僕のヒーローアカデミア Gentle step lovers 作:まだら模様
相変わらずガバガバですが、よろしくお願いします。
最初の記憶は、白だった。
眩しいくらいの白。病院の天井だと気づいたのは、しばらく経ってからのことだ。
俺——相場紳士は、前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれてきた。
前世では普通の高校生だった。勉強もそこそこ、運動もそこそこ、特に取り柄もない平凡な人間。ただ一つ熱を上げていたのが、アニメだった。
中でも特別だったのが『僕のヒーローアカデミア』だ。
個性と呼ばれる超常能力が人口の八割に発現した世界を舞台にした、ヒーローたちの物語。主人公・緑谷出久が無個性から最強のヒーローを目指す王道の熱血作品——ではあるのだが、俺が一番好きだったのは主人公でも最強キャラでもなかった。
ジェントルクリミナル。
本名・髭剃豪雄。かつてヒーローを夢見ながらも挫折し、ヴィランへと堕ちた男。弾力という個性を駆使した独特の戦闘スタイルと、どこか哀愁漂う紳士的な立ち振る舞い。そして彼を支え続けた少女、ラブラバ——相場愛美の存在。
俺はこの二人が好きだった。好きで好きで、たまらなかった。
報われてほしかった。ちゃんと、幸せになってほしかった。
だから転生した先が相場愛美の弟だと気づいた瞬間、俺は声を上げて泣いた。生まれたての赤ん坊が泣くのは自然なことだから、誰も不思議に思わなかっただろうけど、あれは純粋に感情が溢れた涙だった。
推しの弟。
俺が、推しの弟に生まれた。
幼少期の記憶はぼんやりとしている部分も多いが、姉・愛美のことはよく覚えている。
六つ上の姉は、俺が物心ついた頃からずっと歌っていた。家の中で、近所の公園で、気が向いたときにふと口ずさむように。個性の練習も兼ねていたのだろうが、それ以上に歌うこと自体が好きなのだと、幼い俺にも分かった。
「しんちゃん、今日も学校どうだった?」
小学校に上がった頃、姉はよく俺の話を聞いてくれた。前世の記憶がある分、同い年の子供たちとは話が噛み合わないことも多かったが、姉といるときだけは素直に笑えた。
ただ、気になることもあった。
姉には友達が少なかった。個性のせいで周囲から距離を置かれることもあったし、本人もどこか壁を作っているように見えた。原作知識がある俺には分かる。このまま放置すれば、姉はジェントルクリミナルに出会い、恋をして、そして——。
それ自体は別に止めなくていい。
姉がジェントルに恋をするのは、もはや因果の引力みたいなもので、どうにかなるものじゃないと思っていたし、そもそもその恋を否定する気も俺にはなかった。ジェントルは姉にとって本物の人だ。それは前世で散々作品を読み込んだ俺が一番よく知っている。
ただ、ジェントルの末路だけは——変えなければならなかった。
個性が発現したのは、七歳の誕生日を少し過ぎた頃だった。
転んで擦り傷を作った膝に、なんとなく手を当てたとき。皮膚の表面から薄い膜のようなものがじわりと滲み出て、傷口を覆った。痛みがすっと引いて、膜が空気に触れた瞬間、ぱんと小さな音を立てて弾けた。
「……なんだこれ」
しばらく自分の手を眺めて、もう一度やってみた。今度は手のひらから意識的に膜を出して、ぴんと張った状態で固定してみる。透明に近い薄い膜が、風を受けてわずかに揺れた。
押してみると、弾力があった。
指で突いても破れない。強く押し込むと力を溜めて、離した瞬間に反発してくる。
「……ジェントルさんの個性と、合わせられる」
そのとき初めて、俺は自分の個性が何のためにあるのかを理解した気がした。
弾力を持った壁を、遠くに飛ばせる。ジェントルの届かない距離に、ジェントルの個性の延長線を引ける。姉の声が使えない状況でも、膜で物理的に守れる。
三人で戦えば、どんな穴も埋められる。
俺はその日から、個性の練習を始めた。毎日、少しずつ。誰にも言わずに、ただ一人でこっそりと。ジェントルさんと一緒に戦う日のために。
小学四年生の冬、ジェントルクリミナルの名前がニュースに出始めた。
軽微な違法行為をYouTubeに投稿する謎のヴィラン、という扱いで、当初は世間の反応も苦笑い混じりのものだった。ヒーロー事務所も本格的に動いていない段階で、社会的な危険度はまだ低いとされていた。
でも俺は知っていた。
このまま放っておけば、ジェントルさんはどんどん追い詰められていく。夢を諦めた痛みを抱えたまま、誰にも届かない場所で叫び続けて、最終的に——。
今ならまだ間に合う。
俺は姉の部屋のドアをノックした。
「姉さん、ちょっと話がある」
振り返った姉は不思議そうな顔をしていた。そりゃそうだ。十一歳の弟が真剣な顔でドアを叩いてきたら誰だって驚く。
「ジェントルクリミナルに、会いに行きたい」
沈黙が落ちた。
姉の目が、大きく見開かれた。
俺は構わず続けた。言葉は前から用意してあった。何度も何度も、頭の中で繰り返してきた言葉だ。
「あの人を、このままにしておきたくない。俺には分かる。ジェントルさんは本物の紳士だ。ヴィランなんかじゃない。ちゃんとした場所で、ちゃんとした形で輝けるはずの人だ」
姉はしばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「……なんで、そう思うの?」
「好きだから」
即答した。
「ジェントルクリミナルが好きだ。あの人の個性も、立ち振る舞いも、諦めない姿も全部。だから放っておけない」
姉の表情が、ゆっくりと変わっていくのが分かった。驚きから、何か別のものへ。
俺はその顔を見て、確信した。
姉も、同じ気持ちだったんだと。
——俺たちは、ジェントルさんを本物の紳士にする。
その誓いを胸に刻んで、相場紳士の物語は始まった。
反応を見て続きを書くか決めます。
不定期更新になるかもしれませんがそれでもよければ。