Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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暗闇の底の自嘲、そして呪いの王は新生する

【時刻:午前9:22】

 

【場所:魂の深淵・意識の底】

 

 

 

 落ちていく。

 

 

 

 底のない、真っ暗な泥の淵へと、己の意識が沈んでいく。

 

 

 霊核が砕け散るというのは、肉体が破壊されることとは根本的に異なる。

 

 

 この世界に「在る」ための重石(アンカー)を粉砕され、存在の概念そのものが世界から剥がれ落ち、希釈されていく感覚。

 

 痛覚はない。ただ、圧倒的な『喪失感』だけが、静かに、そして確実に魂を侵食していく。

 

 

 

(……これが、二度目の死か)

 

 

 

 

 漆黒の暗闇の中で、両面宿儺は己の魂が微粒子となって霧散していくのを、ひどく冷静に眺めていた。

 

 

 かつて虎杖悠仁に敗れ、呪いの王としての生を終えた時と同じ。己の身の丈を測り間違え、己より強い、あるいは相性の悪い力に押し潰された。ただそれだけのことだ。後悔などない。

 

 

 

 走馬灯のように、これまでの人生がフラッシュバックする。

 

 

 飢えを満たすためだけに片割れを喰らい、忌み子として産み落とされた日。

 

 

 恐怖と憎悪の視線を浴び、自分を人間として扱わなかった世界に対し、純粋な暴力と呪いで報復し続けた日々。

 

 

 人を殺すことは死ぬまでの暇つぶし。他者の命も、愛も、理想も、己の快楽を満たすためのスパイスでしかなかった。

 

 

 天上天下、唯我独尊。己の身の丈で、ただ己を愛し、己を楽しませる。その絶対的なエゴイズムの果てに、自分は敗れ、死んだのだ。

 

 

 

 

 

『次があれば、生き方を変えてみるのもいいかもしれない』

 

 

 

 

 死後の世界で、そう口にした己の言葉が脳裏に蘇る。

 

 

 そして、この第五次聖杯戦争というイレギュラーな形で『次』を与えられた。

 

 

 英霊(サーヴァント)という枷を嵌められながらも、彼は己の気まぐれとして、生前とは少しだけ違う振る舞いを選んだ。

 

 

 

 

 

 遠坂凛。

 

 

 

 

 あの生意気で、傲慢で、しかし底知れぬ矜持と覚悟を持った魔術師の小娘。

 

 

 出会った初日、重圧に抗い、己の殺意に一歩も退かずに睨み返してきた瞳。

 

 

 アインツベルンの森で、魔力枯渇で倒れながらも、馬鹿げた理想を抱えて自身の前に立ち塞がった小さな背中。

 

 

 昨夜、干上がった回路を潤すための魔力循環で、羞恥と熱に喘ぎながらも、決して己の意思を曲げなかった確かな魂の熱量。

 

 

 そして先ほど、自身の魔力と令呪を躊躇なく投げ出し、己の背中を押し上げた絶対の信頼。

 

 

 呪いとして全てを喰らい尽くし、孤高の玉座で一人死んでいくはずだった自分が。

 

 

 ほんの少し、気まぐれで傍らの席に誰かを座らせてみた結果が、これだ。

 

 

 

 

「……ハッ。俺としたことが、随分と人間くさい真似をしたものだ」

 

 

 

 

 暗闇の中で、宿儺は自嘲気味に嗤った。

 

 他者を庇って、己が死ぬ。呪いの王の末路としては、あまりにも滑稽だ。

 

 だが、不思議と不快感はなかった。己が選んだ「別の生き方」の終着点がここであるならば、それはそれで、悪くない暇つぶしだったと言える。

 

 

 

 意識が、いよいよ完全に途切れようとしていた。

 

 すべてが白く塗り潰され、座へと還元されようとした、その刹那。

 

 

 

『――宿儺ッ!!』

 

 

 

 暗闇の底、完全に閉ざされようとしていた魂の殻を叩き割るように。

 

 遠坂凛の、涙に濡れた悲痛な叫び声が、マスターとサーヴァントを繋ぐパスを伝って、直接彼の魂へと流れ込んできた。

 

 

 

『勝手に満足してんじゃないわよ……! 私を置いて勝手に消えるなんて、絶対に許さないんだから……ッ!』

 

 

 

 

 同時に。

 

