Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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冥界の茶会と、王の暇つぶし

【時刻:神代の終焉――紀元前2600年代】

 

【場所:絶対魔獣戦線バビロニア・冥界の底】

 

 

 仕方がないとでも言いたげな、不器用な強がりの言葉。

 

 それを背中で聞き流しながら、宿儺は切り立った冷たい岩壁に背を預け、胡座をかいたまま冥界の虚空へと視線を投げていた。

 

 彼のすぐ隣、ほんのわずかに距離を空けた位置に、冥界の女主人である神霊が、巨大な槍を抱え込むようにして、ちょこんと腰を下ろしている。

 

 神代の地底深く。生者の気配など微塵も存在しない絶対の死域において、最凶の「呪いの王」と「冥界の女神」が肩を並べて座るという、極めて異常にして静謐な時間が流れ始めていた。

 

 

 

 ――沈黙が落ちる。

 

 時折、遠くの階層から亡者たちの力無い嘆きが風のように吹き抜けるだけで、二人の間には一切の会話がなかった。

 

 

 だが、宿儺はその沈黙を微塵も苦にしていなかった。

 

 彼にとって「何もしない時間」など、造作もないことだ。生前は己の快楽のみを追求し、死後は呪物として千年の時を微睡みの中で過ごしてきた男である。己の魂の深奥で、血と呪力に塗れた記憶の残滓を弄るだけでも、退屈を凌ぐことは容易い。

 

 何かに焦って行動を起こす必要も、無闇に周囲を破壊して回る衝動もない。ただそこにある事象を、己のスケールで淡々と眺めているだけで成立する、絶対的な自己完結。

 

 故に、彼は泰然自若としていた。自身の肉体に流れる無尽蔵の呪力の脈動を感じながら、ただ静かに、半眼で暗い空間を眺めている。

 

 

 一方、それに比例して、隣に座るエレシュキガルの居心地は最悪だった。

 

 彼女の視線は落ち着きなく泳ぎ、抱え込んだ槍の柄を指先で所在なさげにトントンと叩いている。

 

 

(ど、どうしよう……! 全然喋ってくれないじゃない! 私、こういう時どうすればいいのかしら?!)

 

 

 気まずい。あまりにも気まずい沈黙だった。

 

 彼が立ち去ろうとした時、彼女は思わず引き留めるような態度をとってしまった。それに応えるように、彼はもう一度座り直してくれた。口では、ツンケンした態度をとったが、心の底では、彼が隣に留まってくれた事実が嬉しくてたまらなかった。

 

 たった一人で冥界の暗闇に引きこもってきた彼女にとって、自分の隣に「意志を持った他者」がいるというだけで、胸が熱くなるほどの特異な出来事なのだ。

 

 だからこそ、彼女の真面目すぎる性質と、極端に低い自己評価が空回りし始める。

 

 

(引き留めたのは私なのに、このままじゃ退屈させてしまうわ。嫌な顔をして、今度こそ本当に出て行っちゃうかも……何か、何かおもてなしをしないと……!)

 

 

 必死に頭を回転させる。

 

 隣に座る男は、神である自分すらも戦慄させるほどの恐ろしいオーラを放っているが、間違いなく「人間(生者)」だ。

 

 生者であるならば、冥界の冷気に当てられて体力を消耗しているはず。そして何より、生きて活動するためには「アレ」が必要なはずだ。

 

「あ、あの……」

 

 

 意を決して、エレシュキガルは隣の宿儺へと恐る恐る声を掛けた。

 

「貴方、お腹、空いてないかしら……?食事なんて、ど、どうかしら?」

 

 

 その言葉に。

 

 虚空を見つめていた宿儺が、ピクリと片眉を動かし、ゆっくりと顔を向けて彼女を見た。

 

 真紅の瞳に浮かんでいるのは、純粋な「疑問」だ。

 

 

「……食事だと?」

 

 

 宿儺は周囲の荒涼とした岩肌を一瞥した。

 

 生命の気配など一切なく、水の一滴、草の一本すら生えていない、完全なる死の空間。

 

