がさないわよ」

 

 

 凛は両手に宝石を構え、瞳に絶対零度の殺意を宿す。

 

 

「ハハハハ! 来るがいい、凛! 呪いの王! 全てを飲み込むこの悪意の泥の前に、己の無力さを悟りながら死んでいくがいい!!」

 

 言峰の背後から、さらに数十本の黒い泥の触手が鎌首をもたげる。

 

 

 

 

 

 因縁の最終決戦。

 

 

 

 

 士郎・セイバー VS ギルガメッシュ。

 

 

 

 凛・宿儺 VS 言峰・大聖杯。

 

 

 世界の命運を懸けた、二つの極限の死闘が、今ここに幕を開けた。

 

 

 

 




あとがき

残り5話です。
明日で全て投稿しきるかも。

最近忙しくて、ちょっと余裕がないので
完結まで少し早めます
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