銀色の鱗を曇らせ、力尽きたハクリューを戻す水君の手は微かに震えていた。
しかし、その瞳に宿る火は消えていない。
「ありがとう、ゆっくり休んで……。あとは、私が繋ぐから」
祈るように呟き、彼女はモンスターボールを腰のホルダーへと収めた。
背後では、追いすがってきたフリーザーが氷の粉塵を撒き散らしながら滞空している。
辿り着いたのは街の外れ、開発が止まったままの広大な荒野だった。
民家はなく、遮るものもない。
ここなら、どれほど巨大な魔獣を繰り出そうとも、誰かを巻き込む懸念はない。
水君は意を決し、最も重厚な「盾」であり「矛」である相棒の封印を解いた。
「お願い……ハガネール!!」
轟音と共に、大地が悲鳴を上げた。
地割れを押し広げるようにして姿を現したのは、全長30mを超える鋼の巨蛇、ハガネール。
月光を反射するその身体は、長年の地底生活で鍛え上げられ、
ダイヤモンドに匹敵する硬度を誇る。
立ち上がったその巨躯は、空飛ぶフリーザーを地上から見下ろさんばかりの威圧感を放っていた。
鋼鉄の属性を持つハガネールにとって、氷の技は決定打にはなり得ない。
しかし、その巨体ゆえに回避は困難だ。
対するフリーザーは、先ほどのハクリューが命懸けで残した『でんじは』によって、
翼の端々に不自然な火花が散っている。
かつての神速は影を潜め、その挙動には明らかな「澱み」が生じていた。
沈黙を破り、先手を仕掛けたのはフリーザーだった。
麻痺に苦しみながらも、その嘴に極低温のエネルギーを収束させる。
放たれた『冷凍光線』は、ハガネールの急所である眉間を正確に貫こうと奔った。
「避けて、ハガネール!」
水君の鋭い指示。巨体に似合わぬ柔軟さで、鋼蛇は首を大きくしならせ、
冷気の筋を紙一重でかわした。凍気が触れた大気が白く爆ぜる。
「今よ、『岩雪崩』!」
ハガネールが尾を地面に叩きつけると、周囲の岩盤が隆起し、
巨大な岩塊となってフリーザーの頭上から降り注いだ。
本来のフリーザーならば、羽ばたき一つで回避できるはずの攻撃。
しかし、麻痺した翼が悲鳴を上げる。旋回のタイミングがわずかに遅れ、
数個の巨岩が神鳥の背中を、翼を、容赦なく打ち据えた。
効果は抜群だった。
神の称号を持つ鳥といえど、岩石の物理的破壊力には抗えない。
墜落こそ免れたものの、フリーザーの飛行高度は目に見えて下がった。
だが、神鳥の闘志は衰えない。フリーザーは激しく翼を振るい、
戦場全体を覆い尽くす『霰』を呼び寄せた。
夜空から降り注ぐ氷の礫。しかし、鋼の皮膚を持つハガネールにとって、
それは雨粒にも等しい。
「(違う……狙いはダメージじゃない!)」
水君の直感が警鐘を鳴らす。
霰は氷の魔獣の技を必殺の威力へと引き上げる舞台装置。次に来るのは、
この広大な野原ごと全てを凍結させる極大技に違いない。
「させないわ。ハガネール、『砂嵐』よ!」
ハガネールが咆哮し、その巨躯を激しく回転させる。
地上の土砂が巻き上がり、数秒で視界を奪うほどの猛烈な砂の竜巻がフィールドを包み込んだ。
空から降る霰は砂に飲み込まれ、戦場は一転してハガネールの独壇場と化した。
フリーザーの美しい羽毛に砂粒が容赦なく叩きつけられ、その体力をジワジワと削り取っていく。
「これで、決める……! 『捨て身タックル』!!」
ハガネールが地を這う。
30mの鋼鉄の塊が、地響きを立てて突進する光景は、まさに動く要塞だった。
フリーザーは迎撃のために冷気を練ろうとしたが、再び麻痺の稲妻がその脳裏をよぎった。
嘴が開かない。翼が動かない。
鋼蛇の頭部が、フリーザーの胴体を真っ向から捉えた。
神鳥の身体が紙屑のように吹き飛び、背後の崖へと叩きつけられる。
轟音と共に岩壁が崩れ、大量の土砂がフリーザーを飲み込んだ。
「……やったの?」
砂嵐が収まり、静寂が戻る。
崩れた崖の跡。そこには、翼を折られ、煤けた羽を散らしながらも、
なお立ち上がろうとするフリーザーの姿があった。
その瞳は、もはや怒りを超え、深い悲しみに満ちているように見えた。
深手を負い、飛ぶことすらままならない。
それでも神鳥は、震える脚で大地を踏み締め、消えかかった喉の奥で、
なおも反撃の唄を紡ごうとしている。
水君はその光景に、胸を締め付けられるような痛みを感じた。
なぜ、これほどの傷を負ってまで。なぜ、神と呼ばれる存在が、
これほどまでに人間を拒絶し、戦い続けるのか。
彼女は次の攻撃宣言を口にしようとしたが、その言葉を喉の奥で飲み込んだ。
水君はハガネールの前に歩み出た。
戦うためではない。
この不毛な連鎖を止めるための、あまりにも無防備な対話のために、
彼女は静かに口を開いた。
「……もう、終わりにしましょう」
その声は、冷たい夜風に乗って、傷ついた神鳥の元へと届いた。
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