Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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宵闇の急襲、影法師の試運転

【時刻:午後5:30】

 

【場所:冬木市・人気のない公園】

 

「……『Aus(解除)』」

 

冬木の市街地から少し外れた、木々が生い茂る寂れた児童公園。

 

街灯がポツリと点き始めた薄暗い空間に足を踏み入れた瞬間、遠坂凛は絞り出すような声で魔術を解いた。

 

「っ……、はぁっ、はぁっ……」

 

認識阻害の結界が完全に消失した直後、凛は糸が切れた操り人形のように、冷たいベンチへと崩れ落ちた。

 

半日以上。宿儺という規格外の質量を隠蔽し続けるために、彼女の魔術回路は休むことなく稼働し続けていた。限界だった。脳髄を直接針で刺されているような頭痛と、全身の筋肉が鉛にすり替わったかのような激烈な疲労感が、一気に押し寄せてくる。

 

「……脆弱な生き物だ」

 

ベンチの傍らに立つ、純白の和服を纏った呪いの王が、ひどく冷酷な響きで嗤った。

 

「たかが数時間、魔力を放出する程度でそのザマか。自身の容量(キャパシティ)も把握せずに力を振り絞るなど、愚行の極みだな」

 

「う、るさい……わね」

 

凛は荒い息を吐きながら、ベンチの背もたれに頭を預けた。汗で額に張り付いた前髪が鬱陶しいが、それを払う気力すら湧かない。

 

「誰の……誰のせいで、こんなに魔力を消耗したと……思ってるのよ。あなたが、大人しく霊体化してくれれば……」

 

「俺の在り方に合わせられないお前の底の浅さを恨め」

 

宿儺は悪びれる様子もなく言い放ち、凛の隣にどさりと腰を下ろした。

 

(……この、自己中男!)

 

凛は内心で毒づいたが、それ以上の反論を口にする余裕はなかった。ただ、深く深呼吸を繰り返し、大気中のマナを取り込んで自身の小源(オド)を少しでも回復させることに専念した。

 

公園の周囲には、カラスの鳴き声と、遠くを走る車のエンジン音だけが微かに響いている。

 

宿儺は、目を閉じて必死に魔力を練る凛の横顔を、静かに見下ろしていた。

 

「……なあ、小娘」

 

やがて、宿儺が口を開いた。その声には先ほどの嘲笑はなく、ある種の純粋な問いが込められていた。

 

「この『聖杯戦争』とやら。最後の一人になるまで殺し合うのであれば、勝者に最も必要なものは何だか分かるか?」

 

「……強大な魔力、強力なサーヴァント……優れた戦術……」

 

凛は目を閉じたまま、喘ぐように答えた。

 

「違うな」

 

宿儺は、即座にそれを否定した。

 

「必要なのは『己以外の全てを切り捨てる非情さ』だ。圧倒的なエゴイズムと言ってもいい」

 

「……エゴイズム……」

 

「そうだ。他者の命、道徳、世界のルール。そんなものを背負ったまま戦う者は、必ずどこかで足を掬われる。俺の世界でもそうだった。理想や他者を言い訳にする奴は、総じて弱かった」

 

宿儺の脳裏に、かつて戦った術師たちの顔がよぎる。そして、最後に自分を打ち破った、あの虎杖悠仁の顔も。あの小僧は例外的に、その理想を狂気と呼べるほどに貫き通したが、それは人間という枠組みを逸脱した特異な例だ。

 

「お前は、まだ甘い」

 

宿儺は冷酷に宣告した。

 

「学校に張られた結界を気にして、わざわざ起点をマーキングするなど、無駄な情だ。そんなもの、起点の持ち主を学校ごと吹き飛ばせば済む話だろう。他者を守ろうとするその思考が、お前の首を絞めている」

 

「……私は、遠坂の魔術師よ」

 

凛はゆっくりと目を開け、薄暗い公園の空を睨みつけた。

 

「この街の霊脈を管理する責任がある。無関係な一般人を巻き込むような真似は、私の誇りが許さない。……それに」

 

凛は横を向き、宿儺の四つの瞳を真っ向から見返した。

 

「私は、あなたみたいに『すべてを切り捨てて』孤独になるつもりはないわ。守りたいものも、譲れないものも全部抱えたまま、この戦いを勝ち抜いてみせる。それが、私のエゴよ」

 

「……」

 

宿儺は一瞬、目を丸くしたように見えた。

 

絶対的な強者から「甘い」と断じられてなお、己の信条を曲げず、それを「私のエゴだ」と言い張る不遜さ。

 

「……くっ、くはははっ! なるほど、それもお前のエゴというわけか。面白い。なら、せいぜいその重荷に潰されないよう足掻くことだな」

 

宿儺は、機嫌良さそうに喉を鳴らした。

 

「少しは息が整ったか。行くぞ。そろそろ、この街に這い出る『呪い』どもが活気づく時間だ」

 

立ち上がった宿儺の言葉通り、日が完全に落ち、冬木の街は深い宵闇に包まれ始めていた。

 

 

 

 

【時刻:午後6:45】

 

【場所:冬木市・住宅街の路地】

 

