Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌   作:りー037

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死者の理想と、霧の中の不死獣

【時刻:午後11:10】

 

【場所:冬木市・言峰教会 礼拝堂】

 

ステンドグラスから差し込む青白い月光が、祭壇の前に立つ漆黒の法衣の男を照らし出していた。

 

言峰綺礼。

 

彼の口から語られる「聖杯戦争の真実」は、衛宮士郎という少年の根幹を無慈悲に抉り出すものだった。

 

「十年前の冬木大火災。あの地獄のような惨劇は、前回の聖杯戦争の決着によって引き起こされたものだ」

 

綺礼の低いバリトンボイスが、礼拝堂の静寂を震わせる。

 

「聖杯は万能の願望機。しかし、それを手にした者の意志が歪んでいれば、引き起こされる結果もまた残酷なものとなる。……衛宮士郎。君はあの火災の唯一の生存者だ。君なら、あの悲劇の意味が分かるはずだ」

 

「……っ」

 

士郎の息が止まった。

 

脳裏にフラッシュバックする、紅蓮の炎。焼け焦げた死体の山。助けを求める人々の手を振り払い、ただ自分だけが生き残ってしまったという、決して消えることのない原罪の記憶。

 

そして、彼を地獄から掬い上げてくれた養父・衛宮切嗣の、涙を流すほどに安堵した顔。

 

「……俺は」

 

士郎は、自身の右手に刻まれた令呪を強く握りしめた。

 

震えは、もう止まっていた。

 

「俺は、あんな悲劇を二度と繰り返させない。聖杯がそんな危険なものなら、俺が勝ち取って、正しく終わらせる。……俺は、マスターになる」

 

迷いのない、一直線な瞳。

 

 

それは、死者の遺した「正義の味方になる」という理想を、己の生きる理由として完全に血肉化させた少年の、狂気にも似た決意だった。

 

「――くっ、はははは!」

 

その張り詰めた空気を、一陣の冷たい風のような嘲笑が切り裂いた。

 

礼拝堂の柱に背を預けていた両面宿儺だった。彼は腹を抱えるようにして笑い、四つの瞳で士郎を値踏みするように見下ろした。

 

「……何がおかしい」

 

士郎が鋭く睨み返す。

 

「いや、あまりにも『そっくり』だったものでな」

 

宿儺は口元に凶悪な笑みを残したまま、士郎の瞳の奥を覗き込んだ。

 

「お前のその目。己の命など欠片も惜しんでいない、死人のような目だ。どこかの誰かから借り受けた『借り物の理想』を無理やり着込んで、罪悪感という糸で踊らされている操り人形。……かつて俺がよく知る小僧と、反吐が出るほど同じ匂いがする」

 

 

虎杖悠仁。祖父の「人を助けろ」という呪いを背負い、自身の死すらも他者のための部品としてしか捉えていなかった歪な少年。

 

目の前の衛宮士郎の精神構造は、あの小僧のそれに酷似していた。

 

「せいぜい、足掻くことだな、小僧。その薄っぺらい理想のメッキが、この血塗られた盤面でどこまで剥がれずに保つか……特等席で拝ませてもらおう」

 

宿儺は愉悦に満ちた声で宣告した。

 

「……下劣な」

 

士郎の傍らに控えていたセイバーが、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 

主の悲壮な決意を嘲笑う呪いの王に対する、純粋な怒りと敵意。彼女の翡翠の瞳は、これ以上マスターを侮辱するなら容赦はしないと、明確な殺気を放って宿儺を鋭く睨みつけている。

 

 

だが、宿儺はその剣気すらも鼻で嗤い、ひどく退屈そうに首を鳴らした。

 

「おい、凛」

 

宿儺は、隣で胃を押さえているマスターに声をかけた。

 

「ひどく目障りで退屈な問答だ。なあ、面倒ならそこの中身の腐った泥人形(神父)、俺が今ここで三枚に下ろしてやろうか?」

 

「……っ!! 馬鹿なこと言わないで!」

 

凛は顔面を蒼白にさせ、慌てて宿儺の前に立ち塞がった。

 

