Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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太陽の審判と、記憶の残滓

【時刻:神代の終焉――紀元前2600年代】

 

【場所:絶対魔獣戦線近郊・エリドゥの祭壇】

 

 

 視界が急激に開け、鬱蒼とした神代の原生林が途切れる。

 

 そこは、ジャングルの最深部に不自然なほど広大に切り拓かれた空間だった。天を突くかのようにそびえ立つ巨大な石造りの祭壇が、木々の天蓋の切れ間から降り注ぐ強烈な太陽の光を浴びて、神々しい黄金の威容を誇っている。

 

 むせ返るような森の湿気と腐葉土の匂いは完全に消え失せていた。代わりに肌を刺すのは、大気そのものが燃え盛っているかのような、圧倒的で濃密な「熱量」と神気だった。

 

「着いたニャ! ここが南米の主神、ククルン……ケツァル・コアトルの祭壇だニャ!」

 

 

 案内役として先導していたジャガーマンが、祭壇へと続く長い石段の麓でピタリと足を止めた。

 

 彼女は振り返り、自身の背後を無言でついてきていた宿儺の顔をチラリと確認する。その直後、彼女の足元からバネのような魔力が弾けた。

 

「とぉっ!」

 

 

 ジャガーマンは、高くそびえる祭壇の階段を一気に跳躍した。数百段はあろうかという石段を文字通り飛び越え、頂上付近の石組みへと、見事な着地を決める。

 

 そして、遥か下で立ち尽くす宿儺を見下ろすようにして振り返り、ビシッと謎のキメ顔を作りながら、肉球のついた巨大な武器を突きつけた。

 

「ニャーッハッハッハ! 騙されたニャ、不審者! 最初からこうして敵の親玉を誘い出し、ククルンの御前へと引きずり出す緻密な作戦だったんだニャ! 密林の守護者、ジャガーマンの知略、恐れ入ったかニャ!」

 

 

 数分前、白目を剥いて地面に額を擦り付け、「命だけはご勘弁を」と泣き喚いていた事実を、彼女の脳細胞は完全に消去してしまったらしい。

 

 

 見事なまでの手のひら返しと、保身を正当化する三文芝居。

 

 そのあまりにも堂々とした厚顔無恥ぶりに、宿儺は一切の表情を変えることなく、ただ汚物を見るような、絶対零度の冷たい視線を向けた。

 

「…………」

 

 

「……あら、ジャガーマン。貴女、さっきからお腹の毛が焦げていますし、脚も生まれたての小鹿のように震えているようデスが?」

 

 

 ジャガーマンの背後。

 

 祭壇の最上段から、太陽そのものを背負うようにして立っていた長身の女性が、呆れたような、しかしどこか甘やかな響きを持つ声をこぼした。

 

 彼女こそが、この密林の支配者であり、三女神同盟の一柱。南米の太陽と嵐の神、ケツァル・コアトル。

 

「ひぇっ! こ、これは武者震いニャ! 決してさっき空から紫の雷を落とされて死にかけたわけじゃ……あっ」

 

「フフッ。いいデスよ、下がっていなサイ。貴女が連れてきたその『お客様』は、貴女がどうこうできる相手ではありまセーン」

 

 

 ケツァル・コアトルは、すがるような目をするジャガーマンを軽く片手で制し、背後に追いやった。

 

 そして、階段の遥か下――数十段下の大地に立つ、白い和装の男へと、ゆっくりと視線を落とす。

 

 

 太陽の女神の瞳が、静かに細められた。

 

 彼女の神としての知覚は、つい先刻、この祭壇から離れた原生林の入り口で起きた異常事態を明確に捉えていた。

 

 数万という単位の魔獣の群れが、文字通り「一瞬にして」完全に消滅させられたのだ。マナの奔流などではない。神代の大気に満ちる真エーテルすらも腐らせ、押し潰すほどの、あまりにも純粋で、暴力的な『悪意』の爆発。

 

 

 その震源地が、今、自身の目の前に立っているこの男であることは、疑いようのない事実だった。

 

 彼の肉体から、そしてその存在そのものから、隠しきれないほどのどす黒い気配が、ゆらゆらと陽炎のように立ち昇っている。

 

「……オー。これはまた、とんでもなく悪い子が来たものデスね」

 

 

 ケツァル・コアトルの声には、恐怖や敵意よりも先に、深い悲哀と、それ以上の「神としての慈愛」が込められていた。彼女は、眼下の異常な存在を真っ直ぐに見下ろす。

 

