Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 作:りー037
【時刻:午前8:20】
【場所:冬木市・穂群原学園 正門〜昇降口】
冬の朝特有の、ガラスの破片を吸い込むような冷たい空気が、穂群原学園の敷地を満たしていた。
通学路を埋め尽くしていた生徒たちの波は、始業のチャイムが近づくにつれて、徐々に校舎という巨大な箱の中へと吸い込まれていく。談笑する声、上履きが床を擦る音、鞄の金属具が触れ合う微かな響き。それは、日本のどこにでもある、ありふれた平和な日常の光景だった。
だが、遠坂凛にとって、今日という日はこれまでの日常とは決定的に異なっていた。
(……重い。息が詰まりそう)
凛は、自身の周囲数メートルに展開し続けている魔術『認識阻害』の維持に、神経の七割を割いていた。
彼女の一歩斜め後ろを、純白の和服を纏った少年――両面宿儺が、音もなく歩いている。彼の足元には草履が履かれているはずだが、アスファルトを踏む音すら一切聞こえない。まるで幽鬼のような歩みでありながら、そこから発せられる存在感は、山そのものが歩いているかのような途方もない質量を伴っていた。
すれ違う生徒たちは、宿儺の姿を網膜に映してはいるものの、脳がその存在を「路傍の石」や「ただの風景」として自動的に処理し、無意識のうちに進路を譲っていく。凛の魔術が完璧に機能している証拠だ。
しかし、術者である凛自身は、背後から絶えず肌を撫でる『呪力』の禍々しい気配に、常時鳥肌が立っている状態だった。
「……」
宿儺は無言のまま、閉じられた二つの目と、細められた二つの目で、現代の学び舎を値踏みするように見上げていた。千年前の呪術全盛の時代には存在しなかった、鉄とコンクリートで構築された巨大な建造物。そこに何百という無力な人間が密集しているという事実が、彼の嗜虐心と知的好奇心を微かに刺激していた。
二人が昇降口の影を踏み、校舎の内側へと足を踏み入れた、その瞬間だった。
「っ……!」
凛の足が、ピタリと止まった。
魔術回路が、肌を刺すような微かな『異物感』に反応したのだ。
空気の粘度が、外とは僅かに違う。
一般人の五感では絶対に感知できないレベルだが、長年この冬木という土地の霊脈を管理してきた遠坂の人間にとっては、それは顔面に薄い蜘蛛の巣を張り付けられたような、明確な不快感だった。
(結界……! いや、まだ完全に発動はしていない。蜘蛛の巣の『糸』を張り巡らしているだけの、準備段階……!)
凛は瞬時に状況を分析した。
校舎全体を覆うように、何者かが魔術による結界の起点を敷設している。恐らく、生徒たちの生命力(オド)をじわじわと吸い上げ、最終的には一網打尽にして溶かすような、悪辣極まりない術式。
(誰かがすでに仕掛けている。マスター……他陣営のサーヴァントが、この学園に潜んでいる!)
心臓が早鐘のように打つ。敵は誰か。同級生の中に魔術師が紛れ込んでいるのか、あるいは外部からサーヴァントだけを侵入させたのか。
焦燥感に駆られ、無意識に唇を噛む凛の耳元に、低く、冷たい声が滑り込んだ。
「……どうした、小娘。足を止めて」
宿儺だった。
凛はハッとして振り返り、周囲の生徒に不審がられないよう、前を向いたまま小声で答えた。
「……なんでもないわ。ただ、少し『蜘蛛の巣』の掃除が必要になっただけ。行くわよ」
宿儺は、凛の微かな魔力の揺らぎと、校舎を覆う薄っぺらい呪力の残滓をすでに感じ取っていたが、何も言わずに「ふん」と鼻を鳴らした。
彼は、この弱々しいマスターが、自分の力に頼らずどこまで足掻くつもりなのか、特等席で眺めることにしたのだ。
【時刻:午前10:15】
【場所:2年A組 教室】
二時間目の授業。黒板の前で初老の教師が数学の公式を単調な声で読み上げている。
チョークが黒板を叩く「カツ、カツ」という乾いた音が、暖房の効いた教室に響き渡っていた。