 

 

 砕け散ったはずの心臓――霊核があった場所に、チリッ、と焼け焦げるような熱が灯った。

 

 

 頬に、温かく柔らかい手が触れているのを感じる。凛の手だ。彼女は消えゆく己の身体にすがりつき、自身の右手の甲に刻まれた『最後の一画』を、今まさに解放しようとしていた。

 

 

 

『令呪をもって命ずる――ッ!!』

 

 

 

 それは、治癒のための命令ではない。

 

 彼女は理解している。霊核が破壊されたサーヴァントを、魔力による物理的な治癒で繋ぎ止めることは不可能だと。

 

 だからこそ、彼女は残された最後の奇跡(令呪)を、この世界に対する純粋な『願い』として、強引に宿儺の魂へと叩き込んだのだ。

 

 

 

『――私のサーヴァント! 私の傍で、生きなさいッ!!!』

 

 

 

 

 ドクンッ。

 

 

 

 

 宿儺の意識が、強烈な光に引き戻される。

 

 三画目の令呪。その莫大な魔力と、凛の決して折れない魂の熱量が、彼の内側で爆発した。

 

 だが、令呪の魔力であっても、砕けた霊核を元に戻すことはできない。

 

 

 

 できないはずだった。

 

 

 

 

 

 しかし、その強烈な「この世への係留」の力が引き金となり、宿儺の魂の奥底、英霊の座に刻まれた情報の中から、彼自身すら自覚していなかった『一つの扉』がこじ開けられた。

 

 

 

(……なんだ、これは)

 

 

 

 

 それは、生前に彼が使っていた術式ではない。

 

 彼の生涯、その特異な在り方と行動の履歴が、世界によって宝具という概念に昇華され、彼自身の霊基の奥底に隠されていた、第五の宝具。

 

 

 

 彼が伏黒恵の肉体を奪い、そして意図的に中断していた『それ』。

 

 

 

 サーヴァントという枠組みすらも破壊し、己の魂の形を、この世界の物理法則に強引に上書きする究極の自己改造。

 

 

 

 

『受肉の再開』。

 

 

 

 

 それを自覚した瞬間、暗闇の淵に沈みかけていた宿儺の口角が、限界まで裂けるように吊り上がった。

 

 

 

 

「……ククッ、ハハハハハハハハッ!!!!」

 

 

 

 

 そうか。そういうことか。

 

 霊核が砕け、サーヴァントとしての器が壊れたのなら。

 

 己自身の本来の魂の形をもって、この世界に直接『受肉』してしまえばいいのだ。

 

 この小娘は、最後の最後で、俺に最高の玩具(手札)を寄越してくれた。

 

 

 

「……いいだろう、凛」

 

 

 

 暗闇が、完全に打ち払われる。

 

 呪いの王は、自身の死を喰い破り、再び現世へと浮上を開始した。

 

 

 

 

「俺を、最後までお前に譲ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前9:23】

 

【場所:冬木市 円蔵山・柳洞寺 本堂前】

 

 

 絶望が、冬木の空気を凍りつかせていた。

 

 破壊された本堂の前庭。瓦礫の山の中で、遠坂凛は両腕を失い、消えゆく宿儺の身体にすがりついていた。

 

 

 彼女の右手の甲から、令呪の赤い刻印が完全に消失している。

 

 

 最後の一画を使って「生きろ」と命じた。だが、宿儺の身体から立ち昇る金色の光の粒子は止まらない。サーヴァントの絶対的な死のプロセスは、令呪の魔力をもってしても覆すことはできなかったのだ。

 

 

「……無駄な足掻きを。霊核を砕かれた英霊が、令呪ごときで蘇るはずがなかろう」

 

 

 

 本堂の屋根から、ギルガメッシュが冷酷に言い放つ。

 

 彼の背後には、再び夜空の星々を思わせる無数の黄金の波紋が展開されていた。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……遠坂……!」

 

 

 少し離れた場所で、士郎がカリバーンの残骸にすがりつきながら、必死に立ち上がろうとする。だが、両腕の筋肉は断裂し、足には全く力が入らない。

 

 

 

「シロウ、無理です! 動いては!」

 

 

 セイバーもまた、魔力が完全に枯渇し、不可視の剣を構えることすらできない状態だった。

 

 

 

 

 戦局は完全に決した。

 

 

