携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第十六話-蒼き守護者-

銀竜は地に伏し、鋼の蛇は凍土の彫刻と化した。

吹き荒れる『あられ』の礫が、水君の頬を無慈悲に叩く。視界は白濁し、

極低温の風は肺の奥まで凍てつかせようとしていた。

 

上空では、絶対零度の断罪を下したフリーザーが、

勝利を確信したかのように優雅な旋回を見せている。

神鳥の眼差しは冷酷だ。このまま動けぬ少女を氷の棺に閉じ込め、

祝祭の街を永遠の静寂へと沈める。

そのシナリオは、もはや完成しているはずだった。

 

だが、水君の膝は折れてはいなかった。

 

「……まだだよ」

 

震える唇から漏れたのは、絶望ではなく、静かな闘志だった。

彼女は、実父から受けた傷の痛みも、吹き荒れる吹雪の冷たさも、

全てを心の奥底へと押し殺した。

今、彼女を突き動かしているのは、母を守り抜くという誓いと、

共に戦ってくれた仲間たちの意志。

 

「これが、最後……。お願い、私の命を預けるわ。カメックス!!」

 

その叫びと共に放たれたモンスターボールが、吹雪を切り裂いて空間を割り開いた。

 

出現したのは、これまでの魔獣たちとは一線を画す、圧倒的な質量感。

大地を揺るがして着地したカメックスの背中には、

鈍く銀光を放つ二門の巨大なハイドロカノンが備わっている。

その眼光は、数多の戦場を潜り抜けてきた熟練の戦士のように鋭く、

体躯からは、周囲の吹雪を押し戻すほどの猛々しいオーラが噴き出していた。

 

【挿絵表示】

 

フリーザーの瞳に、初めて「警戒」の色が走った。

この満身創痍の少女が、これほどの威圧感を持つ隠し札を残していたとは。

神鳥は麻痺に震える翼を強引に煽り、大気中の全冷気を収束させた。

 

 

最大火力の『吹雪』。

視界の全てを白銀に塗り潰す、絶対零度の奔流がカメックスへと襲いかかる。

 

「押し戻せ!『ハイドロポンプ』!!」

 

カメックスが両脚を踏ん張り、地盤を砕くほどの踏ん張りを見せる。

背中の大砲が火を噴くような勢いで、超高圧の水流を解き放った。

 

激突する水と氷。本来なら氷が水を凍らせるはずだが、

カメックスの放つ水流は、その圧力だけで凍結する暇すら与えない。

深手と麻痺により精度を欠いたフリーザーの吹雪を、

カメックスの「怒りの奔流」が真っ向から押し返していく。

 

水流は吹雪の壁を突き破り、フリーザーの胸元を直撃した。

衝撃に耐えきれず、空の覇者が無様に高度を落とす。

カメックスはその隙を見逃さなかった。

巨体に似合わぬ爆発的な踏み込みで、地を這うように肉薄する。

 

どさりと地面に落ちたフリーザーの首根っこを、

カメックスの岩のような豪腕がガッチリと掴み上げた。

 

「逃がさない……これで終わりよ!」

 

水君の声が荒野に響く。

カメックスはフリーザーを掴んだまま、驚異的な脚力で垂直に跳躍した。

月を背景に、青い巨躯と白銀の神鳥が夜空を舞う。

空中で凄まじい旋回を開始し、遠心力と自重、

そして重力加速度の全てを一つの点へと集中させる。

 

「『地球投げ』!!!!」

 

一回転、二回転――。

頂点に達した瞬間、カメックスは全力でフリーザーを地上へと叩きつけた。

大地が陥没し、凄まじい土煙が夜の闇を覆い尽くす。

爆震が収まったあと、そこには力なく首を垂れ、

翼を広げたまま動かなくなったフリーザーの姿があった。

 

その光景を確認した水君は、深く、長く息を吐き出した。

 

「よくやったわ……戻って、カメックス。ありがとう」

 

紅い光が、誇らしげに鼻を鳴らしたカメックスを包み、ボールへと連れ戻す。

 

水君は、倒れ伏したフリーザーへとゆっくり歩み寄った。

神鳥は薄っすらと瞼を開けたが、もはや立ち上がる力も、冷気を生み出す余力も残っていない。

ただ、消え入りそうな声で、悲しげに喉を鳴らすだけだ。

 

「……貴方は、私たちを殺すつもりだったんでしょうね」

 

水君の言葉は静かだった。

彼女は、フリーザーの傷ついた羽にそっと手を触れた。

冷たいはずの羽は、今は熱を失い、脆く震えている。

 

「でも、私は貴方を殺さない。私は、母さんを、この街を『護る』ために戦ったの。

誰かを殺すためじゃない。貴方の怒りも、悲しみも、少しだけならわかる気がするから……」

 

彼女自身も、父親という「身内」から暴力を受け、絆を壊された被害者だった。

復讐が何も生み出さないことを、その虚しさを、彼女は誰よりも知っていた。

水君はそれだけを伝えると、背を向けて歩き出した。

腫れ上がった頬をさすり、まだ痛む身体を引きずりながら、

愛する母が待つ、あの小さな、だが確かな家へと。

 

一人残されたフリーザーは、遠ざかっていく少女の背中を、

いつまでも、いつまでも見つめていた。

自分を打ち負かし、あろうことか「赦し」を与えた、弱き人間の少女。

 

その時、神鳥の冷酷な瞳から、一筋の雫が零れ落ちた。

それは氷の粒ではなく、温かな本物の涙だった。

フリーザーは夜空に向かって、悲鳴とも、鎮魂歌とも取れる切ない声を上げた。

その鳴き声は、凍てついた街を溶かす微かな光のように、静寂の中へと消えていった。

 

戦いは終わった。

しかし、魔獣と人間が再び手を取り合える日は来るのだろうか。

水君の去った荒野に、ただ冷たい月光だけが、等しく降り注いでいた。




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