「ここは監督役の教会よ! ここで手を出せば、私たちが全陣営を敵に回すことになるわ! 絶対に許可しない!」

 

「ふん。つまらんルールだ」

 

 

宿儺は興味を失ったように肩をすくめ、背を向けた。

 

「聖杯とやらが本当に万能だとしても、他者が作った器に願いを乞うなど弱者の発想だ。俺には縁のない代物だな。……行くぞ。長居する価値もない場所だ」

 

 

宿儺の絶対的な自己完結性。それは、他者の苦悩を啜ることでしか自我を満たせない綺礼にとって、ある種の『完成された厄災』として強烈に眼球に焼き付いた。

 

(……凛。お前は本当に、とてつもないものを引き当てたようだ)

 

綺礼は、去っていく彼らの背中を、いつまでも暗い笑みを浮かべたまま見送っていた。

 

 

 

 

 

 

【時刻:午前0:30】

 

【場所:冬木市・新都〜住宅街への帰り道】

 

教会を出た四人は、深夜の冬木市を無言で歩いていた。

 

マスターとしての契約を済ませた士郎。彼を護衛するセイバー。そして、凛と宿儺。

 

「……霧が、出てきたわね」

 

凛が周囲を見回し、コートの襟を合わせた。

 

先ほどまでは澄んでいた冬の夜空が、いつの間にか乳白色の濃霧に覆い隠されている。街灯の光が乱反射し、数メートル先すら見通せない。

 

ただの霧ではない。魔力(マナ)をたっぷりと含んだ、人為的な結界の匂いがした。

 

「止まって、シロウ、凛」

 

セイバーが見えない剣を構え、前方へ進み出た。

 

「……強い敵性の気配です。それも、尋常な質量ではありません」

 

「ふふっ。こんばんは、お兄ちゃん、凛」

 

霧の奥から、鈴を転がすような、無邪気で残酷な少女の声が響いた。

 

真っ白なコートと帽子に身を包んだ、雪の妖精のような少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「……アインツベルンのマスターか!」

 

凛が即座に魔術回路を起動し、両手に宝石を構える。

 

「ええ。ご挨拶に来たの。でも、お兄ちゃんがセイバーを喚んじゃったから、予定変更ね」

 

 

イリヤは天使のように微笑みながら、その背後の『闇』へと振り返った。

 

「――殺しちゃっていいわよ、バーサーカー」

 

 

ズゥゥゥゥンッ……!!

 

 

大地が、物理的に悲鳴を上げた。

 

霧をかき分けて姿を現したのは、身長二メートル半を優に超える、岩の如き筋肉の鎧を纏った『狂戦士』。ギリシャ神話における最強の大英雄、ヘラクレスだった。

 

その手には、神殿の柱をそのまま削り出したかのような、無骨で巨大な斧剣(無銘・斧剣)が握られている。

 

「……グルォォォォォォォォォッ!!!」

 

理性の一切を失った狂獣の咆哮が、大気を震わせ、周囲の木々の葉をすべて散らした。

 

(……なんだ、あれは)

 

宿儺は、一歩も動くことなく、その巨大な肉塊を見上げていた。

 

彼の四つの瞳は、バーサーカーの肉体を構成する異常な呪力(魔力)の理を、瞬時に解析していた。

 

(圧倒的な膂力。だが、それ以上に厄介なのはあの肉体の『構造』だ。あれはただ硬いだけではない。死の概念に対する強力な耐性……いや、『命のストック』が何重にも重ね掛けされている匂いがする)

 

宿儺の口角が、ゆっくりと、そして三日月のように凶悪に吊り上がった。

 

(……ほう。あれなら、何度『解』を浴びせても壊れまい。俺の斬撃を試すには、この上なく極上の『まな板』だ)

 

宿儺が歓喜の笑みをこぼす中、戦端はすでに開かれていた。

 

 

 

 

 

「シロウ、下がって!」

 

私は主を守るため、大気を蹴って狂戦士へと肉薄した。

 

(速い……! この巨体で、これほどの速度!?)