 

 

 ギルガメッシュの眼前には、抵抗する力を持たない満身創痍の少年、魔力切れの騎士王、そしてサーヴァントを失い崩れる魔術師の少女しか残されていない。

 

 

「下らぬ理想も、生意気な矜持も、すべて我が剣の前には塵芥に等しい。……さあ、泥の海に沈む前に、我の財宝で惨たらしく串刺しにしてやろう」

 

 

 

 ギルガメッシュが、処刑の合図として右腕を振り下ろそうとした。

 

 

 数百の宝具が一斉に狙いを定め、死の雨が降り注ごうとした、その時。

 

 

 

 

 

 ――ドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 

 

 突如として。

 

 

 

 空気を重圧で押し潰すような、心臓を直接握り潰されるかのような、異様な『鼓動』の音が響き渡った。

 

 

「な……!?」

 

 

 ギルガメッシュの右腕が、ピタリと止まる。

 

 士郎も、セイバーも、そして凛も、その異様な気配の震源地に目を向けた。

 

 

 それは、消えゆくはずだった両面宿儺の肉体から放たれていた。

 

 

 

「……す、くな……?」

 

 

 

 凛は、腕の中に抱えていた宿儺の身体から、突如として異質な熱が発せられたのを感じ、思わず手を離して後ずさった。

 

 

 

 金色の消滅粒子が、逆流している。

 

 

 

 世界から剥がれ落ちていた彼の存在が、逆に世界を強引に削り取り、己の輪郭を再構築し始めたのだ。

 

 

 

 バキッ、メキメキメキッ!!!

 

 

 

 宿儺の肉体(伏黒恵の肉体)が、内側から異様な音を立てて変形を始める。

 

 

 

 骨が砕け、肉が膨張し、皮膚が裂ける。

 

 

 両腕を失っていたはずの肩口から、赤黒い筋肉の繊維が異常な速度で編み込まれ、全く新しい、太く強靭な腕が生え揃っていく。

 

 だが、それは二本ではない。右の肩の下、そして左の肩の下から、さらに別の腕が突き破るようにして生え出してきた。

 

 

 計四本の、悪魔のような逞しい腕。

 

 

「なっ……なんだ、あれは……!」

 

 

 士郎が、そのおぞましい変容の光景に息を呑む。

 

 

 

 メキィッ!

 

 

 

 宿儺の腹部の筋肉が裂け、そこに巨大な、鋭い牙を剥き出しにした『二つ目の口』が形成される。

 

 顔の右半分が異形に隆起し、二つの瞳の下に、さらに不気味な黒い隈取を伴った瞳が開き、四つの目が完全に顕現する。

 

 

 

「……バカな。霊核を砕かれたサーヴァントが、自己再生など……あり得ん!」

 

 

 ギルガメッシュの顔から、ついに余裕の笑みが完全に消え失せ、驚愕が浮かび上がった。

 

 

 

 

 あり得るはずがなかった。

 

 だが、目の前で起きている事象は、自己再生などという生ぬるいものではない。

 

 

 

 

 これは『変態(メタモルフォーゼ)』。

 

 

 

 

 サーヴァントという器そのものを内側から破壊し、己の魂の形を、物理世界に直接受肉させるという、神代の魔術すら凌駕する絶対的な法則の書き換え。

 

 

 

 凛の胸の奥で、ブツン、と何かが切れる音がした。

 

 

 

 

(パスが……消えた……?)

 

 

 

 凛は自身の魔術回路を確認し、戦慄した。

 

 宿儺と彼女を繋いでいた、マスターとサーヴァントの魔力供給のパスが、根元から物理的に切断されているのだ。

 

 それはつまり、目の前で異形へと変貌を遂げた男が、もはや『サーヴァント(使い魔)』の枠組みから完全に脱却し、この世界に独立した一つの『生命体』として降り立ったことを意味していた。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!!