 生前の彼は、人間を「食材」として切り刻み、調理し、喰らってきた。その彼から見ても、この冥界には食欲を満たすようなものは塵一つ存在しないと断言できる。

 

 

「こんなひどく澱んだ場所に、食えるものなどあるのか?」

 

 

 宿儺が怪訝そうに問うと、エレシュキガルは「待ってました」とばかりにパッと顔を輝かせ、誇らしげに胸を張った。

 

「ふふん、あるわよ! メソポタミアの神話において、死者が暮らす冥界は暗く乾燥した世界。だから、ここに住む者たちの伝統的で格式高い食事といえば、決まっているじゃない!」

 

 

 彼女は足元の地面を指差し、堂々と宣言した。

 

「『粘土』と『埃』よ! どう? 特別にご馳走してあげてもいいわよ!」

 

 

「…………」

 

 

 宿儺の動きが、完全に停止した。

 

 沈黙。先ほどまでの「何もしない沈黙」とは違う、純度百パーセントの「呆れ」に満ちた静寂が、二人の間に落ちた。

 

 宿儺は、目の前で胸を張る金糸の髪の女神を、ひどく冷ややかな――心の底から『こいつは頭が湧いているのか?』と蔑むような目で、じっと見つめた。

 

 極上の肉を喰らい、呪術の深淵を探求してきた王に対し、この神霊は「泥と埃を食え」とぬかしたのだ。もし生前の彼であれば、その不敬だけで彼女の首は三万枚の薄切り(カルパッチョ)にされていただろう。

 

「……はぁ」

 

 

 だが、宿儺は怒り狂うことはなく、ただ心底呆れたように、深々と大きなため息を一つ吐き出した。

 

 今の彼にとって、この女神のズレた感覚は、怒りを通り越して一種の滑稽な見世物にすら思えたのだ。

 

 

「えっ? な、なによその冷たい目は! 冥界じゃこれが普通なんだからね! 私だって好きでこんなもの勧めてるわけじゃ……!」

 

 

 宿儺のゴミを見るような視線に気づいたエレシュキガルは、顔を真っ赤にして慌てて弁明を始める。

 

 その必死な姿を眺めながら、宿儺は「もういい」とでも言うように軽く手を振って彼女の言葉を遮った。彼女を気遣ったのか、あるいは単なる気まぐれか。彼は先ほど出た話題を掘り返し、質問を一つ投げかけた。

 

 

「先ほど、貴様は『三女神同盟』と言ったな」

 

「え? あ、ええ、そうよ。それがどうかした?」

 

「その同盟とやらの内情を吐け。残りの二柱はどのような手合だ」

 

 

 宿儺の真紅の瞳に、ほんのわずかに知的好奇心の光が宿る。

 

 呪いの王として、彼はこれまで数多の術師や呪霊を見てきた。自らを「神」と自称するようなふざけた輩もいたが、世界の法則そのものを管理する『正真正銘の神霊』と対峙するのは、この特異点(場所)が初めてだ。

 

 この時代を歪めている核が何処にあるかは不明だが、世界を滅ぼそうとしているその「三女神」とやらに、何らかの特異な術式(権能)が隠されていると推測するのは自然な思考だった。

 

 

 だが、その問いに対するエレシュキガルの反応は、ひどく歯切れの悪いものだった。

 

「そ、それは……教えられないわ」

 

「ほう?」

 

「意地悪してるわけじゃないのよ! この同盟はね、『相互不干渉』という絶対の誓約で結ばれているの。だから、いくら私でも、他の女神の弱点や内情を他者に漏らして、互いの足を引っ張るようなことはできないのよ。神としての契約があるんだから」

 

 

 視線を逸らし、申し訳なさそうに言い訳をするエレシュキガル。

 

 それを聞いた宿儺は、鼻で短く笑った。

 

(なるほど。神霊の契約――呪術で言うところの『縛り』による強制か。馬鹿正直にシステムに縛られているわけだ。面倒なことだ)

 

 心の中ではそう断じながらも、宿儺は深く追求することはしなかった。

 

 情報を引き出せないのは手痛いが、この分かりやすい女が嘘をついているようには見えない。今の自分には、契約を無理やり破らせてまで情報を聞き出す必要もない。【目の前の女は、それでいいのだろう】と、彼はあっさりと結論づけた。

 

「……そうか」

 

 

 宿儺は短くそれだけを返し、再び視線を虚空へと戻した。

 

(えっ……怒った?)

