青き炎のBEACON《道標》   作:リクライ

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第二十二話 『本来の力【後編 1/2】』

 

 

 

 

 

 

 ──寒気がする。

 

   ── USJ 土砂ゾーン ──

 

 それは、自身が生み出した『氷結』によるものではない。

 ほんの数分前、USJエントランスを覆い尽くした、あの底知れない悪意を持った黒い霧。

 空間そのものを歪め、強制的に他者を飲み込む暴力的な個性の余韻が、未だ肌にへばりついている感覚だ。

 

「……散らして、『嬲り殺す』、か」

 

 白く溜まった息を吐きながら、冷たい声を静かに呟くのは──轟焦凍。

 彼の眼前に広がるのは、土砂災害を想定して作られた斜面のゾーンだ。だが、今目の前に広がっているのはビルの瓦礫と土砂の山ではなく──

 

「い、痛ぇ……ッ!」

「体が……凍って、動けねぇ……ッ!」

「バケモンかよコイツ……っ!」

 

 見渡す限りの『氷河』だった。

 轟の足元から放射状に広がった氷は、自身を囲むようにして待ち伏せていた数十人ものヴィラン達を『容易く』、そして無慈悲に縫い止めた。

 

 武器を振り上げた姿勢のまま氷漬けにされた者。

 逃げようとして足を固められたまま氷漬けにされた者。

 

 ほんの数十秒前まで、数の暴力を頼りに意気揚々と襲いかかってきた有象無象の(ヴィラン)たち。それが今や、こうして縛り付けられて動くことも許されず、ガタガタと歯の根を鳴らして怯える体たらくを晒している。

 

「…………」

 

 その中心で、轟は白く濁った息を一つ吐き出す。

 これは、ただ単に個性の上限を越えたが故の疲労によるものではない。自身が作り出した氷河期のような冷気は周囲の気温を急激に下げたものでもあるが、それよりもだ。

 

「平和の象徴を殺す……」

 

 轟は、自身を中心として歯をプルプルと鳴らすヴィランを一瞥する。

 そのオッドアイに浮かぶのは、怒りでも、ましてや恐怖でもない。心底からくる『呆れ』だった。

 

「言っちゃ悪いが、あんたらどうみても『“個性”を持て余した輩』以上には見受けられねぇよ」

 

「ひ、ヒィッ……!」

「ホントにガキかよ……いてっいてて……」

 

 轟の氷柱で刺す視線に射抜かれ、ヴィランはより冷たさとは別に顔をさらに青ざめて歪める。

 

 ──初見じゃ精鋭を揃え、数で圧倒するのかと思ったが……

 

 敵の目論見として『分断して』嬲り殺すというのは本当だったのだろう。

 だが、この惨状を見れば言わずもがな、完全に相手の力量を見誤った愚策にすぎない。こと轟にとってこの程度のヴィランは、訓練の的にすらならない『障害物以下のなんか』にすぎなかった。

 

 ──蓋を開けてみりゃ、生徒用のコマ……チンピラの寄せ集めじゃねぇか。

 

 なぜか。

 

「…………」

 

 ──星野、一条。

 

 入学して二日目の、最初の戦闘訓練。自身の全力を尽くして氷結を出現させた、戦闘訓練。ただの壁キックと落下速度だけで粉砕し、圧倒的な機動力で自分を捩じ伏せた、あの理不尽なまでの黒い影。

 どんな状況でも、一切の感情の澱みも見せない、青い瞳。

 

 ──あいつに比べりゃ、こんな有象無象、ここいらの石ころより雑魚だ……。

 

 たまに足が石に引っかかってよろける方がいいと思えるほど、本当にしょうもない烏合の鳥だ。

 

 自分と同じようにあの規格外の少女も、きっと今頃、どこかのエリアに飛ばされているはず。

 

 ──あいつの相手に回ったヴィランは、とんだ貧乏くじだな。

 

 轟は、無意識のうちに小さく鼻を鳴らしていた。

 心配の『し』の字を書くだけ無駄だ。この程度の有象無象が何十人、何百人集まろうが、一条の歩みを止めることなど夢のまた夢。天井を破って氷の壁も足場にして時には砕く女が、こんな雑魚どもに遅れをとるはずがない。

 

 ──むしろ、星野並みのやつが九、十人いてオールマイトとトントン、って感じか……?

