二番目ならまぁ耐えっしょ   作:ラトソル

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全然進んでなくて草


そらそうだろ

 頬に付いた鮮血を拭う。

 血液というのはどうにも素手だけでは完全に拭き取ることはできずこべりつくもので、時間が経てば固まって逆に取りやすくなるが、いつまでも他人の血を皮膚に残すつもりはない。

 水を出して頬を濡らし、手の甲で拭き取る。それで終わり。いつも通りのものだった。

 

「何か言いたげだな」

 

「……」

 

 後ろを見る。もっと言えば、目の前ではなく下を。

 小さな生物。雑魚呪霊ではなく、その在り方で言えば地球上のもので表すことはできないだろう怪異。

 ウミウシの身体を動かして着いてきているこいつと出会って一年が過ぎようとしていた。

 

 表情の変化は見える。身体はウミウシの癖に、人間のような感情を覗かせてくるこいつを冷めた目で見下ろす。

 ウネウネと身を捻りこちらに近づき、俺を見上げるそいつから伝わってくる感情は恐怖ではなく悲しみ。

 

「なんで殺したの」

 

「呪詛師は殺すだろ……あぁ、お前にはそこら辺を説明してなかったか」

 

「知ってる……そうじゃないよ……そういうんじゃ、無い……」

 

 ソレ……かぐやから見て、俺の背後の地面を濡らすどす黒い紅。脈動は無く、呼吸も無く、温度が下がっていくばかりのその身体を処理し、元あった景観に戻す。そんな俺の行いに対しても、こいつはいい顔をしない。

 

「殺す必要なんてあるの……?」

 

「生かす理由もないだろ」

 

「だからッ……そういうんじゃ、ないじゃん!」

 

 やけに感情的になって捲し立ててくるこいつに心動かされる事もなく、変わらず冷めた目でそいつを見下ろす。

 なんて花畑な頭をしてるのか、どこまで理想を掲げているのか。

 

(八千年近く生きてるとは思えないな)

 

 縄文から現在まで。

 つまるところ、戦国の時代や呪術全盛の平安すら経験しているはずだ。人が人を殺すところなんて、万で収まらないほど見ているはずだろ。

 

 出会った時もそうだ。一つの爆弾で数え切れないほどの人間が死んだ現場でこいつは絶望していた。

 

 何故そこまで正気を保てるのだろうか。理解が出来ない。

 

「なんとも思わないの? 人を殺すこと。貴方なら、捕まえることぐらい簡単でしょ────?」

 

 倫理観の話をされているのだろうか。呪術師にそんなん求めるなよと思うが。

 

「いちいちそんなこと気にしてたら、何度自死してるか分かんねぇだろ」

 

 もう覚えていない。何百年前の話か。

 初めて人を殺した。必要だったからだ。殺さなければ俺が死んでいたかもしれない。

 

 相手の胸に手を突き刺した感触は半年は消えなかった。ただ、それだけだ。

 

 もう50年ほど経てば、そんなものは消えた。

 

 俺の言葉を聞いて何を思ったのか、黙りこくったかぐや。口を開こうとして、言葉が出なくて。けれど、間違っていると否定しようとしているそいつに被せるように、「いいか」と言葉を出す。

 

「お前を連れてるのは俺の気紛れだってことを忘れんな」

 

「……」

 

「居ても居なくても変わんねぇから何も言ってねぇが……お前を連れていくことがデメリットになった時……それが終わりだ」

 

 どうでもいい、どうでもいい。

 

 興味も関心も無い。ただの暇つぶしのようなものだ。

 

 こいつが俺に与える影響にも興味は無いし、こいつがどう生きていくのかもどうでもいい。

 

 勝手に着いてくるなら放置するだけ。話すことも無いから会話は気が乗った時だけ。

 

 契約なんてものはしてないが、互いに暗黙の了解のようなものになっているのだろう。

 

 もう、何もかもどうでもいい。

 

 ────シューッッッッッ!!!!! 

