嵐は唐突に去った。
狂ったように鉄橋を叩いていた雨は止み、猛烈な風は濁った雲を彼方へと押し流した。
皮肉なことに、人間が汚した大気の煤煙さえも強風が洗い流したのか、
夜空には吸い込まれるような漆黒と、そこを飾る宝石のような星々が瞬いている。
時折、音もなく尾を引く彗星が、滅びゆく文明をあざ笑うかのように天空を滑り落ちていった。
戦いの喧騒から離れた森林の片隅。
黄崎雷光は、手頃な岩陰に陣取ると、拾い集めた乾いた枝に火を灯した。
パチパチとはぜる火の粉が、夜の静寂に小さなリズムを刻む。
彼は古びたテープレコーダーを取り出すと、
自らの歩みを記録するために独り言を漏らし始めた。
「俺の名前は黄崎雷光。世界を渡り歩く……『魔獣使い』。
相棒はピカチュウ。こいつは俺にとって、単なる兵器でも道具でもない。唯一無二の親友だ」
焚き火の光に照らされた雷光の瞳には、強い決意と、どこか寂しげな色が混在していた。
「旅の中で、多くの惨状を見てきた。人間が引き起こした環境破壊、
それに抗う魔獣たちの叛乱。そして、世界に一匹しか存在しないと言われる伝説の魔獣の噂……。
俺はこの目で、その全てを確かめたい。なぜ世界がこうなったのか、
俺たちがどこへ向かうべきなのか。知らないことを、もっと知らなきゃいけないんだ」
雷光は、コッヘルで温めたシチューを啜りながら、ピカチュウを呼び寄せた。
戦いの傷跡が残るピカチュウの身体に、丁寧な手つきで傷薬を塗り込んでいく。
シュッと冷たい飛沫が当たると、ピカチュウは一瞬身を震わせたが、
雷光の温かな手のひらに触れると、心底気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らした。
食後、雷光は火を消し、余熱の残る地面の上に寝袋を広げた。
夜が深まるにつれ、意識は微睡みの淵へと沈んでいく。
夢の中では、戦火も煙もない黄金色の風景が広がっていた。
そこには、化学肥料に頼らない有機農法で育てられた
「コシヒカリ」の瑞々しい稲穂が揺れている。
炊き立ての、あの甘い香りが鼻腔をくすぐり――。
ガバッ!!
雷光は勢いよく跳ね起きた。
「……さっき飯を食ったばかりだってのに、俺は何て夢を見てるんだ。
食い意地が張りすぎだろ……」
自分の不甲斐なさに溜息をつき、ボリボリと頭をかく。
しかし、その自嘲気味な笑みは、直後に感じた異様な「熱気」によって凍りついた。
夜空を見上げた瞬間、視界を紅蓮の閃光が横切る。
それは、星空を焼き裂くように飛来する一羽の巨大な鳥――伝説の魔獣、ファイヤーだった。
その背後からは、猛烈な炎の奔流が追いすがっている。明らかに「空中戦」が行われていた。
「おい、冗談だろ……?」
雷光は寝袋を蹴り飛ばし、光の落ちた方角へと駆け出した。
原生林を抜け、視界が開けた原っぱに出た時、彼はその光景に息を呑んだ。
切り立った岩塊の上に、一羽の火の鳥が舞い降りていた。
全身を包むのは、実体を持った殺意のような烈火。
ファイヤーの鋭い嘴からは、周囲の木々を自然発火させるほどの熱量が放射されている。
そして、そのファイヤーが真っ向から睨みつけているのは、
空飛ぶ炎竜――リザードンだった。
リザードンの喉元にはまだ熱が残っており、
先ほど放たれた「火炎放射」の主が彼であることを示していた。
そのリザードンの背後には、荒れ狂う火の粉を浴びながらも不敵に笑う一人の男が立っていた。
燃えるような赤髪を逆立て、瞳に狂気にも似た闘志を宿した男。
「いくぞリザードン!!俺様たちの赤く熱い鼓動、伝説の神鳥に見せてやろうぜ!!」
男の名は、赤谷炎帝(せきたに えんてい)。
「秩序」も「叛乱」も関係ない。ただ強者との闘争のみを渇望する、戦場に咲く狂い花。
リザードンが咆哮し、力強く翼を羽ばたかせて地を蹴った。
それに応えるように、ファイヤーもまた炎を纏った翼を広げ、天空へと舞い上がる。
夜空を舞台に、灼熱の火竜と伝説の神鳥が交錯する。互いの視線がぶつかり合った瞬間、
周囲の酸素が一気に焼き尽くされ、夜の静寂は再び、戦いの爆音によって粉砕された。
雷光は、その圧倒的な光景を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。
それは「共存」でも「報復」でもない、命を極限まで燃焼させる者たちだけの聖域。
今、この原っぱを焦土に変える、最悪にして最高の空中決戦が始まろうとしていた。
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