 

 ──ヴィランは星野並みと思えば、大人はこんなもんって……

 

「子供一人に情けねぇな。大人だろ?」

 

 轟は、氷漬けになって顎を合わせられないヴィラン達を見下ろした。

 今彼らの目に浮かんでいるのは、紛れもない恐怖だ。自分たちが狩る側だと思い込んでいた『有象無象』が、たった一人の生徒によって狩られる側に立たされている現実に受け入れられずにいる。

 

「なあ、あんたら」

 

 轟はしゃあしゃあと歩みを進めると、徐に腰を下ろして胡座をかく。

 

「このままじゃじわじわとあんたらの体が底冷えで壊死してくわけなんだが」

 

「…………っ!」

 

「俺もヒーロー志望。そんな酷ぇことはなるべく(・・・・)避けたい」

 

 胡座をかいた轟を目だけでヴィランらは見下ろしているはずなのに、一向に心は下手でへし折れる音が奏で始める。

 そこ知れぬ冷気だと。年齢にそぐわない冷酷なまでの合理性だと。

 

 轟は、ひとつ冷気を口から溢し、逡巡した。

 次の一口(一手)が、コイツらを石ころ以上の値札をつけることになる。

 なら、

 

 ──俺が今できることは……

 

「オールマイトを殺れるっつう根拠……策ってなんだ」

 

 一瞬の間。その間に、轟は瞳を出口へと向けた。

 一条も、どうせもう片付け終えている。轟より先に広場に戻っている可能性すら、あの戦闘訓練を見た誰もがそう思った。

 

 

 

 

 ──思わされていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火花──。

 

 

 鼓膜を圧迫するような、重く、鈍い衝撃波が地下空間の表面を揺らす。

 

 

 風騒音──。

 

 風が切り裂かれ、大気がそこかしこで悲鳴を上げる。

 

 ついで、響音──。

 

 硬質な金属同士が一切の容赦なく噛み合い、削り合う絶叫が、廃墟を模した異国情緒あふれる街並みに反響し、走り回る。

 『黒』と『紫』が──。

 

 薄暗く表層部のエリアを照らす太陽風の照明。照明は、崩壊したノスタルジアで繰り広げられる『交差』を淡々と見下ろしていた。

 

 瞬間

 

「や──ッ!」

 

 またひとつ、短い発生と同時に『黒』の一閃が通り過ぎ、火花が大きく花開く。

 

 

   ── USJ 地下災害ゾーン【表層部】 ──

 

 

 瞬きの間に、戦況は一変してしまうからこそ、青い瞳はこの戦いが始まってからひとつも瞬いてない(・・・・・)

 一瞬、一瞬の、ゆとりと思っていた時間が全て相手の手中に捕まえられていて、気づけばすでに──

 

「──ッ!」

 

 背後から飛びかかる紫女。引き絞られた大斧がさらされた一条の真っ白なうなじを捉える。

 が、一手早く、一筋の黒──★Black Bladeが割って入ることで事が中断。

 

「「──すごいじゃないっ」」

 

「──ッ!?」

 

 刹那、一条を覆い尽くす影。

 それは、放置された黄色のタクシーが、もう一人(・・・・)の紫女によって蹴り込まれたもの。

 弾丸の如き速度で殺到する一台のタクシーを背後に、一条は相手にしていた紫女を黒の一刀で巻き込んで盾に、

 

 だが、そうならないことを一条は知とした。

 

 紫の女が、──タクシーを通り過ぎた。

 

 まるで幽霊でも相手していたかのように、タクシーが女の体を無視して一条を潰しにかかり──

 

「──ンッ!!」

 

 瞬く間に、金属の塊が一条の体を避けるように、通り過ぎる。それは、通り過ぎたように見えて、一条が単に切り上げ──一台を中央から両断したに過ぎない(・・・・)

 が、

 

「す・て・き・よ?」

 

 (車内)から中身が、女が飛び出し、嬉々として掲げた斧を振り下ろしにかかる。

 当然、これを易々と食らうほど一条は死に急いでも願望もしていない。からこそ、逆手に右手に握りしめたカノンを盾に。

 

「っつう……ッ!」

 

 受けて立った──。

 直後、爆撃の如き破裂音と共に一条の足元が破砕。足元の街路が、重さと落下加速を兼ねた衝撃に耐えきれず、放射状に絶命したのだ。

 

 だが、一条はそのまま、

 

「く、ンゥ!!」

 

「え、うそ!?」

 

 押し返すと思わなかったか。紫の女から驚愕めいた叫び声が聞こえると同時に、一条は右足を地面に叩き入れるまま、体を捻りフルスイング。

 

「とりゃ──っ!」

 

 大砲に張り付いた女を近場のビルの一階へと吹き飛ばし、奥の部屋へ勢いよく叩き込んだ。

 もはや山形ではなく一直線を描く紫の弾丸を撃ち込まれたビルの一階は轟々と煙をまく。

 

「────。……次はっ」

 

 瞬時に視線を辺りに降らせる一条。だが、もう一人、また一人と湧いて出てきた『紫女』は出てこなかった。

 どういうわけか、さっぱりだ。

 しかし、見た状況は『透過』『分身』『質量を持つ』『後退』『重なる声』がある。

 

 そしてさっきのは、おそらく『本物』。壁はついぞ紫女を無視しなかった。

 

 敵の個性は、一体──

 

「なかなか頑張るわね……すごいわ。ほんとうに」

 