 

 どうでもいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

「れいれい!!」

 

「はいはい」

 

「今日ね! 彩葉がライブに来てくれてね! 感・激ッダヨ〜!!」

 

 テンションたっかいなヤチヨ。よほど『イロハ』に出会えたのが嬉しいのだろう。いや、『再会』になるのか。ここまで嬉しそうな顔されたら、俺も嬉しいと錯覚しそうになる。そいつの顔とか全く知らんけど。

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、和服の装飾をヒラヒラと靡かせて。

 子供みたいな姿は本当に嬉しいという感情がダイレクトに伝わってくる。

 

「ライブの途中で目が合ったの!! 絶対ヤッチョの事見てたんだ!!」

 

「そらそうだろ」

 

 ヤチヨのライブ見に来たやつがヤチヨ見てないわけないだろ、アホかこいつ。

 

 今日はいつにも増して知能指数が低そうだ。余程嬉しいのだろう。今のヤチヨの幸福度を表す指標が多すぎて笑える。

 

 感謝感激、雨アラモード〜!! なんて相変わらず理解不能なことを叫んでクルクルとまわる。ふわりと香ってくるヤチヨの香りは慣れたもので、落ち着くものだ。

 

 8000年ぶりの再会。その感動に打ちひしがれてるヤチヨの瞳からは涙が流れていない。いや、心の底から嬉しいのは間違いないのだろう。まだ実感が出来ていないのかもしれない。

 こいつにとってのゴールはまだここじゃないのだろう。

 

(イロハ……ね)

 

 ヤチヨから何万回と聞いてきたその単語。それが人名を表していることは明白であり、女性で、ヤチヨの中の『一番』。

 

 向こうはヤチヨの事情なんて知らないだろう。今の彼女はヤチヨのファンらしいし。それでも、ヤチヨの一番になれているその子がとても羨ましい……とは、思わない。

 

「さっさとくっつけばいいのにな」

 

「あははっ」

 

 まだまだはしゃぎ足りないヤチヨには聞こえない俺の呟き。本心からそう思う。俺はヤチヨに幸せになって欲しい、と。

 これは自己満足。ヤチヨが幸せになってくれたら悔いは無い。その隣りが俺か誰かかなんてどうでもいい。『イロハ』がヤチヨの一番なら、さっさとくっついて幸せになれやって思う。

 

 ────シューッッッッッッ……。

 

 俺はどれくらいあの子の中で大切だと思われてるんだろうな。一番は埋まってるし、8000年生活してたんなら数え切れないくらいの人と会ってるんだろう。100年近く一緒にいて、今もその関係は継続してるってことは二番目ぐらいにはならせてくれてもいいと思うんですがね。

 

 ヤチヨの中で特別に思われるんなら、何番でも良いだろう。俺が生きていて良かったという証明になるんだから。

 

「零!!」

 

 そんなどうでもいい感傷に浸っている俺に声をかけてくるヤチヨ。再会の熱が収まっていないのか、そのままのテンションで声を掛けてくる。

 キーンっと耳に響いたその声に目を細めながら「なんじゃい」とヤチヨを見上げる。

 

 ばっと腕を広げ、ヤチヨの肩から覗くFushiと共に、彼女はずいっと顔を近付けてくる。

 

「今日のライブ、どうだった?」

 

 不安そうな顔もしなくて、ただひたすらに笑顔で、自信たっぷりに聞いてくるヤチヨにイラッとしながら、今日のライブを思い返す。

 一秒にも満たない思考。俺は目と鼻の先にあるヤチヨの額にデコピンをお見舞いし、ウギャッ、と汚い声を出して仰け反った彼女にケラケラと笑う。

 

「今日も良かったよ」

 

「いーたーいー!! でも、ありがとうっ!!」

 

 8000年の旅路。そして、これから辿る既定路線。

 

 それらを簡潔にでもヤチヨから教えられた。ここから進む未来をわざわざ俺に説明したということは、そういうことなのだろう。

 それを聞いた時は、へー、という感じだったが。

 

(ま、そろそろ潮時だな)

 

 もう未練とかないし、ヤチヨに願望を押し付けて幸せになってもらうために消えようかね。

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