凛は窓側の席で、背筋をピンと伸ばし、完璧な優等生の仮面を被ってノートをとっていた。周囲の生徒たちからは「真面目で才色兼備な遠坂さん」として羨望の眼差しを集めている。
だが、彼女の意識の半分以上は、自身の数メートル右――教室の最後尾、空いているスペース――に向けられていた。
そこには、認識阻害のベールに包まれた呪いの王が、壁に背を預けて立っていた。
宿儺は腕を組み、退屈そうに窓の外のグラウンドを眺めたり、居眠りをしている生徒の寝顔を眺めたりしていた。
(……平和なものだ。千年前であれば、この歳の小僧どもはとうに野盗に殺されるか、呪いに食われて死んでいる)
彼は現代の平穏を否定する気はなかった。ただ、己の生きてきた苛烈な世界との落差を、一つの景色として楽しんでいるだけだ。自身の限界を知り、敗北を受容した彼の精神は、かつてのように「目につくもの全てを破壊しする」という焦燥からは解放されていた。
ある種の老成。水面のように凪いだ精神状態のまま、彼は自身の卓越した呪力感知能力を、教室内に、そして校舎全体に広げていた。
(……ふむ。先ほど小娘が顔をしかめていた原因は、これか)
宿儺の目には、校舎の壁、床、天井の至る所に這い回る、赤黒い魔力のラインがはっきりと見えていた。
人間の血液を触媒にしたような、生臭い魔力。それが幾何学的な紋様を描き、校舎の特定のポイント(起点)で結びつき、巨大な網を形成しようとしている。
『鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』。そう名付けられた結界の片鱗。
宿儺は、その結界の構造、魔力の流れ、起点の位置を、ものの数秒で完全に看破した。
(くだらん。他者の生命力を吸い上げるだけの、ひどく回りくどい三流の呪いだな。しかも、術式の編み込みが粗すぎる。俺の『解』を一太刀浴びせれば、起点の連鎖が崩壊して一瞬で霧散する程度の代物だ)
宿儺は鼻で嗤った。
こんな児戯にも等しい術式に、自身のマスターである少女は神経を尖らせているのか。
「……おい」
宿儺は、声帯を震わせず、呪力に乗せた微細な音波を直接凛の耳元へと届けた。
(な、なに……?)
凛は黒板を見たまま、念話で応えた。
「先ほどから、お前がカリカリしているのは、この壁を這う貧弱な呪いの網のことだろう? こんな三流の結界に手こずっているのか」
「……っ!」
凛の持つシャープペンの芯が、パキリと折れた。
「俺が起点をまとめて吹き飛ばしてやろうか? ついでに、この校舎の半分くらいなら、綺麗にスライスして更地にしてやれるぞ」
宿儺の声には、明らかな嘲笑が混じっていた。
それは提案ではなく、彼女の魔術師としての器を試す、意地の悪い挑発だった。
(……この、自己中! 結界を破壊するだけなら私にもできるわよ。でも、そんな派手な真似をしたら、相手にこちらの動きがバレるじゃない!)
凛は内的独白で怒りを爆発させながらも、深呼吸を一つして冷静さを取り戻した。
ここで宿儺を暴れさせれば、聖杯戦争の隠蔽義務に違反するだけでなく、多くの一般生徒が犠牲になる。それだけは絶対に避けなければならなかった。
(……余計なお世話よ)
凛は、ノートに数式を書きなぐりながら、念話で鋭く返した。
(これは私の獲物。私の管理地(シマ)で勝手な真似をした奴は、私が必ず見つけ出して、私のやり方で処理する。あなたはただ、黙って見ていなさい)
「……ふっ、言うようになったな」
宿儺は面白そうに目を細め、壁から背を離した。
「いいだろう。なら、お前のその『やり方』とやら、せいぜい特等席で見物させてもらうとしよう」
張り詰めた教室の空気の中、チョークの音だけが響き続ける。
遠坂凛と両面宿儺。魔術と呪術、異なる法則の頂点に立つ二人の、静かでヒリヒリとした攻防は、誰にも知られることなく授業の終わりまで続いた。
【時刻:午後12:30】
【場所:校舎屋上】