 崩壊した壁の奥から、クツクツと笑う女の声が、一瞬の静寂を台無しにする。

 

 わかってはいた。あんな生半可なものじゃ、たいした時間稼ぎにも、体力削りにもなりはしないことくらい、一条には。

 

「あなた、なんなの」

 

 姿なき声主に、一条が一人で声を交わすという不気味さ。

 動物も、ハリボテの植物すら息を潜めて成り行きを見守り、彼女らの声を反響させるしかない。

 

 何か、彼女の口からひとつでも手がかりを探りたい。のだったが。

 

「何って、ああ……私は──『MEFE(ミー)』よ。知りたがってたんだし、ちょーっと、礼儀知らずだったものね」

 

 あの戦いのどこに礼儀があったのか。無法すぎる。

 それに、だめだ。『ミー』という名は、少し前までは知りたいものの枠に入れられていたが、今は立退済み。

 何せ、

 

 ──敵。

 

 ミーという名があろうとも、一条にとってミーは敵でしかないのだから。

 

「ミー」

 

「そうよ、舌で転がしなさい。よーく舐めてもらわないと──」

 

 一条は、その名を口にするのと同時に、瓦礫の山から声が響き、

 

「──私が転がしちゃうわ」

 

 言い切った。その刹那────赤黒く半月を描く無数の斬撃が一条へと押し寄せた。

 

「──ッ、なに……」

 

 空気を焼き切って特攻する真空の刃──いや、波動。

 同時に、一条は右腕を持ち上げてカノンを大元へ差し向けて、

 

「ッ」

 

 放つ──。

 開戦前の砲撃とは違う。一秒間に十を優に超える青の閃光が射出。波動と波動がぶつかり合い狭間では爆炎を撒き散らし、当たりのガラスが弾け飛んだ。

 

 だが、弾幕は張った。斬撃を発射するようなものでも所詮は斬撃。カノンの連射には──

 

「「「「まだまだよっ」」」」

 

「──ッ」

 

 敵うわけが、あった。

 瞬間、ミーの声が『四倍』になったと思えば、斬撃も伴って『四倍』へ膨れ上がる。

 

 奥歯を噛み締め、足を地面に貼り付けて、全力で斬撃の雨に対抗する一条。連射するたびに腕が震え、足がアスファルトを擦ってはガリガリと歪な音を立てる。

 

 殺到。追撃。雨霰の嵐。

 

 一秒──

 

 たったその直後、紫の影が飛び出した。

 

「「「「あなたにできて──」」」」

 

「────っ」

 

 本当に四人だ。姉妹ではない。なんの手品か知らないが、これがミーの持つ個性。『実体』を持つ、それぞれが『独立』して動き回り、『透過』して斧を振りかざす。

 

   ──“個性”──

 

「「「「私にできないなんてことないわ」」」」

 

 ──こんな個性があるの……っ

 

「──っ!?」

 

 不味い。

 三文字が頭に浮かび上がるのと同時に、一条の体は次なる防御に体が移ろう。

 

 ──どうする。

 

 タクシーの残骸を蹴り飛ばし、右から振りかざす女に激突しない(・・・)

 

「「「「あっぶなーいっ」」」」

 

 ──どうする。

 

「──っく」

 

 激突せず透過して腰を(切断)しにかかる一人のミーから後方へ跳ね飛び、避ける。

 

 ──どうしたら……

 

「「「「三等分よお」」」」

 

 カノンを向ける──よりも左から二つ、またも斬撃が。

 

 ──どうしたらいい……。

 

「にぃッ」

 

 飛び跳ねたままの一条が空中で巨砲を翻し、斬撃の隙間を縫って通る。

 

 ──どうしたらいいの。

 

「──っ、はッ!」

 

 着地。足でも手でもなく、巨砲を支点として着地タイミングをずらす一条が、左手に握ったブレードでミーの首筋を薙ぎ払って、

 

「「「「ざんねーん」」」」

 

 手応えがなく、黒い一閃はミーの首を無視して虚空を切り裂いた。

 

 ──透過と分身、それに斬撃。無茶苦茶にも限度がいる……っ。

 

 だめだと判断するや否や、一条は地面に突き刺して支点としていた巨砲を足を介した着地と同時に引き抜き、粉塵をばら撒いた。

 

 粉塵を突き破って現るミー達。

 だが、

 

「「「「あら」」」」

 

 全員が同じ表情をするミー。他の三人が幻影のように粉塵をすり抜けて(・・・・・)いく中、たった一人だけが、実態として粉塵を巻き上げて(・・・・・)現れた──。

 

 ──あれが本物ッ!