 

バーサーカーの斧剣が、暴風となって私の頭上から振り下ろされる。

 

『風王結界(インビジブル・エア)』で不可視にした聖剣を両手で構え、斜め下からその一撃を弾き飛ばそうとする。

 

ガァァァァァンッッ!!!

 

「――っ、がっ!」

 

受け止めた瞬間、腕の骨が砕けるかと思うほどの衝撃が全身を貫いた。

 

弾き返すことなど不可能。巨岩が落ちてきたかのような圧倒的な質量。私はその威力を横に逸らすのが精一杯で、アスファルトの地面を削りながら数メートルも後退させられた。

 

(……ステータスの差が、圧倒的すぎる)

 

本来の私であれば、これほどまでに押し込まれることはない。しかし、現在のマスターであるシロウは未熟な魔術師であり、私への魔力供給路(パス)が全く繋がっていないのだ。

 

筋力、耐久、敏捷。すべてのパラメータがランクダウンしている今の状態では、この狂獣と正面から打ち合うのは自殺行為に等しい。

 

「ルォォォォォ!!」

 

バーサーカーが追撃の横薙ぎを放つ。

 

私は魔力放出によって自身の筋力を瞬間的にブーストし、低く沈み込んでそれを回避。同時に、狂戦士のがら空きになった腹部へと、見えない剣を深々と突き入れた。

 

手応えはあった。確実に肉を裂き、内臓を破壊する一撃。

 

 

しかし。

 

「――なっ!」

 

バーサーカーは血を流しながらも、全く怯む様子を見せなかった。

 

まるで蚊に刺された程度だとでも言うように、突き刺さった私の剣ごと、剛腕を振り下ろしてきたのだ。

 

 

 

 

「……嘘でしょ。あのセイバーが、完全に防戦一方なんて……」

 

凛は、霧の中で繰り広げられる神話級の激突を前に、冷や汗を流していた。

 

セイバーの剣技は間違いなく超一流だ。しかし、相手のバーサーカーはそれを「純粋な暴力」だけでねじ伏せようとしている。

 

「宿儺! 何見てるのよ、加勢しなさい!」

 

凛は隣で腕を組んだまま微動だにしない宿儺に向かって叫んだ。

 

「断る。俺に指図するなと何度言えば分かる」

 

宿儺は、目の前の死闘を映画でも見るかのように退屈そうに、しかしその瞳の奥に確かな暗い炎を灯しながら眺めていた。

 

「俺は、あの眩い光(セイバー)が、あの圧倒的な泥(バーサーカー)の前にどう沈んでいくのかを見てみたいのだ。お前が令呪で俺の首を無理やり引っ張るというなら別だが?」

 

 

「……っ、この、自己中男が!」

 

 

凛は奥歯を噛み締めた。

 

ここで令呪を一画消費するべきか。だが、宿儺を無理に動かせば、彼がバーサーカーどころかセイバーや士郎まで巻き込んで『解』を放つ危険性がある。

 

 

 

「――シ、ロウ……!」

 

 

ガキィィンッ!!

 

セイバーが体勢を崩した。

 

バーサーカーの怒涛の連撃に耐えきれず、彼女の見えない剣が大きく弾き飛ばされ、無防備な胸元が完全に露出する。

 

 

「ルォォォォ!!」

 

 

バーサーカーが、必殺の斧剣を頭上に高く振り上げた。

 

 

回避不能。防壁展開も間に合わない。

 

 

セイバーの体が、確実に両断される、その瞬間。

 

 

「――セイバー!!」

 

衛宮士郎が、動いた。

 

恐怖にすくむ足を無理やり前に出し、魔術回路すら使わず、ただ生身の体のまま、セイバーを庇うようにして彼女の前に飛び出したのだ。

 

 

「シロウ!? いけません!!」

 

セイバーの悲痛な叫び。

 

(……馬鹿っ!)