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、学園は昼休みの喧騒に包まれた。
凛は、周囲の生徒たちの誘いを適当な理由で断り、早足で階段を駆け上がった。屋上へと続く重い鉄の扉の鍵を、あらかじめ用意しておいたピッキングツール(魔術による簡易的な開錠)で手際よく開け、外へと飛び出す。
「……『Aus(解除)』!」
屋上のコンクリートに足を踏み入れた瞬間、凛は自身を覆っていた認識阻害の魔術を解除した。
「ぷはぁっ……!」
肺の底から、深く長い息を吐き出す。半日近くも高度な魔術を維持し続けたことによる頭痛と、宿儺のプレッシャーによる精神的疲労が、どっと肩に圧しかかってきた。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
凛はフェンスを背にしてずるずると座り込み、冬の冷たい風を顔に受けた。
「大袈裟な小娘だ。たかが数時間、魔力を練り続けた程度で息を上げるな」
背後から、宿儺の呆れたような声が降ってきた。
彼は屋上の高いフェンスの前に立ち、下界――中庭で弁当を広げる生徒たちや、グラウンドでボールを追いかける生徒たち――を見下ろしていた。
冬の太陽が、彼の純白の和服を眩しく照らし出している。その姿は、この現代日本の風景からは完全に浮き上がり、絶対的な「異物」としての存在感を放っていた。
「……あなたみたいな規格外の化け物と一緒にしないでよね」
凛は文句を言いながら立ち上がり、持参した手提げ袋から弁当箱を取り出した。
ベンチに腰掛け、包みを開く。色鮮やかな卵焼き、タコウインナー、ほうれん草の胡麻和え、そして鮭のおにぎり。朝の忙しい時間の中で、彼女が手際よく作ったものだ。
「……食べる?」
凛は、おにぎりを一つ手に取りながら、宿儺に視線を向けた。
「俺は食を必要としないと言ったはずだが」
宿儺は振り返りもせずに答えた。
「そう。じゃあ、味見くらいはする? 人間の『日常』を観察するのも、あなたの暇つぶしなんでしょ?」
凛は、弁当箱の蓋に卵焼きとウインナーを乗せ、スッと宿儺の方へと差し出した。
宿儺はしばらく無言で下界を見下ろしていたが、やがてゆっくりと振り返り、凛の隣に腰を下ろした。
無造作に卵焼きを指で摘み、口に放り込む。
「……どう?」
「味気ないな。甘すぎる。お前は塩と砂糖の区別もつかんのか」
「うるさいわね! お弁当の卵焼きは甘いって相場が決まってるのよ!」
凛はむっとしながら、自身のおにぎりを頬張った。
噛み締める米の甘みが、疲労した体に染み渡っていく。
しばらくの間、二人の間には風の音だけが流れていた。
決して交わることのないはずの、呪いの王と魔術師。その二人が、こうして肩を並べて同じ景色を見ながら食事をしているという事実は、なんとも奇妙で、滑稽でさえあった。
「……なあ、凛」
不意に、宿儺が口を開いた。
その声は、いつもの威圧的なものではなく、純粋な探究心から来る、凪いだ響きを持っていた。
「お前たちが使う『魔力(オド)』とやら。あれは、人間の生命力そのものを変換して生み出すエネルギーらしいな」
「ええ、そうよ。大気中に満ちている『マナ』と違って、自分自身の内にある小源(オド)から生成する。だから、使いすぎれば自身の命を削ることになるわ」
凛は弁当の手を止め、真剣な表情で答えた。
「なるほど。自身の命を薪にして、理外の現象を引き起こすか。ひどく効率が悪いが……理にかなってはいる」
宿儺は自身の掌を見つめた。
「俺たちの世界の『呪力』は違う。あれは、人間の負の感情――恐怖、怒り、悲しみ、嫉妬といった澱みから漏れ出すエネルギーだ。人間が人間である限り、尽きることはない。俺はその呪力の底なしの沼の、一番深い場所にいる」
「負の感情……」
凛は息を呑んだ。
魔力は、命の輝きそのもの。対して呪力は、魂の泥のようなもの。