「神でもなく、魔獣でもない。その体は間違いなく人間のものでありながら、貴方の魂は、私が今まで見てきたどんな悪霊や魔性よりも深く、昏く、澱んでいマス。……一体どれほどの命を奪い、どれほどの呪いを啜り続ければ、そこまで悲しい姿に成り果てるのデショウ」

 

「……悲しい、だと?」

 

 

 宿儺は、祭壇の上の女神を見上げたまま、喉の奥で低く、地の底から響くような声で嗤った。

 

 彼の真紅の瞳に、明確な不快感と、傲慢な神をその玉座から引きずり下ろして叩き潰すための、昏い闘争心がゆっくりと点火されていく。

 

「神という生き物は、どいつもこいつも高所から見下ろし、勝手な理屈を押し付けるのが好きらしいな。……俺を、貴様らのような矮小な善悪の物差しで測るな。俺はただ、己の身の丈で、己のやりたいように喰らってきただけだ。それの何が悲しい」

 

 

 宿儺の言葉には、一片の迷いも、罪悪感も、後悔もない。

 

 極限の自己完結。他者の命も、愛も、希望も、ただ己の快楽のためのスパイスでしかない。呪いの王としての絶対的なエゴイズムが、言語化された呪いとなって大気を震わせる。

 

 

 その存在の在り方を、ケツァル・コアトルは正確に感じ取った。

 

 だが、それでもなお、彼女は彼を恐れず、侮蔑することもしない。

 

「なるほど、理解しマシタ。貴方はもう、自身の内にある善悪すらも喰らい尽くしてしまったのデスね。……可哀想に。でも、だからこそ、見過ごすことはできまセーン」

 

 

 ケツァル・コアトルが、静かに、しかし圧倒的な神威を伴って片足を踏み出した。

 

 祭壇の強固な石組みが、彼女の放つ熱量と重圧によってピキピキと悲鳴を上げる。

 

「私は、人間が大好きデース。彼らがもがき、苦しみ、時には過ちを犯しながらも、明日へ向かって懸命に生きていく、その輝きを愛していマス。……だから、彼らの命をただの『遊び』で散らすような悪い子は、この私が、大いなる愛を持って情け容赦なく叩き潰してあげマース!」

 

 

 それは、太陽の女神としての絶対の審判の宣言だった。

 

 彼女は、万の命を塵芥のように奪い去るこの圧倒的な「呪い」の塊を、神に対する脅威としてではなく、あくまで『道を外れた一人の人間(悪い子)』として扱い、上から教育という名の鉄槌を下そうとしたのだ。

 

「……アナタの、その傲慢を叩き直してあげマスよ。」

 

 

 神の威圧が、太陽の熱と共に宿儺の全身に降り注ぐ。

 

「……俺を、人間と定義するか」

 

 

 宿儺の唇から、ひどく冷たく、無機質な声が漏れ出た。

 

 生前、どれほどの術師たちが束になろうと、自身に届くことはなかった。自分は天災であり、呪いの王であり、彼らのような脆弱で醜い「人間」とは完全に次元の違う生き物であると、そう断じていた。

 

 死後、呪物として千年の時を経てなお、自身は人間の枠をとうに超えた存在として君臨してきた。

 

 

 だというのに。

 

 目の前に立つこの南米の神は、あれほどの呪いを振りまき、数万の獣を虐殺した呪いの王である自身を、あろうことか「等しく人間の一人」として定義し、その枠組みの中に押し込めようとしている。

 

 

 ――自身を、人間扱いする顔。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 宿儺の視界が、一瞬だけ白く明滅した。

 

 自分を人間扱いし、呪いであることを否定せず、その上で隣を歩けと命じた、顔の思い出せない少女の残滓。

 

 その記憶の欠片が、目の前で自身を「人間」として見下ろすケツァル・コアトルの姿と不快なまでに重なり合い――宿儺の胸の内に、説明のつかない、ひどくモヤモヤとした『苛立ち』を生み出した。

 

(……くだらん。目障りだ)

 

 

 宿儺は小さく舌打ちをし、目を閉じて、脳髄にこびりつくその甘ったるいノイズを強引に削り落とした。

 

 

 自分は呪いの王だ。

 

 失われた過去の感傷に浸るなど、自分らしくもない。目の前に立ちはだかる障害があり、己を見下す不遜な輩がいるのなら、ただ殺し、削り取る。それが己の絶対の法則だ。

 

「……愛だの、人間だの。神というやつは、下らない理屈をこね回す」

 

 

 宿儺が再びゆっくりと目を開いた時、その真紅の瞳からは一切の迷いが消え失せ、純粋にして極限の『殺意』だけが爛々と輝いていた。

 

「貴様が俺をどう定義しようが、神として愛を語ろうが、どうでもいいことだ。……俺はただ、貴様という少し骨のある肉を切り刻み、俺の糧とする。殺す。ただ、それだけでいい」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!