 

 だが、見つけたからと言って、三人の偽物が無視するなんてことがない。

 だからこそ、一条の目の前に三つの大斧の刃が、活路を見出した青い瞳に落ち始める。

 

「──っ」

 

 囮。本物を見た事象こそデコイ。

 一条は今、本物を釘付けにしてしまったことが、逆に身を明け透けと晒すことになったのだ。

 

 四方八方。

 

 間に合うか間に合わないか。

 

 いや──勘に、従う。

 

「──ヒーローは」

 

 一条の意思に従い、一条の体が、

 

「逃げないっ」「「「「────」」」」

 

 襲いかかる斧へと向かい前進した。

 それは、あまりにも無謀な激突。答えはもはや明白のはずだった。

 分身は分身ではなく、実体化と影を現出した透明化が可能な分身。先刻のタクシーでも、それは立証済みだったはず。

 

 そして、今、本物に向かう一条の体に三つの斧がめり込み──四つに裂かれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ることなく通り過ぎ、

 

「「「「目がいいんじゃない」」」」

 

 黒剣の切先が『本物』を──

 

「「「「勘がいいのね……ッ」」」」

 

 捉えた。そのままミーの胴に一閃が刻まれる──

 

「「「「わけがないわ」」」」

 

 瞬間、斧を、長い柄を逆手に持ち替え、粉塵が切り裂かれるのと同時に、刃先が一条の足元を砕く。

 そして、斧に体重をのしかける支点とすると同時に、棒高跳びの如くミーの体が宙へと投げ出し──その下を黒の半月を描く黒剣が通り過ぎた。

 

 ──ダメか。

 

「もっと踊ってごらん?」

 

 直後、周りから四人から一人の声に減少した即座、ミーの斧が縦に振り下ろされるものの──

 

「……っ」

 

 跳躍で後ろへ流すようにしたカノンを、剣の一閃の勢いで体を捻ることで引き寄せ、かろうじて受け切る。

 大砲の腹を大斧が殴るのとともに、火花が咲き、二人の間に熱が迸るが、一瞬のひととき。

 二つの得物の重量は大型バイクに匹敵するのだから、その両方がともに回転し、激突すれば──弾かれた武器に互いは引き寄せられざるを得ない。

 

「チッ」「ぐっ」

 

 舌を打ち、空中に漂うミーが最中に斧を振り向きざまに振い、血濡れの斬撃を。

 喉を引き攣らせ、地面に背中を打ちながらも決して見逃さない一条はカノンを差し向け、紺碧の砲撃を。

 

 瞬間、爆裂──。

 

 地と空の狭間で放たれた一撃。互いに異なるエネルギーが互いに異なるエネルギーに拒絶し合い、爆破した。

 

 ── !!

 

 爆風が地下の閉鎖空間を縦横無尽に吹き乱れ、崩壊しかけていたビルが更なる悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 一条の体は、慣性と衝撃波に逆らうことなく、路面を数十メートルも滑り、瓦礫の山へと激突。アスファルトを大砲で抉りながら、ようやく止まった。

 

「……っ、ケホッ……」

 

 肺に溜まった土煙を吐き出し、一条は顔をあげる。

 黒いパーカーは至る所が避け、真っ白だった肌には薄い擦り傷がいくつも刻まれた。だが、一条の瞳──その青い瞳はわずかな光を受け取り、輝きながら、正面の『煙』を凝視していた。

 

「あらら……ひどいわ。せっかくのお洋服が台無し」

 

 煙の向こう側。

 ミーが、空中から降り立つように音もなく着地。自慢の三角帽子のつばを持ちながら、斧を器用に回しながら。

 彼女もまた、先ほどの爆発を無傷でやり過ごしたわけではない。紫の髪は乱れ、紫のインナーは煤煙で汚れている。

 しかし、その瞳に宿る愉悦の輝きは、戦いを楽しむ猛獣のそれ。

 

 両者の瞳は、未だ翳らない。

 

「意外とタフなのね。『力』を使うそぶりも見せないなんて」

 

「……っ?」

 

「でも、いつまで持つかしら」

 

 ミーが紫の瞳を妖艶に細めてクツクツと笑う。

 大斧の柄を肩に担ぎ、担いだと思えば前に。右に左に。次々と手慣れた手つきで円を宙に描くムーラン。まるで舞踏会で次のステップを待つかのような優雅さだ。

 だが、その全身から立ち昇るプレッシャー。先ほどが『遊び』とするなら、これは一段階上。

 手加減なしの、明確な

 

   ──『敵意』──

 

「…………」

 

 一条は答えない。ただ、ゆっくりと呼吸を整えつつ、右手の★Rock Cannonの重みと、左手の★Black Bladeの冷たい感触を握りしめて確かめる。

 

 ──分身、透過、遠距離からの斬撃。

 

 ──まともに追いかけてもすり抜けられる。けど、攻撃は当たる。

 

 先ほど、粉塵を『巻き上げた』のが本物で、今歩いてきているのもおそらくは本物だ。

 つまり、彼女の分身。あるいは、似たナニカには、すり抜けるトリガーがある。確実に当たるはずだった三つの斬撃をあそこで外す意図がわからない上に、

 