根源からして全く異なるエネルギー。だからこそ、宿儺から放たれるプレッシャーは、あれほどまでに重く、彼女の魔術回路を本能的に粟立たせるのだ。
「命を燃やすお前たちと、泥を啜る俺たち。交わるはずのない法則が、こうして一つの盤面に立っている。……やはり、死後の世界というのも捨てたものではないな」
宿儺は、どこか達観したような笑みを浮かべた。
かつて、すべてを破壊し、己の快楽のみを追求した王。彼が今、異世界で「命」と「呪い」の違いについて静かに語っている。
凛は、その横顔に、言葉では言い表せない深い『歴史』のようなものを感じ取り、少しだけ目を伏せた。
「……そうね。でも、法則がどうあれ、勝つのは私よ。あなたは私のサーヴァントなんだから、せいぜいその『呪力』とやらで、私の道を作ってもらうわよ」
「ふっ、生意気な小娘だ。だが、その意地汚さは嫌いではないぞ」
二人は再び、無言で昼休みの空を見上げた。
ちぐはぐで、いつ決裂してもおかしくない凹凸コンビ。しかし、この短い対話の中で、二人の間にはほんの僅かだが、互いの「在り方」を認めるような、奇妙な理解が生まれつつあった。
【時刻:午後1:00】
【場所:2階 廊下】
「ごちそうさま。それじゃあ、教室に戻るわよ」
凛は空になった弁当箱を片付け、再び魔術回路を起動した。
「……『Aus(開始)』」
宿儺の姿が、再び認識阻害のベールに包まれる。
屋上を出て、階段を下り、2年生の教室が並ぶ廊下へと戻ってきた。
昼休みで賑わう生徒たちの間を縫って歩いていると、前方から見慣れた――そして、この上なく不快な――人物が歩いてきた。
青みがかったワカメのような髪型。自信過剰に吊り上がった目。
遠坂家と同じく冬木の御三家である、間桐家の長男・間桐慎二だった。
「やあ、遠坂。今日も独りでお弁当かい? 君も少しは協調性を持たないと、クラスで浮いちゃうよ?」
慎二は、凛の前に立ち塞がり、ニヤニヤと笑いながら馴れ馴れしく声をかけてきた。
凛は内心で特大の舌打ちをしながらも、表面上は完璧な笑顔を作った。
「あら、間桐くん。心配してくれてありがとう。でも、私は一人の時間が好きなのよ。それじゃ、失礼するわ」
すげなく躱して通り過ぎようとした凛の肩を、慎二が不躾に掴んだ。
「まあ待てよ。実はさ、今日の放課後、僕と一緒に――」
その瞬間だった。
凛の隣に立っていた宿儺の眼光が、氷のように冷たく細められた。
(……なんだ、このゴミは)
宿儺は、慎二という人間を一目見た瞬間に、その底の浅さを完全に見抜いていた。
魔術師の家系に生まれながら、魔術回路を一切持たない凡夫。それにも関わらず、他者を見下し、己の虚栄心を満たすためだけに薄っぺらい傲慢さを振り撒く弱者。
自身の手で何も成し遂げられないくせに、強者の威を借るだけの存在。
圧倒的な強者への敬意を持ち、弱者への苛烈な軽蔑を隠さない宿儺にとって、慎二の存在そのものが、視界に入ることすら不愉快な『泥』だった。
(他者の威を借るだけの弱者が、それは仮にも俺のマスターだ。気安く触れるな。……凛、あのゴミの首、今ここで切り落としていいか?)
宿儺の『不快』が、呪力という形を伴って漏れ出した。
それは、凛の認識阻害を貫通し、微細な『殺気』となって廊下を満たした。
「……っ!?」
慎二の言葉が、唐突に止まった。
彼の視界には、凛しか映っていない。宿儺の姿は見えていない。
しかし、本能が警鐘を鳴らした。まるで背後から巨大なヒグマに息を吹きかけられたかのような、絶対的な『死』の予感。
毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出し、喉がヒュッと鳴る。
「あ……が……っ、な、なんだ……これ……っ!?」
慎二は凛の肩から手を離し、ガクガクと震える足で後ずさりした。顔面は土気色になり、呼吸が浅くなる。目に見えない刃を首筋に突きつけられているような恐怖に、彼はその場で腰を抜かしそうになった。
(バカ、宿儺! やめなさい!!)