 

 

 

 

 宿儺の全身から、先ほどの森での殺戮とは比較にならないほどの、文字通り大気を黒く染め上げるほどの絶大な呪力が間欠泉のように噴き上がった。

 

 肉体がミシミシと音を立て、内なる闘争の衝動が極限まで高められていく。

 

「……オー、素晴らしい気迫デスね! いいデース、そのルチャへの情熱、しっかりと受け止めマース!」

 

 

 ケツァル・コアトルもまた、宿儺の放つ致死のプレッシャーを正面から受け止めながら、嬉しそうに太陽の神気を爆発させた。

 

 互いの力が限界まで膨れ上がり、祭壇の長い階段を挟んで、二つの理不尽なエネルギーが真っ向から激突しようとした、まさにその時だった。

 

 

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

 張り詰めた極限の緊張感を、間抜けな叫び声が物理的にぶち壊した。

 

 ドンッ! と、祭壇の階段の途中、宿儺とケツァル・コアトルのちょうど中間の位置に、着ぐるみを着た珍獣――ジャガーマンが、謎のポーズを決めながら乱入してきたのだ。

 

「ククルンを倒したければ、まずはこの私、密林の守護神ジャガーマンを倒すんだニャ☆ さあ、どこからでもかかってくるが――」

 

「…………」

 

 

 極限まで高められた殺意の水を、泥水で薄められたような瞬間。

 

 宿儺は、言葉を途中で切ってドヤ顔を決めているジャガーマンに対し、一切の感情を排した、絶対零度の冷たい視線を向ける。

 

 

 真ん中に乱入した着ぐるみの神霊――ジャガーマンは、空気を読むという概念が完全に欠落したドヤ顔で、肉球のついた武器を天に掲げている。

 

 ジャガーマンが、お決まりの口上を言い切ろうとした、その瞬間だった。

 

 

 

 シュンッ。

 

 

「……にゃ?」

 

 

 ジャガーマンの目の前から、突如として白い和装の男の姿が掻き消えた。

 

 残像すら残さない、物理法則を無視した神速の踏み込み。驚いて目を丸くするジャガーマンの顎下に、既に宿儺の右拳が潜り込んでいた。

 

「五月蝿い。少し黙れ」

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォンッ!!

 

 

 

「どぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 宿儺から放たれた無慈悲なアッパーカットが、ジャガーマンの顎を正確に打ち抜いた。

 

 神霊の強靭な肉体であろうと持て余す、呪力を極限まで圧縮した純粋な打撃。ジャガーマンの体は、くの字に折れ曲がったまま、まるで打ち上げ花火のように上空数十メートルの空高くへと吹き飛ばされた。

 

 だが、呪いの王の追撃は、単なる打ち上げでは終わらない。

 

 

 ダンッ!!

 

 宿儺は、足元の石段に莫大な呪力を込め、爆発的な跳躍力で空へと飛び上がった。

 

 その速度は、吹き飛んでいくジャガーマンを容易く追い抜く。

 

「にゃ、にゃあ……っ!?」

 

 

 空中で体勢を立て直すこともできず、白目を剥きかけているジャガーマン。

 

 その頭上――さらに高い虚空から、宿儺が逆落としのように降ってきた。

 

「……チッ」

 

 

 宿儺は、面倒くさそうに舌打ちを一つ落とすと、空中でジャガーマンの顔面――被り物の顔ごと――を、その大きな右手で鷲掴みにした。

 

 そのまま空中で身体を捻り、激しく回転を乗せて遠心力を乗せる。

 

「落ちろ」

 

 

 ブォンッ!! と空気が引き裂かれる音。

 

 宿儺は、鷲掴みにしたジャガーマンの身体を、眼下の大地――祭壇の麓の硬い岩盤に向けて、思い切り投げ飛ばした。

 

 

 ゴゥゥゥゥゥゥッ!!