『『『『勘がいいのね……ッ』』』』

 

 勘。

 ひどく苦々しい物言いだった。

 何かあるのか。あの偽物に、何かが。

 

 とりあえず、やるべきことは──現状解明したものを戦術に組み込む。

 

 ──それだけ。

 

 あれは、時間か勘が解決してくれる。

 

「来ないなら私からいくわよ?」

 

 ミーの声が響いた瞬間、差し迫る。

 だが、ただ接近するだけではない。片手にもつ斧を掲げたと思えばそれを投擲。一条に当てるでもなく、だとすれば牽制目的でもない。

 ただ地面を爆裂し、自らを炸裂する土煙に身を隠す。

 

 ──なんだ……。

 

「──っ」

 

 (セロ)──。

 

「「「「フッ」」」」

 

 一つのミーが粉塵を巻き上げ(・・・・)、三つのミーがすり抜け(・・・・)て邁進してくる。

 

 (ウノ)──。

 

「──っ」

 

 待つだけでは、あちらの思う壺。こと戦闘において呼吸を乱されたものが泥に溺れ、息づくものが地上を立つ。

 だから駆ける。

 

 同時に、圧倒的重量を押さえつける空気が、ミーらの腕によって断ち切られる。

 風切りの音色。それが一条の耳に飛び込んだ。

 

 ──これは、持ってる(・・・・)

 

 ★Rock Cannonを持つ腕を振り上げた。

 それは、風切り音を纏って斧を振り下ろす本物のミーへ──ではない。全員(・・)だ。

 

 瞬間、跳躍し一息に距離を詰める一条の体が正中線を軸にする回転で黒の疾風へと変貌。

 ★Rock Cannon、★Black Bladeの力は絶大だ。重量でみれば確かにそうだが、遠心力によって、ただの斬撃とはまるで異なる比類なき力が宿る。それは、四つから向かってくる大斧を──

 

「「「「──っ」」」」

 

 全て弾き飛ばすにまで到達。

 

 (ドス)──。

 

 ──全員に実体っ。

 

 分身と本体。それぞれが前方で扇状にばらける。全ての斧は所有者に握られてはいるものの、一度弾かれ制御を失ったものは暴れ牛のようにいうことを聞かない。──ミーたちは手綱が握られずにいる。

 

 ならば、そこを──

 

「────ッ!」

 

 ──突くッ

 

 遠心力で開いた腕を力技で引き込み、前進しながらもアスファルトに足をついて着地。直後、握った斧の慣性に釣られ吹き飛ぶ──『本物』に、

 

「「「「行かせると思ったッ?」」」」

 

 声が重なった次の瞬間、飛ばされて加速する一条に置いてかれていたはずの偽物が急激に本物へと背後から追い縋る。

 物理現象を無視にした、空中からの復帰。無論、一条がそれを無視するとは、

 

 ──違う。

 

 いや、一条はそのまま、吹き飛ぶ本物に跳躍。アスファルトの砕ける絶叫と共に、一条の体が宙を揺蕩うミーへ追いつき──、

 

「──っ!? チッ、このガキィ!」

 

 恐悦の笑みを浮かべ続けていた面持ちが、初めて驚愕と苛立ちに歪む。と同時、一条に斧を振り翳していた『三人(偽物)』のミーたちが、あろうことか一条を通り過ぎて本物へ輪郭が重なって消えた。

 

 再出現はさせない。

 

 ミーが刃を踊らせ斬撃を描くには斧を振らなければならない。

 だが、一条は違う。ただ、──打つ。

 

「──くぅ」

 

 瞬間、轟音と同時に一条の体が上昇した。★Rock Cannonから放たれる青い閃光が、砲撃と同時に一条の体に膨大な推進力を爆発的にもたらした。

 

 (セロ)──

 

「「「「くっ」」」」

 

 再出現。だが、思い出せ。記憶の中から引っ張り出すのは、『粉塵』。

 『巻き上げ』『すり抜け』

 

 どちらも出現当初か、出現してだいぶ時の経った時。だからこそ──

 

 ──この攻撃はッ!

 

 刹那、一条が空を塞ぐ天蓋へと銃口をむけ──青い閃光が乱れ放たれ、一条の体が急落下。重力と砲撃の初速が、一条を下へ下へと落とし落とし落とし落とし落としおとしオトシ堕として──、

 

 ──当たる──!!!