凛は内心で悲鳴を上げながら、宿儺に向けて鋭い念(魔力)を飛ばした。
ここで慎二がショック死でもしたら、大騒ぎになる。
「あら、どうしたの間桐くん? 顔色が悪いわよ。もしかして、貧血? 保健室に行った方がいいんじゃない?」
凛は、冷や汗を流しながらも、努めて明るい声で慎二に声をかけた。
「あ、ああ……そ、そうだな。ちょっと、気分が……」
慎二は、目の前の凛から発せられている(と勘違いしている)異様なプレッシャーに耐えきれず、逃げるように廊下の奥へと走り去っていった。その背中は、見苦しいほどに丸まっていた。
「……チッ。命拾いしたな、クズが」
宿儺は舌打ちをし、漏れ出していた殺気をピタリと収めた。
「ちょっと! なにしてくれてるのよ! あいつは魔術師の家系なのよ、もしサーヴァントの気配に気づかれたらどうする気!?」
凛は、周囲に誰もいなくなったのを確認し、小声で宿儺に激怒した。
「気にするな。あのようなゴミに、俺の気配など知覚できるはずもない。単に『死の匂い』に怯えて尻尾を巻いただけだ」
宿儺は平然と答えた。
「それより凛。あのような弱者に舐められたままにしておくとは、お前も随分と見くびられたものだな。次にあいつが俺の視界に入ったら、あのワカメのような頭を三等分にしてやる」
「……はぁ。もう、本当に勘弁して。胃に穴が開きそう」
凛はこめかみを押さえながら、重い足取りで教室へと戻っていった。
呪いの王との学校生活は、文字通り、一寸先が血の海という極限状態だった。
【時刻:午後4:30】
【場所:校舎 1階〜廊下】
放課後。
ホームルームが終わると、生徒たちは部活動や帰宅のために散っていった。
夕暮れが近づき、校舎内は徐々にオレンジ色の光に包まれ始めている。
「よし。人が減ってきたわね。それじゃあ、結界の『起点』探しを始めるわよ」
凛は、誰もいない廊下の片隅で鞄を開き、ダウジング用の魔術礼装(振り子)を取り出した。
「結界っていうのは、魔力のラインを繋ぎ合わせるための『結び目』が必ず存在するの。そこを見つけて解除、あるいはマーキングしておけば、いざという時に敵の結界を無力化できるわ」
凛が振り子に自身の魔力を流し込み、精神を集中させようとした、その時だった。
「……手間をかけるな、小娘」
宿儺が、呆れたような声を出した。
「えっ?」
「そんな糸にぶら下がった石ころに頼らなくとも、あんな淀んだ呪いの匂い、嗅げば分かるだろうが」
宿儺は、認識阻害のベールを纏ったまま、迷いのない足取りで廊下を歩き始めた。
「来い。まずはここだ」
彼が足を止めたのは、階段の下にある、消火栓の裏側だった。
「……え?」
凛が半信半疑で消火栓の裏を覗き込むと、そこには。
「嘘……。本当に、結界の起点の刻印がある……」
赤黒い血のようなもので描かれた、微弱な魔力を放つ魔術刻印が、そこにあった。凛のダウジングよりも遥かに早く、正確にポイントを見つけ出したのだ。
「ふん。次だ」
宿儺は振り返ることもなく、スタスタと歩き出す。
「三階の理科室のシンクの下。それと、体育館の裏手の換気口。あと、屋上の貯水槽の裏にも一つあったな」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそんなに正確に分かるのよ!?」
凛は慌ててメモを取りながら、宿儺の背中を追いかけた。
「言っただろう。俺にとって、あのような三流の呪いの痕跡など、腐った肉の悪臭が漂っているのと同じことだ。隠す気があるのかすら疑わしいレベルだぞ」
宿儺は鼻で嗤いながら、次々と結界の起点を指摘していく。
彼の卓越した呪力感知能力は、他陣営のサーヴァント(この場合はライダー)が苦労して敷設した結界の構造を、まるで透視図を見るように完全に把握していたのだ。
「……なによこれ。私のダウジング、全然意味ないじゃない」
凛は、自身の手に握られた振り子を見つめ、ひどく虚しい気持ちになった。
魔術師としての長年の修練が、この化け物の「嗅覚」一つで無に帰したのだ。
「まあいいわ。おかげで手間が省けた。これで、結界の無力化はいつでもできる」
凛は見つけた刻印に自身の魔力でマーキングを施し、ホッと息をついた。
「どうだ、凛。俺の力は役に立っただろう?」
宿儺は、意地悪な笑みを浮かべて凛を見下ろした。
「お前のその小手先の道具より、俺の鼻の方が余程優秀だということだ。感謝しろ」
「……っ、調子に乗らないでよね! たまたまあなたの『呪力』と相性が良かっただけなんだから!」
凛は顔を赤くして反論したが、その声には明らかな悔しさが混じっていた。
有能すぎるが故に腹立たしい。
最恐のサーヴァントでありながら、妙なところで生活(探索)の役に立ってしまう。
決して交わるはずのなかった二人の関係は、この奇妙な放課後の探索劇を経て、さらに歪で、しかし確かな凹凸コンビの形を成し始めていた。
夕闇が迫る中、二人は学園の調査を終え、校門へと向かう。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この平和な日常の裏側で、すでに「本物の殺し合い」の刃が、彼らの喉元へと迫っていることを。
少し話が長くなったかも。
文字数はもう少し短い方が読みやすいですか?
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