 

 

 突き放されたと感じたのか、エレシュキガルが不安を押し殺した声で、チラチラと宿儺の横顔を窺ってくる。表情を全く変えない宿儺の内心が読めず、彼女の瞳は焦りに揺れていた。

 

「ならば、この時代について語れ」

 

「え?」

 

「神の情報が吐けないのなら、地上の人間の有様でも、貴様自身の事でもいい。俺は暇を持て余している。……適当に語って、俺の暇を潰せ」

 

 

 それは、ただの気まぐれ。世界の常識を持たない彼が、情報収集を兼ねて放った、相変わらず上から目線の命令。

 

 だが、エレシュキガルにとって、その言葉は「自分との会話を望んでくれている」のだとそう受け取った

 

「し、仕方ないわね! 私が、この冥界の女主人が、直々にメソポタミアの歴史を教えてあげるわ!」

 

 

 彼女はパァッと表情を明るくし、嬉しさを隠しきれない様子で身を乗り出すと、堰を切ったように語り始めた。

 

 最初は、神話の成り立ちや、ウルクという防塞都市の状況、魔獣戦線の過酷さについて。

 

 だが、長年一人で溜め込んできた孤独が限界に達していたのだろう。話は次第に脱線し、気づけば彼女自身の境遇や、愚痴へと変わっていった。

 

 

「だいたい、あの金ピカの王様も人間たちも、無茶ばっかりするのよ! おかげで冥界は大忙し! しかも、私の半身とも言える天の女神(イシュタル)なんて、自由奔放に空を飛び回って、美味しいものを食べて、人間たちからチヤホヤされて! 同じ半身なのに、どうして私だけこんな暗い地底で、毎日毎日死人の魂ばっかり数えなきゃいけないのよ……っ!」

 

 

 身振り手振りを交え、時に憤慨し、時に涙目になりながら愚痴をこぼす女神。

 

 宿儺は、そんな彼女の言葉を遮ることなく、ただ静かに聞いていた。時折、「ほう」「それで?」と軽く相槌を打ちながら。

 

 生前であれば、他者の下らない泣き言など、一秒たりとも耳を貸さなかっただろう。弱者の愚痴など不快の極みだからだ。

 

 だが、今の宿儺の魂の底には、虎杖たちとの死闘を経て刻み込まれた「他者の在り方への理解」があった。そして何より、目の前で必死に言葉を紡ぐ彼女から発せられる「温もり」の既視感が、彼の中にある苛烈な拒絶を中和していた。

 

 冷たい死の世界で、呪いの王と冥界の女神による、奇妙で穏やかな茶会(対話)が続いていく。

 

 

 何分、あるいは何時間経っただろうか。

 

 太陽のない冥界において、正確な時間を測る術はない。

 

 彼女が一通りイシュタルへの不満をぶちまけ、少しだけ肩で息をしながら言葉を区切った、その時だった。

 

 

「……一つ、聞かせろ」

 

 

 不意に、宿儺が静かな、だがひどく重い声で問いかけた。

 

 その声の質の違いに、エレシュキガルの背筋が僅かに伸びる。

 

 宿儺は横顔のまま、真紅の瞳だけを動かして彼女を捉えた。

 

「何故、そんなにもこの冥界にこもっている。何故、そんなにも己の役割に殉じている」

 

「え……?」

 

「不満があるのなら、すべてを放り出して地上へ出ればいい。貴様の力があれば、空を飛び回る女を引きずり下ろし、己の欲を満たすことなど造作もないだろうに。……何故、出ようとしない。何故、そうあり続ける」

 

 

 宿儺はこれまで、己の欲望のままに生きる人間、他者を蹴落としてでも這い上がろうとする醜くも生命力に溢れた人間たちを無数に見てきた。

 

