携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第十三話-銀竜の矜持-

夜の帳が下りる頃、街は異様な静寂に包まれていた。

青川水君は、実父から受けた暴力の痕――紫色に腫れ上がった頬と、

疼く脇腹を安物の湿布で固めると、重い身体を引きずるようにして

近所のスーパーマーケットへと足を向けていた。

 

母に温かい夕食を。

その一心だけが、折れそうな彼女の心を繋ぎ止めていた。

カゴの中には、泥の付いたジャガイモ、人参、玉ねぎ、そして特売の肉。

今夜は母の好物であるカレーにするつもりだった。

香辛料の香りが、この家の澱んだ空気を少しでも変えてくれることを願って。

乳製品の棚へ手を伸ばし、牛乳パックを掴もうとした、その瞬間だった。

 

――ドォォォォォン!!

 

腹の底を揺さぶるような地響きが店内に轟いた。

棚の瓶詰めが音を立てて崩れ落ち、客たちの短い悲鳴が上がる。

だが、水君が感じたのは物理的な衝撃以上の「何か」だった。

首筋に走る、総毛立つような殺気。

それは生物が本能的に察知する「絶対的な捕食者」の気配であり、

皮膚を刺すような、異常なほどに鋭利で冷たい寒気だった。

 

「……っ!?」

 

水君は買い物を放り出し、店を飛び出した。

自動ドアが開いた瞬間、彼女の視界を支配したのは、

夏の夜にはあり得ない白濁した世界だった。

 

街の中央広場の上空、月を背負って巨大な翼を広げているのは、

伝説の氷神鳥・フリーザーだった。

神鳥が一度羽ばたくたびに、大気中の水分が結晶化し、

ダイヤモンドダストとなって街に降り注ぐ。

アスファルトは瞬時に凍りつき、街路樹はクリスタルの彫刻のように静止した。

フリーザーの瞳には、慈悲など微塵もない。

そこにあるのは、汚れきった文明を白銀の沈黙で塗り潰さんとする、

冷徹なまでの「意志」だった。

 

【挿絵表示】

 

「……やめさせてみせる。これ以上、誰も傷つかせない!」

 

水君は痛む身体を鼓舞し、腰のベルトから一本のボールを引き抜いた。

 

「おいで!ハクリュー!」

 

光の中から現れたのは、優美な曲線を描く伝説の竜だった。

だが、その姿は異質だった。本来なら神秘的な水色をしているはずの体躯は、

月光を反射して鈍く光る「銀色」に染まっている。

数万分の一の確率で産まれる、突然変異の個体。

銀の鱗を持つハクリューは、主人の怒りと呼応するように天を仰ぎ、短く咆哮した。

 

「ハクリュー、『竜の怒り』!!」

 

ハクリューの口腔に凝縮された青白い破壊のエネルギーが、

一筋の閃光となって空中のフリーザーを貫こうとする。

だが、神鳥の反射神経は神速だった。フリーザーは羽ばたき一つせず、

気流を操るように最小限の動きでそれを回避すると、鋭い眼光を地上の少女へと向けた。

宣戦布告。

伝説の魔獣は、明確に水君を「敵」として認識した。

 

「来るわ、避けて!!」

 

フリーザーが翼を薙ぐと、幾筋もの『冷凍光線』が地上へ降り注いだ。

ハクリューは水君を庇うようにして路地を駆け抜ける。

着弾した箇所は瞬時に巨大な氷柱と化し、民家の壁を粉砕した。

このままここで戦えば、逃げ遅れた住民たちや、家にいる母まで巻き込んでしまう。

 

「広い場所へ誘導するわ!ハクリュー、走って!!」

 

水君は痛む脇腹を抱えながら、開発途中の埋立地へと走り出した。

フリーザーは逃がさぬと言わんばかりに、

建物の合間を縫うように超低空飛行で追いすがってくる。

 

「は……速い!伝説の名は伊達じゃないっていうの……!?

ハクリュー、牽制よ!『水の波動』!!」

 

背後を追いすがる神鳥に向け、ハクリューが水の衝撃波を放つ。

だが、フリーザーはその軌道を完全に読んでいた。

神鳥は空中で身を翻し、水の波動を霧散させると、

その勢いを利用してさらに加速。

ハクリューの懐に潜り込み、零度の光線を至近距離で解き放った。

 

「――ッ!?」

 

効果は抜群だった。

ハクリューの銀色の鱗が凍りつき、苦悶の声が上がる。

追い打ちをかけるように、フリーザーの翼が金属的な質感を帯びた。『鋼の翼』。

重戦車のような質量を持った翼がハクリューの胴体を叩き、

その巨体は近くのオフィスビルへと叩きつけられた。

コンクリートの壁が砕け、ハクリューは瓦礫の中に埋もれる。

 

「ハクリュー!!立ち上がって!!」

 

水君の叫びが響く。だが、フリーザーは情け容赦なく、とどめの冷気を溜め始めた。

青白い光が神鳥の嘴に集束する。発射まで、あと一秒もない。

 

「……お願い、『護る』!」

 

極限の集中力が、ハクリューの潜在能力を引き出した。

着弾の瞬間、ハクリューの周囲に翡翠色の半透明な障壁が展開される。

凍てつく光線は障壁に当たり、激しい火花を散らして霧散した。

 

しかし、フリーザーの猛攻は止まらない。

守りを解いた瞬間の隙を狙い、神鳥は超高速の突撃技『燕返し』を仕掛けた。

銀竜の身体が宙に舞い、再び地面に叩きつけられる。

今度こそ、ハクリューの瞳から光が消えかかっていた。

全身は傷つき、凍傷がその生命力を奪い去ろうとしている。

 

フリーザーは勝利を確信したように、ゆっくりと空中で静止した。

その足元で、泥にまみれた銀の竜が、震える身体を必死に持ち上げようとしていた。

 

「もう……いいわ。戻って、ハクリュー……!」

 

水君がボールを構える。だが、ハクリューはそれを拒むように、短く、強く鳴いた。

その瞳には、かつて自分が傷ついた時に優しく手当てしてくれた少女を、

この凍てつく神から守り抜くという、絶対の矜持が宿っていた。

 

「……わかったわ。あなたの魂、信じる。

ハクリュー、最後の力を振り絞って! 『でんじは』!」

 

ハクリューの角が、不吉な黄金色の火花を散らした。

死に体の身体から、全ての神経を焼き切るような高電圧を練り上げる。

フリーザーは、もはや反撃の余力などないと侮っていた。

トドメを刺すために急降下を開始したその瞬間、

ハクリューの身体から全方位へと不可視の電磁パルスが放射された。

 

神鳥の美しい翼が、不自然に痙攣した。

完璧な照準。深手を負い、意識が朦朧とする中で放たれた、執念の一撃。

電磁波はフリーザーの神経系を確実に侵食し、その圧倒的な素早さを奪い去った。

 

「やった……」

 

水君が呟いた直後、ハクリューは力尽きたようにその場に倒れ伏した。

銀色の身体は動かない。だが、その表情は、

守るべきものを守り抜いた戦士のように、どこか誇らしげだった。

 

戦闘不能。

だが、ハクリューが残した「麻痺」という呪縛は、確実に神の翼を重くしていた。

水君は、動かなくなった相棒をボールに収め、一歩前に出た。

空には、怒りに燃えるフリーザーが、麻痺に苦しみながらも再び冷気を高めている。

 

「次は、私の番よ」

 

水君の瞳には、もはや涙はなかった。




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