 

 

 

 

 瓦礫の山の上に、四腕二面の異形が、ゆっくりと立ち上がった。

 

 身長は二メートルを優に超え、その肉体から放たれる圧倒的な『呪力』の奔流は、先ほど彼が喰らったアンリマユの泥すらも比較にならないほどに濃密で、禍々しく、そして神々しいまでの暴力性に満ちていた。

 

 

 

 平安の世を震撼させ、人間を虫ケラのように蹂躙した、完全無欠の災厄。

 

 

 

 

 

 第五宝具。

 

 意図的に中断していた受肉による変身の再開。

 

 

 

 

 ――『忌胎双貌・王威顕現』

 

 

 

 

 

「……アァ……」

 

 

 セイバーが、その圧倒的な存在感を前に、剣を握る手を震わせた。

 

 彼女の竜の因子が、本能レベルで警鐘を鳴らしている。目の前にいるのは、戦士でも、英雄でもない。純粋な『死』そのものが、形を持って歩いているのだと。

 

 

 

 ギルガメッシュは、眼下の異形を見据え、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

 

「……フン。死の淵で醜い化け物に成り下がったか。だが、的が大きくなっただけのこと! 死ね、不浄の呪い!!」

 

 

 ギルガメッシュが腕を振り下ろす。

 

 数百の宝具の雨が、一斉に、全盛期の姿を取り戻した宿儺へと向かって射出された。

 

 

 

 

 

 

「――遅い」

 

 

 

 ドシュンッ!!!

 

 

 

 空気を裂く音すら置き去りにして。

 

 宿儺の巨体が、その場から完全に『消失』した。

 

 

「な……!?」

 

 

 ギルガメッシュの紅蓮の瞳が、目標を見失い、見開かれる。

 

 数百の宝具は、宿儺が先ほどまで立っていた瓦礫を無惨に粉砕しただけだった。

 

 

 

 

「どこを見ている、成金趣味」

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュの背後。

 

 

 本堂の屋根の上、彼のすぐ真後ろの虚空から、死神の囁きのような低い声が響いた。

 

 

 全パラメータがブーストされ、伏黒恵の肉体の制限すらも外れた全盛期の呪いの王。その速度は、物理法則を完全に超越していた。

 

 

 

 

「――ッ!!」

 

 

 

 ギルガメッシュは咄嗟に振り返り、王の財宝から盾となる防具を展開しようとした。

 

 

 

 

 だが、遅すぎる。

 

 

 

 

 宿儺の右上の腕が、ギルガメッシュの顔面を、まるでボールを掴むように鷲掴みにしていた。

 

 

「が、ッ……!?」

 

 

「貴様のその顔面、三枚におろしてやると言ったはずだぞ」

 

 

 

 

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!

 

 

 

 

 宿儺は、ギルガメッシュの顔面を掴んだまま、その黄金の甲冑を纏った肉体を、本堂の屋根から下の中庭に向けて、隕石のごとき速度で叩き落とした。

 

 境内の石畳がクレーター状に爆砕し、ギルガメッシュの身体が地面に深々とめり込む。

 

 

 

 

「ゴ、ハァァッ……!!」

 

 

 

 

 黄金の王の口から、大量の鮮血が吐き出される。

 

 あのギルガメッシュが。無傷でセイバーたちを蹂躙していた絶対の王が、たった一撃で血反吐を吐かされたのだ。

 

 

 

「……信じられない……」

 

 

 

 凛は、目の前で展開される一方的な蹂躙に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 マスターからのパスが切断されているということは、今の彼には、宝具を発動するための「魔力(枷)」が一切存在しないということ。

 

 自身の内側から内側から湧き出す呪力のみで、世界干渉レベルの術式(宝具)行使可能。

 

 

 両面宿儺は、いま完全な状態へ成った。

 

 

 

 

 ズウンッ。

 

 

 

 宿儺が、クレーターの底で血を吐くギルガメッシュの眼前に、悠然と着地した。

 

 四つの腕が、だらりと下げられている。腹の口が、嗤っている。

 

 

 

「どうした、英雄王。貴様の財宝とやらは、出し尽くしたか?」

 

 

 

 宿儺の四つの瞳が、見下ろすようにギルガメッシュを射抜く。

 

 サーヴァントの枠組みから外れ、完全な独立個体となった代償。それは、この姿が解けた数分後、マスター(アンカー)を持たない彼が確実に世界から消滅するという『死の確定』を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、呪いの王に未練はない。

 

 己が己として在る、最後にして最高の数分間。

 

 

「さあ、存分に足掻け。俺の暇つぶし(デザート)の締めくくりだ」

 

 

 

 

 

 

 全盛期の呪いの王が、真の絶望の幕を開けた。

 

 




あとがき

あと2話です。あした投稿しますね
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