 彼らの中にある、地上への執着、生の輝きへの憧憬、そして自由への渇望。宿儺はそれらの「人間のエゴ」を熟知している。

 

 目の前の女神は、神霊でありながらひどく人間臭い。それだけの不満と孤独を抱えながら、なぜ自らを地底のシステムに縛り付けているのか。己の「快」を追求する呪いの王にとって、彼女の在り方は根本的な矛盾を抱えているように見えたのだ。

 

 冷たい大気の中、宿儺の射抜くような視線を受けたエレシュキガルは、小さく息を呑み――やがて、その瞳に静かな決意の火を灯した。

 

 

 

 

 

 

 何故、出ようとしないのか。何故、そうあり続けるのか。

 

 極限のエゴイズムを貫き通した呪いの王からの、純粋にして残酷な問いかけ。

 

 冷たく澱んだ大気の中、真紅の瞳で射抜かれたエレシュキガルは、小さく息を呑んだ。彼女の紅い瞳の奥で、ほんの数秒間だけ、迷いと、隠しきれない孤独の色が揺らぐ。

 

 

 だが――やがて彼女は、ギュッと自身の巨大な槍の柄を握り締め、その瞳に静かで決して消えない決意の火を灯した。

 

 

「……それが私の役目であり、責任であるからよ」

 

 

 ポツリと、しかし確かな重量を持って紡がれた声。

 

 彼女は、先ほどまでの愚痴をこぼしていた不器用な小娘から、何千年もの間この死の国を統べてきた『冥界の女主人』としての顔へと切り替わっていた。

 

 

「ここは、全ての生き物が最終的にたどり着く終着点。地上の命がどれほど華やかに燃え上がろうと、最後は必ずこの冷たい地底へと落ちてくる。……私は、そんな大切な場所の管理を任されたんだもの。私がやらなくて、誰がやるっていうのよ」

 

 

 彼女は自身に言い聞かせるように、真っ直ぐに虚空を見つめながら語り続ける。

 

「天の女神(イシュタル)のように、空を飛び回る自由なんてない。この冥界は、地上ほど美しくもないし、温かくもない。……でもね、だからこそよ。天の輝きがないからこそ、どんな国よりも平穏で、平等な、美しい国にして見せる。それが、地の女神として目を覚ました私の存在意義なんだから!」

 

 

 言い切った彼女の横顔には、強固なプライドと、自身を犠牲にしてでもシステムを維持しようとする、神霊としての悲壮なまでの矜持が張り付いていた。

 

 「こ、これっぽっちも辛くなんてないんだからねっ!」と、最後に少しだけ声が裏返ったのが、彼女の人間臭さを逆説的に浮き彫りにしていた。

 

 

 その言葉を黙って聞いていた宿儺は、目を細めた。

 

 

(……退屈な生き方だ)

 

 

 それが、呪いの王としての偽らざる感想だった。

 

 自由がなく、己の快楽を殺し、ただ世界の法則(システム)を維持するためだけに存在する歯車のような生き方。天を翔ることも、地の底から這い出ることも望まず、冥界の為だけに自己をすり減らす。彼のような「己を満たすためだけにすべてを喰らう天災」からすれば、対極にある、理解不能な自己犠牲の形だ。

 

 

 だが、宿儺はその言葉を口に出して嘲笑うことはしなかった。

 

 自分の為ではない、役割の為に生きる女神。無理をして、孤独に耐え、それでもなお折れない健気で気高い在り方。

 

 それはかつて、圧倒的な力量差を前にしても決して膝を屈することなく、己の理想を押し通した者たちの姿と、ごく僅かに重なるものがあった。

 

「……そうか」

 

 

 

 宿儺は、短く呟いた。

 

「必死なんだな」

 

 

 嘲笑でも、同情でもない。ただの一つの事実として、彼女の在り方を認めた、静かな言葉。

 

 エレシュキガルは目を丸くして宿儺を見たが、彼はそれ以上何も語らず、再び目を閉じた。宿儺はそのまま、もうしばらくの間、彼女の他愛のない話の続きに、ただ静かに付き合うことにした。

 

 

 

 ――やがて、頃合いだった。

 

