静寂に包まれていたはずの山脈が、一転して焦燥の檻へと変わった。
「ピカチュウ! どこだ、返事をしろ!」
雷光の声が切り立った岩肌に反響し、虚しく戻ってくる。
探しても、探しても、あの黄金色の愛らしい姿は見当たらない。
地面に残されたのは、主を失って転がったままの『雷の石』と、
不自然に乱れた砂埃だけだった。
「駄目だ、呼びかけに応じねぇ……。あいつが勝手に遠くへ行くはずがない。
何か、とてつもなく危険な事態に巻き込まれてなけりゃいいが……」
雷光の額に、冷たい汗が滲む。隣で炎帝も、
いつもの冗談を封印して険しい表情を浮かべていた。
「雷光、手分けしようぜ。俺はあっちの崖下を洗う。お前は向こうの尾根を頼む!」
「ああ、頼んだぞ炎帝!無茶はするなよ!」
二人は弾かれたように別の方角へと駆け出した。
雷光は走りながら、腰のベルトから最も信頼の厚い「空の王者」のボールを抜き放った。
「出てこい!ピジョット!!」
紅い閃光と共に、巨大な翼を広げたピジョットが姿を現す。
周囲の熱気を切り裂くような鋭い鳴き声。
雷光は手短に状況を説明し、その逞しい背へと飛び乗った。
「頼む、上空から探してくれ。ピカチュウの気配を見逃すな!」
ピジョットは力強く羽ばたき、垂直に近い角度で急上昇を開始した。
眼下に広がるのは、迷宮のように入り組んだ岩山の群れ。
切り立った断崖、底の見えないクレバス。もし炎帝のように足を踏み外していれば、
小さなピカチュウの体ではひとたまりもない。
雷光は目を凝らし、岩の割れ目一つ一つを精査していく。
その時だった。
ピジョットが鋭く鳴き、大きく旋回した。何かを見つけたのだ。
「いたのか!?降りろ、ピジョット!」
急降下する風圧が雷光の頬を叩く。
着地したのは、人の立ち入りを拒むような、険しい岩壁の窪地だった。
「これは……何かの足跡か?」
そこには、乾いた土を深く抉り取った、異様なほど巨大な三本の爪跡が残されていた。
大きさからして、通常の魔獣の範疇を遥かに超えている。
一歩一歩の歩幅も広く、相当な重量と膂力を持った「何か」が、
つい先ほどまでここにいたことを物語っていた。
雷光は生唾を飲み込み、ピジョットを傍らに、その足跡が続く闇へと慎重に歩みを進めた。
足跡は、山肌に口を開けた巨大な洞窟の入り口へと続いていた。
その入り口に差し掛かった瞬間、雷光の心臓が跳ね上がった。
「ピカチュウ!!」
岩陰に、ボロボロになって倒れている黄金色の影があった。
雷光はなりふり構わず駆け寄り、その小さな体を抱きかかえる。
「……っ、なんて酷いことを……」
腕の中のピカチュウは、自慢の毛並みが泥と血に汚れ、
呼吸は浅く、全身が痙攣するように震えていた。
これほどのダメージを、一体誰が、何のために与えたというのか。
「大丈夫だ、今助けてやる。しっかりしろ!」
急いでリュックから傷薬を取り出し、震える手で蓋を開けようとした、その時だった。
ピジョットが、これまでに聞いたこともないような悲痛で猛々しい警戒音を上げた。
同時に、大気が「重く」なった。
背後から、ズシン……ズシン……という、大地の鼓動を狂わせるような
巨大な地響きが近づいてくる。
『何か』が、そこにいる。
雷光の背筋を、氷の刃でなぞられるような強烈な殺気が駆け抜けた。
腕の中のピカチュウが、恐怖のあまりガタガタと震え出し、
雷光の胸元に顔を埋める。この絶望的な震えこそが、
襲撃者の正体がどれほど規格外であるかを無言で伝えていた。
雷光の頬を冷や汗が伝い、地面に落ちて弾ける。
「……来るぞッ!!」
声を発したのと同時だった。
洞窟の闇の奥から、全てを焼き尽くすような、極太の破壊エネルギーが放出された。
『破壊光線』!!
「――しまっ……!?」
回避は間に合わない。雷光が死を覚悟した刹那、
ピジョットがその巨大な翼を広げ、雷光とピカチュウの前に割り込んだ。
「ピジョット、避けろ!!」
雷光の叫びも虚しく、黄金の光軸がピジョットの胸元を直撃する。
凄まじい爆発音と熱風。ピジョットの巨躯は木の葉のように吹き飛ばされ、
岩壁に激しく叩きつけられた。
崩れ落ちる瓦礫。煙の中から、ゆっくりと「それ」が姿を現した。
岩石のような硬質の皮膚、凶悪なまでの筋肉の塊、そして破壊そのものを象徴するような冷酷な眼光。
そこにいたのは、砂漠の暴君と恐れられ、
山一つを更地にするほどの破壊神――バンギラスであった。
しかも、その全身からは不気味な黒いオーラが立ち昇り、
通常の個体とは比較にならないほどの狂気と魔力を孕んでいる。
「……あいつが、ピカチュウを……」
雷光は傷ついたピカチュウを抱き締め直し、ピジョットの元へ駆け寄る。
だが、バンギラスは容赦をしない。再びその巨大な口を開け、次の破壊を充填し始めた。
平和ボケしていた頭が一気に覚醒する。
これはバトルではない。生きるか死ぬかの、屠殺場だ。
雷光たちの、命懸けの悪戦苦闘が幕を開けた――。
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