 

「はァ──ッッ!!」

 

 (セ──)──

 

 一秒を待たずして、一条に加わる全ての下方へのエネルギーが、

 

「「「「グ──ッ!?」」」」

 

 ミーが盾とする斧、長い柄に、一条の地へと目指すドロップキックが炸裂。まっすぐに伸びた膝が軋みを上げるも、構うことはない。

 このままミーを下へ連れていく。

 

「──落ちて!」

 

「グゥ……ッ、こんなところで──!」

 

 分身は瞬く間にミー(本物)へと収束する中、ミーが一条を完全に受け止め苦悶に顔を歪めた。

 だが、抵抗は実に虚しいもの。それは、斧を振るう力より一条の落下エネルギーがはるかに速く重かったからだ。

 

 瞬時。一条はミーを下敷きに、引き連れたエネルギーを掛け合わせた黒い落下星となって街路へと堕ちた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ──息が、できない。

 

 

 水面に顔を半分だけ出し、出久は広場の惨状を覗き込む。

 

 

   ── USJ 水難ゾーン近辺【広場前】 ──

 

 緑谷出久の瞳は、極限の恐怖に見開かれていた。

 隣で息を殺す蛙吹と、ガタガタと震えが止まらず口元を手で覆う峰田も同じだ。三人は同じくして、黒霧のワープによって水難ゾーンに飛ばされ、なんとかヴィランの数々を撃破と同時に捕縛。

 切り抜けることができ、こうして広場まで様子を伺いに来た。

 

 一つでもはやく、みんなのもとに合流する。して、助けを呼ぶために逃げるのだと。

 そう、それしか見ていなかった。後ろに置いてきた初めての戦果で勝利に浮かれていたからこそ、プロの世界を──、

 

「ア……ッ グ、ゥ」

 

 何も見えていなかった。

 

 そこで見たものは──あまりにも凄惨な、プロヒーローの敗北だ。

 

「相澤、先生……っ」

 

 出久の口から、掠れた悲鳴が漏れそうになる。それを必死に噛み殺して、出久はただ見ていた。

 広場の中央を。先ほどまで流れるように大群を捌いていたイレイザーヘッドの、地に這いつくばる姿を。

 

 顔を手のひらで覆った細身の男。

 彼によって個性を看破され、右肘の一撃を受け止められ──崩壊させられたのが始まりだ。

 明確な隙が、一人の『大男』を動かすに至る。

 

 そして始まったのは──蹂躙だ。

 

「あ、が……っ、────がアあァあ……ッ」

 

 対平和の象徴怪人──“脳無“。脳無が、まるで小枝でも折るかのように、無造作に相澤の左腕をへし折る。

 あたりに響くのは、万力の如き力で握りしめられ、皮膚を裂けて漏れ出る真っ赤な液の水音。あるいは、木の枝を折った時のような乾いた音。相澤の苦悶の呻き声。

 どちらも、胃をひっくり返そうとする生理的嫌悪を誘うものだ。

 

 皮膚の下。血管はズタズタで、凄まじい圧力が相澤の腕を掴んでは握って内出血。腕は歪に膨れて、皮膚が血色をどす黒くする。

 

「や、やめ……」

 

 出久の歯がガチガチと鳴る。

 

「あ、ああ……」

 

「ケロ……っ」

 

 隣の峰田はすでに涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、蛙吹でさえ大きな瞳を振るわせ息を呑むしかできない。

 プロヒーローが、あの頼もしく颯爽と大軍を制していた相澤が、赤子の手を捻られるように蹂躙される。その事実が、生徒である自分たちの心を根本からへし折りにかかった。

 

「──“個性”を消せる」

 

 脳無の正面、その惨状をゆらりと覗き見るようにしてつぶやくのは死柄木だ。

 死柄木は両腕をだらけさせ、小首を傾げて見つめると小さく嗤う。

 

「素敵だけど、なんてことないなァ。圧倒的な力の前では、ただの無個性にすぎない……」

 

「ゴ──」

 

 脳無の無慈悲な拳が相澤の顔面を捉えた思えば、アスファルトへと叩きつけられ──地面が割れる。

 鈍い音が、静まり返った広間にひどく『残酷』に響く。

 

「み、緑谷ダメだ……」

 

「────……!」

 

 思わず出久が、震えながらに首を横に振る峰田を無視して身を乗り出そうとした。その時だった。

 

「死柄木弔」

 

 死柄木の傍に、渦を巻くようにして黒い霧──『黒霧』が姿を現したのだ。

 すると『死柄木』と呼ばれる細身の男は黒霧に振り返ると、両腕を持ち上げて指し示す。それは、まるで虫を子供が見せびらかすような無邪気さ。

 

「黒霧、13号はやったか?」

 

「…………」

 

 だがその緩慢な仕草は、

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして……」

 

「……」

 

「一名──逃げられました」

 

「は?」

 

 思わぬ知らせと共に取りやめられた。

 不意に、死柄木の右手が持ち上がり、首へと向かう。

 

   カリ……カリ……

 

「黒霧……お前。お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしてたよ……ッ」

 

 片手で首元を掻きむしる死柄木。だが、片手では収まらないのか、ため息を吐くのと同時にガリガリと両指で執拗に首を掻きむしる。

 皮膚が削げる背筋を震わせるような音。それが、広場に響き始めた。

 

「あァーぁあ……、ダメだ。──ゲームオーバー」

 

 ぴたり。ガリガリという掻きむしる指を止め、死柄木が虚空を見つめるようにして冷たく呟いた。

 

「何十人ものプロ相手じゃ叶わない。今回は……ゲームオーバーだ。…………。……帰ろっか」

 

「……え」

 

 水難ゾーンの縁に身を潜めていた三人。誰とも知れない、ひょっとすると三人が声を漏らしたのかもしれない。

 

 ──……帰る?