 宿儺はゆっくりと岩壁から背を離し、立ち上がった。

 

 白い和服の裾が翻り、彼の中から、先ほどまでの静謐さを打ち破るような、圧倒的な呪力と闘争の気配が再び立ち昇る。

 

 いつまでも、この居心地の良い暗闇で微睡んでいるわけにはいかない。記憶が欠落していても、魂の底で燻る「約束」の感触が、彼を地上へと駆り立てていた。行かなくてはならない場所が、確実にあるのだ。

 

 

「……もう、行くのね」

 

 

 見上げるエレシュキガルの声には、隠しきれない名残惜しさが滲んでいた。

 

 宿儺は彼女を見下ろし、首を傾げる。

 

「この冥界の空間構造は、地上とは位相(レイヤー)が違うようだな。力ずくで空間を断ち切ることもできるが、余計な呪力は使いたくない。……ここから出るためのアクセス権を寄越せ」

 

 

 冥界の管理者の権限による、正式な「門」の開放の要求。

 

 エレシュキガルは少しだけ唇を噛み、寂しそうに視線を落としたが、すぐにパンッと両頬を叩いて立ち上がった。

 

「わ、分かってるわよ。……神気、接続(リンク)。冥界の第七門、特別権限にて限定解除。対象の霊基情報の、地上への浮上を許可します」

 

 

 彼女が巨大な槍を地面に突き立てると、宿儺の足元に、青白い神代の魔力陣が展開された。空間の座標が書き換わり、彼の肉体が地上へと射出される直前の状態となる。

 

「これで、地上へ出られるのだわ」

 

 

 彼女は、精一杯の強がりで、ツンと顎を上げて見せた。

 

 その顔は、たった一時の話し相手がいなくなる孤独と不安に、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

 

「……世話になったな」

 

 

 宿儺は、無愛想に、一切の感情を込めずにそう告げた。

 

 そして、足元の魔力陣が本格的に光を放ち、浮上が始まる――その直前。

 

 ふと、宿儺の脳裏に、あの暗い影の底で自身を包み込んでいた「温もり」の記憶が、強烈なスパークとなってフラッシュバックした。

 

 自身の意志ではない。魂に刻まれた既視感と、目の前で必死に強がる不器用な女神の姿が、完全に重なり合った瞬間。

 

 

 

 スッ、と。

 

 彼の右腕が、滑らかな動作で持ち上がった。

 

 そして、彼は軽く振り返ると――金糸の髪を揺らすエレシュキガルの頭に、ポンッと、己の手を乗せたのだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 女神が、間の抜けた声を漏らす。

 

 神霊の頭に生者が直接触れるなど、あり得ない不敬。だが、宿儺の動作があまりにも自然で、流麗であったため、彼女は抵抗することすらできなかった。

 

「自身の役割に殉じるのは結構だが」

 

 

 宿儺は、目を丸くして固まる彼女を見下ろし、相変わらずの傲慢で、極限まで上から目線の声で言い放った。

 

 

「――せいぜい、潰れないことだ」

 

 

 それは、彼なりの極大の気まぐれ。

 

 己のエゴを貫き、境地に至った呪いの王だからこそ生じた、生前であれば絶対にあり得ない、他者へのほんのわずかな「干渉」。

 

 

 直後、青白い光が弾け、空間が激しく明滅する。

 

 光が収まった後、そこにはもう、白い和装の男の姿はなかった。

 

 

「…………」

 

 

 暗く冷たい冥界の底に、再び絶対的な静寂が戻ってくる。

 

 一人残されたエレシュキガルは、ぽかんとしたまま、己の頭――先ほどまで、確かに男の大きな手が乗せられていた場所を、恐る恐る両手で触れた。

 

 冷え切っていたはずの彼女の胸の奥で、カァッと、熱く、甘いものが渦巻いている。

 

 

 孤独な死の国で、彼女は一人、その名状しがたい「温かいもの」を抱きしめるようにして、いつまでも、いつまでもその場に立ち尽くしていた。

 

 




とんでもない速度で、お気に入りが減ってる笑
二桁くらいか?

これ需要ない?
断章いらんかったか、
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