携帯魔獣叛乱戦争   作:戦竜

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第十八話-断崖の略奪者-

水君とフリーザーの死闘から数日。

灼熱の太陽が照りつける急峻な尾根を、二つの人影が這うように進んでいた。

 

そこは、世界の屋根とも称される巨大な山脈の一角。

標高こそ高いが、不思議と雪の気配はなく、乾燥した熱気が肌を焼く。

切り立った岩肌が延々と続き、一歩踏み外せば雲海の下へと消えてしまうような険路だ。

 

「あわわわわわ!雷光!手を離さねーでくれえええぇぇぇぇ!!」

「……このバカ!調子に乗ってズカズカ歩くからだと言っただろうが!」

 

静寂を切り裂いたのは、炎帝の見苦しいまでの絶叫だった。

岩場の脆い足場を無視して突き進んだ結果、彼は無残にもバランスを崩し、

今まさに垂直の崖っぷちで宙吊りになっていた。

雷光は岩に膝を突き、全体重をかけて炎帝の右手を掴み取っている。

 

「ら、雷光……!こうなったら、あれだ!『ファイトー』って言ってくれえぇぇええ!!」

「はあぁ!?こんな切羽詰まった時に何をバカなことを……!」

「いいから頼む!気合を入れねぇと指が滑っちまう!」

「……っ、クソッ!ファ……ファイト――ッ!!」

 

「いっぱああああああああつっっ!!」

 

炎帝は火事場の馬鹿力を発揮し、雷光の腕を引き寄せる反動を利用して、

弾かれたように崖の上へと這い上がった。

二人はそのまま岩場に大の字になり、荒い息を吐き出す。

 

「……死ぬかと思ったぜ……」

「死なせればよかったよ、まったく」

 

雷光は溜息をつきながら、埃を払って立ち上がった。

 

それからしばらく、二人は再び歩き出した。

先を歩くのは雷光。その後ろを、流石に意気消沈した炎帝がトボトボと続く。

この数日間、彼らが通り抜けてきた森や草原は、驚くほど平穏だった。

戦争の影など微塵も感じさせない、眠気を誘うような静けさ。

 

「はぁ~……ハッ!いかん、油断した時が命取りになるんだ。気を引き締めないと!」

 

雷光は自分の頬を叩き、リュックから古びた地図を広げた。

食料の残数、水場の確保、次の街への最短ルート。軍師としての性分が、彼に休息を許さない。

 

夜が明け、山脈の向こうから鮮烈な朝日が差し込んだ。

二人は岩棚の平坦な場所にテントを張り、一晩の野宿を終えたところだった。

 

「ふわあぁあぁ~……今日もいい天気だ。絶好の冒険日和だなぁ……」

 

炎帝はテントから這い出し、両手を天に突き上げて背筋を伸ばした。

目の前に広がるのは、幾重にも重なる山々の稜線。

その傍らで、雷光は手際よく朝食の準備を進めていた。

岩場に組んだ簡素なコンロの上で、特製のカレーが煮え立ち、

食欲をそそる香りが朝の澄んだ空気に溶け出していく。

傍らには、栄養バランスを考えた新鮮な野菜と肉のソテー。

そしてデザートには、昨日の市場で手に入れた「最高級ミカン」が鎮座している。

野宿とは思えぬ豪華な食卓だ。

 

だが、そんな平穏な光景を、岩陰の隙間からジッと凝視する「影」があった。

それは、空腹による殺意か、あるいは別の目的か。

鋭い眼光が、無防備な二人の背中を射抜いている。

 

「ほら炎帝、俺の特製カレーができたぞ。さっさと食え」

「おぉっ!待ってました朝飯!なぁ雷光、祝いに酒はねーのかぁ!?」

「……お前、自分がまだ未成年だって自覚あるのか?あるわけないだろ、そんなもの」

 

炎帝は「ちぇっ」と舌打ちしながらも、差し出された皿にかぶりついた。

 

「ウマい! やっぱり雷光の飯は最高だぜ!」

 

雷光もまた、カレーを口に運びながら、頭の中では今日の行軍予定を組み立てていた。

 

「今日の午後には峠を越える。食料の配分を考えると、

明後日の夕方には次の集落に着かないとまずいな……」

 

その時、ピカチュウが雷光のモンスターボールから勝手に出てきた。

主人の忙しさをよそに、ピカチュウは手に入れたばかりの

「雷の石」を地面に転がし、無邪気に遊んでいる。

石が放つ微かな火花を追いかけ、岩の裏側へと回り込んでいく。

 

雷光と炎帝は、カレーの味と今後の予定についての議論に完全に気を取られていた。

炎帝は「肉が足りねぇ」と文句を言い、雷光は「贅沢言うな」と嗜める。

その賑やかな笑い声が、周囲の警戒を疎かにさせた。

 

ピカチュウが、転がった石を拾おうと岩影に身を隠した、その瞬間だった。

 

ピカチュウの背後に、太陽の光すら吸い込むような「真黒な影」が音もなく立ち上がった。

何かに気づき、振り返ろうとしたピカチュウの小さな口を大きな手がガッシリと塞ぐ。

悲鳴を上げる暇さえ与えない。

影はピカチュウの胴体を小脇に抱え、重力を無視するような滑らかな動きで岩壁を駆け上がった。

 

一瞬。

文字通り一瞬の出来事だった。

 

「……ん?おい、ピカチュウ? 飯の時間だぞ、どこ行った?」

雷光がふと顔を上げた時、そこには転がったままの『雷の石』が、

持ち主を失って虚しく光っているだけだった。

「……雷光、ピカチュウがいねぇぞ」

 

炎帝の顔から笑みが消え、鋭い戦士の眼差しが周囲を走る。

平和な山脈の朝は、その瞬間、音のない恐怖に塗り替えられた。




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