 

凛が絶望に目を丸くする。

 

「……ほう」

 

しかし、宿儺だけは、その光景を見て静かに息を吐いた。

 

かつて、圧倒的な呪いの前に、自身の命を投げ出してでも他者を守ろうとした、あの小僧(虎杖悠仁)の背中。

 

それと全く同じ、愚かで、非合理的で、狂気すら孕んだ「自己犠牲」の姿。

 

「……本当に、反吐が出るほど同じだな」

 

宿儺は、小さく呟いた。

 

彼が士郎を助けたいと思ったわけではない。ただ、あの『借り物の理想』に殉じようとする少年が、ここでただの肉塊になって終わるのが、ひどく「つまらない」と感じたのだ。

 

 

もっと足掻け。もっと絶望しろ。お前のその理想が、どこまで無様に行き詰まるのかを俺に見せろ。

 

 

ドォォォォォン!!!

 

 

バーサーカーの斧剣が、士郎とセイバーの頭上へと振り下ろされた。

 

大地が砕け、土煙が数十メートルの高さまで舞い上がる。

 

「衛宮くん!! セイバー!!」

 

凛の絶叫が霧に溶ける。

 

イリヤが「あははっ、ペチャンコね」と無邪気に笑う。

 

 

しかし。

 

土煙が晴れた後。

 

そこには、奇妙な光景が広がっていた。

 

士郎は死んでいない。セイバーも無傷だ。

 

彼らの頭上数十センチのところで、バーサーカーの巨大な斧剣が、ピタリと停止していたのだ。

 

否、停止したのではない。

 

 

斧剣の巨大な刃を、純白の和服の少年が、たった片手の『掌』で受け止めていた。

 

「なっ……!?」

 

イリヤの笑顔が凍りつく。

 

セイバーが驚愕に目を見開く。

 

【固有スキル:空界踏破 B】による神速の介入。

 

そして、莫大な呪力で限界まで強化された伏黒の肉体による、圧倒的な『力の拮抗』。

 

「宿、儺……?」

 

凛が震える声でその名前を呼ぶ。

 

「……下らん死に方を選ぶな、小僧」

 

 

宿儺は、士郎を一瞥することもなく、冷酷に吐き捨てた。

 

「俺は言ったはずだぞ。お前のその薄っぺらい理想がどこまで保つか、見物させてもらうとな。ここで終わられては、俺の興が削がれる」

 

「ギ、ルォォォォ!!」

 

バーサーカーが、自身の斧剣を受け止められたことに激怒し、さらに筋力を引き上げて押し潰そうとする。

 

ミシミシと、宿儺の足元のコンクリートが蜘蛛の巣状に砕けていく。

 

だが、宿儺の口角は、限界まで引き裂かれるように吊り上がっていた。

 

「いい力だ。だが、それだけだ」

 

宿儺の掌から、黒い呪力の炎が爆発的に噴き出した。

 

「退け、肉人形」

 

 

ドゴォォォォンッ!!!

 

 

宿儺が掌を押し返した瞬間、バーサーカーの二メートル半の巨体が、まるでトラックに跳ね飛ばされたように宙を舞い、数十メートル後方の林の中へと叩き込まれた。

 

 

なぎ倒される木々の轟音が、夜の霧を切り裂く。

 

「……信じられない。あのバーサーカーを、力で押し返した……?」

 

 

イリヤが呆然と呟く。

 

セイバーもまた、目の前の化け物の常軌を逸したパラメータに戦慄していた。

 

宿儺は、右手の袖を軽く払い、悠然と林の方角へと向き直った。

 

彼の周囲の大気が、異常な呪力の密度によって歪み、陽炎のように揺らめいている。

 

「さあ、立ち上がれ不死の獣。」

 

宿儺の四つの瞳が、暗闇の中で赤黒く輝いた。

 

「俺を楽しませろ。お前のその何重にも重ねられた命の皮、すべて『捌いて』丸裸にしてやる」

 

冬の夜の森。

 

狂戦士(バーサーカー)と呪いの王(アルターエゴ)の、聖杯戦争の常識を根底から破壊する『第2ラウンド』が、今、絶望的な熱量と共に幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回

狂戦士VS呪いの王

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