すっかり日の落ちた住宅街の路地を、二人は歩いていた。

 

凛の魔力は完全に回復したわけではないが、自力で歩くには十分な程度まで戻っている。宿儺への認識阻害は解いたままだが、この暗さと人通りのなさであれば、奇異の目で見られる心配も少ない。

 

「……寒いわね。早く帰って温かい紅茶でも淹れたいところだけど」

 

凛はコートの襟を立て、白い息を吐いた。

 

「その望みは、少し先になりそうだぞ」

 

宿儺が、ピタリと足を止めた。

 

彼の視線は、前方の暗がり――住宅街を囲む高いコンクリートの塀の上――に向けられていた。

 

「え……?」

 

凛が息を呑んだ次の瞬間。

 

ヒュンッ!!

 

空気を切り裂く鋭い風切り音と共に、銀色の『線』が闇の中から射出された。

 

それは、先端に鋭利な短剣(ダガー)を備えた鎖だった。凄まじい速度で凛の喉笛へと迫る凶器。

 

「――っ!」

 

凛が魔術による防御を展開するよりも、それは早かった。

 

他陣営のサーヴァントによる急襲。結界の起点をいじられた術者が、警戒と報復のために放った一撃。

 

だが、その凶刃が凛に届くことはなかった。

 

ガキンッ!!

 

甲高い金属音が、路地に響き渡る。

 

凛の眼前に立ち塞がったのは、白い和服の背中。宿儺だった。

 

彼は、放たれた短剣を、なんと素手――ただの指先二本――で摘むようにして受け止めていたのだ。

 

「……ほう。随分とコソコソした手口だな。虫ケラが」

 

宿儺は、指先に挟んだ鎖を軽く引き寄せながら、暗闇に向かって嘲笑を投げかけた。

 

「……まさか、素手で防ぐとは。並の英霊ではないようですね」

 

塀の上から、鈴を転がすような、しかしひどく冷ややかな女の声が降ってきた。

 

月明かりに照らされ、その姿がふわりと浮かび上がる。

 

長い紫色の髪。タイトな黒い装束。そして、両目を覆い隠す奇妙なバイザー。

 

騎兵の英霊、ライダー(メドゥーサ)だった。

 

「マスター。下がっていろ」

 

宿儺は振り返ることもなく、凛に指示を出した。

 

「結界の持ち主が、わざわざ挨拶に来たらしい。……ちょうどいい。この肉体の『手札』の具合を確かめるには、手頃な的だ」

 

宿儺の口角が、凶悪な弧を描く。

 

彼は、指で挟んでいた短剣を無造作に放り捨てると、ふわりと膝を曲げた。

 

ダンッ!!

 

アスファルトが爆ぜる轟音。

 

宿儺の姿が、一瞬にして視界から消えた。

 

「なっ……!?」

 

塀の上にいたライダーが、驚愕に息を呑む。

 

速い。ただの跳躍ではない。まるで空間そのものを縮地したかのような異常な踏み込み。

 

「上だ」

 

ライダーの頭上、何もない虚空から、重低音の声が響いた。

 

ライダーが顔を上げる。月を背にして、宿儺が空中に立っていた。

 

【固有スキル:空界踏破 B】

 

宿儺は、空中の何もない空間の『面』を蹴り、空中停止に近い挙動でライダーを見下ろしていたのだ。

 

「そこから落ちろ」

 

宿儺の右足が、無慈悲な軌道を描いて振り下ろされる。

 

「――っ!」

 

ライダーは咄嗟に後方へ跳躍し、直撃を避けた。

 

ドゴォォォン!!

 

宿儺の踵が直撃したコンクリートの塀が、まるで爆弾が落ちたかのように粉々に粉砕され、土煙が舞い上がる。

 

「逃げ足だけは速いようだな。だが」

 

宿儺は、土煙の中から悠然と歩み出た。

 

「俺の基本戦術は『斬撃』だと言ったが……この肉体には、もう一つ便利な手札があってな」

 

宿儺は、両手を胸の前に掲げた。

 

その指が、複雑な形――犬の頭のような形――に組み合わされる。

 

「試運転だ。せいぜい、喰われないように逃げ回れ」

 

彼の足元に伸びる自身の影が、突如としてボコボコと沸騰するように蠢き始めた。

 

泥のような影の沼から、巨大な漆黒の獣が這い出てくる。

 

「――『玉犬(ぎょくけん)・渾』」

 

【十種影法術 A+】

 

伏黒恵の肉体に刻まれた、影を媒介とする式神召喚術式。

 

現れたのは、通常の犬とは比較にならないほど巨大な、漆黒の毛並みを持つ狼型の式神だった。宿儺の莫大な呪力によって出力が跳ね上がったそれは、特級呪霊すらも引き裂くほどの凶悪なオーラを放っている。

 

「グルルルルル……!!」

 

「……式神!? キャスターのクラスではないはず……!」

 

ライダーは着地と同時に、警戒の度合いを最大まで引き上げた。

 

未知の体術。そして強力な使い魔の召喚。相手の底が全く見えない。

 

「行け」

 

