携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第十一話-母と娘-

死闘の余韻が、沸き立つ水蒸気と共にゆっくりと空へ溶けていく。

特設ステージの喧騒から離れた広場の一角、木漏れ日が揺れるテラス席で、雷光と炎帝、

そして青川水君は一つのテーブルを囲んでいた。

 

つい数分前まで、互いの命を削り合うようにして魔獣をぶつけ合っていた者たちとは思えない、

穏やかな時間が流れている。卓上には、火照った身体を癒やす冷えたエールと、

名物の果実水が置かれていた。

 

「……負けたわ。完敗ね」

 

水君が、透き通るような声で呟いた。

その表情には、先ほどの氷のような冷徹さはなく、

全力を出し切った者だけが持つ清々しい充足感が漂っている。

 

「へっ、最後の一撃は賭けだったんだぜ。

お前のシャワーズが水中へ逃げ込む癖を読んでなきゃ、

今頃のびてたのは俺様のリザードンの方だ」

 

炎帝は豪快に笑い飛ばすが、その言葉には対戦相手への確かな敬意が込められていた。

リザードンの凍りついた翼も、トレーナー同士の和解に呼応するかのように、

午後の日差しを浴びて静かに溶け始めている。

 

「今度は、雷光くんともバトルしてみたいな」

 

水君の視線が、静かに戦いを見守っていた雷光へと向けられた。

 

「ああ。機会があれば、ぜひ手合わせを願いたいものだな」

 

雷光は短く、だが誠実に答えた。

ピカチュウを使い、彼女の変幻自在な水流をどう捌くか。その思考が軍師のように脳内を巡る。

 

「おいおい!俺様も混ぜろよ!次は三つ巴の乱戦だ!」

 

炎帝が割り込み、場に笑いが起きる。

それは、この残酷な「叛乱戦争」の時代において、奇跡のように守られたひとときの平穏だった。

 

話題は、水君自身のことに移っていった。

 

「水君は、旅とかしてないのか?その腕前なら、どこの街でも通用するだろうに」

 

雷光の問いに、水君の視線がわずかに翳った。

彼女は手元のグラスを見つめ、指先で結露した水滴をなぞる。

 

「私は……。旅とか、本当はしてみたい。あの空の向こうに何があるのか、

この目で見たいってずっと思ってる。でも、そうもいかないの。

……この街で、お母さんの看病をしなくちゃいけないから。一人には、しておけないよ」

 

その告白は、重く、切実だった。

彼女が10連勝の賞金に執着していた理由。

それは強さを証明するためではなく、病に伏せる母に、少しでも質の良い薬と、

温かい食事を与えるための軍資金だったのだ。

自由を愛する魔獣使いでありながら、愛ゆえに一箇所に留まらざるを得ない少女。

 

「……そうか。大変なんだな。お前も、自分を壊さないように気をつけろよ」

 

雷光の言葉に、水君は小さく、だが力強く頷いた。

 

「じゃあ、俺たちは行くぜ。目的地の報告もしなきゃならねぇしな」

 

炎帝が立ち上がる。買い込んだ食料を背負い直し、二人の戦士は歩き出した。

 

「うん……さようなら。いつか、またね」

 

水君は、遠ざかっていく二人の背中を、射抜くような羨望の眼差しで見つめていた。

自由に風を切り、未知の地平を目指す彼らの姿。自分もいつか、あんなふうに――。

だが、彼女はすぐにその想いを胸の奥底へ仕舞い込んだ。

今の自分にとっての戦場は、あの静かな家の中にあるのだ。

 

「ただいま……」

 

慣れ親しんだ玄関の戸を開けると、古い家特有の、湿った木の香りが鼻を突いた。

彼女の家は街の外れに位置する、慎ましい造りだった。

戦いの汚れを落とすために洗面所で手を洗い、鏡に映る自分の顔を見る。

戦い抜いた後の疲労は色濃いが、賞金で買った新鮮な卵と米が、

重いカバンの中で確かな重みを持っていた。

 

廊下の階段を軋ませながら上がり、二階の奥の部屋へ向かう。

そこでは、彼女の母が薄い布団に身を包み、微かな寝息を立てていた。

 

「お母さん、ただいま。具合はどう? 気分は悪くない?」

 

水君が枕元に膝をつくと、母がゆっくりと瞼を持ち上げた。

 

「おや、おかえり……水君。ええ、大丈夫よ。今日はなんだか、体が軽いの……」

「そう、よかった。でも、油断しちゃダメだよ。

お医者様が言ってたでしょ、安静が一番だって」

「ふふ、そうね。……なんだか、お腹が空いてきちゃったわ」

 

その言葉を聞き、水君の顔に安堵の笑みが浮かんだ。

食欲があるのは快方の証だ。

 

「待ってて。今、最高のお粥を作ってくるから」

 

台所に降りた水君は、手際よく準備を始めた。

鍋に澄んだ水を張り、研いだばかりの米を入れる。

火を点けると、やがてパチパチという音と共に湯気が立ち昇り、

柔らかな香りがキッチンを満たした。

冷蔵庫から取り出した卵を割り入れ、少量の塩で味を整える。

出来上がったお粥を丁寧に盆に乗せ、彼女は再び二階へと運んだ。

スプーンを手に取り、母の口元へ運ぶ。

 

「ん……いいのよ水君、自分で食べられるわ。あなたも疲れているでしょう?」

「いいの。今日は私が甘えさせてあげたいの」

 

親子のアたたかなやり取り。

だが、その幸福な断片を、一階から響いた不気味な音が引き裂いた。

 

重い何かが倒れたような、あるいは、何かが「侵入」したような音。

水君の身体が、一瞬で戦闘モードへと硬直した。野良犬や猫の類ではない。

もっと重く、冷たく、生物的な威圧感を伴う音だ。

 

「……水君? 何の音かしら」

「……お母さんはここで待ってて。絶対に、部屋から出ないで」

 

水君は手に持っていたスプーンを置き、腰に付けたモンスターボールに手をかけた。

階段を下りる一歩一歩が、氷の上を歩くように冷え切っていく。

リビングの扉を開けた、その先にいたのは――。




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