 

 

 

 凄まじい風切り音を立てて、ジャガーマンが隕石のような超高速で落下していく。もはや自身の意志で空中で受身をとることなど不可能な速度。

 

 

 

 だが、宿儺の蹂躙はさらに続く。

 

 宿儺は、空中の何もない空間――見えない『面』を蹴った。

 

 空気を足場にして再度加速した彼の肉体は、自らが投げ飛ばしたジャガーマンよりもさらに速く、垂直に落下していく。

 

 

 

 そして。

 

 ジャガーマンが大地に激突する、ほんの数瞬前。

 

「にゃ……っ」

 

 

 落下しきったジャガーマンの顔面を、追いついた宿儺が再び空中で鷲掴みにした。

 

 そのまま、自身の落下の運動エネルギーと、呪力による強烈な推進力をすべて乗せ、大地へと――。

 

 

 

 ズガァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!

 

 

 

 大地が、爆発した。

 

 祭壇の麓の硬質な岩盤が、クレーター状に数十メートルにわたって粉々に粉砕され、土煙が天を衝くように舞い上がる。

 

 土埃が晴れた後、そこにあったのは、完全に地面の奥底までめり込み、微動だにしなくなったジャガーマンの無残な姿だった。

 

 

 先ほどの森での雷撃とは比べ物にならない、一切の手加減のない物理コンボ。それは奇しくも、南米の神が愛する『ルチャ・リブレ』の苛烈な空中技(大技)を彷彿とさせる、あまりにも残虐で流麗な暴力の連鎖だった。

 

「……さて」

 

 

 地面に埋まったジャガーマンの顔面からゆっくりと手を離し、立ち上がる。

 

 宿儺は、自身の視界から完全にゴミを排除したことで、ようやく本来の標的へと向き直った。

 

 

 長い階段の遥か上。神殿から自身を見下ろしている、太陽の女神、ケツァル・コアトル。

 

「邪魔な羽虫は片付いた。……次はお前だ」

 

 

「オー……! ファンタスティク! 素晴らしいデス!!」

 

 

 頭上から、歓喜に満ちた声が降ってきた。

 

 見上げれば、ケツァル・コアトルが、怒るどころか頬を紅潮させ、目を輝かせていた。

 

「あの空中での見事なコンビネーション、そして容赦のない大地への叩きつけ! 貴方、人間でありながら、すでにルチャの魂を深く理解しているようデスね! ジャガーへの教育的指導、見事デシタ!」

 

 

「……何の話をしている」

 

 

 宿儺が微かに眉を顰める。

 

 単に目障りな虫を叩き落としただけの動作を、なぜかこの神霊は独自の解釈で絶賛している。生前でも時折いた、言葉が通じない狂人の類か。

 

「フフッ。いいデスよ。貴方のその情熱、神である私が、同じリングでしっかりと受け止めてあげマース!」

 

 

 ケツァル・コアトルが、祭壇の最上段から大きく跳躍した。

 

 

 彼女の背後に、太陽の如き強烈な光輪が展開される。

 

 黄金の光を尾を引くように残しながら、彼女は数十メートル下の、宿儺が立つのと同じ大地――クレーターの端へと、音もなく、しかし圧倒的な重量感を持って舞い降りた。

 

 

 

 ズウンッ、と。

 

 

 彼女が着地した瞬間、周囲の大気がさらに一段階、異常な熱を帯びた。

 

 祭壇の上から見下ろす神ではなく、同じ地平に立ち、己の拳と技で相手をねじ伏せる『闘士』としての顕現。

 

「さあ、悪い子。貴方のその傲慢な呪い、私の愛とルチャで、骨の髄まで浄化してあげマス。……準備はいいデスカ?」

 

 

 ケツァル・コアトルが、闘技の構えをとる。

 

 その瞳には、慈愛と、それと同等かそれ以上の、苛烈な闘争への歓喜が渦巻いていた。

 

「……ククッ。神の分際で、泥臭い真似を好むようだな」

 

 

 宿儺もまた、その神威を正面から受け止め、真紅の瞳を細めて嗤った。

 

 全身から噴き出す漆黒の呪力が、ケツァル・コアトルの黄金の神気と衝突し、空間そのものをバチバチと軋ませる。

 

「良いだろう。その首をへし折り、神の臓物の味を確かめてやる」

 

 

 神代の密林、エリドゥの祭壇。

 

 

 己のエゴですべてを喰らう『人間』と、

 

 愛と試練ですべてを包み込む『太陽の神』。

 

 相反する絶対の理が、今、同じ大地の上で激突する。

 

 

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