 

「カエルっつたか今……!?」

 

「……そう聞こえたわ」

 

 帰る。確かにそう聞こえた。耳が軋轢音で正気を保っていないというのではなく、確かに死柄木の落胆の声が、皆の鼓膜を撫でた。

 あれだけの数のヴィランを引き連れ、プロヒーローに半死半生にまで追い込んでおきながら。たった一つ、オールマイトが来ないという理由だけで、自ら引く。と、そう言ったのか。

 

 助かる。

 そう、ほんの一瞬だけ安堵の息を吐きかけ────

 

「──その前に」

 

 死柄木がゆっくりと首をこちら向ける。

 顔を鷲掴む『手』の隙間からのぞく、血走った赤い瞳。その双眸が、水面下で息を潜める出久、蛙吹、みねたの三人を、

 

「平和の象徴の矜持を……少しでもへし折って──」

 

 見つけ、死柄木の体が異常な速度で出久たちの方へと歩みから向き直り──疾走し、手を伸ばす。

 出久のすぐ隣の──蛙吹の顔面に。

 

「梅雨ちゃ──」

 

 叫び、出久は自身の個性の代償を顧みず、体を乗り出そうとした。出そうとした。

 そう、しようとした。

 できなかったのだ。

 

 誰も、次の動きができなくなったのだ。

 

 直後、USJという巨大なドーム全体を根底から揺らす、振動が響き渡った──。

 

「な……っ」

 

 ただの爆発音ではない異変に、死柄木の手が空中でぴたりと止まり、背後を顧みた。

 ただの爆発音ではない。硬質な金属、膨大な質量を持ってして激突した何か。大地そのものをかち割ったかのような腹を揺らす衝撃。

 

 錯覚、というにはあまりにもはっきりした揺れ。ビリビリと波内、水難ゾーンの湖面が波紋を作るのが何よりの証拠だった。

 

 ならばと、その圧倒的な力を持つものと言ったら上がるのは、脳無だ。だが、当の脳無は血濡れの相沢を組み伏せたまま、振動を意にも返さずにして微動だにしない。

 ならば、この強固な施設全体を、この場にいる全員に異変だと感じさせる揺れを起こしたのは──誰だ。

 

「……音の出所は、地下災害ゾーン……地下方面からのようですね」

 

 黒霧が、冷静さを保ちながらも、わずかに警戒を滲ませた声で報告する。

 その言葉に、死柄木は「あ?」と首を傾げるのだが、深くは傾れることなかった。

 

「……ああ。『姉貴』の言ってた『足止め』か」

 

 ──姉貴? 姉がいるのか……!?

 

 ならば、下で暴れ狂うものは、おそらくは死柄木の後ろ盾に近い存在。

 

「ハッ……随分と派手にやってんなァ、使者サマは。どんだけ規格外のバグが紛れ込んでるんだよ」

 

 死柄木が不愉快そうに首を鳴らす一方。

 

 ──規格外の、相手。

 

 水面から顔を出していた出久は、ワードと人物を手繰り寄せていた。

 規格外の相手。規格外。物理法則を改変。重量をものともしない怪力に、体力測定で体一つでやってのけた存在。軽トラを容易く持ち上げた存在。

 それは──

 

「……星野、さん……?」

 

 出久の口から、無意識に回答に悦に浸るように滑り落ちた。

 その推測が果たして正解であるかどうか。それを確かめる術も隙も、今の自分らには与えられてはいない。

 その最中──、

 

 ── !!

 

 一際大きな揺れ、響きが、皆の立つドームの底から突き上げる。それは、先ほどの腹を揺らすような衝撃ではない。もっと近く、まるで足元から直接揺れるような、基盤を揺るがす地鳴り。

 証左として、水難ゾーンの湖面が波紋ではなく水音を立ててうねり始め、死柄木や黒霧でさえも片足を擦らしてふらつく。

 

「なんだァ!?」

「地震かァ?」

 

 広間を取り囲むように、先ほどまで祭り事のように騒ぎ立てていたヴィランら。声は不安に滲み始め、原因不明の揺れに対して忙しなく足を踏み鳴らした。

 

 その音が、

 

 二つ──。二度目の振動がさらに間を置かずに立て続けに突き上がる。息する間も無く今度は、

 

 三つ──。三度の強い揺れが地表へと這い上がるように出久達の体を上へと突き抜ける。大地が悲鳴を上げるかのように、噴水(・・)を爆心地とした広場の地面に幾筋もの亀裂がひた走る。