宿儺の短い命令と共に、玉犬・渾が弾丸のような速度でライダーへと襲いかかった。

 

「シッ!」

 

ライダーは鎖の短剣を円を描くように振り回し、玉犬の牙を辛うじて弾く。しかし、式神の莫大な質量と膂力に押し込まれ、徐々に後退を余儀なくされていく。

 

アスファルトに深い爪痕が刻まれ、金属が激突する火花が散る。

 

「……なんだ、その程度か。つまらんな。この程度で潰れるのか?」

 

宿儺は欠伸を噛み殺しながら、自身の影法師が敵を蹂躙する様を退屈そうに眺めていた。

 

彼はまだ、自身の生得術式である『解』や『捌』を一度も使っていない。ただの肉弾戦と式神だけで、敵の英霊を圧倒しているのだ。

 

(……これ以上は危険。戦力差が大きすぎる)

 

ライダーは冷徹な計算の下、即座に撤退を決断した。

 

主である間桐慎二への報告と、自身の温存を優先する。

 

「……覚えておきますよ、理外のサーヴァント」

 

ライダーは鎖を大きく振り回して玉犬を牽制すると、そのまま夜の闇へと溶け込むように姿を消した。高い敏捷性を活かした、見事な撤退術だった。

 

「……逃げたか。まあいい、追うほどの獲物でもない」

 

宿儺は手印を解き、玉犬を自身の影の中へと帰還させた。

 

嵐が去った後の路地には、粉砕された塀の残骸と、抉れたアスファルトだけが残されていた。

 

 

 

 

【時刻:午後7:15】

 

【場所:冬木市・遠坂邸への帰り道】

 

「……ちょっと、待ちなさいよ」

 

遠坂邸へと向かう静かな夜道。

 

凛は、前を歩く宿儺の背中に向かって、隠しきれない動揺を含んだ声を投げかけた。

 

「なんなのよ、さっきの犬。あなたは『斬撃』の術式が基本だって言ったじゃない。あんな使い魔を召喚するなんて、聞いてないわよ!」

 

「ああ? 言ってなかったか」

 

宿儺は振り返り、面倒くさそうに首を掻いた。

 

「この肉体――俺が受肉しているこの『器』は、元々禪院家という呪術師の血筋の小僧のものでな。この影絵から式神を喚び出す術式は、その小僧の生得術式だ。俺の本来の技ではないが、器を乗っ取ったついでに最適化して俺の手札に加えただけのこと」

 

「器の能力を、そのまま……? そんなの、自己改造の領域を超えてるじゃない……!」

 

凛は頭を抱えた。

 

ただでさえ『見えない斬撃』という反則級の能力を持っているのに、それに加えて強力な式神まで使役できるというのか。

 

「あの犬だけじゃないわよね? 指の形を作っていたってことは、他にも……」

 

「『十種影法術』という名でな。その名の通り、十種類の式神を影から引きずり出せる。犬、鳥、蛇、蛙、象……まあ、色々といる」

 

宿儺は歩きながら、さも当然のように語った。

 

「はぁ……もう、いちいち驚くのも疲れたわ。あんたが強い分には、マスターとしては助かるけど」

 

凛は深い溜息をつき、自身の赤いコートのポケットに手を突っ込んだ。

 

「でも、これだけは約束して。私に隠し事は極力しないこと。手札を知らないと、いざという時の戦術の組み立てに支障が出るわ」

 

「俺に指図するな、小娘。俺が何を隠そうが、何を語ろうが、俺の勝手だ」

 

宿儺は傲慢に鼻を鳴らした。

 

「だが、そうだな。今日のお前は、自分の魔力(オド)の限界を知った上で、なお自身の『エゴ』を曲げなかった。その意地汚さは嫌いではない。少しは俺の盤面を回す駒として、扱ってやってもいい」

 

それは、己の快・不快のみを絶対のルールとする呪いの王なりの、最大限の譲歩だった。

 

凛は、その言葉の裏にある、彼が自身を「退屈しのぎの相棒」として確かに認めつつある歩み寄りを察し、ふっと口元を緩めた。

 

「……そう。それなら、帰ったら紅茶のお代わりくらいは淹れてあげるわ。とびきり渋くて、甘くないやつをね」

 

「ふん。期待せずに待っててやろう」

 

冬の冷たい夜風が、二人の間を吹き抜ける。

 

ライダーとの前哨戦を経て、自身の圧倒的な暴力と手札の多様さを誇示した宿儺。そして、その背中を追いかけながら、必死に命綱を握り続ける凛。

 

血塗られた聖杯戦争の序盤戦。

 

最恐にして最悪の凹凸コンビは、静かに、そして確実に、冬木の夜を己の領域へと変えつつあった。

 

 




あとがき

この作品の宿儺は精神的には呪術廻戦の原作終了時点の彼ですが、肉体は五条悟と戦闘をしていた時点の伏黒宿儺です。
五条悟との戦闘により肉体的な全盛期がそこに設定されている感じ。

精神的な全盛期と身体的な全盛期 
2つの全盛期が矛盾せずに統合されて両立してる
クラス・アルターエゴ

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