 

 もはやこの騒音の止まるところは知らない。

 死柄木でさえ、伸ばしかけて痛手を完全に引っ込めて、忌々しげに足元を睨みつける。足元の向こう側の二つの存在へ。

 

 出久たちもまた、地響きという本能的な恐怖に身を固めながらも、揺れの中枢へと視線が集中し始める。

 

 そして、揺れが四度に達した。その直後だ。

 

「────」

 

 広場の中央に鎮座する巨大な噴水。どんな状況でも変わらず水を噴射し続けるモニュメントが、突如として消え去った。

 それは、水を撒く機能が揺れによって断水したためによるものではない。噴水そのものが──爆裂したのだ。

 

 誰も声を出せなかった。ただ、地の底から送り込まれた『力』によってのし上げられ、地面が破られる光景を眺めるしかできない。

 退紅色のコンクリートの瓦礫が、大量の貯水が、まるで盛大な噴水として空高く舞い上がるのを。

 その中に飛び上がる──人影(・・)も、見ることしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人影(・・)──。

 

 それは破壊の噴出と濁流を突き破り、水飛沫とは明らかに異なる色彩を引いて地の底から弾き、吐き出された。

 瓦礫の灰色。その瓦礫に混じりながらも清冽さは落とさない、飛沫を上げる噴水の残滓。そして、液体の賛歌に加わる──赤い飛沫。

 

 飛沫は、人影を伴い。逆だ──人影が、鮮烈な赤い飛沫を撒き散らして空を舞う。

 

「────ぁ」

 

 ──いや、違う……。

 

 視界に映るものを、出久はただ喉が締められたかのような声を漏らして否定する。

 だが、否定をしても、肯定をしたとしても、状況は何一つ変わることなく時を刻み続けた。

 

 宙を舞う放物線の軌道に、赤い線が伸びる。いや、赤よりも──桃色のようだ。淡い紅色で、今まで見たことない(・・・・・・)くらいの艶めく桃色の太い糸。それが、赤い飛沫と共に人影から伸びて鮮やかな放物線を描く。

 

 衝突。その人影は、受け身を取ることもなく固い地面に衝突し、何度も何度もアスファルトの上を転がる。

 

 何度も──。

 

「──…………」

 

 何度も──。

 

「…………ぅ」

 

 その身を無惨に打ち付ける人影の奏でる音は、耳に入り脳が確認を取る前に遮断される。まるで拒絶するかのように。一瞬でも感動した出久自身を直視させないがために。

 けれど、出久の瞳は大きく見開かれていて、その人影の行き着く場面をありありと写し込んだ。けれど、

 

「っ……」

 

 出久は目を逸らした。閉じる力が強すぎるがあまり、極彩色が滲みかけるほど。

 そんなわけがないのだ。

 

 ──違う……

 

 あれが、

 

 ──違う……っ

 

 受け入れられず、迫り来る現実に背を向けて、出久は耳も覆い隠す。骨折した指の痛みを忘れるほど、背後のいる現実があまりに鮮烈で──残酷すぎたから。

 

 けれど。それでもなお、頭の中にはありえないのだから早く見て、そして確かめろと息づく。

 だから出久は、体が理性を通り越して目を開くのを止められなかった──。

 

「…………」

 

 最初に映ったのは、自分の居る水面。青いジャージを濡らしているのに、なぜだか今では温みさえ感じてしまうほど。違う、それを見るのではない。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、出久の顔が持ち上がり、次第にパソコンで画像が出力されてくように下に続く。

 目を持ち上げて見えるのは、赤だ。アスファルトを散らし散らしに巻きながらも、一直線であることに変わりはない赤。

 

 そして、次に見えたのは、

 

「…………ッ!?」

 

 ソレは真っ白な色から一変して、真ん中には一直線に描かれたように赤黒い線が刻まれている。裂けているように──裂けたところからは水々しい赤い絵の具で塗れて、艶のある桃色の濡れた太い綱がのたうつ。

 

 違う──あれは、臓腑だった。

 

「──ぅっ」

 

 左右非対称の黒い髪が、血と水に塗れて地面に広がる。

 極限まで削ぎ落とされた黒い戦闘服は見るも無残に裂け、白い肌は押し花が押されたように赤が滴る。

 そして、焦点の定まらない青い瞳を虚空へと向け、裂けた腹部から血とともに(はらわた)を垂れ流し、倒れ伏すその少女は、

 

『出久』

 

「ほし、の」

 

 脳内で響いた無愛想でありながら真正面に向かれる声に、出久が返した。その声は驚くほどひどく掠れた、重たいもの。

 

 

 

 そこに横たわっていたのは紛れもなく、『星野一条』その人だった。

 

「…………」

 

 一条の白い肌を汚す赤だけが、ひどく鮮やかに広がり続けていく──。

 

 

 

 

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